同席面接には2つの形式がある.初診時から家族の意思で同席する場合と,治療的効果を考えて治療者が構造化する場合である.同席面接は力動精神医学的には分離・個体化,家族関係,対象関係などを読み取る機会となる.本稿では4つの事例を提示して,同席面接に活用できる4つの力動精神医学的理論を説明している.(i)治療構造論を活用:同席面接の構造認識と構造化を理解する.(ii)ジェノグラム:家族関係を家族と一緒に理解する.家族の三角関係化に焦点をあてる.(iii)対象関係:内的対象との対象関係が,患者と家族の生活に与えている影響を理解する.対象関係が治療者と患者との関係に与える影響を理解する.(iv)転移と逆転移:患者や家族が精神科医に出会う前にもつpreformed transference(事前形成された転移)が治療に与える影響を理解する.同席面接を力動精神医学的に理解することは,患者と家族の治療や支援の一助となるであろう.
2)高崎西口精神療法研修室
https://doi.org/10.57369/pnj.25-041
受付日:2024年1月31日
受理日:2024年12月10日
はじめに
精神疾患はBiopsychosocial(身体・心理・社会的)な相互作用の帰結として生ずるものであり,治療や支援はbiologicalなアプローチ〔薬物療法や電気けいれん療法(electroconvulsive therapy:ECT)など〕,psychologicalなアプローチ(精神療法など),sociologicalなアプローチ(家族,地域,就労支援など)と多元的であるべきだと著者は考えている5)9).しかし,現実には,精神科医自身の生まれと育ち,学問的関心,受けた教育研修などによって,各々が患者を診るときの「レンズ」は異なる.レンズを通して焦点化する部分が患者個人や症状だけに偏ってしまうと,家族が焦点から外れてしまう.本来,疾患と家族は不可分であり,家族の影響を包含して治療計画を立てる有効性は精神医療だけでなく医療全体で指摘されている3)4).
著者の専門は家族療法と力動的精神療法だが,相容れないと思われる家族システム理論と今日の精神分析理論は「関係性」に焦点化するという共通項があり,精神科医が関係性に焦点をあてる「クセ」をもてば日常臨床には深みが出るであろう.
同席面接では「関係性」に注目せざるを得ない.その関係性は「歴史」と「場」という2つの上位システムの影響を受けている.親子,夫婦,高齢者と介護者は,原家族から現家族までの「歴史」,家族を取り巻く親戚,近隣住人,地域特性といった「場」の影響を受ける.
母子家庭で子どもが健康な自我を育むことができるのは母親自身の内的対象を使えるからであり(歴史),近くに祖父母が住んでいたり,子育て支援などの適切な公的援助の場があったりすれば子育ての負担は減るであろう.夫と妻には互いの原家族から取り入れた内的対象(心の中にある父や母など)と対象関係(夫婦関係,親子関係のモデル)が存在し,互いの対象へのニーズが異なるときに葛藤が生じる.介護家族における葛藤は,夫婦における介護イメージや介護体験(歴史),介護家族を取り巻く環境の特性(親族,近隣,福祉サービスなど)が影響する.
著者の臨床は,初回面接からジェノグラムを活用し,関係性を考えながら治療を行っているが,本稿では同席面接を力動精神医学の観点から考察してみたいと考えている.
I.同席面接の2つのパターン
同席面接には2つのパターンがある.治療者が意図したわけではなく,初診時から家族が同席する場合と,治療者が意図的に治療的効果を考えて設定する同席の場合である.どちらの同席面接においても,そこで観察される患者と家族の会話や交流などから,分離・個体化の程度,家族システム,対象関係などを読み取ることができる.
精神科病院に勤務していた著者は,初診時に家族が一緒に来ていたとしても,同席面接の重要性を意識してなかった.当時の患者は統合失調症や重度のうつ病などが多く,家族は病歴の情報提供者や入院における保護義務者であり,患者の現実的支援者という認識でしかなかった.しかし,開業してからは,神経症水準の患者,思春期・青年期の患者,境界例,認知症のある人と家族などが来院するようになり,同席面接の力動精神医学的意義を検討するようになった.著者は来院した患者に対しても初診からホワイト・ボードを使いジェノグラムを描いていくが,そのときには患者の現実的支援者,家族関係,対象関係を把握するように心がけている.
