Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第116巻第7号

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特集 児童から成人へのキャリーオーバーを見据えた精神医学の構築
司法領域における発達障害の問題からみた児童精神医学のキャリーオーバー
十一 元三
京都大学大学院医学研究科人間健康科学系
精神神経学雑誌 116: 597-601, 2014

 少年・刑事司法領域における発達障害の問題を通じて,児童精神医学から成人精神医学へのキャリーオーバーと,両者の継ぎ目ない移行の必要性について述べた.はじめに,近年,鑑定例に一定の割合で発達障害が見出されるなか,改正少年法による重大事案の検察官送致の原則,および裁判員制度の導入により,司法判断において精神鑑定が果たす役割が一層重大化したことを述べた.次に,自閉症スペクトラム障害(ASD)という概念およびその臨床特性の特殊性を確認した後,ASDをもつケースの責任能力判断に伴う困難さや司法精神医学上の課題について論じた.最後に,それらの諸問題を解決するうえで,発達障害をはじめとする児童精神医学の知識と経験が不可欠であるとともに,成人精神医学と発達論的につながるような体系が確立される必要があることを述べた.

索引用語:児童精神医学, 発達障害, 少年事件, 刑事事件, 責任能力>

はじめに
 ここでいう「司法領域」とは少年事件と刑事事件,すなわち成人の刑法犯罪および少年法の規定する非行を指している.非行はより具体的には,刑事責任能力があるとされる未成年(14~19歳)の犯罪行為,14歳未満の少年による触法行為,および未成年のぐ犯をいう.わが国では1998年以降8),少年事件,刑事事件の精神鑑定において,少なからぬ頻度で発達障害が見出されており,司法も注目するようになる7)とともに,家庭裁判所から知見が寄せられるようになった3)10).このほか,司法領域には家事事件も含まれ,近年,この領域でも発達障害の問題がしばしば関与することが次第に認識されるようになった9)が,本稿では上述の領域に絞って表題に挙げたテーマを論じることにする.

I.司法領域における近年の流れ
 司法領域において,近年2つの大きな動きがあり,発達障害に対する正しい理解の必要性と重要性が高まった.1つ目の動きは,少年法の改正により,重大事件については原則として検察官送致となったことである.その場合,一般の少年事件のように家庭裁判所での非公開審判ではなく,成人の刑事事件と同じ公判(公開)となる.もう1つの動きは裁判員制度の導入であり,司法の専門家ではない人たちが被告人に対して判断を下さなければいけない状況となった.以上2つの変化に伴い,弁護側はもちろん,捜査側および裁判官,裁判員に少年の心理と精神状態に対する理解が求められ,被告が精神障害を有する場合には一層,精神医学的な観点の必要性に迫られることになる.

II.刑事責任能力
 被告人が精神障害を有する場合,司法判断のなかで精神障害の正しい知識と理解が大きく影響するのはおそらく被告人の責任能力に関する判断であろう.司法領域でいう責任能力とは,行為者(ここでは被告人)に対する非難可能性を指しており,責任能力を有する前提と考えられるのが精神発達上の成熟,および犯行以外の行為の選択が可能となる「自由意志」である.そして,後者の自由意志の成立を示す指標にあたるのが,正常な判断を可能にする事理弁識能力,および弁識に従って自らの行動を制御することができる行為制御能力の2つとされている.そして,精神障害が責任能力判断に関与するのは,その障害に起因する症状により事理弁識能力あるいは行為制御能力が減弱ないし消失することがあるためである.そのため,事件の分析にあたり,犯行時に,自由意志を阻害するような精神症状を被告人が有していたかどうか慎重に検索することが責任能力判断にとって決定的に重要となる.

