東京大学では,2019年より課題解決型高度医療人材養成プログラム「職域・地域架橋型-価値に基づく支援者育成」事業(TICPOC)を立ち上げた.TICPOCでは,values-informed careをめざし,必要な素養としてトラウマインフォームドケア(TIC),共同創造(CP),組織変革(OC)を習得するための各コースを設置して,心理職・福祉職・医師・教育関係者などの対人支援専門職やピアサポートワーカーを多数輩出してきた.共同創造は近年,さまざまな領域において指針となる理念として重要視されている.医療・医学領域も例外ではなく,特に研究分野において患者市民参画(PPI)が導入されつつあるが,障害のある人材が専門職やサービスの提供側として活躍する機会は限られている.障害のある人材が医療者として活躍することは,公正な社会の実現のために不可欠である.また,自らの経験に基づいた独自の実践的洞察による包括的・効果的なケアを提供できること,周囲の同僚や組織文化に波及的な影響をもたらすことなどにより,医療・医学の水準をより高めるという点でも意義が大きい.東京大学医学部では,共同創造を含めたTICPOCの活動を展開し,医療人材の多様性と包摂(D&I)を推進するため,2021年「医学のダイバーシティ教育研究センター」を設立した.本センターでは,医学部の学生を対象とした教育プログラム,障害を有しながら医療に従事する医師・看護師・医学研究者などと学び合う教育プログラムを新たに立ち上げ,TICPOCとも連動しながらピアサポートワーカーとの協働やピア人材育成を継続して行っている.また,東京大学先端科学技術研究センター・インクルーシブ・アカデミア・プロジェクトとの連携により,障害のある科学者や医療者が自身の経験を語るインタビュー動画を掲載するサイト(Disabled in STEMM)を立ち上げた.今後は,他大学・医療機関の支援部署間におけるネットワークの構築や,より効果的な教育・介入法の開発にも取り組んでいきたい.
2)東京大学医学部附属病院精神神経科
https://doi.org/10.57369/pnj.25-005
受付日:2024年2月14日
受理日:2024年8月20日
はじめに
東京大学では,2019年以降,課題解決型高度医療人材養成プログラム「職域・地域架橋型-価値に基づく支援者育成」事業において,価値に基づく支援(values-informed care)を実践につなげるための主要な方針として,トラウマインフォームドケア(trauma informed care:TIC),共同創造(co-production:CP),組織変革(organizational change:OC)を重視し,専門職やピアサポートワーカーを含む支援者の育成を行ってきた.2021年には同事業を展開させる形で,医療・医学領域にダイバーシティとインクルージョン(diversity and inclusion:D&I)の理念を導入し,障害のある人々を含めた多様な医療人材が活躍し,質の高い医療を共同創造していくことをめざし,東京大学医学部に「医学のダイバーシティ教育研究センター」を設立した.
日本では,『障害者差別解消法』が2016年より施行され,障害者に対する差別的取り扱いの禁止と,合理的配慮の提供が求められるようになった.その後,改正『障害者差別解消法』が成立し,2024年4月1日からは,合理的配慮の不提供の禁止の法的義務が,国・地方公共団体などから民間事業者まで拡大された.障害のある医療人材が活躍できる構造・文化の構築は,すべての人材にとって安心して就労できる職場の実現にもつながるものであり,産業保健の観点からも重要である.
本稿では,東京大学・課題解決型高度医療人材養成プログラムの活動を概観したのち,医学のダイバーシティ教育研究センターの取り組みにおける中核的な理念であり,近年,医学・医療領域でもますます重要性が高まっている共同創造についてふれ,センターの具体的な活動を紹介する.
I.東京大学・課題解決型高度医療人材養成プログラム
従来の精神医療では,疾患当事者を病気に罹患した病者として捉え,その病気を治すことに焦点をあてていた.しかし,精神疾患を経験した人にとっても,病気や治療は人生の一部に過ぎず,自らの人生において希望に沿った生活を送ることに重きがおかれることに変わりはない.個々人が望む生活を送るためには,その人の希望やその人らしさ,良好な人間関係などを理解し,必要に応じて支援を行う必要がある.このプロセスにおいて,本人が大事にしている価値を理解しながら支援にあたること(values-informed care)が重要となる15).
医療や福祉などの対人支援において,ケアを受ける側の人は,自らが抱く価値を自覚していないこともある.当事者の抱く価値が,支援者のそれと一致しないこともある.支援者は自身の抱く価値やその形成過程を認識し,支援を受ける人が抱く価値との違いを理解する必要がある.これが,関係構築の第一歩といえる.
