著者は大学病院の精神科に勤務し,研究や教育を行うとともに臨床業務として外来診療を実施し,入院診療全体の管理と専攻医の指導を行っている.外来診療患者は,強迫症を中心とした不安障害領域の患者が最も多く,次いで気分障害や発達障害の患者の割合が多い.再来に関しては系統的な介入を行う一部の患者を除いて,専門外来枠は設けず,ほとんどの患者を同じ再来枠のなかで診ている.診療スタイルの基本にあるのは認知行動療法であるが,全例にかっちりとした系統的精神療法を実施することは時間的に不可能であり,いかにそのエッセンスをちりばめられるかを意識しながら診療を行っている.それによって,たとえ短時間の診療であってもその有効性を高められると考える.また,丹念な聴き取りとその理解に基づいた面接は,治療者とともに患者自身の症状理解をもたらし,患者と治療者の信頼関係構築にもつながると感じている.本稿では,短時間の外来診療への認知行動療法の活かし方について,主に強迫症の診療場面を呈示しながら具体的な説明を行いたい.
https://doi.org/10.57369/pnj.24-107
はじめに
著者は大学病院の精神科に勤務し,研究や教育を行うとともに,臨床業務として外来診療を行っている.患者の内訳は強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)を中心とした不安障害領域の患者が最も多く,次いで気分障害や発達障害の患者の割合が多い.認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)マニュアル2)に沿って,系統的な精神療法を実施する一部の患者を除いてはあえて専門外来枠は設けず,不安障害,気分障害,発達障害,統合失調症を同じ再来枠のなかで診ており,診療にメリハリをつけ,自分なりの呼吸やリズムのようなものを刻みながら日々の外来を行っている.診療スタイルの基本にあるのはCBTであり,それは外来診療全体を通じて共通している.多くの再来患者を連続的に診る状況で,全例にかっちりとした系統的精神療法を実施することは物理的に不可能であり,いかにそのエッセンスをちりばめられるかが大事になってくる.本稿は,第119回日本精神神経学会学術総会での著者の発表をもとに,著者による論文4)5)からの引用を行い執筆したものである.
I.一般診療におけるCBT導入のメリット
著者の診療対象の多くをOCD患者が占めるが,その診療においてCBTの考え方は著者にとって有用に作用している.CBTは,まず病歴聴取と主訴の明確化に始まり,刺激-反応分析(行動分析)によって問題を具体的な認知と行動の連動体として把握し,治療対象と目標を明確化する.そのうえで治療仮説を立て,治療技法を選択し介入を行い,治療効果を検証する(図1).問題の評価-仮説に基づく介入-結果の検証と仮説の修正を繰り返しながら,患者に生じている問題を協働的に解決していく.その過程で患者自身の問題への対処能力が育まれ,疾患の根本的な改善やストレス対処能力の向上へとつながることを期待する.このようなCBTの理念・技法のエッセンスを一般診療に導入することの主要なメリットについて,主にOCD患者の診療を例にとりながら以下に順序立てて記す.
1.病状や生活の理解に有用である
例えば,汚染恐怖を主体とする症状であれば,「どのくらいの時間,どのようにして洗うのですか?」と主訴がより具体的で明確なものとなるように訊いていく.主訴を掘り下げつつ,患者の強迫症状がどのように成立しているかについて,治療者が具体的なイメージをもてるようにする.「物に触れるたびに手を洗っている」「外出から帰ると玄関ですべての服を脱ぎ,お風呂場へ直行する」「トイレで用を足すのに儀式化された手順があり,小であれば20分,大では2時間程度要する」などといったように,生活の状況が具体的にイメージできるように患者の行動を把握する.さらに,現在の症状把握とともに,生活歴,現病歴を時間の許す範囲で詳しく聴取していく.家族関係や家庭,学校,職場での適応状況などについても尋ねてゆき,症状が生活に及ぼしている影響を経時的かつマクロ的に掌握していく.強迫症状は不登校やひきこもり,家事遂行能力や就労能力の低下といった,さまざまな生活機能障害を引き起こしていることが多い.