構造上,待合室の様子を見ることができない精神科外来もあるとは思うが,著者のクリニックは予約制であるため,待合室にいる患者と家族は一組や二組のことが多い.診察室からドアを開いて患者を呼ぶとき,待合室での様子も見ることができる.中年男性の横に老親が座り,男性の背中をさすっていることもあれば,夫婦で来ているのに離れて座っていたりすることもある.
初診時に誰と一緒に来たのか,また診察に誰と一緒に入ってくるかを治療者が知ることは患者の内的世界を知る上で重要な第一歩である.
II.症例
各事例はプライバシー保護のため,論考に影響を与えないことを前提に修正を加えて記載している.なお,事例1と事例2は著者が創作した「仮想事例」である.事例3については,本稿掲載に際し,個人情報に配慮し,本人家族を特定できないようにしていることを説明し,本人と保護者の了解を得た.なお,両親はお互いの関係を理解して治療は終結した.患者は備忘録やメモなどを活用して健康な学校生活を送っていることを確認している.事例4は,夫は本人から,また妻は認知機能の低下により同意能力が減弱しているため,適切な代諾者と考えられる夫から本稿掲載の同意を得て,その旨をカルテに記載している.
1.事例1:7040問題(図1)
40歳代の無職の男性Aと70歳代の母親がやってきた.工場で働く父親はアルコール依存症で幼い頃から妻と息子に暴力をふるった.2人は他院を転々として開設したばかりの当院にやってきた.著者が診察室のドアを開け,「○○さん,お入りください」と言うと,親子は,ぴったりくっつくようにして入ってきた.ホワイト・ボードの横に座り,Aの話を聞こうとしたら,堰を切ったように2人が同時に話し始めた.父親への不満と不平である.2人が同時に自分のペースで話すために著者は2人の話を聞き取ることができず,「お母さん,一緒に話すと息子さんの話すことがわからないので,少し黙っていてください」と介入した.
Aは「アル中の親父は俺が追い出したのでアパートに一人で住んでいる」と豪語する.その声は大きく嚇しているように著者は感じた.「自分が駄目になったのは父親のせいだ.自分と母親は犠牲者なんだよ」と,父親をオールバッドにしてAは語る.著者には強い母子連合と遊離して一人でいる父親の姿が浮かび,「それでも,お父さんが仕事をしながら家計を支えてきたんですよね」と父親のポジティブな側面を直面化で伝えると,母親はこっくりと頷いた.ところがAは不機嫌になり「だめだ,この医者はわかっていない,帰ろうよ! お袋」と席を立った.
母親は「もっと家族のことをきいてもらおうよ」と言ったが,「こんな医者の味方をするのか」と怒鳴り,母親の腕をひっぱり出ていった.
【力動精神医学的理解】
Aは思春期・青年期における第二の分離・個体化ができていない.詳細は聞けなかったが,Aが生まれた直後も夫の暴力でAの母親は心理的に不安定であり,十分な愛着供給ができなかったと推測する.父親をBad Objectとして定置させつつ母子連合を強化して,共依存関係を維持してきたのであろう.「アルコール依存の父親を追い出した」という歪んだエディプス勝利感を感じているAに対し,逆転移も機能し,無意識的に父親弁護に非意図的に加担したと考えられる.
2.事例2:境界例と母親(図2)
待合室には制服の女子高校生Bと母親が座っている.「どうしますか,1人で入りますか,それとも一緒に……」と質問するや否や,母親が先に入りBが後から入室してきた.
Bが母親の背中を睨むように見ていた表情は今でも印象に残っている.「今日はどうしてここに来たの」とBに向かって話しかける.Bが話し始めると,Bの発言に被せるように「あなたが選んだ高校なのに,どうして遊んでばっかりいるの」「あんなところに行ったから駄目になったんじゃないの」と話すが,Bは黙っている.「何も話さないんじゃ,ここに来た意味がないじゃない,先生に話しなさい!」と母親はまくし立てた.「ほら,あんたの病気を見せてあげなよ」と言って腕をめくるとBの腕には多数のリストカットの跡があった.ほとんど面接場面の主導権を母親が握り,「帰りが遅い」「勉強しないで男と遊んでばかりいる」と捲し立てている.著者には不快感がわきあがってきた.「お母さん,あなたが,そういう態度だから,娘さんが何も話せないんですよ.次から娘さん一人で診察室に入ってもらってください」と伝えたが,不満そうな母親は次の予約をとらないで帰って行った.
