Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第126巻第1号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
原著
COVID-19流行による精神科受診患者の自殺関連事象の変化について―北海道大学病院における後方視的研究―
内藤 大1), 豊田 直人2), 三井 信幸3)
1)北海道医療センター精神科
2)八雲総合病院精神科
3)北海道大学病院精神科神経科
精神神経学雑誌 126: 20-29, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-004
受理日:2023年8月29日

 【目的】COVID-19流行に伴い日本における自殺者数の増加が報告され,脆弱性の高い個人への影響が懸念される.本研究では精神科に通院中の患者を対象に,COVID-19流行下特有の自殺の危険因子および自殺関連事象の特徴を明らかにするために後方視的調査を実施した.【方法】北海道大学病院精神科神経科受診患者を対象に,2004年4月23日から2019年12月31日までの期間に自殺関連事象が認められた症例をCOVID-19流行前群とし,2020年4月1日から2021年8月31日に自殺関連事象が認められた症例をCOVID-19流行下群に分類した.その後,上記2群の背景因子,診断,自殺関連事象の方法等について検討した.【結果】COVID-19流行前群が65例,COVID-19流行下群が23例となった.背景因子および診断には有意差はなかった.初診時のM. I. N. I. screenの比較では,自殺念慮と興味関心の低下は共通の特徴であり,COVID-19流行下では全般不安の代わりにパニック発作の割合が高い傾向がみられた.COVID-19流行前とCOVID-19流行下では自殺企図の手段に統計的に有意な違いが認められ,過量服薬が44.6%から21.7%に減少し,縊首も26.2%から13.0%に減少した一方,飛び降りが13.8%から26.1%に増加し,飛び込み,服毒,一酸化炭素中毒も認められるようになった.【考察】COVID-19流行下では自殺企図手段が多様化しており,COVID-19流行前にはほとんど認められなかった方法での自殺関連事象が認められた.自殺予防という観点からは,自殺企図手段へのアクセスの制限は研究の難しさはあるものの,非常に有効な自殺予防方法の1つと認識されており,COVID-19流行下で自殺企図手段に変化があるとすれば,自殺予防の方策も見直す必要があると考えられる.

