Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第4号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
われわれはICD-11によってパーソナリティ症治療を変えるべきか?
林 直樹
医療法人社団三恵会西ヶ原病院
精神神経学雑誌 124: 265-266, 2022

 世界保健機関(World Health Organization:WHO)の国際疾病分類第11版(International Classification of Diseases 11th Revision:ICD-11)4)におけるパーソナリティ症(Personality Disorders:PD)のセクションでは,ディメンション評価の推進,PDタイプの評価・診断の撤廃,類似・近縁の病態との鑑別についての記述の追加など,いくつもの重要な変革が行われている.それらはそれぞれが今後の精神科医療に大きな影響を与えると予想されるのであるが,ここでは,PDの定義におけるパーソナリティ(人格)とPDとの関連についての変更に焦点をあて,そこからわれわれのPD治療をどのように変えなくてはならないかを考えてみたい.

新しいPD診断とパーソナリティとのかかわり
 このPDとパーソナリティとの関連の変更は基本的に,2013年に発表された米国精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition:DSM-5)』のPDの代替診断モデル(Alternative Model for PDs:AMPD)1)から引き継がれたものである*1.従来のDSM-III~IVおよびICD-10の診断基準では,PDの基本的な病理は「著しく偏った内的体験および行動の持続的様式(pattern)」(DSM-IV)などと「パターン」として規定されていた.これに対してAMPDでは,「パターン」の語を廃して,新しく「パーソナリティ機能(自己機能と対人関係機能)」の概念が導入され,その減損がPDの基本的病理とされている*2.この考え方は,ICD-11において診断必須事項のなかに「自己側面の機能における問題」と「対人機能不全」という用語を使うことによって受け止められている.さらにAMPDでは,5種の病的パーソナリティ特性〔否定的感情(対 情動安定性),離脱(対 外向),対立(対 同調性),脱抑制(対 誠実性),精神病性(対 透明性)〕が措定され,それらがPDのタイプ診断の根拠とされた.この特性は,パーソナリティ心理学を起源とする「パーソナリティの5因子モデル(Five Factor Model)」に基づいて,そのパーソナリティ特性の不適応型であることが明示されている1).このようなパーソナリティ特性に基づくPDのとらえ方は,ICD-11でも5種の顕著なパーソナリティ特性またはパターン(prominent personality traits or patterns)(否定的感情,離隔,非社会性,脱抑制,制縛性)にほぼそのままの形で受け継がれているとみることができる*3

社会におけるパーソナリティの意味
 パーソナリティ(人格)の語には,パーソナリティ心理学などにおいて個人の環界への反応パターンの意味で用いられるほかに,「人格者」とか「人格を疑う」といった表現にみられるように価値判断を伴って用いられることがしばしばある.それは,「人格」という語を使う場合に一層顕著となる.この意味での「人格」は,現代社会において特別に重要な概念である.社会の構成メンバーが互いの人格を尊重することは,近代社会の基本原則であり,世界人権宣言(第29条)において人格の自由かつ完全な発展を可能にする社会の実現が社会の構成メンバーの責務であると規定されている所以である3)

精神科臨床におけるパーソナリティの意味
 パーソナリティに特別な意味が付与されているこの社会では,パーソナリティ症と診断され,パーソナリティに直接作用する治療が行われると考えられたなら,患者を怖れさせたり,傷つけたりすることがありうる.さらに,もしも人格の尊厳を軽視する治療が行われたなら,その弊害はきわめて大きいと言わざるをえない2).このような怖れから,従来の診断基準(DSM-III~IV,ICD-10)では,価値中立的な「パターン」の語を用いてPD概念が誤解されるのを避けようとしたと考えられる.それでは,DSM-5 AMPDにおいてパーソナリティの語がなぜ使われるようになったのかが問われなくてはならないだろう.
 その理由は,精神医学のPD理解の深まりに伴って,それが「パターン」を超えてさまざまな意味を包含するようになってきたこと,そして主に境界性PDを対象とする治療研究の成果と治療の普及によって,少なくとも米国では,パーソナリティに関連する特性を治療において適切に扱うことができるという見通しがついたということではないだろうか.他方,ICD-11では,このAMPDのパーソナリティについての考え方を基本的に取り入れつつも,PDの定義や記述のなかでPDとパーソナリティを直接結び付ける表現をできるだけ避けているようである.これは,ICDが世界全体で使われるものであるため,新概念と従来の概念との折衷が適切と考えられたこと,そしてパーソナリティの語を多用することによって,パーソナリティに影響を与える治療が人権・人格への配慮が乏しいまま野放図に行われる危険を防止しようとしたことが理由であろう.

パーソナリティに向き合うことの必要性
 ICD-11とDSM-5 AMPDのPD概念は,それぞれの意匠が若干異なっているものの,パーソナリティとのかかわりによってPDをとらえようとしている点において一致している.このPDのとらえ方は,PD理解に深みを与え,その治療を豊かにすることに貢献するだろう.同時にこれは,PD治療に取り組むわれわれの姿勢の見直しを迫るものでもある.治療において修正・変容が検討されるテーマが環界への反応パターンであるのと,パーソナリティに関連する特性であるのとでは,それに取り組む姿勢は自ずから異なるものとなる.後者では少なくとも,患者のパーソナリティの尊重をより徹底してかかわることが必要である.精神科医療において,社会一般のパーソナリティの理解から乖離した実践は許されない.またさらに,治療がそのようなものと誤解されることは,われわれの臨床活動の重大な障害となる.
 ICD-11において提示された新しいPD概念は,われわれに多くの課題を突き付けているのであるが,それはPD治療を向上させるためのチャンスでもある.わが国においてPDを抱える人々は多くの偏見に曝されてスティグマに苦しみ,PDの治療もまた,しばしば誤解され,忌避されることすらあった.ICD-11においてPDとパーソナリティのかかわりについての理解が提示されたことは,PDに対するより適切な取り組みを展開することができる段階に到達したことを示している.われわれは,この新しい診断基準を最大限に活用してPD診療の刷新を図るべきである.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) 林 直樹: パーソナリティ障害―新しい障害概念と共同治療策定モデル―. 精神医学, 63 (11); 1705-1712, 2021

3) 国際連合広報センター: 世界人権宣言テキスト. (https://www.unic.or.jp/activities/humanrights/document/bill_of_rights/universal_declaration/) (参照2021-01-11)

4) World Health Organization: ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics(Version: 05/2021) (https://icd.who.int/browse11/l-m/en) (参照2021-01-11)

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