Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第1号

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特集 育てと育ちの精神医学―困難な育児・逆境における育ちの支えII―
東日本大震災後に誕生した子どもとその家庭への縦断的支援研究―ベースライン調査,第1回・第2回追跡調査の結果から―
八木 淳子1)2), 桝屋 二郎3), 福地 成4), 吉岡 靖史1), 松浦 直己5)
1)岩手医科大学神経精神科学講座
2)いわてこどもケアセンター
3)東京医科大学精神医学分野
4)宮城県精神保健福祉協会みやぎ心のケアセンター
5)三重大学教育学部
精神神経学雑誌 124: 36-46, 2022

 東日本大震災の発災から5年目の2015年,岩手・宮城・福島3県の甚大被害地域において,「東日本大震災後に誕生した子どもとその家庭への縦断的支援研究(みちのくこどもコホート)」調査を開始した.発災直後の混乱期に誕生した子どもとその保護者(223組が参加)の状態を把握し,その変容を多角的に評価して,必要かつ効果的な支援を明確にすることを目的として,12年間の計画で縦断的追跡調査とハイリスク児に対する支援・介入を継続している.ベースライン調査においては,保護者のメンタルヘルスの問題は依然として深刻であり,子どもの語彙発達(PVT-R)の遅れや行動・情緒の問題(CBCL)の遷延,子どもの知的・認知・語彙発達の問題と保護者のメンタルヘルスの状態の深刻度とは相互に関連があることなどが明らかとなった.ベースラインで平均して1標準偏差(SD)の遅れが懸念された子どもの知能発達(WPPSI)については,追跡調査(WISC-IV)においては大幅な改善が認められた.第2回追跡調査では,保護者のメンタルヘルスの問題に改善の兆しがみられた.その背景として,地域の再生,支援・介入の効果,子どものレジリエンスなどの要素があると考えられる.

索引用語:東日本大震災, みちのくこどもコホート, CBCL, PVT-R, 親のメンタルヘルス>

はじめに
 未曾有の大災害「東日本大震災」から10年.大震災が子どものこころの健康に及ぼした影響について,Fujiwara, T. らは,震災後数年間続く子どもの行動と情緒の問題や自殺リスクの増加を報告している2)3).被災地では年を経るごとに「はさみ状格差」が拡大し,回復・成長・発展していく子ども・家族・地域がある一方で,回復が遅れ,時間経過とともに病理性が深まっていく親子もまた確実に存在する.家族基盤の脆弱性が震災を機に顕在化し,非常事態下の生活の遷延が子どもの心身の発達に負の影響を及ぼすことが懸念された.
 著者らの一人は,児童精神科医として,岩手県沿岸の被災地域で診療や支援を継続してきたが,大震災から5年余りが経過した頃,宮城県・福島県の被災地においても一様に,「震災後に生まれた子どもたちが落ち着かない,集団行動になじめない」「その保護者のメンタルヘルスが心配だ」といった保育士や保健師の声が聞かれるようになった.大震災を直接経験していない,震災後生まれの子どもたち,すなわち震災直後の混乱期に乳児として被災地で育った子どもたちの心理的発達に,何らかの影響が及んでいるのではないか,という懸念が,現地の支援者の共有事項となり,実態を把握するための調査の必要性が浮上したのである.その「現場感覚」が実態と合致するならば,支援のあり方や支援継続のための方策を可及的速やかに検討しなければならない.このような臨床的実感から着想を得た「みちのくこどもコホート」研究は,2015年10月に岩手県宮古市でパイロット調査が開始され,以後12年間継続する計画である.
 自然災害の多いわが国において,大災害直後に生まれた子どもとその家庭がどのような影響を受け,どのような支援や介入を必要としているのかを明らかにし,今後の備えに生かすことが肝要である.本稿では,これまで得られた結果のなかから,子どもの知的発達と行動,保護者のメンタルヘルスの関連に着目し,そのハイライトを報告する.