所属組織の価値に基づく支援が,時に当事者を傷つけ,トラウマの再受傷(retraumatization)を引き起こすことがある.支援者には,このようなトラウマを熟知したケア(trauma informed care:TIC)の習得が求められる.しかしながら,システムや言葉づかいなどを含む治療者文化が,いかに当事者を傷つけているか,専門職が無自覚であることがある.専門職とは,その治療者文化を良しとしてきたか,あるいは違和感をもちながらも「適応」してきた集団であるといえる.一方で,疾患当事者は,治療者文化のもつ暴力性にさらされ,違和感をもってきた.この違和感について,小さなことから一つずつ声を上げてもらい,ともに調整を図り,少しずつ変えていく地道な取り組みが必要である(co-production:CP,organizational change:OC)16).
このような問題意識から,values-informed careをめざし,その手段としてTIC,CP,OCを習得し実践するため,東京大学では2019年に,課題解決型高度医療人材養成プログラム「職域・地域架橋型-価値に基づく支援者育成(TICPOC)」を立ち上げた.同事業では,心理職・福祉職・医師・教育関係者などの対人支援専門職を対象とした各コースを設置16)17)し,後述する「ピアサポートワーカー養成プログラム」も含め,これまで多くの受講者を輩出してきた.
II.「共同創造」の医療・医学領域への展開
1.共同創造(co-production)
「職域・地域架橋型-価値に基づく支援者育成(TICPOC)」において,重要な柱の1つとして据えてきた「共同創造」の概念は,1970年代のOstrom, E.による公共サービスについての研究の文脈においてはじめて登場したとされる23).Ostromは共同創造を「同じ組織に所属していない個人からのアイデアや意見の提供が,商品化・サービス化されるプロセスである「Coproduction is a process through which inputs from individuals who are not“in”the same organization are transformed into goods and services.」と定義した29).この定義における「同じ組織に所属していない個人」については,サービスの受け手のみの関与を想定する立場,あるいは,組織外の任意の個人または実体の関与を広く想定する立場など,さまざまな解釈や類型が存在する2)25).しかし,おおむね,サービスの提供者側と,サービスの受け手や一般市民が,サービスの循環のあらゆるフェーズにおいて対等な立場で協働すること,と捉えることができる.
共同創造は,行政,経営,サステナビリティ科学など,さまざまな分野においてその指針となる理念として捉えられつつある.そのようななかでも,資金の減少とそれに伴う長期的な経済的持続性についての懸念と,より高品質の医療サービスへのニーズ,高齢化社会への進展や慢性疾患の増大といった背景により,医療分野は共同創造の分析や実践における重要な領域として注目されている19).1990年代後半以降,関連した文献は急速に増えており,元来報告が多かった公衆衛生や社会医学に関する報告に加え,近年では,高齢者医療や慢性疾患といったテーマや,テクノロジーの活用,患者の医療への参画を含めた患者中心のケアに関連した報告が増加している4).EUやアングロサクソン諸国,とりわけ,政府やNational Health Service(NHS)が共同創造を強く推進しており,患者参加型の臨床実践を早くから取り入れ,公共サービスのコスト削減と効率化を図ってきた,英国からの報告が多い4).
2.共同創造の医療・医学領域への展開
共同創造を医療・医学の領域に適用した場合,サービスの受け手側である障害や疾患のある人々,あるいは市民が,医療政策や医療・医学研究におけるあらゆるフェーズに参画することを意味する.医学・医療の領域においては,特に研究分野でその実践が進んでいる.
2014~2015年には,医学系ジャーナルであるBMJ誌,Research Involvement and Engagement誌が,患者・一般市民が査読プロセスに参加するシステムを先駆的に導入した.学術論文作成における患者の関与による効果を評価したシステマティックレビューでは,ベネフィットがリスクを上回る可能性を指摘するとともに,ベネフィットを最大化しリスクを最小化するための推奨事項が提案されている1).査読者として参画した患者・一般市民を対象とした調査では,経験者のうちの8割以上が,他の患者や介護者に,査読者としての参画を勧めたいと回答し,9割以上が,より多くのジャーナルが患者・一般市民向けの査読システムを採用すべきだと考えていた32).
