Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第5号

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原著
新潟大学医歯学総合病院における統合失調症患者の臨床的特徴と認知機能との関連
國塚 拓郎, 安部 弘子, 鈴木 雄太郎, 染矢 俊幸
新潟大学医歯学総合病院精神科
精神神経学雑誌 121: 344-355, 2019
受理日:2019年1月21日

 【背景】認知機能障害は統合失調症における最も重要な症状と考えられ,認知機能検査は患者の病態や予後を把握するため欠かせない検査であると考えられている.しかし,同検査の結果は,統合失調症の病態だけでなく,年齢や性別,罹病期間,抗精神病薬服薬量などの対象のもつさまざまな臨床的特徴に影響されていることが海外での先行研究で報告されているが,日本での研究はいまだ少ない.そこで本研究では,日本人統合失調症患者を対象に臨床的特徴が認知機能検査の結果に与える影響を検討した.【方法】2010年10月から2015年3月の間で新潟大学医歯学総合病院精神科に入院した統合失調症患者111名(男性41名,女性70名)のカルテから統合失調症認知機能簡易評価尺度日本語版(BACS日本語版)の各下位検査粗点と粗点合計およびcomposite scoreを調査する.同様に,対象者の年齢,性別,発症年齢,罹病期間,教育年数,抗精神病薬服薬量,抗コリン薬およびベンゾジアゼピン(BZD)系薬服薬の有無,簡易精神症状評価尺度(BPRS)得点の調査を行い,それらの関連性を検討するために重回帰分析を行った.なお,本研究は新潟大学医学部倫理委員会の承認を得ている.【結果】言語性記憶に罹病期間(R2=0.066,P=0.004)が,作動記憶に男性,教育年数,罹病期間(R2=0.178,P=2.49E-5)が,運動機能にBPRS得点と教育年数(R2=0.088,P=0.003)が,注意と情報処理速度にBZD系薬服薬,教育年数,年齢(R2=0.161,P=7.01E-5)が,遂行機能に男性,教育年数,年齢(R2=0.209,P=3.37E-6)が,粗点合計に教育年数,年齢,BZD系薬服薬(R2=0.183,P=1.80E-5)がそれぞれ寄与する要因として挙げられた.【結語】本研究はいまだ報告がない比較的急性期で入院中の日本人統合失調症患者を対象とし,BACS日本語版を用いた研究である.本研究の結果から,こうした一群においても日本人統合失調症患者の認知機能にはさまざまな臨床的特徴が影響していることが明らかとなった.

索引用語:統合失調症, 認知機能, BACS日本語版>

はじめに
 統合失調症の認知機能障害に関する研究は1990年代後半から盛んに行われており,現在では作動記憶,遂行機能,情報処理速度などの広汎な認知機能が障害されることが知られている.いくつかの先行研究において,認知機能障害は幻覚や妄想といった陽性症状よりも患者のその後の社会的転帰に関連することが明らかになっており,認知機能障害を統合失調症の中核的症状の1つとする見方もある8)12).DSM-5では横断的に認知機能の量的評価を行っていることからも,統合失調症患者に対する認知機能評価が重要であることがうかがえる.
 統合失調症患者の認知機能評価がその重要性を増すにつれ,認知機能を評価するための認知機能検査の開発も近年になって盛んになっている.しかし,その一方で,統合失調症患者の認知機能に関するメタ解析では,研究間で認知機能を測定するために用いられる尺度が異なるため,一貫した結論を見出せないと指摘する研究もある10)11)39).さらに,こうした認知機能検査の結果は,統合失調症の病態だけでなく,年齢や性別,罹病期間,発症年齢,教育年数,抗精神病薬服薬量などの対象のもつさまざまな臨床的特徴に影響されていることが多くの先行研究で報告されている14)21)23)31)
 こうした近年の統合失調症の認知機能に関する研究のなかで,統合失調症患者の広汎な認知機能障害を測定することを目的として,Brief Assessment of Cognition in Schizophrenia(BACS)が米国のKeefe, R. S. らによって開発された22).本邦では,Kaneda, Y. らによって日本語版が作成され19),従来よりも短時間で統合失調症患者の広汎な認知機能についての評価が可能となっているが,開発から日が浅く,まだ十分な知見が集積されていない現状がある.そこで本研究では,本邦で行われた臨床的特徴が認知機能に与える影響をBACS日本語版を用いて調査した先行研究との比較を行うことで,臨床的特徴と認知機能の関連性を検討した.

