恋愛・結婚・子育てには当事者や家族の人たちの強い関心や希望があり,統合失調症のリカバリーにつながる体験となる.筆者は工夫して二人の生活を実らせている当事者たちをたくさん見聞きしてきた.しかし実態は厳しく,一部の人しか夢をかなえることができていない.そのために当事者や家族にあきらめがあり,専門家の中にも悲観論やかかわろうとしない無関心がある.性愛行動への関心については,統合失調症の人たちも大きく一般の人口と変わることはないようである.筆者は回復をめざそうとする早い段階から,結婚や修学・就労を治療の目標とすることを話し合っている.発症により,大人としての振る舞いを学習する年頃に仲間と隔絶した生活を送りやすいため,自然な恋愛体験ももてるような場への参加を保証し,心理教育やスキルの学習の機会を提供する必要性がある.結婚や挙児はさらに社会的経験やスキルが必要なので,これについても専門的な支援の経験や技術が要請される.投薬については専門的な知識はもちろんだが,当事者も専門家もともにリスクを考慮したよりよい選択をしていくことが求められる.子育て支援には家族や地域や子ども福祉の専門家たちとの連携がどうしても必要になる.先駆的な浦河べてるの家の試みを紹介した.最後に治療の場でしばしば専門家が恋愛や結婚について反対する立場をとりやすい傾向について考察した.治療の場におけるこうした支援について,専門家は当事者の目を通して率直な議論をしてほしいと思う.
はじめに―なぜ恋愛・結婚・子育て支援なのか―
筆者が「恋愛・結婚・子育て」に関心をもつ理由は,当事者や家族の人たちの強い関心や希望があるからであり,こうした体験を通したリカバリーを見聞きするからである.そしてその背景には,誰であっても,人を想い,パートナーと巡り合って新しい家庭を築き,子どもたちに囲まれた生活をする機会や権利をもっており,身体に障害をもつ人でも精神に障害をもつ人でも同じである,というあたり前の考え方がある.
これまでいくつかの学会のワークショップなどの形で,「恋愛・結婚・子育て」をテーマとするプログラムをもつことができ,縁があって大阪,名古屋,神奈川,東京,北海道などの当事者の方たちから,勇気をもらえる体験談をうかがうことができた.これらの体験は,こうしたことがいかに人生と疾病からの回復に大きな影響を与えるかを示している.筆者の生活からみれば,当事者の人たちはより純粋にパートナーとの関係を求め,二人の関係性を深く考えているように思われる.必ずしも器用に生活費を稼いだりできない方々も多く,二人の生活を大切な寄りどころとし,目標としている方も多く,その賢明な生き方には強く胸を打たれる.社会や家族の支えがあってそうしたことは可能になっているわけだが,仕事も家庭もこなしている目からみると,そうした忙しい生活の中で失っているものがたくさんあることに気付かされる.そして孤独でないことの大事さにも目が開かれる.
しかし恋愛・結婚・子育ての実態は厳しく,当事者の人たちの想いとの間には明らかな乖離がある.これは仕事に対する思いと実態との乖離と共通の現象である.全国精神保健福祉会連合会(みんなねっと)の協力で2010年に実施された1,492名の家族会会員(家族のいずれかが精神障害者であり,そのうち82%が統合失調症)の調査3)において,当事者の平均年齢は42.9歳であるが,調査の時点で婚姻関係にあるものは8%にすぎなかった.婚姻を経験した人のうち子どもに恵まれた割合は72%だが,自分で育てているのは38%であった.過去にパートナーと6ヵ月以上生活した経験がある人も16%と少なく,今後そうした経験をしたい人は51%である.家族会に参加されている方への調査なので,自立している人,発症間もない人は少ないとはいえ,多くの人があたり前であるはずのことをあきらめていたり,希望はもっていても実現できていないように思われる.
米国北東部において地域で生活している90名(81%が統合失調症)の調査7)においては,平均年齢41歳で,婚姻もしくはパートナーと生活する人は10.0%,親や親族と生活する人が42.2%である.しかし子どもをもっている人は17.8%いるので,わが国での調査と同様に結婚生活の持続性に課題があることがうかがわれる.この調査は対象者の半数以上がクロザピン服用中という事情があるが,何らかの有給の仕事についている人が40.0%含まれるため,重い症状から回復している人がかなり含まれていると考えられる.