索引用語:自殺企図, COVID-19>

はじめに
 2020年初頭からCOVID-19の流行が始まり,多くの人々の社会環境や日常生活に変化をもたらした.日本では,2020年前半は自殺者数がむしろ減少する時期が観察されたが,その後自殺者数は増加に転じ,最終的には11年ぶりに前年を上回る結果となった18).また,2020年後半は以前の自殺率から推定される予測自殺率を上回っていたことが報告されている39).これらの事実から,日本においても一般人口に対してはCOVID-19の流行が自殺関連事象の増加に何らかの影響を及ぼしたことが推測される.
 海外の文献によると,一般人口における自殺関連事象の変化はさまざまに報告されている35).例えばCOVID-19流行下の文献を対象とした系統的レビューによると,自殺念慮の有病率は12.1%であり,自殺念慮のリスクファクターは,社会的支援が低いこと,身体的および精神的な疲労感が高いこと,第一線の医療従事者の体調不良,孤立および精神的な困難等とされている7).また,他の系統的レビューではCOVID-19流行前と比較して,自殺念慮が10.81%,自殺企図が4.68%,自傷行為が9.63%上昇し,自殺念慮に関しては若者と女性が最も影響を受けやすいと結論されている6).これらの背景にはCOVID-19罹患に対する恐怖8)等の直接的な影響だけではなく,COVID-19罹患により重要な人物を亡くしたことや孤独感が影響していること24),さらには,社会環境の変化に伴う失業の影響等も推測されている17)23).一般的に経済不況と自殺の増加には明確な関係があることは,以前から知られている33)
 これらの社会情勢も含めたCOVID-19流行の影響を最も大きく受けるのは,やはり脆弱性の高い個人と推測される.例えば10歳代の若年層を対象とした疫学研究では2020年8月から11月にかけて明らかな自殺率の増加が認められた10).また,脆弱性の高い個人を対象とした後方視的なレビューでは,流行前と比較して女性および精神疾患を有する患者において自殺企図が有意に増加していたことが報告されている20).精神疾患を有する患者に焦点をあてた研究に注目すると,COVID-19流行下の期間における自殺念慮および自殺企図の有病率はそれぞれ20.4%と11.4%と報告されており46),やはり上述の一般人口における有病率より高値となっている.さらに,うつ病や不安障害などの精神疾患患者を対象とした横断的な研究では,健常コントロールと比較して,身体的な健康に対する不安,怒り,衝動性,さらには自殺念慮が有意に高かった12).精神症状に関しては,3分の1の患者で心的外傷後ストレス障害の診断基準を満たし,4分の1以上の患者で重度の不眠症が認められた12).これらの背景には精神疾患に対する治療やケアの体制の変化の影響も考えられ,精神障害に対する対処が不十分と感じている患者の割合が10%から17%に有意に増加していたことも報告されている21).この結果はCOVID-19の直接的な影響だけではなく,精神科受診体制の不十分さ等の間接的な影響を精神科受診患者が受けていることを示唆するものである.さらに精神科入院患者を対象とした研究では,COVID-19流行前に比べて,COVID-19流行下では有意に自殺企図による入院が増加したという報告もあり,自殺予防に対する継続的な努力が必要であることが示唆されている3)
 上述のようにCOVID-19の流行により,日本においても精神疾患患者の自殺関連事象が増加していることが推測されるが,現在のところ,日本における精神科医による診断がなされた精神疾患患者の自殺関連事象の変化についてはほとんど報告されていない.今回,われわれは北海道大学病院精神科神経科(以下,当科)通院中に自殺企図をした精神科受診患者を対象に,COVID-19流行下特有の自殺の危険因子および自殺関連事象の特徴を明らかにする目的で,電子カルテに基づいた後方視的調査を行った.

I.対象と方法
1.研究デザイン
 後方視的研究.COVID-19流行前とCOVID-19流行下の2群に分けた群間比較.

2.対象および期間
 2004年4月23日から2021年8月31日までに当科を初診した患者を対象とした.さらに,初診時に10年以上の臨床経験を有する精神科医が精神医学的診断を行い,その後,当科に定期的に通院していたことが確認できた患者,すなわち初診後に複数回(2回以上)の通院治療を受けたことがカルテ記載上確認できた患者のみを対象とした.そのうち,当科通院中に自殺関連事象が発生し,詳細が確認できた症例を対象とした.他院精神科通院中で,当院の救急外来や他科入院中にリエゾン対応した患者,主要なデータが欠損している患者は除外した.なお,後述の通り,2020年1月1日から同年3月31日までに自殺関連事象が発生した症例はCOVID-19流行期間の移行期と考えられるため除外した.これらの基準は,精神科診断の妥当性を担保し,COVID-19流行下における医療提供体制の変化による条件の違いを少なくするためである.

3.自殺関連事象の定義および確認方法
 DSM-5の自殺行動障害(suicide behavior disorder:SBD)の但し書きに記載のある「自分で始めた一連の行動であって,開始時点でその行動が自分を死に至らしめることを予想していた」行動とした.自殺関連事象の発生の確認は,あくまでカルテ記載に基づいて行った.

4.調査項目
1)初診時
 性別,初診時年齢,初診日,初診時病名,初診時ICD-10コード,精神科入院歴,自殺企図歴,自殺の家族歴,いじめ・虐待歴,不登校歴,身体疾患の合併症,物質乱用の有無,同居者の有無,就業の有無,初診時の自殺念慮の有無,M. I. N. I. screen.
2)自殺関連事象発生時
 自殺関連事象発生時の年齢,自殺関連事象発生日,診断変更あるいは追加の有無,自殺関連事象の方法.

