【背景】認知機能障害は,大うつ病性障害(MDD)の持続的な残存症状であり,なかでも,認知的柔軟性の低下は,MDDにおける典型的な認知機能障害である.認知的柔軟性の低下は課題の切り替えが困難であることを意味する.これには,古い課題を忘れることと新しい課題に適応することの2つの下位要素が必要である.本研究では,MDDにおける認知的柔軟性の低下について下位要素をそれぞれに分け,前頭前野への経頭蓋直流刺激(tDCS)によりそれらが改善されるかどうかを検討することを目的とした.
【方法】本研究では,MDD患者20名および年齢をマッチさせた健常対照者22名を対象とした.クロスオーバーデザインで参加者は背内側前頭前野(DMPFC)または背外側前頭前野(DLPFC)のいずれかに陽極のtDCSを受けた.タスクのルールの切り替えを明示し,前のタスクルールからの順行抑制を時折解除する修正ウィスコンシンカードソーティングテストを,tDCSの施行の前後に実施した.
【結果】MDD患者ではタスク・スイッチコストが増加したが,順行抑制のコストはMDD患者と健常者で同程度であることがわかった.また,DMPFCを陽極にしたtDCSは,DLPFCを陽極にしたtDCSと比較して,MDD患者の反応時間を短縮させた.DLPFCを陽極にしたtDCSは,タスク・スイッチコストを高めるが,順行抑制がない状態でレスポンスを促進させることが示された.
【結論】これらの知見が示唆しているのは,MDDにおける認知的柔軟性の低下は,主に新しいタスクや環境への適応の困難さによって説明されることである.そして,MDD患者におけるtDCSは,刺激部位によって認知的柔軟性の反応速度の改善に与える影響が異なることである.
2)関西大学大学院心理学研究科
3)関西医科大学リハビリテーション学部作業療法学科
4)社会福祉法人海の子学園池島寮
5)京都文教大学臨床心理学部臨床心理学科
6)大阪公立大学大学院リハビリテーション学研究科
7)ベルン大学精神科病院・トランスレーショナルリサーチセンター
https://doi.org/10.57369/pnj.23-080
はじめに
大うつ病性障害(major depressive disorder:MDD)は,深刻な個人的心理的負担を伴うだけでなく,社会的・職業的機能にも障害をもたらす精神疾患である12).そのため,社会的・経済的に広範な影響を及ぼす.MDD患者には,抑うつ気分,不安,意欲の減退,睡眠障害,認知機能障害など,さまざまな症状がみられる.これらの症状のうち,集中力や実行機能の低下などの認知機能障害は,MDDの治療戦略において見過ごされてきた.しかし,近年,認知機能障害の寛解は重要な治療目標と認識されるようになってきた4).それは,近年の研究により,MDDの認知機能障害はうつ症状の寛解後も持続し31),回復後の社会・職業復帰を阻害することが明らかになっているためである11).
MDDの治療として抗うつ薬は第一選択だが,認知機能障害に対する有効性は比較的低いままである24).ボルチオキセチンは,認知機能障害に有効であることが知られている唯一の抗うつ薬だが2),その改善の程度はわずかである15).したがって,認知機能障害を対象とした他の治療戦略を模索することが重要であるといえる.
経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation:TMS)や経頭蓋直流刺激(transcranial direct current stimulation:tDCS)などの非侵襲的脳刺激法(non-invasive brain stimulation:NBS)は,MDDの治療に有効であることが示されている28).tDCSは,操作が比較的簡単で安価な装置で大脳皮質に微弱な直流電流を流し,大脳皮質神経細胞の膜電位を調節するものである.
背外側前頭前野(dorsolateral prefrontal cortex:DLPFC)に対するtDCSは,中程度の抗うつ効果があるが26),tDCSを含むNBSを用いた認知機能障害の治療に関しては,ほとんどエビデンスが得られていない.認知機能障害を対象としたtDCS研究の結果は,それぞれの研究で異なるtDCS電極のモンタージュを使用し,異なる認知症状を対象としたことから,さまざまな議論がなされている3)17)24).最近のメタ分析では,DLPFCへのtDCSはMDDのワーキングメモリと処理速度の改善に有益であることが示された7).また,ある研究では,DLPFCへのtDCSがMDDにおいてストループ課題で測定される認知的葛藤を解決する能力を改善するかどうかを調べたが,行動パフォーマンスは改善されなかった6).