丹念な聴き取りをもとに認知や行動の連鎖を掌握し,「あなたは○○と感じたから,○○という行動をとったのですね」というように,患者に伝えることで患者と治療者がともに症状に関する理解を深めていく.
2.治療者-患者関係を良好にし,治療効果を高める
詳細な聴き取りは,症状が患者本人にとってどのような意味をもつのかを理解する助けになり,患者にもこちらが相手を真摯に理解しようとしていることが伝わるため,信頼関係を増す効果もある.OCD患者は症状を巡ってしばしば家族や周囲の者と衝突を繰り返しており,そのような話はもううんざり,という空気のなかで生活していることが多い.また,どれだけ話しても「周りの人にはわかってもらえないのだ」という諦めの気持ちで過ごしていることもしばしばである.そのような気持ちで受診した際に,治療者がどれだけ丹念に患者本人の訴えを聴くかは,患者・治療者の良好な治療関係を築くうえで大事な一歩である.患者に寄り添い,症状を外在化し,家族とともに治療同盟を形成することをめざす.精神療法の効果に占める治療的要素の内訳を調べた研究では,共感や温かさ,受け入れ,共感的な励ましといった関係要素の影響が大きいことがわかっており,そういった要素を強めるうえでもCBTは有効に作用する.
学習行動理論とともに脳病態モデルを示すのも1つの有効な手段である.先述の汚染恐怖であれば,「何らかのきっかけで『あるものを汚い』と感じるようになり,同時に生じた不安や恐怖,嫌悪といった不快な感情を収めようとして一生懸命に手洗いをしますね.一時的には気持ちが楽になるので同じ場面でまた同じように行動する.そうするとしだいに『そのものは(本当に)汚い』というように脳が間違った認識(エラー)をするようになります.脳の中では,間違った認識と繰り返しの行動によって,前頭葉や基底核と呼ばれる部位の神経に連続的な発火現象が起きます.それが続くとどんどん汚いと感じる場面や状況は増えていって,よりいっそう手洗いを頻回に,長くしないと気がすまなくなってくるのです」といった具合である4).このことをわかりやすく,図にすることも多い(図2).強迫症状は脳レベルのエラーであるという疾患モデルを示すことにより,症状を巡って対立していた患者と家族もいったん休戦し,解決への希望をもちやすくなる.
3.具体的で有効な助言や介入につなげる
行動分析をもとに治療仮説を立て,どのような介入を行えば患者の症状が軽減するのか(悩みが和らぐのか)を念頭におき,具体的な介入方法を考える.患者の病態,症状に応じて,認知再構成,リラクセーション,曝露法といったさまざまなCBTのスキルを用いた介入を実施し,効果を検証する.介入の際は,まずは患者が困っていて,取り組みやすく,効果を実感しやすいテーマを対象とするのがよいと考える.
OCDを例に挙げれば,学習された不安を軽減する精神療法の技術の1つに曝露反応妨害法(exposure and response prevention:ERP)があることを説明する.ERPは,不安惹起状況への曝露を行うことで不安の条件づけが消去されることを利用した治療法である.「不安は,強迫行為をすればするほど逆に生じやすくなり,閾値が下がっていきます.ERPではあえて不安を高めるような課題を行い,その際に強迫行為で不安をすぐ下げようとせず,その不安な状態をそのままにする練習をします.時間はかかりますが不安は必ず下がります.この体験を繰り返すことで,それまでひどく不安に感じていたものが実は張り子の虎であり,恐るるにたらないものだとわかってくるのです」といった説明を,図に示しながら行う(図3).ERPは患者の納得がないまま無理に行えるものではなく,その実施にあたっては,「必要以上に恐れている物を普通に触れるようになるにはあえてその対象物に触れ,不安が下がっていく体験をすることが必要なのだ」と患者が理解するプロセスがもっとも大事である.薬物療法を中心とした治療で積極的なERPを実施しない場合も,「不安に立ち向かう」「迷ったら強迫行為はしない」など,強迫行為から脱却する行動選択を支持する.