I.研究概要と方法
 本研究の概要は,①震災後に誕生し,混乱期に乳児だった子どもたちの成長発達を長期的に追跡する,②岩手・宮城・福島の激甚被災地の状況を比較する,③保育所・こども園・学校をベースとして追跡調査と必要な支援を継続する,④子どもたちの中学校卒業まで追跡し,その成長発達の経過を見届ける,というものである.本調査によりデータを収集する意義は,被災地の子どもの発達や行動・情緒の問題と保護者のメンタルヘルスの状態を把握し,現在必要な支援や医療について検討できること,大災害後に被災地で誕生した子どもの成長発達について知り,今後の災害時の効果的な支援方法の立案に生かすことが期待できること,岩手・宮城・福島3県の支援者・医療従事者が課題を共有し,共通認識をもって子どもの支援に携わることが可能になることなどが挙げられる.
 本研究は,岩手医科大学医学部倫理委員会の承認(番号:H27-89)を得て実施している.

1.参加者のリクルートと対象
 岩手・宮城・福島3県の激甚被災地を選定し,その地域の保育所を通じて本研究への参加を呼びかけた.研究主旨に賛同いただいた保育所での研究説明会や保育所長・保育士から保護者への説明を行い,2011年3月11日以降1年間に誕生した子どもを対象としてリクルートし,3県で223名の子ども(平均年齢4.9±0.5歳)とその保護者が参加した.保護者に対し書面での説明と同意を得た.子どもに対しては保護者の代諾による同意を得たうえで,本人の理解に合わせた説明を行い合意を得た(図1).
 ベースラインのデータ収集期間は,2015年10月から2017年3月とし,対象年齢は4~5歳であった.

2.調査の流れ・研究期間と評価尺度
 一連の調査の流れを図2a,bに示す11).年度ごとに,保護者と保育士へのアンケート調査,子どもと保護者への面接調査により,子どもの心理的発達と親子のメンタルヘルスについてさまざまな角度から評価した.得られた結果はすべての保護者に個別にフィードバックし,ハイリスクの親子には必要に応じて支援を実施する(後述).全体の研究期間は12年間を予定しており,参加している子どもたちが中学校を卒業するまで,調査と評価,支援を継続する.最初の5年間は毎年,6年目からは隔年の調査とし,フォローアップは毎年実施する.
 本調査に用いた評価尺度を表1に示す.ベースラインの子どもの知的発達の評価には,子どもの負担軽減のため,ウェクスラー就学前幼児用知能検査(Wechsler Preschool and Primary Scale of Intelligence Third Edition:WPPSI-III)より「積木模様」「絵画完成」の2項目と,カウフマン式子ども用アセスメントバッテリーII日本語版(Kaufman Assessment Battery for Children Second Edition:KABC-II)より「数唱」「手の動作」「語の配列」の3項目を抜粋して実施した.語彙発達については絵画語彙テスト(Picture Vocabulary Test-Revised:PVT-R)を用いた.第1回追跡調査では,対象児の年齢が上がり,ウェクスラー児童用知能検査〔Wechsler Intelligence Scale for Children-Fourth Edition(WISC-IV知能検査)〕(フルセット)が実施可能となった.第2回追跡調査では,KABC-IIから「数唱」「手の動作」「語の配列」「パターン推理」「絵の統合」の5項目を実施した.子どもの発達特性の評価として乳幼児自閉症チェックリスト修正版(Modified Checklist for Autism in Toddlers:M-CHAT)を用い,回顧的に回答を得た.子どもの行動と情緒の問題の評価には,子どもの行動チェックリスト(Child Behavior Checklist:CBCL),CBCL教師用(Teacher's Report Form:TRF),子どもの強さと困難さアンケート(Strengths and Difficulties Questionnaire:SDQ)などを用い,保護者と保育士から回答を得た.本稿ではCBCL(保護者評定)・TRF(保育士・教師評定)のいずれも,総得点での結果(T得点63以上,60~62,59以下で区切り,それぞれ臨床域,境界域,正常域とされる)を報告する.
 保護者のメンタルヘルスに関しては,精神疾患簡易構造化面接法(Mini-International Neuropsychiatric Interview:M. I. N. I.)による評価と質問紙調査としてKessler Psychological Distress Scale(K6),改訂版出来事インパクト尺度(Impact of Event Scale-Revised:IES-R),ベック抑うつ質問票(Beck Depression Inventory-Second Edition:BDI-II),エジンバラ産後うつ病質問票(Edinburgh Postnatal Depression Scale:EPDS),ソーシャルキャピタル(Social Capital:SC)に関する質問,WHO Quality of Life 26(WHO QOL26)などを実施した.K6はうつと不安のスクリーニングにおいて頻用される5点以上をカットオフポイントとした.BDI-IIの重症度は軽度(14~19点),中等度(20~28点),重度(29点以上)であり,中等度以上を臨床域とした.IES-Rは25点以上が臨床域のカットオフポイントである.
 保護者の面接調査は児童精神科を専門とする精神科医・臨床心理士が行い,子どもの心理検査は臨床心理士が実施した.