TMSやtDCSによるMDDの治療に関する先行研究の多くは,DLPFCを刺激部位としており,他のいくつかの研究では背内側前頭前野(dorsomedial prefrontal cortex:DMPFC)を刺激部位としている10)21).DMPFCへの反復TMS(rTMS)のうつ病症状に対する有効性は十分に確立されていないが10)21),ある研究では,DMPFC刺激はDLPFC刺激よりも優れたうつ病症状の改善効果を示したと報告されている20).また,吻側前帯状回を含むDMPFCは,解剖学的に前頭葉眼窩前野,DLPFC,腹側線条体,扁桃体とつながっており,高次認知機能,特に認知柔軟性と情動調節に関与している21)25).したがって,DMPFCの刺激は,MDDにおける認知機能障害,特に認知的柔軟性の改善に役立つと考えられる.
本研究では,tDCSがMDDの認知機能障害に与える影響について検討した.具体的には,認知的柔軟性を検討するために,タスク・スイッチングパラダイムを採用した.タスク・スイッチングとは,2つ以上のタスクを切り替えることであり,あるタスクから別のタスクへ効果的に切り替えるためには,認知的柔軟性が必要とされる16).古いタスクから新しいタスクに切り替えた直後は,古いタスクに影響を受けて反応に時間がかかり,精度が低下することが知られている.この,反応が遅くなり,正確さも低下する行動コストをタスク・スイッチコストと呼び,MDDでは増加するといわれている23)31)33).タスク・スイッチングは,大きく分けて,新しいタスクを行うためのプロセスを構成することと,古いタスクを行うためのプロセスを消去することの2つの認知プロセスに分けられる16).古いタスクの消去が有効に働かない場合,古いタスクの実行のプロセスが残っていて,新しいタスクの実行に干渉する.これを順行抑制と呼ぶ.
本研究の目的は2つある.まず,MDDにおいて障害されているタスク・スイッチングの構成要素を分離して理解することを目的とした.そのため,タスク・スイッチングのルールを明示し,順行抑制を時々解除する修正ウィスコンシンカードソーティングテスト(modified Wisconsin Card Sorting Test:mWCST)を使用した18).次に,DMPFCへのtDCSが認知機能障害に及ぼす影響を,左DLPFCへのtDCSと比較して検討することを目的とした.クロスオーバーデザインにより,DMPFCまたは左DLPFCのいずれかに1セッションのtDCSを実施した.主要評価項目として,障害(うつ病の罹患の有無)や刺激部位がmWCSTの反応時間や正確度に影響を与えるかどうかを分析した.また,副次評価項目として,薬物療法とMDDの重症度がmWCSTの反応時間や正確度に影響を及ぼすかどうかを分析した.
I.研究の方法および結果
1.対象と研究方法
われわれは24名の健常対照者(healthy control:HC)(女性7名)と,『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版』に基づいて診断された20名のMDD患者(女性7名)を募集した.なお,脳波データの解析に焦点をあてたこの研究の一部は,他の文献にも記載されている29).研究開始前に,2名のHCが同意を取り下げたため除外した.参加者は全員が12年以上の教育を受けており,MDD患者は経験豊富(10年以上)な精神科医による診断を受けていた.また,抑うつ症状の重症度を評価するために,17項目のハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Scale:HAMD17)13)を測定した.重度の抑うつ症状をもつ患者には課題の難易度が高すぎると考えたため,外来患者のみを本研究の対象とした.研究期間中,MDD群全員に薬剤の処方や投与量の変更はなかった.なお,HCに精神疾患の既往がある者はいなかった.本研究はヘルシンキ宣言に基づき,全参加者から書面によるインフォームドコンセントを得た.研究プロトコルは関西医科大学施設倫理審査委員会(関医倫KAN-I-RIN 1406-1)の承認を受けた.
また,被験者間のクロスオーバーデザインを採用した.各被験者は,1回目のセッションで左DLPFCまたはDMPFCのどちらかにtDCSを受けるようにランダムに割り当てられた.2回目のセッションでは,参加者はもう一方の部位のtDCSを受けた.また,2回のtDCSセッションの間には,少なくとも1週間の間隔が設けられた.各セッションにおいて,参加者はtDCSを行い,その前後でmWCSTを行った.
tDCSの施行については電池駆動の刺激装置(DC STIMULATOR PLUS;NeuroConn,Ilmenau,Germany)を用いて施行した.通電については導電性ゴム電極(20 cm2,円形)を導電性脳波ペーストで接着したものを介して1 mAで実施した.陽極刺激はDMPFC(AFz,10-10 EEG international electrode placement)または左DLPFC(F5,10-10 EEG international electrode placement)上に行い,陰極刺激の脳への影響を最小限にするためにカソード電極は左肩に置いた.通電時間は安静時に20分間であった.
認知的柔軟性の課題については,先行研究で使用されたmWCSTを採用し,われわれのコホートに合わせて簡略化した18).具体的には,先行研究では4枚あった標的カードを3枚に減らした.課題プログラムの実装には,MATLAB version 2014a(MathWorks,Natick,MA,USA)のCogent Toolbox(http://www.vislab.ucl.ac.uk/cogent_2000.php;RRID:SCR_015672)を使用した.手順については下記の通りである.参加者には4枚のカードが提示された.中央下部にキューカードが提示され,キューカードの上,右側,左側に3枚の選択肢が提示された.各カードには,色,形,数の3つの知覚次元によって変化する幾何学図形が描かれた.画面中央には,現在のルール(色,形,数)が提示され,参加者は,ルールに従ってキューカードと一致するカードの選択が求められた.各ブロックは4~6試行で構成され,その後新しいブロックに移り,新しいルールに切り替わるか,前のルールを繰り返すかのどちらかであった.新しい課題ルールに切り替える際には,1枚の誤答カードを,前のルールに従うと正答となるように設定した.これは,前のルールからの抑制を積極的に起こすことを意図して設定している.また,タスク・スイッチブロックは2種類あり,1つは通常のタスク・スイッチブロック,もう1つはルール切り替え後3回目の試行で,どの応答カードも前のルールに従ったキューカードと一致しない,順行抑制から解放された試行(release from proactive interference trial:RPI試行)を含む(図).なお,本研究の参加者は全員,実験を始める前にmWCSTの練習を行った.
統計解析にはRソフトウェア(https://www.r-project.org/)を使用した.記述統計にはpsychパッケージ30)を,線形混合効果モデリング(linear mixed model:LMM)にはlme4パッケージ1)とlmerTestパッケージ22)を使用した.
主要評価項目として,以下の固定効果を含むLMMを構築した.グループ(MDD群またはHC群),tDCSの部位(DLPFCまたはDMPFC),スイッチの種類(スイッチング,繰り返し),RPI試行かどうか,セッションの順序(1回目または2回目),ブロックの最初のトライアル(1stTr),ブロック2試行目以降の試行かどうか,タスク・スイッチコスト(Switch×1stTr:課題が切り替わったブロックの一番初めの試行,またはその他の試行).また,交互作用効果として,グループとの交互作用〔tDCS部位(MDD×DLPFCおよびMDD×DMPFCのそれぞれ),RPI試行(RPI×MDD),またタスク・スイッチコスト(MDD×Switch×1stTr)〕,tDCSの刺激部位との交互作用〔RPI試行(RPI×DLPFCまたはDMPFC),タスク・スイッチコスト(Switch×1stTr×DLPFCまたはDMPFC)〕,そして,MDD群とtDCSにおける交互作用〔RPI試行(MDD×RPI×DLPFCまたはDMPFC),タスク・スイッチコスト(MDD×Switch×1stTr×DLPFCまたはDMPFC)〕を設定した.また,ランダム効果として参加者と試行回数を考慮した.正確度の分析では,早すぎる反応(250ミリ秒未満)をエラーとしてカウントした.反応時間の分析では,早すぎる反応(250ミリ秒未満)または長すぎる反応(4,500ミリ秒以上)をもつ試行を異常値として除外し,エラー試行も同様に除外した.また,副次的な結果指標として,MDD群のデータのみを用いて,ベンゾジアゼピン(benzodiazepine:BDZ)と抑うつ症状の重症度の影響を検討した.この解析では,上記のモデルを用いたが,群を含むすべての固定効果を除外し,HAMD17スコアとBDZの使用量を加えた.