5.群分けの方法
 2004年4月23日から2019年12月31日までの期間に自殺関連事象が認められた症例をCOVID-19流行前群とし,2020年4月1日から2021年8月31日に自殺関連事象が認められた症例をCOVID-19流行下群に分類した.2020年1月1日から同年3月31日までに自殺関連事象が発生した症例は移行期と考えられるため,除外した.

6.統計解析
 年齢等の連続変数に対しては,t検定にて2群間比較を実施した.性別等の名義変数に対しては,χ2検定を実施した.ただし,セルのうち20%の期待度数が5未満の場合にはFisher正確検定を実施した.有意水準を5%とし,統計解析にはJMP pro 16.2.0を用いた.

7.倫理的配慮
 本研究は介入研究ではなく,電子カルテに基づく後方視的な調査であり,特別な追加調査は実施しなかった.本研究は,北海道大学病院自主臨床研究倫理審査委員会の承認を得て実施した.また,集計の際には匿名化を徹底して行い,患者の個人情報保護に十分配慮した.

II.結果
1.対象者の選択
 COVID-19流行前群(2004年4月23日から2019年12月31日)が65例,COVID-19流行下群(2020年4月1日から2021年8月31日)が23例となった.COVID-19流行下群23例はいずれもCOVID-19には罹患していなかった.カルテ記載上,自殺既遂が確認された症例はCOVID-19流行前群が13例(20.0%),COVID-19流行下群が4例(17.4%)であった.なお,移行期(2020年1月1日から同年3月31日)に自殺関連事象が発生した症例は4例であった.

2.背景因子の比較
 背景因子および初診時診断を表1に示す.男女比についてはいずれの群とも女性の割合が高く,年齢の平均値は20歳代であったが,両群での有意差は認められなかった.いずれの群においても,初診時点での自殺企図歴は約4割,自殺念慮は約3分の2に認められ,初診時から自殺のリスクが高い特徴があった.いじめ・虐待歴および不登校歴はいずれもCOVID-19流行下のほうが,やや多いという結果であったが有意な違いはなかった.いずれの群においても,初診時の診断は,F3,F4,F2の順に多く,患者層はCOVID-19前後でほぼ変わらなかった.以上から背景因子には有意な違いは見いだされなかった.

3.初診時M. I. N. I. screenの比較
 初診時に精神疾患簡易構造化面接法(Mini-International Neuropsychiatric Interview:M. I. N. I.)の自己記入式スクリーニング版であるM. I. N. I. screenを実施した31)40)41).欠損値がある症例は除外したため,COVID-19流行前群が47(男性14,女性33)例,COVID-19流行下群が13(男性2,女性11)例であった.項目を抜粋したものを表2に示す.両群間に有意差が認められた項目はなかった.COVID-19流行前に自殺関連事象が認められた群では,No. 4の希死念慮(85.1%),No. 2の興味関心の低下(80.9%),No. 19の全般不安(72.3%)の項目が非常に高い割合で陽性となっていた.一方,COVID-19流行下に自殺関連事象が認められた群では,No. 7のパニック発作(76.9%),No. 4の希死念慮(69.2%),No. 2の興味関心の低下(69.2%)が高い割合で陽性となっていた.したがって,希死念慮と興味関心の低下は共通の特徴であり,COVID-19流行下では全般不安の代わりにパニック発作の割合が高い傾向がみられた.

4.自殺関連事象の比較
 COVID-19流行前とCOVID-19流行下では自殺企図の手段に統計的に有意な違いが認められた(P=0.003).過量服薬が44.6%から21.7%に減少し,縊首も26.2%から13.0%に減少した一方,飛び降りが13.8%から26.1%に増加し,飛び込み,服毒,一酸化炭素中毒も認められるようになった(表3).