3.統計解析
 連続変数については,3県間の差を調べるために一元配置分散分析を行ったのち,多重比較検定を行った.等分散性が有効な場合にはTukey法を用い,有効でない場合Dunnett T3法を用いた.カテゴリー変数については,χ2検定を行い群間比較した.子どもと保護者の特性の関連を調べるために,連続変数についてはt検定,カテゴリー変数についてはコクランのQ検定を行った.統計解析はIBM SPSS for Windows 24.0(IBM Corp. Armonk, NY, USA)を用い,有意水準はP<0.05とした.

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II.支援・介入の流れ
 すべての保護者に対し,子どもの発達検査結果の書面によるフィードバックを行い,希望する保護者には対面での説明の機会を設けた.介入を要する親子を見極めるため,①子どもの認知発達検査(WPPSI-III/KABC-II)において評価点6点以下の項目が3つ以上ある,②CBCL(保護者評定)とTRF(保育士・教師評定)において総得点が臨床域である,③保護者のM. I. N. I. において何らかの精神疾患に該当する,④保護者と保育士によるSDQにおいてHigh Need(High Need 16~40点,Some Need 13~15点)である,またはM-CHATにおいて臨床域(全23項目中3つ以上または重要10項目中1つ以上が不通過)である,または保護者のK6とIES-Rにおいて臨床域またはBDI-IIにおいて中等度もしくは重度である,またはPVT-Rで語彙発達の遅れが半年以上のいずれかに該当する,以上①~④のいずれか2つに該当する場合をハイリスクと定め,その基準に該当する子どもと保護者に対しては,さらに詳細な個別の発達相談や養育相談の機会を設け,児童精神科医や臨床心理士が対応した.また,保護者の承諾のもとで保育所・保育士と情報を共有し,ハイリスクの親子への対応について,児童精神医学的観点から保育士への助言を行い,電話などによる定期的な情報交換を行った.研究チームの児童精神科医など専門職の協議により,専門機関への受診や相談を要すると判断された親子については,各地域の福祉や行政・医療機関などへ確実に紹介しその後の連携を維持して,親子双方のニーズレベルに応じた適切な支援を提供した.
 さらに3ヵ月から半年後に,すべての保護者に電話によるフォローアップ(所定の様式に従った質問とその結果に応じた介入のレベル分け)を行い,ハイリスクの親子に対しては必要に応じて相談支援を継続する仕組みを維持した.

III.ベースライン調査結果より(ハイライト)
1.保護者の属性と家族の被災状況
 保護者平均年齢は34.7±5.5歳,223名中母親が212名,父親が11名であった.母親の24%が発災時に妊娠していた.
 自宅被害の程度は,深刻21.5%,相当程度11.0%と3分の1は大きな損壊を受けており,約20%に相当程度以上の財産の損失があった.家族親族の死を34.3%,知人の死を約半数が経験していた.

