Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第3号

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原著
IPS型就労支援を利用した精神障害をもつ人における就職・就労週数の予測要因
五十嵐 百花1), 山口 創生1), 佐藤 さやか1), 塩澤 拓亮1), 松長 麻美1)2), 小塩 靖崇1), 藤井 千代1)
1)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部
2)東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科精神保健看護学分野
精神神経学雑誌 125: 183-193, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-027
受理日:2022年11月3日

 【目的】精神障害をもち,Individual Placement and Support(IPS)型の就労支援を受ける人において,利用者個人の属性が就労の獲得や就労期間と関連するかを調査した.【方法】2年間のコホート研究のデータを用いて二次分析を行った.IPS型就労支援を行う16機関において,求職目的で支援の利用を開始した精神疾患の診断をもつ人がリクルートされ,202名が参加した.利用開始時の11の属性〔性別,年齢,診断,最終学歴,居住形態,障害者手帳保有・障害年金受給・生活保護受給の有無,過去1年間の就労経験・入院の有無,全般的機能(GAF)〕についてデータを収集した.また,追跡期間中の就労の有無,および就労した参加者の就労週数のデータを得た.属性と就労の獲得および就労週数の関連を統計的に分析した.【結果】利用開始時に全般的機能が高い人は就労しやすく(OR:1.04,95%CI:1.01~1.07,P=0.003),就労期間も長い傾向があった(B:0.6,95%CI:0.2~1.0,P=0.010).男性は女性より就労しやすかった(OR:2.12,95%CI:1.10~4.09,P=0.025).診断については,神経症性障害をもつ人の就労期間が統合失調症や双極性障害をもつ人よりも長い可能性があることが示された.その他の属性については有意な関連はみられなかった.【結論】IPS型就労支援は他の就労支援よりも良好な就労アウトカムを示すといわれているが,そのIPS型就労支援利用者においては,利用開始時の全般的機能が就労アウトカムに影響する可能性がある.また,ジェンダーの格差によって女性の就労が阻害されているおそれがある.しかし,就労アウトカムを左右する利用者個人の属性は少なく,今後はサービスや地域の特性,利用者の希望や就労条件がどのように就労を促進・阻害するかを調べることが求められる.

索引用語:IPS, 就労支援, 援助付き雇用, 利用者属性, 精神障害>

はじめに
 精神障害をもつ人は就労に困難を抱えることが多く,失業率が高いことが知られている.しかし,仕事に就いていない精神障害をもつ人の多くが就労を希望していることや15),就労によって症状や機能,生活の質が改善することなどの理由から34),効果的な就労支援が求められている.Individual Placement and Support(IPS)とは,米国で開発された個別就労支援のモデルであり,準備性の向上やそのための訓練を必須としない迅速な職場配置と,就職後のサポートを特徴としている5).IPSはエビデンスのある実践として広く認められており6)14)21)23)26),日本にも導入され,その効果が実証されている16)17)36).しかし,どのような属性をもつ人が就職しやすいか,あるいはどのような人の就労期間が長いかについては,日本においてこれまで検証されていない.
 精神障害をもつ人の就労獲得や維持を予測する個人の予測因子については,複数のレビュー論文が発表されている4)10)25)31)35).有力な予測因子としては,過去の就労経験4)10)31)35)や,認知機能の高さ4)31)が挙げられる.また,障害給付金などの福祉制度の利用は,就労を阻害するといわれている10)31).年齢は,若年が有利であると示す報告が複数あり4)31)35),性別は就労アウトカムとほとんど関連しないと考えられている25)31)35).診断は,統合失調症が他の診断に比べて就労しにくいとする報告がある一方35),関連がないとする報告もあり25),知見は一貫していない.ただし,診断によってIPSの効果が異なることが別のシステマティックレビューで示されている18).従来のサービスと比較したとき,統合失調症では就労率・就労週数に対するIPSの効果が有意だが,双極性障害では就労週数に対する効果が有意ではなく,うつ病では就労率・就労週数ともに有意ではなかった.このように,クライアントの診断によって就労アウトカムが異なることは十分に考えられる.学歴に関しては,高学歴が有利とする報告があるが31),関連がないとする報告もある10).入院経験との関連についても,知見は一貫していない4)25)31)
 個人の属性と就労アウトカムの関連を調べることには,次の2つの意義がある.まず,就労アウトカムに関連する属性が明らかになることで,現在の介入をより効果的に改善・補強することが可能になる.例えば,認知機能と就労アウトカムが関連するという知見は,IPSに認知機能リハビリテーションを組み合わせる試みに発展した2)11)20).もう1つの意義は,就労アウトカムに関連しない属性が明らかになることで,一見不利と思われる属性をもつ人でも,それ以外の属性の人と就労の獲得や維持の可能性が必ずしも大きく違わないことが示唆される点である.これによって,支援者が先入観をもたずに支援を行うことや,精神障害をもつ人が就職への希望をもつことにつながると考えられる.前述のように,この研究領域には豊富な知見の蓄積があるが,日本でIPS型就労支援を利用する人を対象に行った研究は存在しない.海外では,障害福祉制度や経済的・文化的な背景が日本と異なるうえ,研究によって就労支援の形式(IPSか従来型の職業リハビリテーションかなど)も異なるため,これまでの研究結果が日本においてあてはまるとは限らない.
 よって本研究は,精神障害をもち,日本でIPS型就労支援を利用する人において,どのような属性が就労の獲得や就労期間と関連するかを探索的に検証することを目的とした.