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

III.考察
 大学病院を受診し,精神科的な診断がなされた精神科受診患者におけるCOVID-19流行前後の自殺関連事象の変化を調査した.同時に自殺関連事象の初診時のリスクファクターの変化についても検討した.その結果,初診時のリスクファクターに明らかな変化は認められなかったが,自殺企図の手段には変化が認められた.特に,COVID-19流行下では自殺関連事象が多様化しており,COVID-19流行前にはほとんど認められなかった方法での自殺関連事象が認められているのが特徴であった.
 後述するように本研究は後方視的研究であるため,種々のバイアスが考えられるが,COVID-19流行前に自殺関連事象が認められた群とCOVID-19流行下で自殺関連事象が認められた群では,背景因子に明らかな違いはなく精神科診断の分布も似ている集団であったが,自殺企図の手段には統計学的に有意差が認められた.COVID-19流行前は過量服薬(44.6%)と縊首(26.2%)の2つの手段で7割が占められていたが,COVID-19流行下ではこれらの手段が3割程度〔過量服薬(21.7%),縊首(13.0%)〕に減少して,飛び降りが13.8%から26.1%に増加し,飛び込み,服毒,一酸化炭素中毒など自殺手段が多様化していた.本研究では,COVID-19流行下の自殺企図者は,有意差はないがやや若年で,かつ女性の割合がやや高い傾向が認められた.令和3年および令和4年版自殺対策白書によると,いずれの年齢,性別でも「首つり」が最多とされているが,それに次いで,女性および19歳以下の男性において2番目に多い手段として飛び降りが挙げられている.本研究において,COVID-19流行下の自殺企図手段として,飛び降りが最多となった理由は,COVID-19流行下において精神科通院患者においても自殺企図者の低年齢化および女性の割合の増加が関係しているのかもしれない.COVID-19流行下群では,致死率の高い自殺手段をとっている場合が多かったが,例えば高所からの飛び降りの症例では,家族等といるなかで行われた例が6例中4例(66.7%)であった.その4例のなかでは3例が自殺既遂には至らなかったため,家族や知り合いが近くにいる状況が保護的に働いた可能性が考えられる.その一方で,家族との口論後に飛び降りを図った事例もあり,COVID-19流行下で家族等との適切な距離が取りにくかったことが要因になった可能性も否定できない.
 日本人を対象とした心理学的剖検によると,精神科治療を受けている自殺既遂者の特徴は,年齢が比較的若く,過量服薬を自殺方法として選択する割合が高かったとされている13).また,日本における自殺企図の手段に関しては,救命救急センターにおける調査が散見され25),高所からの転落や致死的な自傷行為等の侵襲的な方法をとった群では男性の割合が高いという報告14)19)や,過量服薬は精神科既往のある女性に多いとする報告45)がある.また精神疾患との関連では,縊首や窒息はうつ病と関連し,高所からの転落は統合失調症との関連が強いとする報告11)がある.海外の文献でも,統合失調症では他の疾患と比して飛び降りが多く,気分障害では縊首が多いという類似の報告4)もあり,精神疾患によって自殺企図手段の頻度は異なると推測される.さらに,国際的には自殺の方法は国ごとに違いがあり,アメリカでは銃による自殺が多く,アジア諸国では殺虫剤による自殺が多いこと等がよく知られているが,そのような代替手段が使用できない国では縊首が一般的な方法とされる1).これらの先行研究を踏まえると,日本における自殺企図手段は,縊首と過量服薬が多いと推測され,本研究のCOVID-19流行前の症例群の特徴とよく合致している.一方,自殺予防という観点からは,自殺企図手段へのアクセスの制限は研究の難しさ28)44)はあるものの,非常に有効な自殺予防方法の1つと認識されており22)34)42),COVID-19流行下で自殺企図手段に変化があるとすれば,自殺予防の方策も見直す必要が生じるであろう.実際に,COVID-19流行下における自殺企図手段に変化が生じているとする報告があり,例えばフランスでは2020年1月から8月末までを前年同時期と比較すると,高所からの飛び降りが10.5%増加した15)とされ,本研究の結果と類似の変化がみられている.一方,インドとバングラデシュでは,ロックダウン前後で縊首が増加したと報告されている16).日本においては,行動制限が行われるなかでインターネット使用が増加していることも自殺方法の多様化に拍車をかけている可能性が推測される.
