Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第4号

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会員の声
添付文書が自動車運転の禁止指導を義務付けているとはいえない
石川 博康
中通リハビリテーション病院精神科
精神神経学雑誌 120: 350-351, 2018
受理日:2017年11月09日

索引用語:添付文書, 自動車運転, 説明義務, 権利擁護>

 本誌119巻7号で提示された医薬品処方と自動車運転にまつわる法的問題7)について,医療現場には同稿の見解と異なる見方があることを意見させていただきたい.

I.医薬品の使用者に添付文書の内容をすべて遵守するほどの強い法的義務はない
 添付文書とは医薬品のdrug information(DI)を記した文書である.医薬品を服用する人は「医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(旧薬事法)の第1条の6「国民の役割」と関連して,医薬品を適正に使用する努力義務(≠義務)を負う.したがって,医薬品を服用する人はDIに沿った使用を心がけるべきであるが,その内容をすべて遵守するほどの強い義務を課せられているわけではない.また,添付文書上の自動車運転の制限は,副作用が発生するという想定のうえで設定されている.ゆえに,現に副作用を生じていない人までがこれを完全に遵守する合理的な理由はないと解釈する余地もあろう.
 医薬品を服用する人は,自動車運転免許を合法的に所持し,自身の運転について責任を負える健康状態で,なおかつ公共の福祉に反しない限り,自動車の利用を自身で決める自由がある.この「行動の自由」は憲法第22条が国民に対して保障しているところである.したがって,医師や薬剤師は法的根拠を欠いたまま医薬品を服用する人の運転を禁止してよいはずがない.この問題と関連して,当学会のガイドライン4)が「薬物の開始時,増量時などに,数日は運転を控え眠気等の様子をみながら運転を再開するよう指示する,その後も適宜必要に応じて注意を促す,といった対応が現実的であろう」との表現で添付文書の制限内容と相反する指導を容認していることも忘れてはならない.医薬品使用者の「行動の自由」に対する配慮が明示された公の資料として,このガイドラインは唯一無二の存在である.

II.向精神薬の添付文書が自動車運転の禁止指導を義務付けているのかは不明である
 そもそも,DIに記される運転制限の文言は医薬品を服用する人の運転を禁止しているのだろうか.著者の知る限り,DIの運転制限の文言を「禁止」と初めて表現したのは平成25年の総務省勧告6)である.同勧告は添付文書に記される種々の運転制限の文言を一括して「自動車運転等の禁止等」と表記したが,この「禁止等」の意味を具体的に説明しなかった.そのため,この「禁止等」が法的な意味での禁止を含むのかどうかは不明のままとなっている.著者はこの疑問に答えるべきは添付文書に最終的責任を負う製薬メーカーだと考え,20社超の製薬メーカーに対してこの疑問を投げかけたところ,その結果得られた回答はyes,no,回答困難の3つに分かれた1).つまり,「自動車運転など機械の操作に従事させないよう注意すること」などの添付文書の文言が法的な禁止を含むのか否かについて,製薬メーカー間には統一的見解が存在しないのである.添付文書と自動車運転制限の問題を議論する際は,誤解を招かないためにも「禁止」6)7)が意味するところを同定/定義したうえでのご議論をお願い申し上げたい.
 なお,前出の勧告6)を受けて発出された厚生労働省通知によると,医師と薬剤師は処方・調剤に際して運転制限に関するDIの提供をいずれか一方が行うものと説明されている3).この通知に従えば,医師は処方に際して医薬品の基本的な性質と効能・効果のみを説明し,DIの細部の説明を薬剤師に委ねたとしても法的義務を怠ったことにはならない.

III.黙示的な運転の許容により,交通事故の刑事責任を医師が連帯して負うことになるとはいえない
 自動車運転危険致死傷罪について,故意犯として刑事責任を追及される点で共犯者に刑事責任追及が及びやすいとの田邉先生のご指摘7)はもっともである.しかし,刑事責任の問題は共犯としての刑事責任の判断基準が「他人の犯罪に加功する意思」5)の有無におかれていることを踏まえたうえで慎重に議論されることを期待したい2).医療機関を受診した人が診察を受ける際,車両を用いて犯罪を行う意思があることを医師に伝えるような状況は果たして起こり得るのだろうか.偶発的に生じるものであろう交通人身事故について,それに加功する意思をもって医師が処方を行う状況とはいかなるものであろうか.医薬品処方と交通事故にまつわる刑事責任の問題は,今後より臨床場面に即した議論を深めていく必要がある.

VI.まとめ
 医師が精神を病む人に向けて「禁止」という言葉を投げかけることは決して軽いものではない.法的な禁止よりも重く受け止められる場合さえあるだろう.法的根拠を伴わない療養上の制限事項は「制限」と正しく表記されるべきで,「禁止」と表記されるべきではない.この問題が今後より一層法に則して議論されることを期待している.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 石川博康, 嵯峨佑史, 沓澤 理: ポスターを利用した自動車運転制限に関する薬剤情報提供. 精神医学, 58; 1017-1022, 2016

2) 石川博康: 向精神薬と自動車運転制限. 精神科治療学, 32; 977-980, 2017

3) 厚生労働省通知 (平成25年5月29日): 医薬品服用中の自動車運転等の禁止等に関する患者への説明について. 2013

4) 日本精神神経学会: 患者の自動車運転に関する精神科医のためのガイドライン (2014.6.25版). 2014 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/20140625_guldeline.pdf) (参照2018-01-19)

5) 最高裁第二小法廷判決: 昭和24年 (れ) 第1506号, 昭和24年10月1日判決

6) 総務省: 医薬品等の普及・安全に関する行政評価・監視〈調査結果に基づく勧告〉2013

7) 田邉 昇: 自動車運転と精神神経疾患・薬剤について―司法の視点から―. 精神経誌, 119; 509-515, 2017

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