その他の実践として,英国のNational Institute for Health and Care Research(NIHR)の一環であるJames Lind Alliance(JLA)の「優先課題設定パートナーシップ(Priority Setting Partnerships:PSPs)」の取り組みがある.PSPsは,既存の研究から明らかにされていない問題のうち,当事者,支援者,臨床家が対等な立場から協働し,合意が得られた優先順位の高いリスト(top 10など)を作成し広く公表することで,研究者や研究資金提供者がアクセスできるようにする取り組みである9)13).さらに,英国で2021年に開始された自閉スペクトラム症の大規模遺伝子研究では,1万人の自閉スペクトラム症のある当事者とその家族から,精神的・身体的健康に関する情報とともにDNA資料を収集する計画を進めていたものの,一部の当事者や研究者より,遺伝子データの共有や研究の利点について適切な説明が不足していたとの懸念が表明され,2021年に中断することとなった31).その後,2年間に及ぶ綿密なコンサルテーションが当事者コミュニティとともに行われ,経過は随時公開され,2024年2月現在,最終報告書の作成中となっている27).この一連の動きは,医学研究における共同創造の意義と重要性の高まりを如実に物語っているものといえよう.
III.障害のある医療人材の参画
1.医療・医学領域における障害のある人の参画の現状
医学研究領域では,共同創造および患者・市民の参画(patient and public involvement:PPI)の実践が広がりつつあることを前項で述べた.しかしながら,障害のある人材が医療・医学の領域において,専門職として,あるいは,サービスの提供側として参画する機会は限られているのが現状である.
2019年に行われた米国における医療系大学の調査では,医学部学生の4.9%が自身のもつ障害を報告した(精神疾患32.3%,ADHD30.4%,学習障害18.3%)22).2016年の調査時(2.9%)21)と比較すると,障害のある医学部入学希望者の増加あるいは障害を開示する学生の増加などにより,割合は高まっているものの,すべての学部(11.1%)あるいは大学院(7.6%)22)と比較すると低い割合にとどまっている.英国においては,労働年齢の成人の19%が障害を有する3)一方で,医学部学生においては4.1%にとどまると推定されている8)33).
日本では,医学部の学科別などにおける障害のある学生数を詳細に把握したデータはないものの,日本学生支援機構が毎年実施している障害のある学生の実態調査28)や文部科学省の学校基本調査24)をもとにすると,2021年度において,医・歯学科の約1%の学生が障害を自己申告していたと推定される14).日本では,国民のおよそ9.2%が何らかの障害を有している26)ことを考慮すると,米国や英国と同様,障害のある人が医療系の大学に進学するにあたっての障壁の存在が示唆される.
2.障害のある医療人が参画することの意義
障害のある人材が医療者として活躍することは,公正な社会の実現のために不可欠であり,また,障害のある医療人材を支援することは,差別の禁止や職業選択の自由といった法律の遵守や社会的責務を果たすうえで必須のものである.これらの明白な価値と意義に加えて,ここでは,医療・医学の水準をより高めることにつながると考えられる点についてふれたい.
医療従事者の構成を多様化することで,患者の多様性に柔軟に対応することが可能となり,患者の医療へのアクセスや治療アウトカムが向上し,結果として医療コストの削減にもつながることが指摘されている12).一例として,民族や人種におけるマイノリティのなかで存在する言語的・文化的な障壁は,予防・早期医療へのアクセスを阻害し健康格差を生じさせるが,医師の民族的・人種的な多様性を拡大することで,そうした格差を減少することが示されている30)36).障害者においても,さまざまな不当な条件により健康格差が存在することが繰り返し報告されており18),医師の偏見が,医療格差につながる重大な要因となっている可能性が示されている11).一方で,障害をもつ医療従事者は,自らの経験に基づいて,独自の実践的な洞察を提供することで,より包括的で効果的なケアの開発に貢献することができる10).また,医療専門職の多様化により専門職の知識基盤が拡がり,障害のある生活・体験を有する臨床家へのアクセスの改善にも寄与する.
周囲の同僚や組織文化への波及的な影響も期待される.医学教育の場において,ピアとして障害のある医学生と接する機会をもつこと,あるいは,障害のある医師とともに対等な関係性を通じてトレーニングを受ける機会をもつことは,障害に対する態度や規範となる文化の変容につながることが指摘されている7)20).また,障害のある医学生が存在することで,すべての学生や教職員の無意識の偏見が解消され,障害者ケアの専門知識の獲得にもつながることが示唆されている5).そして,「自分が疾患や障害をもった場合も,働き続けると感じられる職場」で働くことは,すべての医療従事者にとっての安心感にもつながる.
IV.医学のダイバーシティ教育研究センターの活動
1.「医学のダイバーシティ教育研究センター」の設立
東京大学医学部では,医療人材のD&Iを推進し,さまざまな身体的・社会文化的バックグラウンドをもつ人が,その体験を生かして医療の担い手となるための構造・文化を構築していくため,2021年「医学のダイバーシティ教育研究センター」を設立した.本センターでは,本学におけるバリアフリー支援部門や保健センター,医学部の教務・医学教育部門,附属病院の産業保健部門など,各関連部署との密接な連携のもと,教育・研究・支援活動を行っている.本項では,その活動の一部を紹介する.