 本研究では,COVID-19流行前に自殺企図をした群とCOVID-19流行下で自殺企図をした群で,初診時の自殺企図歴および自殺念慮はほぼ同程度の割合であった.自殺企図歴に関してはいずれの群も4割程度と非常に高い割合であった.COVID-19流行下群のうち,COVID-19流行前にも自殺企図の既往が認められた症例は9例であり,そのうち致死性が高い手段に移行していたのは5例であった.その他の4例は同一の方法がとられていた.COVID-19流行による社会的な変化が,個人内の自殺企図手段の変化にも影響していた可能性が考えられる.
 自殺企図歴は自殺の最大のリスクファクターとして古くから知られており30)32)38),本研究の結果からもCOVID-19流行による変化は少なく,この関係は普遍的なものと考えられる.
 同様に自殺念慮に関しても両群とも初診時に7割程度と非常に高率であり,COVID-19流行下においても自殺関連事象の予測因子36)としての重要さは失われていないと思われる.また,本研究では,気分障害,不安障害,統合失調症圏の患者に自殺関連事象が多く発生していたが,これらの疾患で自殺関連事象が発生しやすいことは以前から知られており5)27)37),COVID-19流行前後でもこの傾向は変化しなかった.
 本研究における初診時のM. I. N. I. screenの変化に関しては症例数が少なくはっきりしたことは言えないが,パニック発作や広場恐怖が増加傾向にあり,逆に社会恐怖は減少傾向にあることは興味深い.流行により社会生活上の対人的な距離ができたことやマスクが一般化した生活はこのような精神症状の変化と関連しているのかもしれない.精神疾患患者を対象とした研究ではCOVID-19流行に伴うロックダウンにより孤独や倦怠感が増加29)し,このような心理の背景には社会の硬直化が影響していることが考察されている2).さらに,ロックダウンに伴う孤独感が自傷行為と関連していることも報告されており9),孤独や孤立に対する対策も自殺予防には重要と考えられる.
 COVID-19流行に伴う自殺予防研究の課題は多い26)が,なかでもこのような社会情勢の変化が起きた場合には,脆弱性の高い個人の自殺リスクが上昇することが懸念されるため,選択的に自殺予防対策を講じる必要性が指摘されている43).精神疾患の治療を受けている個人も影響を受けやすいことが懸念され,自殺予防対策も社会情勢の変化に応じて個別に講じていく必要性があると思われる.
 本研究は,単一施設で行われた診療録に基づく後方視的な研究であり,結果の解釈は慎重に行う必要がある.COVID-19流行前のデータには古いものも含まれているため,欠損値などの理由により,解析に取り込めなかった症例も多く,その点は結果に影響した可能性は否めない.また,自殺関連事象の発生の確認は,あくまでカルテ記載に基づいて行ったため,主治医が把握していない場合などには過小評価になってしまう可能性がある.さらに転院患者の状況は不明であるため,転院患者で自殺企図の発生割合が高い場合にも過小評価になる可能性があるが,その点の確認は困難であった.一方で当科通院中に明確な自殺企図が発生した場合には,当科に必ず連絡があるため,その点は過小評価になりにくいと考えられる.一方,本研究では,自殺関連事象が発生する前に診断等の評価がなされており,その後定期的に通院している患者のみを対象としたために,比較的信頼性が高いデータを解析に取り込むことができている.後方視的な研究ではあるが,自殺企図が発生してから診断を行った症例を除外しているため,精神科的な診断に関する妥当性は比較的高いものと思われる.なお,当科では年間800名前後の初診患者が受診していたが,2020年度は700名程度に低下した(したがって,COVID-19流行前群は全体の0.5%程度,COVID-19流行下群は全体の2%程度と推定される).これは,COVID-19流行下では検査入院を中止したこと等により,全体の初診患者数が減少したことが影響したものと考えられる.しかし,大学病院という性質上,専門性の高い症例の受診ニーズは持続的にあったため,経年的な患者の質の変化は大きくはなかったと考えられる.また,COVID-19流行期間の移行期の定義については,なるべく欠損となる期間が少なくなるように配慮したが,恣意的な面があることは否めない.
 現在の日本では精神疾患患者のコホート研究を実施できる状況にはなく,本研究のようなデータも参考にしながら日々の診療を行う必要があると思われる.