2.子どもの発達
表2に示すように,WPPSI-IIIとKABC-IIから選択された5項目のテストの得点の平均(標準化された得点の基準は10点)は,8.1~8.8点であり,約1標準偏差(standard deviation:SD)の遅れが認められた.このうち「積木模様」については,3県間で有意差が認められた.またPVT-Rで評価した語彙発達到達月齢は,平均58.5ヵ月であるのに比して52.2ヵ月と7ヵ月程度の遅れが認められた.

3.子どもの行動と情緒の問題(CBCL,TRF)
 保護者が評価したCBCL総得点では,臨床域16.6%,境界域11.1%と,何らかの行動上の問題を呈する子どもの割合が高いことがわかった(一般的には臨床域は10%程度とされる).
 保育士による評価(TRF総得点)では,臨床域37.0%,境界域17.0%で,保護者による評価よりも,相当程度厳しい評価となった.

4.保護者のメンタルヘルス
 M. I. N. I. により何らかの精神疾患に該当する保護者は,3県の平均で35.9%にのぼった.その疾患名の内訳は,軽躁エピソード,自殺企図,アルコール依存などさまざまであった.
 保護者の不安や抑うつに関する自己評価では,K6で36.5%が臨床域,BDI-IIで35.2%がうつ状態(中度以上は18.3%)であった.「震災」を想起したIES-Rの得点は,平均11.5点であり,14.2%が臨床域(カットオフ25点)であった.
 被災下での出産後1年間で最もつらかった時期を想起(回顧)して回答したEPDS(母親のみ回答)では,25.9%が臨床域に該当し,重篤な産後うつ状態にあった可能性が示唆された(表3).
 WHO QOL26は26の質問と6つのカテゴリー(全項目,QOL全体,身体,心理,社会,環境)でQOLを評価するが,保護者のQOLの実感は,日本の一般人口の標準値と比較して,そのいずれのカテゴリーおいても有意に低い結果であった5)

5.子どもの行動・発達と保護者のメンタルヘルスの関連
 保護者がM. I. N. I. で何らかの精神疾患に該当した場合,その子どものPVT-Rスコアは有意に低かった〔T(222)=2.8,P<0.01〕(図38)
 保護者がK6で臨床域に該当する場合,その子どものCBCL総得点において臨床域27%,境界域14%を占め,約4割の子どもが何らかの行動と情緒の問題を呈していることが示された.これは,保護者のK6得点が正常域であった場合,その子どものCBCL得点が臨床域11%,境界域9%であることと比較して,有意に高いものであった(χ2=11.9,P=0.003)(図4上段).
 また,保護者のBDI-IIとその子どものCBCL総得点についてχ2検定を行ったところ,有意な関連があった(χ2=16.9,P=0.01)(図4下段).残差分析の結果,保護者のBDI-II中等度の場合,その子どものCBCL正常域の割合が有意に低く,臨床域の割合が有意に高かった.保護者のBDI-II健常域の場合,その子どものCBCL正常域の割合が有意に高く,境界域・臨床域の割合が有意に低かった.
 以上の結果から,子どもの語彙発達や行動上の問題は,保護者(母親)のメンタルヘルスの状態と相互に関連していることが明らかとなった.

表2画像拡大表3画像拡大
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IV.追跡調査より(抜粋)
 2年目の第1回追跡調査(2017)の捕捉率は95.1%,3年目の第2回追跡調査(2018)は78.9%であった.3年目に不参加の群(47組)と継続群(176組)の保護者のメンタルヘルス,子どもの行動上の問題について,ベースライン調査時点で比較すると,いずれの項目でも有意な差は認められなかった.また,第1回調査でのWISC-IVによる子どもの全検査IQにも差は認めなかった.

1.子どもの知的発達の伸び
 ベースライン調査で実施した知能・認知発達検査の合成得点による推定IQ値の平均は87.2であったが,2年目のWISC-IVのFSIQの平均は93.4であった.両者を単純比較することはできないが,2年目の数値に有意な上昇が認められた(Pair-t test,P<0.05).
 3年目では,KABC-II「語の配列」の得点が9.0に上昇し(Pair-t test,P<0.05),PVT-Rの評価点は10.6と著しい改善を認めた(P<0.01).