I.方法
1.研究デザイン
 本研究は,2年間の追跡を行った多施設コホート研究の二次分析である.一次報告では,IPS型就労支援を提供している16機関のフィデリティ得点(提供するサービスがどの程度IPSモデルに忠実かを示す得点)を調べ,高フィデリティ群と低フィデリティ群に分けて比較した結果,高フィデリティ群の機関の利用者において就労アウトカムが有意に良好であることが示された36).本研究の計画は大学病院医療情報ネットワーク(University Hospital Medical Information Network:UMIN)に登録されており(No. UMIN000025648),国立精神・神経医療研究センター倫理委員会の承認を得て実施された(No. A2016-055).また,本稿はSTROBEガイドラインに則って研究概要を記述する33)

2.セッティング
 本研究にはIPS型就労支援を志向し,フィデリティ調査を受けた16の機関が参加した().組み入れ基準は,(i)集団サービスだけでなく個別サービスを提供していること,(ii)支援利用者の除外基準がなく,誰でも支援を利用できること,の2つであった.参加機関がIPS型就労支援を開始してからの期間は,平均4.3年(範囲:0.6~8.7年)だった.日本版個別援助付き雇用フィデリティ尺度(Japanese version of individualised Supported Employment Fidelity scale:JiSEF)30)を用いて測定されたフィデリティ得点の平均は,2016年は91.4点(範囲:77~108点),2018年は92.0点(範囲:68~115点)であった.

3.対象者
 各機関で参加者のリクルートを行った.組み入れ基準は,(i)20歳以上であること,(ii)精神疾患の診断をもっていること,(iii)2017年1月1日から6月30日までの間に求職目的で支援を開始したことの3つであった.各機関でポスターを掲示し,支援記録などから参加者の背景属性や就労アウトカムなどのデータを入手して研究に用いることを周知した.参加者から支援員に対して,自身のデータ不使用の希望があった場合には,当該参加者のデータを削除した.

4.測定項目
 参加者の属性に関しては,性別,年齢,診断(ICD-10),最終学歴,居住形態,障害福祉関連の属性(障害者手帳の有無,障害年金受給の有無,生活保護受給の有無),過去1年間における30日以上の就労経験の有無,過去1年間における入院の有無,全般的機能(Global Assessment of Functioning:GAF)1)について,利用開始時のデータを支援記録またはインテーク/アセスメントシートから入手した.診断の情報源については,医師の診断情報を入手した場合と,参加者から聞き取った場合の両方があった.GAFは,機関の支援員が得点付けを行った.支援員には事前にGAFに関する研修や資料配布を行った.
 就労アウトカムは,参加者の追跡期間中の就労の有無,および就労した参加者の就労週数とし,支援記録,雇用契約書類,参加者からの聞き取りによってデータを入手した.就労週数は,勤務開始日と退職日から計算した.複数回就労していた場合,すべての就労週数を合計した.追跡期間中に参加者が支援の利用を中止した場合,機関の支援員が連絡をとり,就労に関するデータを収集した.データに欠損があれば,著者らが機関の支援員に連絡し,補完した.追跡は2019年6月30日に終了し,データ収集は2019年12月に完了した.

5.統計分析
 就労の獲得はロジスティック回帰混合モデル,就労週数は線形混合モデルを用いて分析した.ランダムな切片に支援提供機関の変数を投入し,機関ごとの違いを考慮した.カテゴリ変数の属性については,1つのカテゴリに属する参加者の割合が1%以下だった場合,他のカテゴリと統合して分析した.最終学歴については,大卒以上(大学,大学院)と大卒未満(中学,高校,専門学校,短期大学)の2カテゴリに分けて分析した.各属性について就労の獲得と就労週数との関連を分析した後(単純モデル),関連が統計的に有意となった属性すべてを説明変数に入れたモデルを作成し(多変数モデル),分析した.診断については,post hoc testとして多重比較を行った.すべてのモデルにおいて,先行報告を参考に36),機関のフィデリティ得点を調整変数とした.統計的有意水準は5%とした.分析はR version 4.0.4を用いた.