おわりに
 精神科通院患者を対象にCOVID-19流行前後で自殺関連事象の違いについて調査した.COVID-19流行による特有の危険因子は見いだされなかったが,自殺企図手段は多様化している可能性が示唆された.精神科通院患者は自殺関連事象が発生するリスクが高い集団であるが,日本においてはCOVID-19の影響が精神科通院患者の自殺関連事象にどのような影響を与えたのかを示す研究はほとんどなく,さらに規模の大きな調査・研究が望まれる.

 なお,本論文に関連して,開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本研究は,北海道大学病院精神科神経科の受診患者を対象としており,主治医等によりかかわった先生方に心より感謝申し上げます.また,久住一郎教授をはじめ北海道大学精神医学教室の先生方には論文作成の際に助言をいただきましたことを深謝いたします.さらに,北海道精神神経学会には,本研究に対して精神神経学雑誌投稿奨励賞に推薦いただきましたこと,日本精神神経学会には同賞を授与していただきましたことを感謝申し上げます.

文献

1) Ajdacic-Gross, V., Weiss, M. G., Ring, M., et al.: Methods of suicide: international suicide patterns derived from the WHO mortality database. Bull World Health Organ, 86 (9); 726-732, 2008
Medline

2) Badman, R. P., Nordström, R., Ueda, M., et al.: Perceptions of social rigidity predict loneliness across the Japanese population. Sci Rep, 12 (1); 16073, 2022
Medline

3) Berardelli, I., Sarubbi, S., Rogante, E., et al.: The impact of the COVID-19 pandemic on suicide ideation and suicide attempts in a sample of psychiatric inpatients. Psychiatry Res, 303; 114072, 2021
Medline

4) Bergman-Levy, T., Levi, L., Kugel, C., et al.: Means of suicide in psychiatric patients: population-based data from Israel between 2001 and 2020. Schizophr Res, 243; 118-119, 2022
Medline

5) Chesney, E., Goodwin, G. M., Fazel, S.: Risks of all-cause and suicide mortality in mental disorders: a meta-review. World Psychiatry, 13 (2); 153-160, 2014
Medline

6) Dubé, J. P., Smith, M. M., Sherry, S. B., et al.: Suicide behaviors during the COVID-19 pandemic: a meta-analysis of 54 studies. Psychiatry Res, 301; 113998, 2021
Medline

7) Farooq, S., Tunmore, J., Wajid Ali, M., et al.: Suicide, self-harm and suicidal ideation during COVID-19: a systematic review. Psychiatry Res, 306; 114228, 2021
Medline

8) Fitzpatrick, K. M., Harris, C., Drawve, G.: Fear of COVID-19 and the mental health consequences in America. Psychol Trauma, 12 (S1); S17-21, 2020
Medline

9) Geulayov, G., Mansfield, K., Jindra, C., et al.: Loneliness and self-harm in adolescents during the first national COVID-19 lockdown: results from a survey of 10,000 secondary school pupils in England. Curr Psychol, 2022; 1-12, 2022
Medline

10) Goto, R., Okubo, Y., Skokauskas, N.: Reasons and trends in youth's suicide rates during the COVID-19 pandemic. Lancet Reg Health West Pac, 27; 100567, 2022
Medline

11) 後藤由和: 自殺企図手段と精神障害の関係. 日本救急医学会雑誌, 20 (11); 861-870, 2009

12) Hao, F., Tan, W., Jiang, L., et al.: Do psychiatric patients experience more psychiatric symptoms during COVID-19 pandemic and lockdown? A case-control study with service and research implications for immunopsychiatry. Brain Behav Immun, 87; 100-106, 2020
Medline