2.子どもの行動と情緒の問題(CBCL,TRF)
 2年目の調査でのCBCL総得点(保護者評定)は,ベースラインに比し,臨床域10%,境界域7%と有意に改善した(Friedman検定,χ2=11.3,P<0.01).保育士による評定(TRF)は,臨床域28%,境界域19%と,依然として保護者より厳しい傾向ではあるものの,子どもの行動と情緒の問題が改善していることを示唆している(χ2=5.0,P=0.025).

3.保護者のメンタルヘルスとソーシャルキャピタル
 保護者のメンタルヘルスに関する項目は,2年目の調査ではほとんど改善がみられなかったが,3年目の調査では,M. I. N. I. による精神疾患該当の割合は26.7%にまで減少した(McNemar test,χ2=4.98,P<0.05).BDI-IIの平均点は有意に低下し(Pair-t test,P<0.05),IES-Rの平均点も有意な低下を認めた(P<0.01).
 ソーシャルキャピタルについては,3年目の調査で「地域の組織への参加」の割合が大きく上昇した(P=0.00).「住んでいる地域の相互信頼」「住んでいる地域の相互扶助」とメンタルヘルス(BDI-II,K6)の関連において,ソーシャルキャピタルが醸成されている保護者ほど,メンタルヘルスの問題も有意に低いことが示唆された(図5).

4.保護者のQOL
 WHO QOL26において,QOL全般にわたり,ベースライン,2年目の第1回追跡調査とも低い結果となっていたが,3年目の調査では初年度に比し「環境」が有意に改善していた(P=0.001).

図5画像拡大

V.考察
 参加した保護者の95%が母親であることから,本研究での保護者に関する結果はおおむね母親の状態や性別による特性を反映したものであるといえる.父親の一人親家庭から継続参加してくれている親子もあり,「親」のありようを必ずしも「父親」「母親」といった性別で単純に分けることはできないと考えられるが,本研究結果から導かれる考察における保護者についての記述は,主に母親を想定したものが中心となる.

1.子どもの発達の遅れと行動上の問題について
 ベースライン調査において,知能・認知検査の5つの下位項目と語彙テストで,約1 SDの発達の遅れが確認された.またCBCL総得点が臨床域・境界域にある子どもの割合が顕著に高く,「震災後1年間に生まれた子どもが震災から5年以上経過した段階で,落ち着きのなさや集団不適応を呈している」という現場の支援者の実感と一致する結果となった.
 CBCL/TRFにおいて保護者よりも保育士の評価が厳しい傾向にあるのは,保護者と子どもの1対1(多くとも対数名)の関係性とは異なり,保育所においては集団のなかでの評価となるためであると考えられる.子どもが初めて同年代の集団のなかで過ごすための自己調整能力は,通常,3歳までの家庭環境のなかで醸成され準備されていくものだが,その期間が大震災後の混乱期に重なった子どもたちとその家族は,互いの応答性や社会性涵養の機会と時間を十分に得られなかった可能性がある.

2.保護者の精神医学的問題
 M. I. N. I. による評価で,3分の1の保護者が何らかの精神疾患に該当したことは,日本で一般的に見いだされる精神疾患の有病率(10%未満)6)に比し,危機的状況にあることが示唆され,これらの保護者のほとんどは医療や福祉サービスを一度も利用していなかった.東日本大震災の被災地は,発災以前から医療資源が乏しく逼迫しており,住民のメンタルヘルスはコミュニティの自然なサポート力に守られてきた経緯がある.大災害の壊滅的な被害によるコミュニティの崩壊は,医療過疎や人口減少の問題が深刻だった地域に,さらに大きな打撃を与え,幼い子どもを育てる保護者(母親)のメンタルヘルスにもその影響が及んでいるものと考えられる.