2.「医学のダイバーシティ&インクルージョン人材育成プログラム」
教育活動については,センター開設当初から,既存の講義・実習などへの部分的な参画を進めてきたが,さまざまな個別の取り組みを統合的に行うため,2022年度より「医学のダイバーシティ&インクルージョン人材育成プログラム」を創設した.このプログラムでは,ダイバーシティとインクルージョン,共同創造の意義を理解し,その素養をもつ医療人材の育成をめざし,医学科の学生および看護学を含む健康総合科学科の学生を対象にしており,障害の有無を問わず参加を呼びかけている.平日夕方などの時間を活用して月1回程度の開催としており,本センターの学内アドバイザーである本学バリアフリー支援室の熊谷晋一郎室長や,本センター室員である医学部健康科学科精神保健学分野/精神看護学分野の宮本有紀准教授らに加え,ピアサポートワーカーもスタッフとして参画している.本プログラムでは,研究・医療実践における共同創造,医療開発における患者・市民参画(PPI),健康の社会的決定要因(social determinants of health:SDH),アドボカシー,当事者研究,学生支援,ピアサポート,スティグマ・アンティスティグマ教育,トラウマインフォームドケアといったテーマについて,学内外の関連領域の講師を招聘し,参加学生が学びを深めてきた.2023年度は,アクティブ・ラーニングの手法を取り入れ,年間で取り組むテーマから,見学・フィールドワーク,調査・研究などについて,参加学生同士で意見を出し合いながら取り組む形をとっている.医学・健康総合科学の各分野の学生が交流し,ケアに関する考えについて意見を交わしたり学科間の教育方法の違いに触れたりするなど,多様な視点の獲得にもつながっている.
3.「医学のダイバーシティ人材養成コース」
2023年度より,本センターと東京大学履修証明プログラム「職域・地域架橋型-価値に基づく支援者育成(TICPOC)」との連携のもと,「医学のダイバーシティ人材養成コース」を新設した34).本コースでは,障害を有しながら医療に従事する医師,看護師,医学研究者などを対象としており,障害の社会モデル,医学のダイバーシティとインクルージョン,医療研究開発におけるPPI,共同創造,当事者研究などについて学ぶ.2ヵ月に一度,年間を通じてオンラインで開催しており,受講生同士で当事者としての知や経験を分かち合うことや,仲間づくりも重要な要素として捉えている.今後は,「医学のダイバーシティ&インクルージョン人材育成プログラム」とも連携することで,障害を有しながら医療従事者をめざす医学生と障害を有しながら働く医療専門職とが交流し,課題を共有し学び合える場を構築していくこともめざす.
4.ピアサポートワーカーとの協働とピア人材育成事業
東京大学医学部附属病院精神神経科では,2015年度よりピアサポートワーカー(疾病・障害の経験をもち,医療・福祉サービスを利用した経験やそれらに基づく視点を活かして当事者の支援を行い,かつ,所属機関と雇用契約を結んで働く職員)の雇用を開始している.ピアサポートワーカーの活躍の場は徐々に広がりつつあるものの,例えば精神科医療機関においてはピアサポートワーカーの所属歴がある施設は1割にも満たず,非常勤雇用など不安定な雇用が多く,職場環境の問題なども指摘されている6).ピアサポートワーカーは多くの職場において,専門職に囲まれるなかでマイノリティな存在となりがちであるが,高度医療を提供する中核的医療機関であり,かつ教育・研究といった幅広い役割を担う大学病院では,さらにその傾向が顕著となる.また,ピアサポートワーカーは当事者と支援者の性格を有することなどから,ピアサポートワーカー本人と,協働する専門職の両者において葛藤が生じることが稀でない.本センターでは,ピアサポートワーカーが現場で活躍し,より力を発揮していくために,ピアサポートワーカー,本センタースタッフ,医療専門職らを交えた定期的・継続的な対話による課題の抽出,あらたな取り組みの検討,啓発活動などを行い,サポート体制の構築にも注力している.
また,「職域・地域架橋型-価値に基づく支援者育成(TICPOC)」と連動して,精神保健医療福祉領域のピア人材の育成35)を継続的に行っている.本センタースタッフである経験豊富なシニアピアサポートワーカーが中心となり,ピアサポートやリカバリーの理念や哲学を基盤とした,対話を軸にした講座に加えて,東京大学医学部附属病院における医療現場をフィールドとする実習からなる120時間のコースを運営している.
5.STEMM分野で活躍する障害のある研究者と専門家のインタビューアーカイブ(Disabled in STEMM)
2023年11月に,東京大学先端科学技術研究センター・インクルーシブ・アカデミア・プロジェクトと,東京大学医学系研究科・医学のダイバーシティ教育研究センターとが中心となり,障害のある科学者や医療者が自身の経験を語るインタビュー動画を掲載するサイトを立ち上げた〔Disabled in STEMM(https://d-stemm.jp)〕.本サイトは,医学を含むSTEMM(science, technology, engineering, mathematics, and medicine)領域へ進むことを志望する障害のある人々に向けて,障害のある研究者や医療従事者が,さまざまに工夫をしたり支援を受けたりしながら,各領域で活躍しているロールモデルの存在を届けることを目的としている.また,STEMM領域で研究や医療に従事するすべての人に向けて,障害のある同僚が日常的に直面する障壁とそれらを解消するための実践的な手段や方策,および,障害のある同僚との協働が科学や医療においてもたらす特別な価値について知らせることも重要な目的である.将来的には,インクルーシブな構造・文化に裏打ちされた組織・環境を構築するための諸要因を抽出し,事例集やガイドラインを作成するとともに,支援方法の開発,政策立案へのエビデンス提供にも与したいと考えている.
おわりに
本稿ではまず,東京大学・課題解決型高度医療人材養成プログラムの活動とその背景の理念を紹介した.次に,プログラムの発展形として設立した医学のダイバーシティ教育研究センターの基盤理念となる共同創造と,D&Iの推進に向けての本センターの取り組みを紹介した.
医療・医学領域は,高度な専門技術が要求されるものの,合理的配慮が十分に提供されないことや,医療従事者がもつ障害へのスティグマといった課題により,障害のある人材が活躍することが特に困難であることがかねてから指摘されてきた.そのため,障害のある医療人材が活躍し,D&Iや共同創造の理念が実装されることは,他のさまざまな領域への大きな波及効果をもたらすことが期待される.
今後は,さらなる変革に向けて,他大学・医療機関の支援部署間におけるネットワークを構築し,構造・制度整備や支援方法における経験知を共有し,障害のある学生や医療従事者の支援の連続性を高めていくことが必要である.また,D&Iや共同創造の文化・風土を醸成していくために,教育・啓発活動の機会をより充実させていくことも重要である.東京大学医学部では2024年度より,医学教育課程における必修科目として,関連領域の講義・演習を開設することが決まった.本来,障害者の支援にかかわる専門的な知識は,すべての医療従事者が備えておくべきものである.そのために,障害を含めたD&Iについて,継続的な講義や実習のプログラムとしてカリキュラム全体に折り込むことや,専門職間の相互教育,障害のある人材の医学教育現場への参画も重要であり,教育・啓発とその方法論について,今後さらなる検討を加えていく必要がある.
編 注:本特集は第119回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに清水栄司(千葉大学大学院医学研究院・認知行動生理学,千葉大学子どものこころの発達教育研究センター,千葉大学医学部附属病院認知行動療法センター)を代表として企画された.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
謝 辞 平素より,医学のダイバーシティ教育研究センターの活動方針の策定や運営にかかわりご指導をいただいている,熊谷晋一郎先生(東京大学先端科学技術研究センター/東京大学多様性包摂共創センター),大島紀人先生(東京大学相談支援研究開発センター),宮本有紀先生(東京大学大学院医学系研究科健康科学精神保健学/精神看護学分野),山口創生先生(国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部),佐々木理恵さん(東京大学大学院医学系研究科医学のダイバーシティ教育研究センター),長谷川智恵先生(東京大学医学部附属病院精神神経科),遠山加奈子さん(東京大学医学部附属病院精神神経科)に心より感謝申し上げます.
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34) 東京大学履修証明プログラム職域・地域架橋型 価値に基づく支援者育成 (TICPOC) 医学のダイバーシティ人材養成コース (D-2) (https://co-production-training.net/wp/wp-content/uploads/2022/12/df25f71467027e2b2d255df9b6d6db59.pdf) (参照2024-10-30)
35) 東京大学履修証明プログラム「職域・地域架橋型-価値に基づく支援者育成」(2023-2025) (https://co-production-training.net/application-d/) (参照2024-10-30)
36) Traylor, A. H., Schmittdiel, J. A., Uratsu, C. S., et al.: Adherence to cardiovascular disease medications: does patient-provider race/ethnicity and language concordance matter? J Gen Intern Med, 25 (11); 1172-1177, 2010