【力動精神医学的理解】
面接を通して著者に連想されていたのは「私のことをわかろうとせず,私には話させず,私は母の持ち物じゃない」というBの内なる声である.母親の自己愛延長物となり,その支配から逃げ出せずにいるBの内面が想像できたし,Bへの同一化が生じて母親に対する強い発言になったことも後に理解した.
Bの兄は医学部に進学していた.離婚歴のある母親は看護師であった.その後,半年ほどしてBは1人でやってきて1人で帰るようになった.数ヵ月で自傷行為はなくなった.面接で明確になったことは,幼い頃から母親は長男を良い対象,Bを悪しき対象として非意図的に区別して対応していた.それでも親子3人のときには,兄がBの相談にのってくれたが,兄がいなくなってから母親が厳しくなったと語った.
3.事例3:自立と夫婦葛藤(図3)
待合室に制服姿の女子高校生Cが1人で座っている.診察に呼んで「一人できたの?」と確認すると「はい」と答えた.「どうして来たの?」と問うと,「自分はADHDだと思う」「どうして,そう思ったの?」「忘れモノが多いし,メモをしてもなくしちゃうし,友だちに同じような子がいて薬で治ったと言っていた.受験勉強に集中したいんです」と話す.幼い頃から忘れ物が多く,ランドセルを母親が学校に届けたこともあると言う.母親には受診することを言ってきたという.幼い頃の状態を書いた母親のメモを持参している.メモの最後には「薬も必要でしたらお願いします」と記載してあった.CAARS(Conners’ Adult ADHD Rating Scales)を行った.不注意型の注意欠如・多動症(attention deficit hyperactivity disorder:ADHD)の得点が高かった.「母親には伝えてきたんですね」と確認したうえでアトモキセチン20 mgを出した.
翌日,父親からクリニックに電話が入ったが,語調が強く怒っている.「娘を病気にするつもりですか,親の承諾なしに薬をださないでほしい」と怒っている.「母親には言ってあると,娘さんは言ってましたよ」と言うと「私は聞いていませんよ」と父親は答える.「それは夫婦のコミュニケーションの問題ではないでしょうか」と対応した.著者は構造化された同席面接が必要だと理解し,「次回は両親と娘さんで来てください」と伝えた.
【力動精神医学的理解】
第1回の家族面接では再度,詳細なジェノグラムを描いた.父親は家族面接では落ち着いた態度で話していた.「お父さんとお母さんはいつ話をするのですか」と問うと,「私は仕事が忙しくて家にいる時間がもてないんです」と父親は話す.母親は「娘の特性は以前から知っていましたが,父親と話す時間がもてない」と話す.幼い頃からのCのエピソードを聞いて,ホワイト・ボードに記載していくと,エピソードの半分について,父親は「聞いていなかった」と語り,それに対して母親は「言ったじゃないですか」と答えた.「勉強ができないのは努力不足でなく,ADHDのためです」と問題を外在化し,夫婦で治療協力者になってもらうために,ADHDの資料を渡した.父親から夫婦面接の希望があり,月1回の面接を3回続けて行った.父親は医師一家で育ち,母親は教員一家で育って恋愛結婚をしていた.しかし,母親の弟は知的障害があり,今も作業所で働いていた.その後,Cは両親の協力のもとで,大学受験に成功して保育士をめざしており,服薬なしで生活できるようになっている.
4.事例4 老老介護(図4)
認知症の妻(80歳代)を夫のD(80歳代)が車椅子で連れてきた.これまで通院していた病院は遠く,運転免許も返納したので,自宅から近い当院を希望し,「妻が寝ないでさわぐ」というのが主訴である.夫婦は地方出身で,子どもはおらず,両親もきょうだいも従兄弟も他界し,親戚は全員いなくなっていた.妻を「せん妄」と診断して,リスペリドン0.5 mgを処方すると症状は安定した.