4.治療目標を明確化し,ホームワークで外来治療の連続性を高める
多くの場合,短時間にならざるを得ない本邦の一般診療において,その有効性をいかに高めるかは重要な課題である.CBTではホームワークを実施することで診療の連続性を高め,診察室で行われた診療の効果を最大化することを重要視している.
強迫症状は,患者の生活全般,洗面,入浴,排泄,家事,勉強,仕事,あらゆる能率を低下させている可能性がある.そこでまず,達成できそうな具体的目標を1つ設定する.例えば,「お風呂に入る時間を1時間以内にする」や,「確認の症状に打ち勝って毎日外出する」などである.この目標設定によって治療への動機づけを高める.さらに,「もし強迫症状がなくなったらどういう生活を送りたいか?」についても話す.「大学に進みたい」「美容師の仕事をしたい」「結婚したい」など,今はイメージしにくくても,症状がなくなったらという仮定のもとで将来のビジョンについて話題にし,治療の動機づけを行う.
そして,次回以降の診察に向けて,ホームワークの重要性を説明する.患者に1日の生活にどのように強迫症状が出現しているか,状況別にどの程度の不安が生じているかの記録をつけてきてもらう.この際,『強迫性障害の治療ガイド』1)を用いると記録をつけやすい.再来での診察時間は,通常10~20分程度なので,その時間内で,十分な治療的進展がおきるように心がける.そのためには,ホームワークによるERPの実践と面接でのフィードバックが重要である.不安階層表をもとに,どのレベルから挑戦するかを話し合いながら決めていく.例えば,0~100のレベルで,ちょうど汚染度が50くらいのトイレのドアノブを対象と定めたら,「トイレのドアノブを両手でしっかりと握り,その手で携帯電話や頭,頬,体をまんべんなくぺたぺたと触る.その後手を洗わずに過ごす」というように具体的な課題を作る.この課題をほんとうに実施できるか,可能であれば外来のトイレなどを使って練習を一緒にやってみる.そのうえで,この課題を毎日実施し,成否や,不安感の経時変化とともに毎日記録(モニタリング)し,次回の診察時に話題にする.ホームワークの記載例を表に示す.モニタリングしながら実践することで,より治療行動は促進されやすい.病状によっては,課題の実行がなかなか困難な場合もある.「しようと思ったけれど,怖くてできなかった」「1,2回は取り組めたけれど,続けるだけの気力が湧かなかった」など,いろいろなコメントが返ってくる.「課題をしないことには話が進みません」と突き放すのではなく,まずは課題に取り組もうとした姿勢を称える.そのうえで,どういう理由でできなかったのか原因を一緒に考え,解決策を考える.
ERPは,これまで本人が避けていたことに立ち向かう,不安や恐怖を克服する勇気を必要とする治療である.「とても大変な治療ではあるけれど,この場面を乗り越えることで,これまでのような強迫でがんじがらめの生活から脱出できるんです.勇気をもって,一歩踏み出しましょう.だいじょうぶ,応援しています.ひとつ,清水の舞台から飛び降りるつもりで頑張ってみませんか」といった言葉が,患者がERPを実行するうえでの最後のひと押しになるようである.
ERPによって強迫症状やそれに伴う不安をコントロールできるようになったら,徐々に面接の内容も日常生活そのものの話題にシフトしていく.家での生活,学校,仕事,それぞれの場面で,これまでにどのような強迫症状が出ていたか,ERP治療を行った今,それらの症状はどのようになっているか話題にする.「これまでは行動の区切り目に必ず手を洗っていたけれど,そういうことはしなくてもよいと思えるようになりました」など,本人から治療課題以外での変化についてのコメントが出たら,意識の変化を指摘しその行動を支持する.徐々にセルフコントロールの意識が高まるように支援する.
5.薬物療法と連動し,治療の相乗効果を得る
薬物療法と精神療法は相補的であり,薬物療法中心の治療においても精神療法的な接近を試みることで薬物療法の効果を高めることができる.OCDに関していえば,CBTと選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhabitor:SSRI)を用いた薬物療法は多くのOCD治療ガイドラインでともにファーストラインの治療法として推奨されている.その一方で,有効性については,CBTの単独実施がSSRIをはじめとする抗うつ薬による薬物療法より優れた治療効果を示すとする研究が多い.しかし,CBTを実施した群の8割には抗うつ薬の併用が行われており,薬物療法との併用によってCBTの効果が増強されている可能性も指摘されている6).