III.広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)の中心的症状(基本障害)と特殊性5)
 広汎性発達障害(PDD)あるいは自閉症スペクトラム障害(ASD)という概念は,アメリカのLeo Kanner2)およびオーストリアのHans Asperger1)による症例報告を出発点としている.KannerとAspergerの観察した子どもたちには明らかな共通点がある一方,他者へのアクセスや言語の点で大きな相違がみられたが,対人面での双方向的なやり取り(対人相互的反応)が乏しいことをASDに共通する基本軸とすることで両者を包含する診断カテゴリーが成立した.DSM-IV,ICD-10とも,対人相互性の障害,および強迫的なこだわりをASDに共通する基本障害とし,DSM-5はASDの診断的特徴は上記2因子に還元できるという考え方をより明瞭に打ち出している.
 ASDにみられる特徴のなかで,ASDにユニークかつ最大の特徴である対人相互性の障害は,従来の統合失調症,気分障害,不安障害,パーソナリティ障害ほかの古典的症候群とは次元の異なる症候であり,人間の社会性の基盤をなす部分の障害であるため,診断学にとどまらず精神医学全体にインパクトを与えつつある.ASDが司法精神医学に大きな課題を突き付けている最大の原因も,この対人相互性の障害による.

IV.精神症状と責任能力
 被告人が精神障害を有する刑事事件あるいは少年事件の精神鑑定において,責任能力との関係で論じられる機会が多い症状として,意識障害,知的障害,精神病症状(主に幻覚と妄想),パーソナリティ障害の症状などが挙げられる.
 例えば,各種原因による錯乱状態,てんかんの大発作後のもうろう状態などの意識障害の場合,あるいは統合失調症や非定型精神病の幻覚妄想状態の急性増悪などの場合,当然ながら正常な認知判断(事理弁識能力)および行為制御能力ともかなり低下しており,自由意志は相当に阻害された状態であると推測できる.また,知的障害についても,その程度が重い場合,事理弁識能力あるいは行為制御能力が低下した状態,すなわち心神耗弱状態(限定責任能力)ないし心神喪失状態(責任無能力)にあると考えられる.それに対して,意識障害,知的障害,幻覚妄想状態ともにない場合のパーソナリティ障害の症状については,わが国では,事理弁識能力および行為制御能力とも保たれており,自由意志は阻害されていない(完全責任能力)と判断されることが多い.すなわち,これらの精神症状については,自由意志にとってどの程度の阻害要因となるかは,ある程度,判断の目安が確立されているといえる(ただし,パーソナリティ障害にみられる認知の歪み,衝動性の制御,感情の不安定などを自由意志を阻害する要因としてどのように評価するかについては詳細な検討が必要と考えられる).
 それに対して,ASDの精神症状(認知・行動上の特性を含む)の場合,意識や知能の障害や幻覚妄想状態は基本的にはみられない.そして,被告人に併存障害や二次障害(精神病症状など)がない場合,犯行時は一応,通常の知覚,思考力,記憶などの認知機能が保たれ,行動の段取りや準備を実行できていることが多い.そのため,被告人の行動のうちそのような側面のみが取り上げられると,事理弁識能力と行為制御能力は低下していないように映りやすい.しかし,実際には,犯行に至る経緯や動機が従来の枠組みで了解できないことが多く,犯行にかかわる行動を詳細に眺めると,事理弁識が破綻している点がしばしば認められる.その際,そのような破綻が,何らかの状況により追い詰められて反応性に生じた不合理な行動なのか,それとも,“平常”な心理状態においてASDの基本障害(とりわけ社会性の障害)の影響下でとられた“合理的な”行動であるのかを鑑別しておく必要がある.前者の場合,いわゆる心因反応という観点が当てはまるため,従来の責任能力をある程度適用できることになる.一方,後者の場合,事件の動機については一応説明できたとしても,一般には了解し難い理由や奇妙なロジックが認められることが多い.そして,まさにこの部分にASDという障害(すなわち本人に帰責できない問題)が直接的に関与しているにもかかわらず,従来の責任能力鑑定で考慮の対象とされてきた知的障害,意識障害,あるいは幻覚妄想はなく,“冷静に”“計画的に”犯行が実施されているようにみえるため,犯行に障害の関与がなかったかのような司法判断がなされやすいのが現状である.
 さらに,ASDには独自の混乱状態(いわゆるパニック)へ突発的に陥る傾向があり,時として事件化の一因をなしている.その際,自閉性障害(または自閉症)にみられる癇癪のような激しい(したがって目立ちやすい)形態から,より自閉性が軽度のASDに多い,一瞬,思考がフリーズするようなものがあるため,パニックの関与や程度を見極めるのに困難を伴うこともある.