13) Hirokawa, S., Matsumoto, T., Katsumata, Y., et al.: Psychosocial and psychiatric characteristics of suicide completers with psychiatric treatment before death: a psychological autopsy study of 76 cases. Psychiatry Clin Neurosci, 66 (4); 292-302, 2012
Medline

14) 本田洋子, 衞藤暢明, 河野直子ほか: 救命救急センターに搬送された自殺企図者における自殺企図手段の選択に影響する臨床的因子についての研究. 福岡大学医学紀要, 40 (3-4); 163-171, 2013

15) Jollant, F., Roussot, A., Corruble, E., et al.: Hospitalization for self-harm during the early months of the COVID-19 pandemic in France: a nationwide retrospective observational cohort study. Lancet Reg Health Eur, 6; 100102, 2021
Medline

16) Kar, S. K., Menon, V., Arafat, S. M. Y., et al.: Impact of COVID-19 pandemic related lockdown on suicide: analysis of newspaper reports during pre-lockdown and lockdown period in Bangladesh and India. Asian J Psychiatr, 60; 102649, 2021
Medline

17) Kawohl, W., Nordt, C.: COVID-19, unemployment, and suicide. Lancet Psychiatry, 7 (5); 389-390, 2020
Medline

18) 厚生労働省: 令和3年版自殺対策白書. (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/jisatsuhakusyo2021.html) (参照2022-10-09)

19) 京野穂集, 竹内 崇, 武田充弘ほか: 飛び降りと刃物による自殺企図患者の臨床的特徴と差異について. 総合病院精神医学, 24 (4); 361-366, 2012

20) Lee, G. E., Kim, J. W., Lee, K. R., et al.: Vulnerable individuals and changes in suicidal behaviour during the COVID-19 pandemic in Korea. BJPsych Open, 8 (5); e166, 2022
Medline

21) Li, J. T., Lee, C. P., Tang, W. K.: Changes in mental health among psychiatric patients during the COVID-19 pandemic in Hong Kong: a cross-sectional study. Int J Environ Res Public Health, 19 (3); 1181, 2022
Medline

22) Milner, A., Witt, K., Maheen, H., et al.: Access to means of suicide, occupation and the risk of suicide: a national study over 12 years of coronial data. BMC Psychiatry, 17 (1); 125, 2017
Medline

23) Motohshi, Y., Kizuki, M., Yoshino, S.: Increase in suicide during the COVID-19 pandemic in Japan: possible link between contingent employment and suicide by VAR time-series analysis. Suicide Policy Research, 3 (1); 3-8, 2020

24) Murata, S., Rezeppa, T., Thoma, B., et al.: The psychiatric sequelae of the COVID-19 pandemic in adolescents, adults, and health care workers. Depress Anxiety, 38 (2); 233-246, 2021
Medline

25) Nakao, S., Katayama, Y., Tanaka, K., et al.: Impact of the COVID-19 pandemic and subsequent social restrictions on ambulance calls for suicidal and nonsuicidal self-harm: a population-based study in Osaka prefecture, Japan. Acute Med Surg, 9 (1); e787, 2022
Medline

26) Niederkrotenthaler, T., Gunnell, D., Arensman, E., et al.: Suicide research, prevention, and COVID-19. Crisis, 41 (5); 321-330, 2020
Medline

27) Nordentoft, M., Mortensen, P. B., Pedersen, C. B.: Absolute risk of suicide after first hospital contact in mental disorder. Arch Gen Psychiatry, 68 (10); 1058-1064, 2011
Medline

28) Okolie, C., Wood, S., Hawton, K., et al.: Means restriction for the prevention of suicide by jumping. Cochrane Database Syst Rev, 2 (2); CD013543, 2020
Medline

29) Olié, E., Dubois, J., Benramdane, M., et al.: Poor mental health is associated with loneliness and boredom during Covid-19-related restriction periods in patients with pre-existing depression. J Affect Disord, 319; 446-461, 2022
Medline