I.方法
1.対 象
 対象は2010年10月から2015年3月の間,新潟大学医歯学総合病院精神科へ入院しDSM-IV-TRにて統合失調症または統合失調感情障害と診断された111名で,以下の条件をすべて満たす者である.①年齢が65歳以下である者,②明らかな身体疾患がない者,③DSM-IV-TR診断基準において統合失調症以外のI軸診断を伴わない者,④電気けいれん療法による治療中でない者,⑤抗精神病薬による治療を受けているかまたは未治療の者,⑥BACS日本語版施行時点において内服および治療への明らかな拒否のない者.
 これらの対象のカルテ調査を行い,性別,年齢,発症年齢,罹病期間,教育年数,抗精神病薬服薬量(クロルプロマジン換算),抗コリン薬服薬の有無,ベンゾジアゼピン(BZD)系薬服薬の有無,診断下位分類および以下に示す評価尺度の得点を抽出した.本研究は個人情報の保護に十分に留意し,新潟大学医学部倫理委員会の承認を得ている.

2.評価尺度
1)簡易精神症状評価尺度(BPRS)
 精神症状を簡便かつ広範囲に包括した評価尺度としてOverall, J. E. らが作成したBrief Psychiatric Rating Scaleをオックスフォード大学のKolakowska, T. らが改訂したものを日本の北村らが日本語訳した尺度である26).18項目の精神症状の評価を重症度ごとに「0:症状なし」から「6:非常に重度」までの7段階で評定する.評定は臨床医による半構造化面接によって行われ,広汎な精神症状を短い時間で評定することができる.当施設では入院中の統合失調症患者に対して,担当医によるBPRSの評価が2週間ごとに行われるが,本研究では認知機能検査を行った時期に近い結果を採択した.
2)統合失調症認知機能簡易評価尺度日本語版(BACS日本語版)
 BACS日本語版は統合失調症患者で低下しやすいとされている言語性記憶,作動記憶,運動機能,言語流暢性,注意と情報処理速度および遂行機能を評価するための6つの下位検査で構成され,粗点をもとに同年代健常平均値を基準としたZ-scoreを算出できる.また,6つの下位検査項目のZ-scoreから認知機能全般の障害の水準をみるcomposite scoreを算出することができる.同年代健常平均値からの障害の程度はZ-scoreが-0.5~-1.0で軽度障害,-1.0~-1.5で中等度障害,-1.5以下で重度障害となっている.
 また,composite scoreの算出方法については,従来各下位検査のZ-scoreの平均値だったが,2013年には各年齢別の下位検査Z-score平均と標準偏差から算出するよう改訂されている20).本研究では,2013年より前に施行されていたBACS日本語版のcomposite scoreについては,改訂された方法で算出している.また,BACS日本語版は対象患者の容体が安定し,担当医が検査可能と判断した際に施行されている.

3.統計的手法
 対象者の臨床的特徴とBACS日本語版の各下位検査粗点とcomposite scoreの男女差を比較するために独立したt検定を行った.また,臨床的特徴がBACS日本語版の各下位検査およびcomposite scoreに与える影響を解析するために,性別,年齢,発症年齢,罹病期間,教育年数,抗精神病薬服薬量,抗コリン薬服薬の有無,BZD系薬服薬の有無を説明変数とし,BACS日本語版の各下位検査粗点およびcomposite scoreの7項目を目的変数として重回帰分析(ステップワイズ法)を行った.なお,composite scoreは換算値であるため,代替として全粗点の合計を統計に用いた.
 すべての統計処理はIBM社製SPSS statistic 22.0 for windowsを用いて有意水準5%未満で判定した.

4.先行研究との比較
 本研究の対象の臨床的特徴とBACS日本語版の結果を,同様の研究を行っている先行研究と比較検討を行うために,先行研究に用いられている臨床的特徴とBACS日本語版の結果を併記した.

II.結果
1.対象の臨床的特徴・各評価尺度得点と性差
 本研究の臨床的特徴とBACS日本語版結果の平均と標準偏差を表1に示した.男女差については,BACS日本語版下位検査の作動記憶,注意と情報処理速度および遂行機能に男女差が認められた.

2.臨床的特徴がBACS日本語版結果に与える影響
 臨床的特徴がBACS日本語版の各下位検査Z-scoreとcomposite scoreに与える影響を検討したところ,「言語流暢性」を除くすべてのBACS日本語版下位検査項目ならびにcomposite scoreに,影響を与えている臨床的特徴が抽出された(表2).また,すべての説明変数に共線性の問題は確認されなかった.

表1画像拡大表2画像拡大

III.考察
 本研究では,比較的急性期の大学病院入院中の日本人統合失調症患者のみを対象としており,10代~30代が全体の69.4%を占めていること,DSM-IV-TRにおいて鑑別不能型と診断される者が全体の6割近くを占めていることといった特徴を有する一群を対象としている.BACS日本語版の下位検査およびcomposite scoreのZ-score平均範囲は-0.83~-2.07であった(表3).本邦において,急性期病棟入院中で,解体型や鑑別不能型を多く含んだ日本人統合失調症患者の一群を対象とし,BACS日本語版を行った先行研究はわれわれの知る限りない.本研究の結果は,統合失調症患者の認知機能が健常者の平均と比べて1~2標準偏差低下するという報告32)と一致しており,本研究で抽出した一群に対してもBACS日本語版が有用であることを示唆している.
 本研究では,臨床的特徴がBACS日本語版の各下位検査Z-scoreとcomposite scoreに与える影響を検討した.
 言語性記憶に寄与する要因として,本研究では罹病期間が挙げられた(表2).Keefeら23)は高齢であるほど,また罹病期間が長いほど言語性記憶が広汎に低下することを指摘しており,Bajs, M. ら4)も,罹病期間が長いほど言語性記憶を測定するRey Auditory Verbal Learning Test(RAVLT)の得点が低くなっていることを報告している.本研究の結果はこれらの先行研究結果を支持するものである.しかし,本研究と同様にBACS日本語版と臨床的特徴の関連を検討した先行研究としてAtake, K. ら3),Kaneda, A. ら18),Kishi, T. ら25),およびTanaka, T. ら40)のものがあるが,これらの先行研究ではBACS日本語版の言語性記憶と罹病期間との関連は報告されていない.Kishiらの研究では,慢性期統合失調症患者を対象として,BACS日本語版下位検査およびcomposite scoreが-2.34~-4.94と低く,陰性症状の影響が強いことを報告している.本研究より認知機能障害が重い患者を対象としており,こうした対象の特徴の差が結果の違いに影響した可能性が考えられる.また,Tanakaらは解析に相関分析を用いており,Kanedaらは臨床的特性として年齢,性別,教育年数,罹病期間を用いていた.こうした解析方法や臨床変数の違いも影響しているかもしれない.Albus, M. ら1)は,初発の統合失調症患者を対象とした2年間のフォローアップ研究の結果,言語性記憶が統合失調症の状態に関連することを報告している.また,本研究の対象は比較的急性期の入院患者を対象に,症状が改善した時点でBACS日本語版を施行している.そのため,罹病期間が長い者ほど治療に際してより重篤な精神病症状が残存しやすく,言語性記憶障害が現れやすい可能性が考えられる.
 作動記憶については,男性,教育年数,罹病期間が寄与する要因として挙げられた(表2).作動記憶は一般健常者では性差は認められないと報告されており36),これまでのBACS日本語版を用いた先行研究(表3)でも,統合失調症患者において性差が影響を与えるという報告はない.男性の対象数が女性と比べて少ないという本研究の対象群の特徴から,男性の結果の分散が影響を及ぼした可能性が考えられる.