こうした生活実態の調査はどのような対象をもとに行っているかにより数値に違いがあるが,おしなべて恋愛への関心はあるものの,結婚に至る人は一般人口に比べて少ない5).その中で女性は結婚の機会は多いが離婚も多く,男性はそもそも結婚そのものが少ない傾向があり,しかもこうした性差には文化の影響がある.
こうした実態を踏まえて,当事者や家族にもあきらめがあり,専門家の中にも悲観論やかかわろうとしない無関心があるように筆者には感じられる.それを乗り越えてどうやって,当事者の希望をかなえることができるのか,支援の工夫について本論では述べたいと思う.
I.恋愛・結婚生活をどう支援するか
統合失調症では,疾病の本質として社会性の障害があり,周囲とかかわれない・現実的な興味をもちにくい・自分の世界で生きようとする特質があるところから,人とのかかわりが本質である恋愛行動には影響があり,成人になっても異性に関心が乏しいと思える人がいる.そうであっても,人とのかかわりを促進する環境においては,交友に楽しみを見出し,異性に思いを寄せる様子がみえてくることもよく体験する.既報5)で述べていることであるが,恋愛や性愛行動への関心については,統合失調症やそのほかの精神障害をもつ人たちも大きく一般の人口と変わることはないように思われる.入院や引きこもりの人たちは,そうした機会に恵まれないことはあると思うが.
そうした本質的な障害とともに,苦しく混乱をもたらす症状によってもがいて,人生の希望や目的がみえなくなり,恋愛どころではない痛ましいケースもある.またこれも既報6)でふれたように,性衝動と症状が絡まって妄想の核となったり,性的な幻覚があったりで,思春期に始まる病として,性愛の発達と症状は深く関連している場合がある.
また大人としての振る舞いを学習する年頃に,そうした体験ができなかったり,仲間と隔絶した生活を送ったりすることで,社会的に適切な行動を学習できないところから,親密な友人をもったり,恋人との関係を維持したりすることが困難になる.年齢を考えると幼い性知識や行動を示す人もいて,心理教育やスキルの学習の機会を提供する重要性があると思う.実際にRobinson9)はカナダにおける経験から,統合失調症の女性の50~60%は妊娠を経験するが,その約半数は計画的ではなかったり,望まぬ妊娠であると述べている.こうしたことは,身を守り,しかも満足しうる妥当な性愛行動をもつスキルが障害されていることを現していると思う.
こうしたことから,精神症状の改善と並行して,早い段階から仲間との交流体験をもつこと,その中で自然な恋愛体験ももてるような場に参加できること,そして必要があれば,心理教育や社会生活技能訓練(social skills training:SST)を通して,知識やスキルの学習の機会を提供して,社会的な経験の乏しさ,つたなさを補う工夫をしていくことが大切であると筆者は感じている.性教育という端的な知識もさることながら,人とかかわり,自分とつき合うすべが足りないと,当然恋愛はうまくいかないからである.仲間とともにこうした体験的な知識やスキルの学習を支援すると同時に,豊かな交流の場で能動的な活動が保証され,実際の体験を積むことができる環境があることが,大切であると思う.こうした活動の場を提供したり,参加していくことを支えることは,最も専門家に望まれる支援である.その中で,恋愛などによって調子を崩す人についても,支援の工夫ができるようになるだろう.すでに先達によって支援の工夫が報告されている5).
II.妊娠・出産をどう支援するか
結婚や挙児については,恋愛以上に社会的経験やスキルが必要となる.1990年代の米国での調査8)では,統合失調症の女性では望まない性行為や妊娠が多く,十分なケアができないなどから妊娠・出産に伴う合併症が多く,母体や新生児の死亡率が高かった.こうしたリスクへの不安から,産科医院でも服薬中の女性の妊娠や出産の受け入れを拒否することがあるというのは時々耳にする.実際にリスクは様々にあることなので,その支援技術が必要で,既報5)6)をはじめ多くはないがすでに文献があり,参考にしてほしい.