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II.結果
 219名がリクルートされ,206名が研究に登録されたが,追跡期間中に4名からデータ不使用の希望の申告があったため,202名が分析対象者となった.うち120名(59.4%)は追跡期間中に1回以上の就労があり,残りの82名は就労しなかった.就労した者の就労週数平均は52.3週(SD=32.1)だった.参加者の属性と,属性カテゴリ別の就労率・就労週数平均を表1に示した.参加者は男性がやや多く(55.9%),平均年齢は34.9歳(SD=9.9)だった.診断は統合失調症が最も多く(38.1%),次に発達障害(23.3%),うつ病(18.8%),双極性障害(9.4%),神経症性障害(8.4%)と続いた.パーソナリティ障害と知的障害はそれぞれ1%だった.最終学歴は,大卒以上が44.6%を占めた.居住形態は,家族と同居する者が72.3%と多く,一人暮らしは26.7%だった.施設に入居している者は1%だった.障害福祉関連の属性については,該当する参加者の割合が多い順に,障害者手帳保有(72.3%),障害年金受給(38.6%),生活保護受給(14.9%)となった.過去1年間に30日以上の就労をした者は34.2%,入院した者は19.8%だった.最後に,GAFの平均は51.0(SD=13.4)だった.
 該当する参加者が1%以下であったパーソナリティ障害と知的障害は,統合して「その他(パーソナリティ障害/知的障害)」カテゴリとして分析した.同様に,施設居住は一人暮らしと統合して分析した.

1.就労の獲得
 性別でみると,男性の就労率は70.8%に上ったのに対し,女性は44.9%であった.統計分析においても,男性が女性より有意に就労しやすかった(OR:2.27,95%CI:1.20~4.30,P=0.012)(表2).また最終学歴について,大卒以上が大卒未満よりも有意に就労しやすかった(OR:2.00,95%CI:1.05~3.92,P=0.038).さらに,GAFが高いと有意に就労しやすかった(OR:1.04,95%CI:1.02~1.07,P=0.001).年齢,診断,居住形態,障害福祉関連の属性,就労経験,入院については,就労の獲得との有意な関連はなかった.
 有意となった属性を説明変数に入れた多変数モデルでは,性別(男性,OR:2.12,95%CI:1.10~4.09,P=0.025)とGAF(OR:1.04,95%CI:1.01~1.07,P=0.003)は有意に就労の獲得と関連したが,最終学歴は関連を示さなかった(OR:1.69,95%CI:0.86~3.41,P=0.130).

2.就労週数
 診断との関連をみると,神経症性障害が統合失調症よりも有意に就労週数が長かった(B:30.4,95%CI:6.4~54.4,P=0.017)(表3).しかし,post hoc testとして多重比較を行いP値の調整を行ったところ,その差は有意ではなく,神経症性障害が双極性障害よりも有意に長いことが示された(P=0.029,tukey法による調整済).また,過去1年間に30日以上の就労をしていた参加者は有意に就労週数が長かった(B:13.1,95%CI:1.7~24.5,P=0.027).GAFも有意に就労週数と関連していた(B:0.5,95%CI:0.1~1.0,P=0.025).性別,年齢,最終学歴,居住形態,障害福祉関連の属性,入院については,就労週数との有意な関連はなかった.
 有意となった属性を説明変数に入れた多変数モデルでは,神経症性障害が統合失調症よりも就労週数が有意に長く(B:29.2,95%CI:5.9~52.5,P=0.019),GAFも有意に関連した(B:0.6,95%CI:0.2~1.0,P=0.010)が,就労経験は関連を示さなかった(B:7.3,95%CI:-3.9~18.6,P=0.217).

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

III.考察
 本研究は,IPS型就労支援を利用する者を対象に,就労の獲得や就労期間を予測する属性について調査した.利用開始時に全般的機能(GAF)が高い人は,就労しやすく,就労期間も長い傾向があった.男性は女性より就労しやすかった.診断については一部の比較においてのみ就労期間に差があった.その他の属性については,先行研究で指摘されていた障害給付制度の利用を含め,有意な関連はみられなかった.