 教育年数と作動記憶との関連は,統合失調症患者を対象にしたKeefeらの研究において,視覚性作動記憶課題ではあるが,教育年数と作動記憶との正の相関を報告している23).しかし,BACS日本語版を用いた先行研究(表3)では,作動記憶と教育年数との関連は報告されていない.健常者を対象とした研究では,Roberts, G. ら33)は6~7歳の健常児童を対象として,作動記憶の発達に教育による影響が大きいことを報告しており,原田ら15)は健常高齢者を対象として年齢と教育年数が認知機能検査の結果に及ぼす影響を調査し,作動記憶や注意の持続,処理速度において,加齢に伴う影響が増すにつれて教育年数による差が明らかではなくなることを報告している.本研究の対象は30代以下の者が7割近くを占める特徴的な一群であり,本研究と先行研究の相違は,原田らが示したように,本研究の結果が加齢に伴う影響によって教育年数の影響が打ち消される以前のものであった可能性が考えられる.
 罹病期間と作動記憶との関連について,Forbes, N. F. ら11)のメタ解析の結果では,その関連が報告されているが,研究ごとに用いられている尺度が異なり,一貫した関連性を見出せないことを指摘している.本研究と同じ尺度を用いたKishiら25)やTanakaら40)の研究においても,作動記憶に寄与する要因として陰性症状を挙げているが,罹病期間との関連は指摘されていない.一方で,Kanedaら18)の研究では罹病期間と作動記憶との関連が報告されており,Kanedaらは,こうした研究間の不一致は分析に使用された説明変数の相違に起因する可能性があることを考察している.研究間の不一致を是正するためには,こうした分析に用いる変数や尺度を統制したうえでさらなる知見の集積を行う必要があるだろう.
 本研究では,運動機能に影響を及ぼす要因として,BPRS総得点と教育年数が算出された.
 BPRS総得点と運動機能との関連は,症状の改善によって運動機能が改善したという報告16)と一致している.一方で,Tanakaら40)は精神症状と運動機能との関連は指摘しておらず,Kishiら25)はPositive and Negative Syndrome Scale(PANSS)の全体スコアは統合失調症患者の運動機能とは関連しないが,運動機能とPANSS陰性症状スコアとの関連を報告している.また,Walther, S. ら42)のレビューにおいても,運動機能と陰性症状との関連が指摘されている.本研究においては,BPRS総合得点との関連をみており,陰性症状との関連については詳細な検討ができなかった.今後は陽性症状と陰性症状とに分けての関連を詳細に検討する必要があるだろう.
 統合失調症患者における教育年数と運動機能との関連を報告した研究はわれわれの知る限りなかった.Elbaz, A. ら7)は,65歳以上の地域住民を対象とした縦断的コホート研究において,高学歴の高齢者が白質病変の影響を受けにくく,教育年数と研究開始時点の歩行速度との間に関連があるが,教育年数と歩行速度の低下率との間には関連がなかったことを報告している.また,Waltherら42)は,統合失調症患者において白質や基底核を含む運動系の脳構造に障害があることを報告している.よって,本研究の結果は,統合失調症患者においても高齢者と同様に,教育年数が長い者は白質病変の影響を受けにくく,運動機能が障害されにくいことを示している可能性が考えられる.しかし,本邦におけるBACS日本語版を用いた先行研究では,教育年数と運動機能との関連は示されていなかった.本研究と先行研究との差異は,本研究の対象が比較的急性期で若年の者が多いため,先行研究と比べて統合失調症の陰性症状や加齢による影響が少なかったと考えられる.
 本研究では,言語流暢性に影響する臨床的特徴はなかったが,いくつかの先行研究において,言語流暢性に寄与する要因として年齢の影響が報告されている25)34)40).本研究の対象者が30代以下の若年層に偏った一群であるため,年齢による影響が検出できなかったのかもしれない.
 注意と情報処理速度の結果に寄与する要因としてBZD系服薬,教育年数および年齢が挙げられた.また,寄与する要因としては挙げられていないが,注意と情報処理速度課題において性差が認められている(表1).
 BZD系薬剤の服薬が注意と情報処理速度を含む認知機能に影響を与えていることは以前から指摘されている5)43).BACS日本語版を用いた先行研究では,Kishiら25)が抗不安薬と睡眠薬の服用量を説明変数としてBACS日本語版の各下位検査およびcomposite scoreとの関連をみているが,注意と情報処理速度との関連は認めていない.これはKishiらの研究がBZD系薬剤に限定しておらず,本研究との差異が生じたためと考えられる.