30) Oquendo, M. A., Currier, D., Mann, J. J.: Prospective studies of suicidal behavior in major depressive and bipolar disorders: what is the evidence for predictive risk factors? Acta Psychiatr Scand, 114 (3); 151-158, 2006
Medline

31) Otsubo, T., Tanaka, K., Koda, R., et al.: Reliability and validity of Japanese version of the Mini-International Neuropsychiatric Interview. Psychiatry Clin Neurosci, 59 (5); 517-526, 2005
Medline

32) Owens, D., Horrocks, J., House, A.: Fatal and non-fatal repetition of self-harm. Systematic review. Br J Psychiatry, 181; 193-199, 2002
Medline

33) Oyesanya, M., Lopez-Morinigo, J., Dutta, R.: Systematic review of suicide in economic recession. World J Psychiatry, 5 (2); 243-254, 2015
Medline

34) Paris, J.: Predicting and preventing suicide: do we know enough to do either? Harv Rev Psychiatry, 14 (5); 233-240, 2006
Medline

35) Pirkis, J., Gunnell, D., Shin, S., et al.: Suicide numbers during the first 9-15 months of the COVID-19 pandemic compared with pre-existing trends: an interrupted time series analysis in 33 countries. EClinicalMedicine, 51; 101573, 2022
Medline

36) Reinherz, H. Z., Tanner, J. L., Berger, S. R., et al.: Adolescent suicidal ideation as predictive of psychopathology, suicidal behavior, and compromised functioning at age 30. Am J Psychiatry, 163 (7); 1226-1232, 2006
Medline

37) Rihmer, Z., Kiss, K.: Bipolar disorders and suicidal behaviour. Bipolar Disord, 4 (Suppl 1); 21-25, 2002
Medline

38) Robins, E., Murphy, G. E., Wilkinson, R. H. Jr., et al.: Some clinical considerations in the prevention of suicide based on a study of 134 successful suicides. Am J Public Health Nations Health, 49 (7); 888-899, 1959
Medline

39) Sakamoto, H., Ishikane, M., Ghaznavi, C., et al.: Assessment of suicide in Japan during the COVID-19 pandemic vs previous years. JAMA Netw Open, 4 (2); e2037378, 2021
Medline

40) Sheehan, D. V., Lecrubier, Y., Sheehan, K. H., et al.: The Mini-International Neuropsychiatric Interview (M. I. N. I. ): the development and validation of a structured diagnostic psychiatric interview for DSM-IV and ICD-10. J Clin Psychiatry, 59 (Suppl 20); 22-33, quiz 34-57, 1998
Medline

41) SheehanD. V., LecrubierY. (大坪天平, 宮岡 等, 上島国利訳) : M. I. N. I. 精神疾患簡易構造化面接法, 日本語版5.0.0 (2003). 星和書店, 東京, 2003

42) Skegg, K., Herbison, P.: Effect of restricting access to a suicide jumping site. Aust N Z J Psychiatry, 43 (6); 498-502, 2009
Medline

43) Wasserman, D., Iosue, M., Wuestefeld, A., et al.: Adaptation of evidence-based suicide prevention strategies during and after the COVID-19 pandemic. World Psychiatry, 19 (3); 294-306, 2020
Medline

44) Yip, P. S. F., Law, C. K., Fu, K. W., et al.: Restricting the means of suicide by charcoal burning. Br J Psychiatry, 196 (3); 241-242, 2010
Medline

45) 米満弘一郎, 小川智也, 島原由美子ほか: 救命救急センターにおける自殺企図者への精神科的対応の問題点―手段別臨床調査より―. 日本臨床救急医学会雑誌, 12 (4); 437-442, 2009

46) Zhu, Y., Li, Y., Xu, X.: Suicidal ideation and suicide attempts in psychiatric patients during the COVID-19: a systematic review and meta-analysis. Psychiatry Res, 317; 114837, 2022
Medline

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology