Advertisement第118回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第124巻第4号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
パーソナリティ症―なぜカテゴリー分類は消えたのか―
黒木 俊秀
九州大学大学院人間環境学研究院
精神神経学雑誌 124: 261-262, 2022


 20世紀後半における精神医学の革命と評されたDSM-IIIの登場より40年余を経て,現在,精神科診断学はいよいよ新しい局面を迎えている.すなわち,ICD-11の第6章「精神,行動,および神経発達の疾患」の「パーソナリティ症」の診断ガイドラインに,従来のカテゴリー(範疇)的モデルに代わってパーソナリティ特性に基づくディメンション(次元)的モデルが採用されたのである().実は,このモデルの採用は,先にDSM-5でも確実視されていたにもかかわらず,公表直前に見送られ,同マニュアルの第III部に「パーソナリティ障害群の代替DSM-5モデル」として収載されるにとどまった経緯がある1)
 今般,こうした大胆な改訂が企図された背景をもう少し詳しくみてみよう.従来のICDやDSMのパーソナリティ障害の概念と定義に対しては,強い批判があった.例えば,DSM-IVの行為障害と反社会性パーソナリティ障害のように,児童青年期にみられる一部のI軸障害とII軸障害が紛らわしいこと,またパーソナリティ障害間の併存が多いこと,さらに正常・健康なパーソナリティと不適応的・病的なパーソナリティ間の線引きが恣意的であることなどの問題点が指摘されてきた3).10個程度のパーソナリティ障害がパーソナリティ障害のすべてを網羅しているとはいえず,最も多いのは「特定不能のパーソナリティ障害」といわれる有様であった.
 一方,パーソナリティ心理学では,1990年代に革新的な進歩があった.パーソナリティ特性に関する研究は,20世紀前半より計量心理学の技術とともに発展してきたが,1992年,Goldberg, L. によりパーソナリティ特性に関連する主要5因子が発表された4).これが,‘Big Five’と呼ばれる代表的なパーソナリティ特性理論であり,Cloninger, R. の7因子モデルとともに,パーソナリティの生物学的基盤の解明に大きく寄与した.こうした近年のパーソナリティ心理学の展開に呼応して,従来のパーソナリティ障害のカテゴリー分類を全面的に見直す動きが活発になった.すなわち,パーソナリティ障害の基本症状は正常なパーソナリティ特性の不適応的変異と解しうるという見解が示され,‘Big Five’に対応した不適応的パーソナリティ特性に基づくパーソナリティ障害のディメンション的診断基準の開発が提案された3)
 前述したように,当初,DSM-5では‘Big Five’を用いたディメンション的モデルに基づくパーソナリティ障害の診断基準が採用される見通しであった.2011年に発表されたドラフトでは,従来のパーソナリティ障害のカテゴリー分類とディメンション的な診断アプローチを併せたハイブリッド・モデルが提案され,DSM-5タスクフォースもこれを強く推奨していた1).ところが,2013年の発表直前になってアメリカ精神医学会の首脳部は,その提案を拒んだ.一般人口集団から得られた‘Big Five’のデータを臨床群に適用することやディメンション的モデルの臨床的有用性に対する懸念から,なお時期尚早と判断したのである.DSM-IIIが登場した頃の雰囲気を思い返せば,アメリカ精神医学も保守的になったものである.
 一連のカテゴリー対ディメンション論争の背景にあるのは,精神疾患全体の構造モデルのパラダイム・シフトである.すなわち,精神疾患同士の境界はあるのか? パーソナリティ障害と精神疾患との境界はあるのか? 精神の異常と正常の境界はあるのか? など,ビッグ・データ時代の精神科診断学は,これまでの精神医学の常識こそを疑う数々のエビデンスを突きつけている2).そうした異議申し立てに対して,日々の診療に追われる臨床医は,「そもそも精神科診断は,何のためにあるのか.経過の予測や治療反応性という臨床的有用性を優先するべきではないのか」と,カテゴリー分類の利点を強調する.かたや,生物学的精神医学や疫学の研究者は,「いやいや,それでは相変わらず精神医学は科学とはいえまい.診断には科学的妥当性があることを明証するのがわれわれの責務である」と主張する.今般のICD-11におけるディメンション的モデルの本格的採用は,こうした議論に一石を投じることだろう.

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 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本論文に関する調査研究は,日本学術振興会科学研究費(JP21K03087)の助成を受けている.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) 北村俊則: 精神に疾患は存在するか. 星和書店, 東京, 2017

3) Kupfer, D. J., First, M. B., Regier, D. A.: A Research Agenda for DSM-V. American Psychiatric Association, Washington, D. C., 2002 (黒木俊秀, 松尾信一郎, 中井久夫訳: DSM-V研究行動計画. みすず書房, 東京, 2008)

4) 黒木俊秀, 神庭重信: DSM-5時代の精神科診断. DSM-5を読み解く1―神経発達症群, 食行動障害および摂食障害群, 排泄症群, 秩序破壊的・衝動制御・素行症群, 自殺関連― (神庭重信, 神尾陽子編). 中山書店, 東京, p.1-22, 2014

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