3.保護者のメンタルヘルスと子どもの発達・行動上の問題の関連
 Laplante, D. P. らは,自然災害による周産期の母親のストレスが,5歳半時点の子どもの認知や言語機能に影響を与えることを報告した7).本調査においても,知能・認知検査の5つの下位項目と語彙テストにおいて,約1 SDの発達の遅れが確認され,特に語彙発達においては,保護者の精神疾患の存在と有意な関連があった.
 本調査でのEPDSの結果は,出産から約5年後の回顧による評価であるため,あくまで参考値にとどまるが,災害直後の混乱期における出産と育児は,母親に多大な心理的負担を強いたであろうことを物語る.
 子どもの行動と情緒の問題(CBCL)と保護者の不安や抑うつ(K6,BDI-II)の程度も有意な関連が認められており,子どもの行動や情緒に現れる問題性の深刻度と保護者の不安・抑うつ症状の重さが相互に負の影響を及ぼすことにより,保護者の育児ストレスがさらに増大することが危惧される.大災害後の子どもの支援を考えるうえでは,周産期とその後の母親のメンタルヘルスに着目することが,子どもの発達や行動上の問題を軽減する有効な手立てとなる可能性が示唆される.

4.被災地で発達障害は増えているのか
 震災後数年を経て「被災地の子どもたちが落ち着かない」「発達障害様の症状を呈する子どもが増えている」といった現場(保育士や教師)の声を聞く機会が増えたと実感する児童精神科医・小児科医は少なくない.症状を羅列し,診断基準に合致する項目を数えれば,「発達障害」と診断されることもありうるかもしれない.しかし,本調査結果は,子どもの語彙発達や行動・情緒の問題と保護者のメンタルヘルスの問題が相互に関連していることを示し,時間の経過とともにその程度が回復していることが明らかとなった.コミュニティのサポートが低下した非常事態において,乳幼児期が混乱期に重なった子どもたちのなかに,一時的に「発達の遅れ」や「発達の障害」が見いだされうることの解釈については,慎重な判断が必要である.

5.地域・コミュニティの再生
 ソーシャルキャピタルや地域の絆が災害復興に寄与したとする報告1)4)9)にあるように,本調査においても,ソーシャルキャピタルの醸成や環境の改善が,母親のメンタルヘルスの問題の軽減と有意に関連していることが示された.

VI.研究の限界
 本研究の限界として,参加者の募集が手上げ方式でなされ悉皆調査ではないため,重篤な影響を受けた人すべてを網羅していないこと,参加者の被害状況には個人差があること,サンプルサイズが小さいため被災地全体の傾向を代表するものではないことなどが挙げられる.また,他の地域との比較や支援を受けない対照群との比較を行っておらず,災害の影響や支援の効果の断定的な評価は難しいことなどの限界を含む.

おわりに
 震災から6年の時点で,甚大被害を受けた地域で生まれ育った子どもたちに,行動と情緒の問題や発達の遅れがみられること,メンタルヘルスの問題を抱える保護者(母親)が少なくないことが示された.このことは,被災地で子どもにかかわる支援者,児童精神科医療関係者が「実感として」認識していた問題や危機感と合致していた.しかし,その後の2年間における発達促進的な介入や養育支援,ソーシャルキャピタルの醸成,地域環境の改善などにより,子どもと保護者双方の問題が改善する傾向にある.
 震災後に生まれた子どもとその保護者に対し引き続き手厚い支援が必要であること,また,アタッチメント形成において極めて重要な乳児期が発災直後と重なる子どもたちとその保護者,ことさら母親への発災早期からの支援の必要性が示唆された.今後も本研究の追跡調査を継続し,ハイリスクな子どもとその家族の発見,確実な支援の実施,地域資源ネットワークの拡充に取り組んでいきたい.

 本研究は平成31年度科研基盤研究(B)「東日本大震災後に誕生した子どもとその家庭への縦断的支援研究」(研究代表者:八木淳子)により行われた.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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11) 八木淳子: 大災害後の子どものメンタルヘルス支援の多層的ニーズを考える. 小児の精神と神経, 59 (2); 155-159, 2019

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