 注意と情報処理速度に影響を与える要因として,教育年数や年齢を挙げている先行研究はいくつかあり18)23)25),本研究の結果はこれらの先行研究を支持するものである.また,Dickinson, D. ら6)は,BACS日本語版の注意と情報処理速度課題である符号課題のメタ解析の結果,より若年で罹病期間の短い患者が符号課題において良好な成績を示したことを報告している.しかし,Joy, S. ら17)は,健常成人において,加齢とともに符号課題の得点が低下することを報告しており,Longman, R. S. ら28)は,アメリカとカナダの標準化標本を用いた大規模研究において,教育年数が情報処理速度に影響を及ぼしていることを報告している.本研究や先行研究で指摘された教育年数や年齢の影響は,統合失調症患者に特有のものではなく,一般健常群にもみられる特徴と考えられる.
 遂行機能に寄与する要因としては,本研究では男性であること,教育年数および年齢が挙げられた.
 性別が遂行機能に寄与する要因として挙げられ,これはKanedaらの研究でも同様の報告がされている18).ただし,健常者を対象としたMichalec, J. ら30)やShokri, S. ら35)は,BACS日本語版で遂行機能検査として用いられているロンドン塔課題を使用し,その正答数を比較したところ,統合失調症患者と同様に,男性が女性よりも誤答が少ないことを報告している.これらの報告から,本研究でみられた性差は統合失調症患者に特有のものではなく,一般健常群にもみられるものかもしれない.また,本研究と同様に性別と遂行機能との関連を調査したKishiら25)の研究では,関連は認められなかった.遂行機能は症状の影響を受けるという報告もあることから13),Kishiらの結果と本研究との差は対象の病型や重症度の違いによって,影響された可能性が考えられる.
 教育年数と年齢については,先行研究においてKeefeら23)が教育年数と遂行機能との関連を報告しており,Fioravanti, M. ら10)のメタ解析では,年齢が遂行機能に影響を与えているという本研究と同様の結果を報告している.しかし,BACS日本語版を用いた先行研究18)25)40)では教育年数と遂行機能の関連は認められず,年齢に関しても,Kanedaら18)が健常群と統合失調症患者群の両方における年齢と遂行機能の関連を報告しているが,Kishiら25),Tanakaら40)の先行研究では,年齢と遂行機能との間に関連は認められなかった.本研究とこれらの先行研究との差異は,病型や年齢の偏りといった対象群の特徴のほかに,Kanedaら18)の研究では説明変数として年齢,性別,教育年数,罹病期間を,Kishiら25)は年齢,性別,教育年数,罹病期間,喫煙者数,PANSSスコア,および投薬量を,Tanakaら40)は年齢,教育年数,罹病期間,入院回数,投薬量,PANSSスコア,CDSSスコア,およびDIEPSSスコアを用いていたことが挙げられる.したがって,対象群の特徴のほかに,分析に使用された説明変数の相違に起因する可能性が考えられる.
 本研究ではBACS日本語版の粗点合計については教育年数と年齢,BZD系薬剤服薬が粗点合計に寄与する要因として挙げられた.全般的な認知機能と教育年数の関連を報告している先行研究として,Keefeら23)やKanedaら18)が認知機能と教育年数との関連を指摘しており,これらの先行研究を支持する結果が本研究でも得られている.一般健常成人や高齢者を対象とした研究では,教育年数が認知機能を保護する作用があることは多くの研究で指摘されている27)29)37).また,Swanson, C. L. Jr. ら38)は,統合失調症患者においても高等教育による知的および社会的刺激の増加が症状の重症化を抑え,認知機能を保護する作用があると報告している.しかし,Tucker-Drob, E. M. ら41)は,65歳以上の高齢者を対象としたランダム化比較対照試験において,教育年数の認知機能の保護作用は,認知機能の低下率には影響はなく,高学歴者の認知機能が低学歴者と比較して高い認知機能水準を保っているにすぎないとしている.本研究は横断研究であり,教育年数が長い者の病前の認知機能を測定していないため,元来の認知機能水準を比較検討することはできなかった.そのため,教育年数が統合失調症患者の認知機能を保護する作用があるのか,あるいは認知機能低下以前の認知機能水準の差がそのまま反映されているのかは今回の研究からは明らかにならなかった.いずれにせよ,統合失調症患者の認知機能検査においては,教育年数を考慮して解釈する必要があるといえる.