1.全般的機能と就労
 全般的機能(GAF)と就労アウトカムの関連を調べた先行研究は,他の予測因子の研究と比べて少ない.文献レビューとして唯一検討を行っているMichon, H. W. C.ら25)によると,GAFと就労アウトカムは関連しないと報告され,本研究とは逆の結果である.文献レビュー以外では,IPSのランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)の二次分析が2000年以降に少なくとも2件ある.そのうちRössler, W.ら28)の報告ではGAFと就労率・就労期間は関連しており,本研究の結果と一致する一方,Catty, J.ら9)の報告では関連がなかったため,本研究の結果とは矛盾する.この理由について,調査参加者の診断の違いが挙げられる.Rösslerらの参加者は,統合失調症などをもつ人が1割で,うつ病性障害や神経症性障害など,統合失調症以外の診断をもつ人が大半であった.それに対し,Cattyらの参加者は統合失調症などをもつ人が8割であった.本研究の参加者は比較的Rösslerらの参加者属性に近く,統合失調症以外の診断をもつ参加者が6割と多かった.そのためにGAFが高いほど就労しやすいという結果が一致した可能性がある.Ciampa, M. A.らの研究でも,9割が感情障害をもつ参加者において,機能〔FAST(Functional Assessment Short Test)〕が高い人ほど就労している傾向があることが示された12)
 過去の先行研究と本研究の結果に基づくと,統合失調症以外の多様な診断をもつ利用者を支援する場合には,全般的機能と就労アウトカムが比較的関連しやすいと推察される.言い換えれば,統合失調症をもつ人においては,就労支援を受けることによって全般的機能の低さがカバーされやすいとも考えられる.重度精神疾患をもつ人へのIPSの効果は,それ以外の疾患をもつ人への効果より大きいと示されていることも,この考えを裏づけている13).また,重度精神疾患をもつ人に対してエビデンスのある社会的介入は,IPSのほかにハウジングファースト,家族介入が挙げられるが21),共通点は周囲の人々への働きかけや環境調整を多く行うことといえるかもしれない.職場の上司や同僚,家族,主治医と連携をとり,働きやすい環境を整えることが,全般的機能にかかわらず統合失調症をもつ人の就労を可能にしていると考察できる.しかしこれはまだ仮説の域を出ず,IPSのどのような点がどの症状・障害にマッチしているかは,今後の検討が待たれる.

2.ジェンダーと就労
 性別と就労アウトカムとの関連を否定する文献が多いなか7-9)25)28)31)32)35),本研究においては男性がより就労しやすいという結果だった.日本は海外の先進国と比べてジェンダーの格差が大きい国である.世界経済フォーラムが2022年に発表したジェンダー・ギャップ指数の日本の順位は146ヵ国中116位で,先進国のなかで最も低い水準であり,「経済」分野は特にジェンダーの格差が大きいとされている27).本研究により,精神障害をもつ人の就労においても,その社会的背景が就労の障壁となっていることが示唆された.障害をもつ女性は,障害者であることと女性であることにより,二重の差別を受けている可能性がある.しかし日本では,障害者のジェンダーと就労に関する研究はほとんど行われていない22).今後,障害をもつ人の就労におけるジェンダーの差別について調査を行い,実態が明らかになることが望まれる.

3.診断と就労
 診断に関しては,神経症性障害をもつ人の就労期間が,統合失調症や双極性障害をもつ人よりも長い可能性があることが示され,その他の比較においては就労アウトカムとの関連が示されなかった.あるメタアナリシスでは,統合失調症をもつ人は他の診断をもつ人より就労を得にくく,かつ継続しにくいと報告されており,本研究の結果と部分的に一致する35).一方で,診断と就労アウトカムの関連が示されなかった研究も複数ある9)25)28).Campbell, K.ら8)はRCTの二次分析で,IPSを行った群では診断が就労アウトカムと関連せず,慣習的な職業リハビリテーションを行った群では関連したと報告した.よって,IPSを行うことで重症疾患をもつことによる就労の困難が軽減され,診断による差を埋めている可能性がある.本研究ではIPS型就労支援を行っており,診断と就労アウトカムに限られた関連しか見いだされなかったことは,この知見とおおむね整合する.しかし,神経症性障害をもつ人の就労期間が長いという傾向は,本研究によって初めて示唆された.今後,別の研究による検証が求められる.
 注意すべきなのは,上述のような診断による差は,IPSと他の介入を比較した差ではなく,IPS群のなかでの比較だという点である.本研究ではすべての参加者がIPS型就労支援を利用しているため,重度精神疾患をもつ人の就労アウトカムが底上げされたうえで,他の診断と比較されたと考えるべきである.IPSは他の介入と比べ,重度精神疾患をもつ人に対して特に効果があると示されている一方,感情障害や神経症性障害をもつ人に対しては,効果のエビデンスが比較的弱い13)18)表4).統合失調症や双極性障害をもつ人にとってIPSから受ける利益が大きいことに留意する必要がある.

