Advertisement第118回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第124巻第4号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
ICD-11における境界性パーソナリティ障害の扱い
松本 ちひろ
日本精神神経学会
精神神経学雑誌 124: 263-264, 2022

 ICD-10からICD-11への改訂において,とりわけ大きな変更が試みられたのがパーソナリティ症(パーソナリティ障害)である.従来のカテゴリカルな分類からディメンショナルな分類へと舵が切られ,複数あったパーソナリティ障害(personality disorders)の細分類はなくなって一本化されたうえ,まずその重症度を評価し,さらに具体的にどのような特性における困難がみられるかを記述する方式となっている.この過程において,非社会性パーソナリティ障害,演技性パーソナリティ障害,依存性パーソナリティ障害などの細分類は,特性評価によりその内容を記述することがICD-11でもある程度可能であるが,独立した診断カテゴリとしては分類の表舞台から姿を消した.その一方で,ICD-10でいうところの情緒不安定性パーソナリティ障害(F60.3),DSM-5でいうところの境界性パーソナリティ障害(Borderline Personality Disorder:BPD)は,ICD-11にはパーソナリティ症に付すことができる「ボーダーラインパターン」という特定用語のかたちで残ることとなった.なぜこのような判断がなされたか,また本特定用語は診断時に具体的にどのように用いられるのかについて,本稿ではふれる.

1.ICD-11に「ボーダーライン」が残った理由
 「ボーダーライン(境界性)」の語は,それ自体が疾患単位を示すものではなくなったが,それでも特定用語としてICD-11に引き続き採用された.これは,臨床上の重要性あるいは便宜性に配慮してのことである.ICD-11診断ガイドラインでは,本特定用語を紹介するにあたり,下記のような注意書きが記されている.

 注:ボーダーラインパターンの特定用語は,パーソナリティ症の分類の臨床的有用性を高めるために含まれた.本パターンと特性領域の特定用語(典型的には否定的感情,非社会性,脱抑制)により示される情報にはかなりの重複がある.しかし,本特定用語を使用することで,特定の心理療法への反応性がよい一群の患者を特定するのに役立つ場合がある.(著者訳)

 すなわち,ICD-11としては必ずしも本特定用語を必要不可欠なものとはみなしておらず,その気になればパーソナリティ特性の適切な評価と記述で十分に臨床像を記録しうるはずというスタンスである5).ただし,特に治療と関連づけた場合にこの種のラベルは存続したほうがメリットは大きいと判断した,ということである.実際,パーソナリティ障害の研究において,BPDに関するものは実にその大半を占め,またBPDに特化した治療法も数多くみられる.知見の継続的な蓄積と,診断から治療へのスムーズな移行を考慮すると,診断アプローチとしては洗練されていないが分類システムに何らかのかたちで残したほうが,実利が大きいということである.ちなみに,このような背景から設けられた本特定用語であるので,その適用となる要件を比較してみると,DSM-5におけるBPDの診断基準と実質ほぼ共通である.
 興味のある読者のために政治的背景を簡単に紹介すると,前置きとして,ICD-11作成に向けて組織されたパーソナリティ症のためのワーキンググループ(WG)は,ディメンショナル評価の全面的採用に積極的であった.それはすなわち,BPDを含む個々のパーソナリティ症の廃止を意味した.上述の通り,研究,治療の両側面から,従来のパーソナリティ症の区分がなくなることに懸念を示したのがEuropean Society for the Study of Personality Disorders,International Society for the Study of Personality Disorders,およびNorth American Society for the Study of Personality Disordersである.事態を重くとらえたWHOは,専門家間における分断を避けるため,WGとは別に上述の3団体の代表と当初のWGメンバーから構成されるタスクグループ(TG)を新たに組織した.このTGが2017年の会合で検討した課題の1つがBPDの扱いであり,ある種の折衷案として,「ボーダーラインパターン」の特定用語設置が提案された.この経緯の詳細についてはTyrer, P.ら5)とReed, G.M.3)が詳しく述べている.