Dは「妻は呆けたんですか」と認知症発症について否認が残っていたため,認知症確認のために頭部CT検査を著者が非常勤として勤務している精神科病院で行った.現実検討を促す意味で,検査画像を見せて認知症のために介護保険,近隣のデイサービスの活用が必要になると伝えた.
妻は介護サービスの活用で安定し,2ヵ月に1回程度の外来受診となったが,Dに不眠があり1人で来院したいと話したので,Dのカルテを作ることにした.Dは高度成長時代の思い出,妻との思い出,そして現在は終活(人生の終わりのための活動)を行っていることを語る.Dは「先生も飲んでください」と日本酒と出身地の漬物を持ってきた.著者にはDに対する父親逆転移が生じ,敬老の日には夫妻に花を贈った.
【力動精神医学的理解】
患者(配偶者,息子,娘,孫)の付き添いで来院した高齢者のなかには,自分の話を聞いてほしいと言ってくる人がいる.著者の焦点が最初から家族関係や他の家族メンバーに向いていることも関係している.Dは,著者を会社の同僚か後輩のように感じていたのかもしれない.物品のやりとりには精神医学的には異論もある.しかし,妻が認知症になり友人や親戚がいない患者の転移感情を力動的に理解して治療的に活用するのであれば問題はないと考えている.
III.同席面接で活用できる力動精神医学の理論
1.治療構造論
治療構造論7)とは,小此木啓吾が理論化した治療の枠組みに関する体系的な理論であるが,最初に治療構造と治療構造論の違いについて説明する.
治療構造は,治療者と患者の交流を規定するさまざまな要因と条件が構造化されたものをいう.つまり,面接室の物理的構造(椅子や机の位置や数)や治療契約(面接の回数,時間,料金)などが治療構造である.一方,治療構造論とは,治療構造の視点から治療者と患者,双方に生ずる諸現象の心理を理解するための「治療構造論的認識論」と,特定の治療構造について,それぞれの治療関係に合わせて意図的に設定する,治療の構造化および治療構造の調整をめぐる「治療構造論的な技法論」からなる.治療構造論では,治療の構造化を3つに分類している.(i)治療者が意図的に設定するもの,(ii)治療者の意図を超えて与えられたもの,(iii)治療経過中に自然に形成される治療構造である.
治療構造論で理解すれば,事例1と事例2は,治療者の意図を超えて患者と家族に持ち込まれて形成された(ii)であり,事例3で家族関係を理解したうえで設定した家族面接は(i)であり,事例4は治療経過中に形成された面接であり,(iii)であると理解できる.
家族が一緒に来ている場合,患者側が率先して同席面接か個人面接かを選択することもあろう.その場合には,「なぜ,そう選択したのか」を力動的に理解することが必要である.初回面接の治療構造の選択そのものが,家族関係の理解に役立つ.患者心理を理解したうえで,治療者が構造を変更することも重要であろう.
2.ジェノグラム
家族に会うことの意味は,以前に本誌に発表した「家族に会うことの意味」10)でも説明しているが,ジェノグラムの重要性について,ここでも述べたいと思う.ジェノグラムを描くことで多くの情報が得られるからである.
親子間の情緒的関係と現実的関係の「分化度」(例:常に感情で反応しあう親子は分化度が低い,理性的に交流する親子は分化度が高い)を理解することが重要であり,その関係性をジェノグラムに線で記載する.事例1と事例2は分化度が低いため,家族メンバーが反応しあうパターンが初回面接内容に展開されていた.
ジェノグラムに現れる三角関係化(triangulation)は重要な概念である.感情的に不安定な二者関係は第三者を巻き込む.夫婦葛藤がある妻の場合には,子どもとの連合を強め,夫婦間の問題を回避する.事例1では夫婦葛藤が強いために,母親息子の連合が強まったという仮説が立つ.事例2では,母親と長男とBという三角関係化が崩れた後から,Bと母親が情緒的に反応しあうようになったのである.