4.その他の属性と就労
 障害給付制度の利用は,就労アウトカムと関連があるとする先行文献が多いが4)10)24)29)31),本研究ではそれと矛盾する結果が得られた.海外の障害給付制度では,収入が増える,または就労して一定の期間が経つと,給付が減額される場合がある.受給者は,就労やその継続が総収入の減少につながるという不安を抱くため,就労が阻害されるといわれている.働いていない受給者の求職のモチベーションが損なわれるだけでなく,求職目的でIPSを利用した人においても,障害給付を受けている人は受けていない人より有意に就労しにくい,あるいは就労期間が短いことが先行研究で示唆されている3)8).日本では,地域差はあるが,就労が直ちに障害年金の額に影響することは多くないため,本研究においては就労の有意な阻害要因にはならなかったと考えられる.
 本研究では11の属性について就労の獲得・就労週数との関連を調査したが,そのうち6の属性(年齢,居住形態,障害者手帳,障害年金受給,生活保護受給,過去1年の入院)は,いずれの統計モデルでも就労アウトカムと関連を示さなかった.また,単純モデルで関連を示したが多変数モデルでは関連を示さなかった属性が2つ(学歴,過去1年の就労経験)あった.このなかには,複数の文献レビューで関連が報告されたものもあった(年齢,障害年金受給,就労経験).一方で,先行研究からは関連が強く予想されなかったものの,本研究では関連が見いだされた属性もあった(全般的機能,性別).この理由には,上で考察したように,本研究の参加者の特徴や日本の地域性などが考えられる.IPSと他の介入で就労アウトカムに関連する属性が異なるか否かについては,IPS群と対照群で別々に分析を行った研究や文献レビューが少ないため明確な結論は出ておらず,今後の研究課題であるといえる.
 多くの属性において就労アウトカムとの関連が示されなかったことは,それらの属性をもった人がそうでない人と同等に,就労の獲得や継続が可能であることを示唆している.これは,IPSモデルの8原則の1つである「ゼロ除外基準」(職業準備性や就労経験,疾患や重症度などのいかなる条件にも関係なく,就労したい人はサービスを利用できる)5)を支持する結果といえる.また,これまでの先行研究の結果がしばしば一貫しないことからもいえるように,精神障害をもつ人の就労アウトカムを個人の属性によって完全に予測することはできない.Bond, G. R.らは,就労の最も有力な予測因子はIPSに代表される効果的な個別就労支援を受けることであり,個人の属性は就労と控えめな関連しかないことを述べている4).またMetcalfe, J. D.らは,就労支援サービスの強度・スタッフの能力などのサービス関連の要因や,地域の経済的・文化的な要因も考慮に入れなければ,就労アウトカムの予測には不十分であると考察している24).さらに本研究のデータを用いた別の二次分析では,利用者が希望する就労条件(職種,月収,労働時間,通勤時間,障害開示)が実際の就労でより多く満たされると,就労期間がより長いことが明らかになった19).今後は,就労支援サービス提供者の特性や利用者の住む地域の特性,利用者の希望や就労条件に視野を広げ,精神障害をもつ人の就労を阻害・促進する要因を探ることが望まれる.

5.強みと限界
 本研究は,利用者属性と就労アウトカムの関連というテーマにおいて,日本で初めての研究である.また,日本のIPS型就労支援研究において現在唯一の縦断研究のデータを用いて調査したものである.海外の豊富な先行研究と日本の社会的背景に照らした考察は,今後の研究や実践に示唆を与えうる.一方で限界としては,サンプル数が少なかったため,統計的検出力に欠けた可能性がある.

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おわりに
 本研究は,IPS型就労支援利用者の属性と就労の獲得・就労週数の関連について調査し,利用開始時の全般的機能が就労アウトカムに影響する可能性を明らかにした.さらに男性のほうが就労しやすいことが示され,ジェンダーの格差によって女性の就労が阻害されているおそれがあることが示唆された.しかし全体的にみると,利用者個人の属性が就労アウトカムを左右することは少なく,今後はサービスの内容や強度,地域の特性,利用者の希望や就労条件がどのように就労を促進・阻害するかを調べることが求められる.

 本研究は文部科学省科学研究費補助金(研究代表者:山口創生,No. 16K21661,20H01611)およびAMED障害者対策総合研究開発事業(研究代表者:佐藤さやか,No. 17dk0307074h0001)の助成を受けた.本研究は二次分析であり,オリジナル研究の詳細は山口ら36)が報告している.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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