2.診断時の具体的な運用
 実際の診断時に,本特定用語はどのように用いられるのか.パーソナリティ症の診断要件を満たすのを確認した後に,まず重症度を特定する.ICD-11で必須とされているのはこの重症度の特定までである.それよりも踏み込んだ情報の追加は任意であるが,追加できる情報のなかにボーダーラインパターン(6D11.5)も存在する.例えば,中等度のパーソナリティ症でいわゆる従来のBPDに該当すると思われる症例に対しては,パーソナリティ症,中等度(6D10.1)に本特定用語を付すので,6D10.1/6D11.5となる.
 しかし,ICD-11としては従来方式に近いボーダーラインパターンの特定用語よりもディメンショナル評価,すなわち設けられた5つのパーソナリティ特性に基づいた評価を推奨しているので,同時にそちらも評価に含めるのが望ましい.ボーダーラインパターンの要件を満たす症例において,特に関連性が高いとされるのが否定的感情,非社会性,脱抑制の3項目である.例えば抑うつ気分が目立ち(=6D11.0否定的感情),対人操作がみられ(=6D11.2非社会性),衝動性が高い(=6D11.3脱抑制)というような典型的な中等度BPDの症例に対しては,上述の6D10.1/6D11.5に加え,これら3つの特性のコードを付すので,6D10.1/6D11.5/6D11.0/6D11.2/6D11.3が推奨される最も包括的なコードとなる.
 ただ,一口にBPDあるいは情緒不安定性パーソナリティ障害といっても,ICD-10における「衝動型」「境界型」の区分のように,いわゆるBPDの基準を満たす一群でもその臨床像は不均一であることがよく知られている.ICD-11において該当するパーソナリティ特性の程度を示すような段階的評価は採用されなかったが,前者の「衝動型」であればより「脱抑制」評価度が高いとか,後者の「境界型」であればより「否定的感情」評価度が高いなどのより細やかな記述が可能であっただろう.臨床家への負担を考慮し,あるパーソナリティ特性が著しいか否かの評価しか求めなくなったことで,細やかな臨床記述が追求しきれない部分は残った.ただ,どのような診断様式であっても,診断コード単体である患者の臨床像を完全に描き出すことは不可能である.今回ICD-11に採用された診断様式は,理想の診断様式と実用性の両方を検討した結果の最大公約数的な位置づけといえよう.
 BPDに限らず,個別のパーソナリティ障害のカテゴリカルな診断を排して重症度診断を優先するという決断については慎重だった専門家も多く2),本格的なICD-11の運用が開始されても,そのアプローチに懐疑的な意見は根強く残るだろう.BPDを巡っては,独立した疾患単位というよりは単にパーソナリティ症の重症度を示すマーカーであるという主張4)と,妥当性をもつ独立した疾患単位である1)という相対する主張が現在も存在し,決着をみていない.結論が出ていない以上,ICD-11で採用された本特定用語が今後はディメンショナル評価方式と並行して活用され,BPDに関するさらなる理解の進展に寄与することが期待される.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Clarkin, J. F., Lenzenweger, M. F., Yeomans, F., et al.: An object relations model of borderline pathology. J Pers Disord, 21 (5); 474-499, 2007
Medline

2) Herpertz, S. C., Huprich, S. K., Bohus, M., et al.: The challenge of transforming the diagnostic system of personality disorders. J Pers Disord, 31 (5); 577-589, 2017
Medline

3) Reed, G. M.: Progress in developing a classification of personality disorders for ICD-11. World Psychiatry, 17 (2); 227-229, 2018
Medline

4) Sharp, C., Wright, A. G. C., Fowler, J. C., et al.: The structure of personality pathology: both general ('g') and specific ('s') factors? J Abnorm Psychol, 124 (2); 387-398, 2015
Medline

5) Tyrer, P., Mulder, R., Kim, Y. R., et al.: The development of the ICD-11 classification of personality disorders: an amalgam of science, pragmatism, and politics. Annu Rev Clin Psychol, 15; 481-502, 2019
Medline

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