最も主治医が戸惑うのは,妊娠・出産・授乳時の投薬であろう.妊娠中の薬物療法について文献調査すると,複数の文献8)9)で妊娠中に薬物療法を中断する方が病状悪化のリスクが高いことを指摘している.また産褥期には再発のリスクがことに高まるために,積極的に薬物療法を再開・増量することを考慮する必要がある.そこをまずは念頭においてほしい.ほとんどの抗精神病薬がFDAなどによって,「妊娠中の投薬は要注意・できれば避けた方がよい」となっているからである.一緒に検討して,当事者も専門家もともにリスクを考慮したよりよい選択をしていくことが求められる.専門家はリスクを避けることを第一にして,投薬を回避してしまう場合がみられるように思われ,筆者は残念に感じている.
Gentile2)は,妊娠中の抗精神病薬治療の胎児への影響について,1950年代からこれまでの文献を検討し,同時に製薬会社への資料提出を求めている.いずれの抗精神病薬も,安全であったという報告と催奇形性がみられたとの報告の両方がある.少なくとも特定の薬剤と特定の催奇形性との関連があるとの報告はない.薬剤によっては,母体の代謝異常や胎児の体重増加および代謝異常の報告がみられる.
Seeman10)は,これまでの文献を踏まえて,統合失調症の女性に対して,これまでの性愛体験や避妊の知識について話し合うべきこと,妊娠時には心身のケアを行うサービスに結びつけること,服薬中の授乳については本人とよく話し合うべきであること,産褥期には訪問サービスを提供すべきであること,子育て支援が必須であることを述べている.筆者は回復をめざそうとする早い段階から,結婚や修学・就労を目標とすることを話し合い,そのための治療であることや,必要なスキルの学習を勧めている.
III.子育てをどう支援するか
フィンランドの大規模な前向きコホート調査11)で,養子先の303家族について,家庭で14~16時間の調査を行い,家庭環境を判定した.303家族のうち145例の養子の生物学的な母親は統合失調症(高リスク群)であり,158例の生物学的な母親は統合失調症スペクトラム以外の診断,もしくは精神障害をもっていなかった(低リスク群).高リスク群の場合,家庭環境が批判的,抑圧的,混乱などの環境である場合には,統合失調症スペクトラムの発症率が有意に高く,低リスク群では,望ましくない環境でも差がなく,遺伝的素因の高いものは劣悪な環境の影響に脆弱であることが示された.統合失調症などの精神障害の人の子どもに対しては,特に養育環境をサポートする必要があることがわかる.
デンマークでは統合失調症の親をもつ,10~20歳の207例の子どもたちの追跡調査が行われている4).幼時より統合失調症の母親から離れて,養家や父親や施設で育てられた25例と,ずっと統合失調症の母親に育てられた25例で比較したところ,統合失調症の発症率をはじめスペクトラム障害やそのほかの精神障害において両群に有意差はなかったが,母親に育てられた群の方が大学を卒業したり(53%),結婚している人(75%)の割合が高かった.障害はあっても親元で育てるメリットがあることを考えなければならない.偏見や子どもを取り上げられることを恐れて,治療を避ける母親がいることが米国で報告されている1).親が子育てする希望や権利についても配慮しなければならない.
子育てには多くの支援が必要である.そしてそれは専門家一人の努力では実らず,家族や地域や子ども福祉の専門家たちとの連携がどうしても必要になる.これは今の精神科医療の外来サービスの現状からはなかなか難しい.筆者も人手の乏しい外来のなか,子育ての悩みに付き合うなどの工夫をしている.児童相談所など,子どもの側のサービスは親の適切な育児を求めるために,障害をもつ親にとってはしばしば厳しいものとなり,サービス利用が敬遠されやすいのではないかという危惧がある.そのために各地で,萌芽的ではあるが子育て支援の試みがみられる段階にある.そうした先駆的な試みに学び,広く子育て支援の普及がなされることを筆者は願うものである.
IV.恋愛・結婚・子育て支援の実例
1.べてるの家から学ぶ工夫
浦河べてるの家では,恋愛・結婚・子育て支援について,多層的なプログラムを展開している*.それは当事者の希望や夢だからであり,同時に支援が必要だという切実なニーズがあるからであると思う.
「当事者研究」はよく知られたべてるの家の活動であるが,病気などの症状や,生活上の課題,人間関係,仕事などの様々な苦労を,自分が主人公(当事者)となって,自ら主体的に「研究」という切り口から取り組むもので,そこで明らかになった課題をSSTで練習する.統合失調症など様々な障害をもちながら地域で暮らす当事者の活動の中から生まれた「自助―自分を助けるプログラム」なので,恋愛,結婚,子育てもテーマになる.
カップルミーティング(恋愛ミーティング)は,月1回程度開催されるが,恋愛を「究極の人間関係」として捉え,当事者たちにとっては身近な恋愛に関する事柄を報告したり,相談,研究ができる場である.
ハートミーティングは年に数回開催され,運営には当事者もかかわり,浦河保健所や浦河町,浦河赤十字病院などの協力によって行われる.「性感染症について」「避妊方法について」「恋愛をしてよかったこと」などがテーマとなり,30~50名程度の大人数での開催が多い.
あじさいクラブは週1回,浦河赤十字病院精神科デイケアを会場として開催される,子どもをもつ「当事者」たちの子育てに関するミーティングである.当事者だけではなく,地域の方で育児をテーマに交流したい人も参加し,子育てを通じた様々な苦労や恵みといった貴重な経験を共有し合う.苦労を家庭だけで抱え込まずに,深刻化する前に相談できるという予防の効果もある.「仲間の協力も借りてみんなで育てる」というポリシーがある.
「浦河管内子どもの虐待防止ネットワーク」のミーティングは,浦河保健所,浦河町(子育て支援センター,教育委員会など),浦河赤十字病院,児童相談所,日高振興局福祉課,教育機関,べてるなどで構成され,月に1回本人と関係機関の支援者たちとで「応援ミーティング(子育て支援会議)」を開催し,親自身が自分と向き合ったり,子どもに必要な環境を整えたりするための応援が行われる.
こうした多層的な支援は皆当事者が主人公で,「どう苦労を乗り越えるか,それを皆がどう応援できるか」という視点で組み立てられているので,困難事例への対応や,虐待事例の管理といった考え方ではないことに留意が必要である.当事者の地平に立ってどうしたらこのような多面的な支援が展開できるのか,私たちは課題として重く受け止めなければならないと感じている.
2.一般の外来での支援
筆者の外来では,統合失調症に限らず様々な精神障害の人が受診するため,一人あたりに割ける時間に限りがあり,ほかのスタッフのサポートを受けることも少ない.ごく一般的な外来診療であるが,その中で以下のような工夫を心がけている.
外来主治医となった場合に,まず当面の治療目標や社会生活の目標を話し合うが,その際に当事者や家族に,いずれ恋愛や結婚も大切な目標となること,そうした場合には相談にのることを伝えておく.生育歴・生活史を丁寧にきくことで,元々の社会生活能力や,本人の人生の希望,精神障害による影響などを把握することができるが,その中で異性との恋愛経験や夢などもきいておけると,その後の支援の参考になる.
服薬により性機能に影響がある場合も多く,また薬が遺伝に何らかの影響を与えるのではないかと内心で心配している場合もみられるため,薬物療法の効果や副作用について話し合うときには,そうしたことも含めて説明したり,性機能についても尋ねるようにしている.治療者にとって異性にあたる患者では,特にそうした配慮が必要と感じる.性的なニュアンスをもつ体験症状はきかないと語られないことが多く,本人の自罰的な感情と連なっていることが多いように思われる.
いずれ学校や仕事を希望する場合に,デイケアなどを利用することが多い.集団場面の多い治療的環境では,異性と接する機会も増え,本人の考えや振る舞いを知ることができる.何よりも大きいのは,コメディカルスタッフと協働で生活の様々な支援にあたれるようになることであり,治療者チームができるとその後の長い支援の大きな柱になる.心理教育プログラムで,恋愛・結婚・妊娠などを取り上げることは,当事者の関心があり,また個別の診察では提供することの難しい体系的な情報やスキルの学習に役立てることができる.
普段の診察では,仕事のこと,恋愛のこと,結婚生活など,当面本人が生活目標として取り組んでいることについて一緒に話をする.恋愛のもめ事をきいたり,夫の浮気の相談をされたりすることもある.浮気が事実なのか妄想なのか,判別するのに困ったこともあった.うまくやれていることも確認し,一緒にそれを支えにする.
皆が共通して悩むのは,パートナーにどう精神障害について説明するかで,これまでの例やうまくいくこつをアドバイスする.一緒に外来に来てもらって,筆者から詳しく説明する場合もある.もちろん何をどこまで説明するかは,本人と十分に打ち合わせしておく.外来まで足を運んでくれた相手の場合,その後結婚まで進展することが多い.何よりも隠しての結婚や突然の服薬中断は,その後の支援を難しくしてしまうので避けたい思いがある.異性との出会いに恵まれない場合も多いが,首都圏では様々な出会いのための斡旋会社があり,筆者は,どういう会社があるのか患者からの情報で詳しくなった.出会い系サイトなど,危険なリソースを使う場合もあるので,自分を大切にしてほしいこと,吟味した方がよいことなど話し合っている.
妊娠の可能性がでてきたら,本人や家族に精神障害そのものや服薬の影響について,その人の状態に合わせて説明する.産科医との協力が大切だが,円滑な妊娠・出産が一度体験できると,その後の連携がスムーズにいく.幸い筆者は総合病院に勤務しているので,服薬中の妊娠へのケアに関しては非常に助けられている.流産したために相談せずに服薬を中断してしまい,その後再発した残念な事例もあったが,当初よりも警戒する産科医が少なくなったように感じる.
子育てには周囲の支援がどうしても必要であり,妊娠を計画する時点でまずは支援体制について確認し,身体的に落ち着いている妊娠中盤の時期に,実母や夫などとも育児の支援体制を打ち合わせする.家族の助けが借りられない場合で,産後3週間ほど母子で入所できる,助産師が経営する施設を利用した例もあった.
出産は無事に乗り切ったとしても,産褥期は再発リスクが高まるので,自院での出産であれば往診するなどして,この間の睡眠の工夫や服薬などについて産科医,本人,家族に説明する.母乳への移行を恐れて,産褥期にドパミン製剤が投与され,幻覚が再燃した事例もあったが,すぐ対応して事なきを得た.保健師など専門家の力を借りるために,電話一本だけでもかけるようにする.
周囲の支援が厳しい場合,保育所を勧める.診断書を書くことで入所しやすくなる.地域により子育て支援施設はいろいろあるが,子どもの虐待防止など,子どもの保護に力点が置かれていると,当事者は利用したがらない.過去に協力関係があり,精神障害をもつ人に対し支援経験のある人がいれば一番よいが,居住地によって利用できる機関が限られるため,難しい.外来診察で子育ての話を一緒になるべくするようにして,心配であれば親族などを含め外部の社会資源を探す.病院のソーシャルワーカーに支援してもらえる(連携先探しと関係作り)と助かるし,デイケアの元受け持ちスタッフに助けてもらうこともある.子育てがうまくいかず,結局離婚になってしまった残念な例もあった.しかしこれは,精神障害者に限らず世間一般にあることかもしれない.
浦河べてるの家のように,多くの仲間とともに,もしくは地域を巻き込んでの支援ができていないが,こうした状況がまだ一般的であるように思うので,筆者の外来の工夫を参考にしていただけたらと思う.
V.専門家にみられる悲観論や無関心をどう乗り越えるか
病棟,デイケアなどの治療的な集団においては,生活や人生の回復までは視野に入らず,疾病がもたらす直接的な影響と思える精神症状や日常生活技能の一時的な喪失に焦点があたりやすい.そうした環境では,恋愛はその人の感情をかき乱し,期待や不安からくる精神症状の悪化や衝動的な行動化をもたらすものであり,回復の障壁と受け止められやすい.確かに具合が悪いときには唐突な異性への接近などが起こりやすく,そうした行動が情動の不安定化を招きやすい.
また治療的な「集団」であることから,恋愛や性愛行動は,集団の穏やかな人間関係にきしみを生じ,過剰なうわさや,対象となる人を疎外するような感情的な動きや,そうした人間関係からの引きこもりなどを生じやすく,「温かく穏やかで,皆が仲のよい」治療的な集団の理想ではなくなってしまう.そして,「治療が一番大切なので,異性への関心は退院してからにした方がよいですね」といった働きかけが行われる.
恋愛や性愛行動は人間の様々な欲求に根差すもので,衝動や妬みも引き起こしやすいので,上述したいわば抑圧的な集団の傾向は,実は生活する福祉施設でもあるし,一般社会でもある.社内恋愛は,規範を遵守ししかもその規範の外では個人の自由を追求できるような,守秘する自我機能とスキルと抑制機能をもった人が成就できる.精神障害をもつ人はそうしたことがしばしば苦手で,守るべき親密な関係をすぐに他者の目に曝してしまう.そして集団からの疎外や抑圧を受けるのである.
子育てもまた,社会の規範を守れない人に対して社会の目は厳しい.確かに,児童虐待防止という目線からみれば,不安な子育てをしている人も多いと思う.次世代を担う子どもを守る視点は重要であるが,子育てをする当事者たちの考えや主体性もまた視野に入れなければ,一方的な専門家による管理で終わってしまうだろう.
治療や支援を目的とする集団では,恋愛・結婚・子育ての支援は難しい.支援をする側の目的が支援を受ける人の幸福にあること,そして集団のルールや規範や文化はそれを守るために必要であることを意識したうえで,所属するメンバーが率直に議論する必要があると思う.
おわりに
統合失調症の人の恋愛・結婚・子育てには困難がたくさんあり,現実の支援も容易ではない.そのために,恋愛・結婚・子育てに対して中立的な態度の専門家も多いのではないだろうか.本人や家族も,早くからあきらめている場合をよく見かけるし,そうでない場合に,「前にまだ無理と反対された」「話をきいてもらえない」などの理由で,専門家に相談せずにチャレンジして,避けうるリスクにぶつかって難渋することも起こっている.服薬していることを隠して結婚して,妊娠とともに服薬中断して,再発した例などである.
専門家として支援するとしたら,それは本人の希望やあたり前の人生の支援であるからだが,そのためには知識や経験が必要である.そしてこうした体験を通して回復し力をつけ,安定して自分の生活が歩めるようになる人たちがいることを知っておいてほしいと思う.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) Gearing, R. E., Alonzo, D., Marinelli, C.: Maternal schizophrenia: psychosocial treatment for mother and their children. Clin Schizophr Relat Psychoses, 6; 27-33, 2012
2) Gentile, S.: Antipsychotic therapy during early and late pregnancy. A systematic review. Schizophr Bull, 36; 518-544, 2010
3) 初瀬記史: 精神障害者の生活状況や医療ニーズについての報告―大規模な地域家族会参加者への自記式アンケート調査から. 社精医誌 (印刷中)
4) Higgins, J., Gore, R., Gutkind, D., et al.: Effects of child-rearing by schizophrenic mothers: a 25-year follow-up. Acta Psychiat Scand, 96; 402-404, 1997
5) 池淵恵美: 統合失調症の人の恋愛・結婚・子育ての支援. 精神科治療学, 21; 95-104, 2006
6) 池淵恵美: 統合失調症の人の恋愛・結婚・子育て―症例を通しての考察. 作業療法ジャーナル, 44; 572-578, 2010
7) Jenkins, J. H., Carpenter-Song, E.: The new paradigm of recovery from schizophrenia: cultural conundrums of improvement without cure. Cult Med Psychiatry, 29; 379-413, 2005
8) Miller, L. J.: Sexuality, reproduction, and family planning in women with schizophrenia. Schizophr Bull, 23; 623-635, 1997
9) Robinson, G. E.: Treatment of schizophrenia in pregnancy and postpartum. J Popul Ther Clin Pharmacol, 19; e380-386, 2012
10) Seeman, M. V.: Clinical interventions for women with schizophrenia: pregnancy. Acta Psychiatr Scand, 127; 12-22, 2013
11) Tienari, P., Wynne, L. C., Sorri, A., et al.: Genotype-environment interaction in schizophrenia-spectrum disorder: long-term follow-up study of Finnish adoptees. Br J Psychiat, 184; 216-222, 2004
* 本稿で紹介している浦河べてるの家が中心となった恋愛・結婚・子育て支援の多様なプログラムは,2013年7月の時点での情報によるものである.その後浦河赤十字病院の体制変更により,こうしたプログラムも変更になっている可能性がある.しかし筆者が述べたいのは,プログラムの具体的な詳細ではなく,当事者の視点からの恋愛・結婚・子育てを支援するための多層的なプログラムが,組み立てられてきているということであり,それによってはじめて,多くのカップルがよりよい人生をめざしていくことが可能となっているという事実である.