 全般的な認知機能と年齢との関連は,本邦を含む諸外国において一般健常成人を対象に,BACSを標準化する際に指摘されている2)9)20)24).Kanedaら18)の先行研究では,対照群と統合失調症患者群の両者において,年齢とBACS日本語版のcomposite scoreとの関連を報告しており,本研究の結果はこれらの先行研究の結果を支持するものである.しかし,同様の先行研究として,Atakeら3)やKishiら25),Tanakaら40)の報告では,年齢とBACS日本語版composite scoreとの関連は報告されていない.AtakeらやKishiらの研究は本研究と比べて平均年齢が高く,年齢による影響が検出されなかった可能性がある.Tanakaらの研究では20~60歳までの成人を対象としており,若年者や高齢者が含まれていないことが結果に影響を与えている可能性が考えられる.また,本研究ではcomposite scoreは換算値であるため,代替として全粗点の合計を用いて検定を行っているが,他の先行研究では,BACS日本語版各下位検査のZ-scoreを平均したcomposite scoreを用いている.BACS日本語版のZ-scoreは各年代別に分かれて算出されるため,年齢による影響がみられなかった可能性が考えられる.
 BZD系薬剤の服薬が認知機能へ影響を及ぼすことは,以前からいくつかの研究によって指摘されており5)43),本研究の結果はこれらの先行研究の結果を支持するものである.Kishiらは,BACS日本語版を用いて,抗不安薬や睡眠薬と全般的な認知機能との関連をみているが,BZD系薬剤に限定しておらず,比較検討はできなかった.BACS日本語版を用いたBZD系薬剤の影響を調査した研究は,われわれの知る限りなく,今後の知見の集積が望まれる.
 本研究の限界として,第1に対象群の特徴に偏りがあることが挙げられる.比較的急性期の大学病院入院中の日本人統合失調症患者のみで,30代以下の者や鑑別不能型の者が多く含まれており,今回の結果を統合失調症患者の一般的な特徴として捉えることはできない.第2に,対照群を欠いているため,本研究で得られた結果が,統合失調症患者のBACS日本語版の結果として特異的なものかは検討できなかった.第3に,抗精神病薬の種類や認知機能への影響がより強いと考えられる陰性症状の十分な評価を行えなかったことが挙げられる.先行研究では,陰性症状が多くのBACS日本語版の結果に影響を与えていること25)40)からも,陰性症状を検討する必要があるだろう.第4に,本研究のBACS日本語版のcomposite scoreは2013年に改訂された計算方法を用い,検定の際には粗点合計を用いている.先行研究ではcomposite scoreの計算方法に記載がなく,また,composite scoreそのものを検定に用いている可能性も考えられる.こうした検査間の違いだけではなく,検査内の評価方法の差なども十分に注意する必要があるだろう.最後に,本研究は横断研究であるため,臨床的特徴とBACS日本語版結果との間の因果関係を十分に決定することはできなかった.

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おわりに
 本研究は比較的急性期の入院中の日本人統合失調症患者を対象とした研究で,こうした研究はいまだ報告がなく,BACS日本語版を運用するうえで有用な知見であると考えられる.本研究の結果からは,統合失調症患者の認知機能にはさまざまな臨床的特徴が影響していることが明らかとなり,認知機能を評価する場合にはこうした臨床的特徴による影響も考慮したうえで結果を吟味する必要があると考えられる.

利益相反
 過去1年間で開示すべき利益相反関係にある企業
 染矢俊幸:大塚製薬株式会社(講演料,研究費・助成金など),大日本住友製薬株式会社(講演料),Meiji Seikaファルマ株式会社(講演料)
 他の著者に本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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