V.ASDに関する精神鑑定と児童精神医学6)
 以上,現在,ASDが司法領域に呈する問題の要点について概略を述べた.現状の司法では,これまで述べた論点以前の段階でASDの理解に(したがって診断にも)課題がみられる4).その一例として,診断および障害の基本的性質に関する理解の問題がある.発達障害の診療に馴染んだ児童精神科医であれば,知的障害をもち福祉施設で暮らす自閉症の子どもから社会人として就労しているアスペルガー障害や特定不能の広汎性発達障害(PDDNOS)の成人まで多彩な臨床像(サブタイプ)があり,それらが1つの発達的特徴でつながっていることを理解している.しかし,このような基本的事項が司法関係者に周知されていないため,診断の時点で判断を誤っている判例がみられる.また,先述のパニックについても,パニック状態が犯行時の精神状態に及ぼした影響についても,縦軸(年齢)と横軸(下位診断)を手掛かりに妥当な評価を目指すには児童精神科医の経年齢的な観察と多彩なサブタイプの診療経験が必要となる.
 それ以外の重要な課題として,精神鑑定でこれまでいわれてきた環境因に加え,発達的要因により形作られたと考えられる臨床特性の把握という問題がある.これは精神状態の分析のみならず情状の判断に重要な役割を果す.そのため,ASDをもつケースの場合,家族関係者に対する児童精神医学的アセスメントが一般の精神疾患以上に必要となる.不安障害をはじめとする二次障害もその一例であるが,発達的影響の評価は責任能力,更生可能性などの司法判断に少なからぬ影響を与えるため,primary disorderとそれ以外をきちんと区別しておくことは重要である.さらに,二次障害とは別に早期から生得的な併存障害(主に児童精神疾患)を有することが稀ではなく,その診断や鑑別には児童精神医学の専門性を要する.
 最後に,司法領域にとどまらず精神医学にとっても課題となるのは,ASDの特異な病理の解明である.特異な所見のなかには,“悪気なく加害行為する”“独自の論拠で迷惑行為を行う”“目的に合わなくなっても計画を変更しない”などのように,深刻な反社会的行動にもかかわらず動機が見出せず,関係者を困惑させるものがあるが,少なくともこれらは司法判断においてASDの基本障害に由来すると位置づけられる点は動かしがたいものといえる.しかし,不可思議にみえる認知や行動のなかには基本障害から単純に説明し難いものが含まれており,感覚の特殊性や解離の生じやすさなどの随伴特性と合わせ,ASDの病理は現在なお解明途上にあることを常に念頭に置く必要があろう.

おわりに
 司法領域におけるASDの問題は,妥当な司法判断にとどまらず,一般精神科臨床における精確な診断および病理の理解にとって,児童精神医学と成人精神医学の症候論の間に発達論的なつながりが確立されていく必要性を示している.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Asperger, H.: Die "autistischen Psychopathen" im Kindesalter. Archiv für Psychiatrie und Nervenkrankheiten, 117; 76-136, 1944

2) Kanner, L.: Autistic disturbances of affective contact. Nervous Child, 2; 217-250, 1943

3) 熊上 崇: 広汎性発達障害を持つ非行事例の特徴. 精神経誌, 108 (4); 327-336, 2006

4) 崎濱盛三: 発達障害からの挑戦状. WAVE出版, 東京, 2013

5) 十一元三: 広汎性発達障害. TEXT精神医学 第4版 (加藤進昌, 神庭重信ほか編著). 南山堂, 東京, p.300-307, 2012

6) 十一元三: 広汎性発達障害が関与する事件の責任能力鑑定―少年事件・刑事事件を通じてみられる問題点―. 精神医学, 53 (10); 965-971, 2011

7) 十一元三: 司法領域における広汎性発達障害の問題. 家庭裁判月報, 58 (12); 1-42, 2006

8) 十一元三, 崎濱盛三: アスペルガー障害の司法事例―性非行の形式と動因の分析―. 精神経誌, 104; 561-584, 2002

9) 梅下節瑠: 非行. 現代児童青年精神医学 (山崎晃資, 牛島定信ほか編). 永井書店, 大阪, p.214-224, 2012

10) 梅下節瑠: アスペルガー障害と家庭事件―ライフサイクルの各段階における広汎性発達障害を有する成人の危機と司法的介入―. こころの臨床アラカルト, 25 (2); 236-240, 2006

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