Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第5号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
会員の声
精神保健指定医大量指定取り消し処分の不当性と闘って
高橋 恵
北里大学北里研究所病院精神科
精神神経学雑誌 124: 357-358, 2022
受理日:2022年1月27日

索引用語:精神保健指定医, 取り消し処分>

 私は2016(平成28)年10月に,88名の医師とともに精神保健指定医の指定取り消し処分を受けた.これは,私の指導のもと,1名の申請医が2007(平成19)年に複数の医師でチーム医療を行っていた症例を2010(平成22)年に,もう1名が2011(平成23)年に複数の医師でチーム医療を行っていた症例を同年に精神保健指定医申請のケースレポートとしたが,それぞれのカルテ記載が少ないという一点をもって,自ら診断治療にかかわってない症例を不正申請したと認定されたための処分であった.
 当時われわれの勤務する病棟では,身体的,または精神的に重症な急性期患者を安全にかつ状態に即した対応を素早く行うと同時に経験の浅い医師たちの教育も行うために,複数の医師によるチーム医療体制をとっており,カルテ記載に関しては,そのなかの1名の医師を便宜的に記載担当者として記載を行っていた.そのため,カルテ記載の少ない医師でも,ケースとの十分なかかわりがあると指導医が判断して,ケースレポートを作成した.厚生労働省の聴聞において,カルテ記載担当者以外のチームの医師は全員それぞれの立場で主体的に診断治療にかかわっていることを説明したが,それが考慮されずに処分に至った.処分を決める医道審議会医師分科会精神保健指定医資格審査部会で,一律処分に疑義があったこともきいているが,そのような意見は考慮されることなくカルテ記載量の少ない医師が全員指定医取り消しという処分になった.これはもともと明記されていたルールに基づいた処分ではなく,指定から数年以上経った時点で決められた基準を用いての処分であり,このようなことが行われれば,どんなに恣意的な処分も可能となるところに怖さがある.今回の東京高等裁判所の控訴審で実際の現場でどのような医療が行われていたか丁寧に検証され,2021(令和3)年1月27日の判決文において,それぞれの申請医が十分に診断治療にかかわっていたとの事実認定がなされ,私の指導医としての指導が十分であったと認定されたことは,現場で働く医師にとっては深く安堵することであった.そして厚生労働省が上告しなかったので,この判決が確定した.
 今回の裁判の結果がでるまでに4年もの年月を経ているが,当初は処分がでてしまったのだから,もうそっとしておいたほうがよいとの声を多くもらった.しかし,この指定取り消し処分により,指定医としての業務ができなくなっただけでなく,「指定医として著しく不適切な医師」として名前を公表され,通院中の患者やその家族を不安にさせ,SNSなどでの誹謗中傷も受けた.医療観察法の審判員も解任され,リタリン登録医も取り消され,精神医療審査会の委員も解任された.波及する問題が本当に多く,このままでよいのかと考えているなかで,同窓の友人が,このままでよいはずがないと声をあげてくれて,同窓会のなかで相談にのってくれる先輩医師に巡り合い,さらに弁護士も紹介してもらえたことから,処分の不当性を訴える道を選択した.
 しかしそこでも協力者を頼むのに並々ならぬ苦労をすることになった.厚生労働省相手の裁判に喜んで手をかしてくれる奇特な人はほとんどいなかった.規制当局に不利な証言をしたら後でどんな仕返しにあうかわからない,という恐怖も確かにあった.所属学会の理事にも交渉を依頼してはみたが,とりあってくれたところはなかった.それでもこの処分はおかしいと言ってくれる精神科医がいて,つながりのなかで,多くの医師や医療従事者に協力をいただけたし,支援ももらえたのは本当に幸運だったと言えよう.そして裁判を起こすことを了承してくれた職場にも本当に感謝している.今回の勝訴判決はこれらの多くの方々の協力があってこそのものだ.改めてここで感謝を述べたい.今回処分された医師のなかには同じような状況でも周囲の協力を得られず,裁判に持ち込めなかった医師も多くいることを知っている.その方々の思いはいかばかりかと推察する.
 今回の処分を受けた89名の指定医のうち,私が知る限り裁判を起こしたのは24名,いままでに勝訴となったのは8名である.本学会の会員のなかには,処分を行った側にいた医師もいるだろうし,今後同じような立場に立たされる者もいるだろう.そのときにぜひ考えていただきたいと思い,今回投稿した.規制当局の言うことが本当に正しいのか,当時の法律がどうなっていたのか,よく検討して今後同じような状況が生じた場合,不当な処分に加担しないでいただきたい.そもそも過去にさかのぼって新たな規則で処分していいということは法治国家ではあってはならないことなのだ.そして本学会にも問題は問題として提起できる強さをもってほしいと願っている.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology