Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第126巻第5号

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特集 日本におけるハームリダクション―アディクション概念の広がりと啓発・予防・治療への応用―
ハームリダクションの広がりについて―物質使用障害治療への応用―
齋藤 利和1), 宮田 久嗣2), 高野 歩3)
1)社会医療法人博友会平岸病院
2)医療法人光生会平川病院
3)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部診断治療開発研究室
精神神経学雑誌 126: 309-315, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-051

 ハームリダクションとは,合法・違法にかかわらず,精神作用薬物について,必ずしもその使用量は減ることがなくとも,その使用により生じる社会・健康上の悪影響を減少させることを主たる目的とする公衆衛生上の政策・プログラム実践とされている.この実践は,ヘロインや他の薬物使用における注射針の回し打ちを減らすことによって,ヒト免疫不全ウイルス(HIV)などの感染症の拡大を防ぐことを目的に始まった.その後,依存症にかかわる臨床家によって治療法への応用が始まった.無論,ハームリダクションは医療と一体ではない.しかしながら,近年,医療手段としてのハームリダクションが試みられつつある.わが国でもみられるアルコール依存症への応用はその1例である.さらに,ハームリダクションは他の薬物依存にも応用されつつある.1971年,米国は薬物犯罪の取り締まりと厳罰化政策を開始し,「薬物戦争」に突入した.この結果,皮肉なことに薬物消費量や関連犯罪は逆に増え,過剰摂取による死亡者,HIV感染症者などが激増した.それから長い時を経て2011年,各国の元首脳などからなる薬物政策国際委員会は「薬物戦争」は完全に失敗であったと宣言し,薬物使用者に対して刑罰ではなく,医療と福祉的支援を提供するよう求めた.こうしたハームリダクションの理念から,海外では薬物使用者に対して注射器交換プログラム,オピオイド代替療法,薬物使用ルームの設置,薬物使用の非犯罪化などのさまざまな実践がなされている.しかし,わが国では違法薬物の使用者数が比較的少ないこともあって「厳罰主義」を維持し,これらのハームリダクションの実践は試みられていない.司法的介入のみでは不法な薬物使用が減らないことはしばしば指摘されてきた.害を低減して健康を維持向上することが優先され,薬物使用者が必要な支援と人権を保障されるハームリダクションアプローチの原則に沿った医療がいま,わが国においても求められていると思われる.

索引用語:物質使用障害, 物質乱用, 精神作用物質, ハームリダクション, 非寛容・厳罰主義>
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