著者は一般診療において薬物療法を主体に行う場合も,CBTの理論や脳病態メカニズムに基づいた心理教育を十分行うことにより,患者が適応的な行動を選択することを後押ししている.2000年代の前半,著者らはOCD患者に対するCBTや薬物療法の前後でfunctional MRIによる脳機能評価を実施する研究を行い,CBTと薬物療法は,治療手段としては全く異なるものの,前頭前野や帯状回,小脳といった脳部位に類似の変化を起こしうることを示した3).SSRIが脳内神経終末に作用しセロトニン活性を高め症状を緩和する一方,CBTは強迫行為の直接的な制御を試み,結果として脳活動をも正常化することが推測されている.両者は異なるアプローチを取りつつ,結果的には双方ともに脳と臨床の両水準に連動的な改善をもたらす.そうであればCBTと薬物療法の併用は相補的なのではないだろうか.
図2に示したように,反復される強迫行為は悪循環的に症状を強め,同時に頭の中ではOCDを増幅する回路がぐるぐるとまわる.この悪循環を止めるために,CBTや薬物療法を行うのだということを,繰り返し説明する.この説明によって,患者は単純に投薬だけを受けていたときよりも,投薬によって強迫症状や不安が下がったその時に,自らも症状を止めようとする意思に沿った行動選択を行うようになる.そのことによって回復への動きが強められる.CBT自体も薬物療法によって取り組みやすくなるというメリットがある.CBTと薬物療法はこのように協働し,お互いの効果を高めあえると考えている.
おわりに
CBTのエッセンスを取り入れた著者なりの一般診療について記述した.具体例を示したOCD以外にも,社交不安症をはじめとする他の不安障害への曝露療法や摂食障害に対するオペラント治療,あるいは回避行動が目立つうつ病への行動活性化など,CBTは著者の外来診療においてとても大切な役割を果たしている.時間や構造に限界を抱える本邦の診療においては短時間に多くの患者の診療を行わざるを得ない現状があり,患者の病状理解,治療関係構築,治療介入といったさまざまな点において工夫が必要である.そのための豊富な技術を内包するCBTはより有効な治療を行う助けとなる.なお,うつ病やパニック症,社交不安症,OCDに対する認知行動療法は診療報酬として点数化されている.診療時間(1回30分以上)を確保できるのであれば,関連学会が主催する研修を受けたうえで,疾患ごとの認知行動療法マニュアルを用いた治療を行えばより高い治療効果が期待できることを最後に記しておきたい.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
編 注:本特集は第119回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに池田暁史(大正大学)を代表として企画された.
1) 飯倉康郎: 強迫性障害の治療ガイド. 二瓶社, 大阪, 1999
2) 厚生労働科学研究費補助金障害者対策総合研究事業「認知行動療法等の精神療法の科学的エビデンスに基づいた標準治療の開発と普及に関する研究」(研究代表者: 大野 裕). 強迫性障害 (強迫症) の認知行動療法マニュアル (治療者用). 2016 (https://jpsad.jp/files/JSARD_manual_ocd.pdf) (参照2024-08-20)
3) Nakao, T., Nakagawa, A., Yoshiura, T., et al.: Brain activation of patients with obsessive-compulsive disorder during neuropsychological and symptom provocation tasks before and after symptom improvement: a functional magnetic resonance imaging study. Biol Psychiatry, 57 (8); 901-910, 2005
4) 中尾智博: 強迫症および関連症群への対応―OCD患者の面接について―. 日常診療における精神療法―10分間で何ができるか― (中村 敬, 西岡和郎ほか編). 星和書店, 東京, p.98-110, 2016
5) 中尾智博: 短時間の外来診療に行動療法のエッセンスを活かす. 精神療法, 44 (4); 489-493, 2018