不安定な夫婦が面接室に訪れたとき,治療者は治療的な三角関係化を作って活用することができる.夫婦でいるときには感情的に反応しあうが,治療者という第三者がいる場所では分化度が高まり,互いの関係を冷静に話し合えることも少なくない.事例3で意外であったのは,妻との関係性について夫から夫婦面接の希望が出たことである.双方の原家族理解は夫婦の安定に寄与している.
ジェノグラムインタビューの要点は,家族の歴史的出来事,つまり,結婚,転居,病者の出現,死別などを描きつつ,その出来事の前後で何が変化したかを確認することである.死去している家族メンバーがいる場合には,死因(突然死,病死,自死などで家族の経験は異なる),また死に至るまでの介護やケアの歴史なども確認する.
家族の歴史上の出来事をジェノグラムを活用して共有するだけでラポール形成になるし,その共有を通して家族には内省や洞察が生まれ,現実的な家族関係に変化の兆しが生ずる.
3.対象関係
個人面接でも同席面接でも,患者の心には家族メンバーが,その生死にかかわらず内的対象として存在している.内的対象に向いている感情が面接場面で賦活され,患者の中にさまざまな感情を引き出すことがある.
暴力的な父親が心の中にいる事例1のAは,著者に父親を見たのであろう.著者に同意した母親を父親から切り離すように連れて帰っていったのは象徴的な態度であった.
支配的な母親と一緒に来たBは,分離・個体化を推進するために,自分の希望する高校に入ったが,自己愛的な母親はそれを許さなかった.2歳上の兄は夫婦が安定していた時代の父親体験を基盤にして内的対象としての父親イメージを追って医学部に入学したが,1歳のときに両親が離婚したBの場合には,離婚前の母親の精神状態が不安定であったがゆえに,第一の分離・個体化に課題を残したと解釈できる.その状況が境界性パーソナリティ障害の素地になったという仮説も成り立つ.
事例3のCの分離・個体化は進んでいて,自立的に活動できていたが,背景にある両親のコミュニケーションの問題が明確になった.母親は弟に知的障害があり,元教員であるために発達障害について知識があり,幼い頃からCのADHD特性を知り,面倒をみていたが,父親は成績だけをみてCを叱責していた.母親の内的対象として存在する弟に向けたケアの気持ちが娘を守ってきたのであろう.
事例4のDは,かつての対象関係(同僚や後輩)を治療者との関係性に無意識的に再演させた.著者の心にもDに対する父親逆転移のような気持ちが湧き上がるのを感じた.
患者の心に存在し影響を与えてきた人物たち(内的対象)を知ることで,著者たちは患者に近づくことができる.
4.転移と逆転移
転移と逆転移は精神分析の中心概念であるが,この現象は一般の精神療法においても生ずる.Gabbard, G. O.2)は,現代の精神療法では逆転移を患者とセラピスト双方の共同創造的な現象とみなす傾向にあると述べる.患者は投影同一化などを活用し治療者に対して,非意図的・無意識的に患者の内的対象を再演させようと試みるが,その再演は治療者自身のパーソナリティ特性や内的対象によって彩られてくる.著者は患者の転移を意識的に引き受けるのは,独居高齢者やシングルマザーの子どもに対して,時には必要だと考えている.
以前,ある講演で訪問看護師さんから質問を受けたことがある.「私が担当していた患者は亡くなりました.でも一人暮らしになったご主人が気になって休みの日に行っています.もう治療契約もしていないのによいのでしょうか」と質問してきた.「一市民として独居老人を気にかけることに何の問題があるのでしょうか」と伝えると,看護師の思いやりに拍手が湧いた11).
初回面接で転移が課題になることはpreformed transference(事前形成された転移)として知られているが,Suman, A.6)らは,患者はまだ会っていない治療者について,意識的・無意識的な空想を思い描くと述べる.文化的背景により空想が生まれpreformed transferenceを形成する.実際に治療者と患者が出会うとpreformed transferenceに加えられた転移関係が生じ始める.患者のなかでは治療者という実在者との出会いによってpreformed transferenceがさらに活性化され,後に成熟した転移へ発展し,治療者側は患者という実在者によって治療者が患者に抱いていたpreformed transferenceが活性化され,逆転移へ発展する.
情報化社会になった現代,患者の多くはすでにクリニック情報や精神科医に対する情報を得ていて,先行したイメージや転移感情をもってクリニックを訪れる.過去に精神科での体験が肯定的なイメージをもつ場合もあれば,否定的なイメージをもつこともある.事例1のAは転院を繰り返すたびに,精神科医に幻滅し信頼感や肯定感を失っていた.ネガティブなpreformed transferenceが生じていたのである.この背景にはインターネットの情報が溢れていることの功罪もあろう.個人開業した著者は,グーグル評価に一喜一憂させられ,本来言うべきことが言えない時期もあった.著者には患者が持ち込むpreformed transferenceへの恐れや不安が高かったのだと今となっては理解できる.構造化した精神療法や家族療法の外来では,治療者に向けた陰性転移や転移感情を扱うことができるが,初回面接で最初から持ち込まれる患者の精神科医イメージや転移感情には配慮が必要となるのである.
おわりに
50歳代の女性が通院しているうちに物忘れが目立つようになった父親を連れてきたり,娘が通院しているからと40歳代の父親がやってきたり,兄が通院しているからと弟がやってくるといったケースが,最近は増えてきた.著者が無意識的に患者が投影する家族メンバー(夫,親,息子,きょうだい)になっているからだと思う.
家族療法研修の最近の考え方にAponte, H. J.1)らが提唱する「人としてのセラピスト研修(Person of Therapist Training:POTT)」がある.治療者が治療に「人」としての自己を活用するためのトレーニングであり,自分のなかにある内的対象やその影響を理解し,家族への同一化と差異化を意識してかかわれるようになることが目的である.治療者自身の内的対象や対象関係を通して患者や家族に共感しながらも,自分の家族と患者の家族は異なることを理解し介入するためのトレーニングである.
著者の内的対象は,亡き祖父母,両親,恩師などだが,自身の対象関係を投影しながら患者にかかわっていることを後になって理解することも多い8).
ある時,学校に行けずシングルマザーと一緒に通院していた小学生が学校に行けるようになり進級したとき,少額の商品券をプレゼントして「お母さんとカレーライスでも食べなさい」と言った.母子家庭で育った自分が重なったのと同時に息子に対する父親逆転移が発動したのである.2週間後にやってきた彼は「先生! カレー食べたよ」と嬉しそうに語った.彼のなかで治療者が父性として内在化されていくことを,著者は力動精神医学的に理解している.
編 注:本特集は第119回日本精神神経学会学術総会オンデマンド配信限定セッションをもとに布施泰子(茨城大学保健管理センター)を代表として企画された.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) Aponte, H. J., Kissil, K.: The Person of the Therapist Training Model, 1st ed. Routledge, London, 2006
2) Gabbard, G. O.: The role of countertransference in contemporary psychiatric treatment. World Psychiatry, 19 (2); 243-244, 2020
3) Heru, A. M.: Family psychiatry: from research to practice. Am J Psychiatry, 163 (6); 962-968, 2006
4) Laffel, L. M. B., Vangsness, L., Connell, A., et al.: Impact of ambulatory, family-focused teamwork intervention on glycemic control in youth with type 1 diabetes. J Pediatr, 142 (4); 409-416, 2003
5) McDaniel, S. H., Doherty, W. J., Hepworth, J.: Medical Family Therapy and Integrated Care, 2nd ed. American Psychological Association, Washington, D. C., 2012 (渡辺俊之監訳: メディカルファミリーセラピー―患者・家族・医療チームをつなぐ統合的ケア―. 金剛出版, 東京, 2016)
6) Suman, A., Brignone, A.: Transference, countertransference, society and culture: before and during the first encounter. British J Psychotherapy, 17 (4); 465-473, 2001
7) 小此木啓吾: 治療構造論序説. 治療構造論 (岩崎徹也編). 岩崎学術出版社, 東京, 1990
8) 渡辺俊之: 原家族が私に残したこと. 家族療法研究, 27 (2); 163-166, 2010
9) 渡辺俊之, 小森康永: バイオサイコソーシャルアプローチ―生物・心理・社会的医療とは何か?―. 金剛出版, 東京, 2014