2.結 果
研究参加者のデモグラフィックを表1に示す.MDD群とHC群の間に年齢,性別の有意差は認められなかった.MDD群はHC群より有意に高いHAMD17スコアを示した(MDD群:14.5±5.1,HC群:0.4±0.7,U=440,P<0.001).
次に,LMMを用いて,tDCS,グループ,タスク・スイッチコスト,順行抑制が正確度と反応時間に及ぼす影響を分析した(表2, 表3).
まず,新しいタスクルールに切り替えた後の最初の試行でのエラー数の増加や反応の鈍化によって特徴づけられるタスク・スイッチコストを調べた.これは,混合効果モデル(Switch×1stTr)において,ブロックの最初の試行とスイッチタイプの交互作用としてモデル化されたものである.
その結果,ブロックの初回試行とスイッチの種類の交互作用(Switch×1stTr:正確度モデル,β=-0.740,P<0.001;反応時間モデル,β=26.944,P=0.021)が有意であり,mWCST中のルール切り替え時にタスク・スイッチコストが生じることが確認された.
また,反応時間モデルのみで,課題切り替えコストと群間(MDD×Switch×1stTr)の有意な交互作用を見出し(正確度モデル,β=0.188,P=0.624;反応時間モデル,β=42.591,P=0.031),MDD群はHC群より課題切り替えコストが大きいことが示された.
次に,RPI試行における反応について検討した.RPI試行では,順行抑制となる誤答カードは存在しない.そのため,参加者は順行抑制から解放されたなかで回答することとなる.RPI試行では,正確度と応答時間の有意な向上が確認され(正確度モデル,β=0.631,P<0.001;反応時間モデル,β=-26.464,P=0.003),順行抑制がない場合に行動のパフォーマンスが向上することが示された.しかし,MDD群とHC群の間には有意な差は認められなかった(正確度モデル,β=0.408,P=0.256;反応時間モデル,β=-2.509,P=0.867).
また,保続性の誤り(現在のルールでは誤答するが,前のルールでは正答すること)についても検討した.MDD群とHC群では,保続性の誤りの回数に有意差はなかった(MDD:平均13.3,SE=2.93,HC:平均11.77,SE=1.98;t=0.43,P=0.66).
tDCSの効果については,DLPFCとDMPFC刺激後に応答時間の短縮がみられたが(DLPFC:β=-143.533,P<0.001;DMPFC:β=-151.945,P<0.001),DLPFCへのtDCS後にのみ正確度が減少した(DLPFC:β=-0.392,P<0.001;DMPFC:β=-0.124,P=0.149).この結果より,DLPFCへのtDCS後,反応速度と正確度の間のトレードオフが観察された.また,反応時間にはセッションの順序による効果があり(β=-155.744,P<0.001),一般的な学習効果を除外することはできないことが示唆された.
また,反応時間におけるDLPFCまたはDMPFC刺激とグループの有意な交互作用(MDD×DLPFCまたはDMPFC)を確認した(DLPFC:β=-27.304,P=0.003;DMPFC:β=-63.655,P<0.001).MDD群ではDMPFC刺激の交互作用の効果がDLPFC刺激の交互作用の効果よりも有意に大きく(P<0.001),MDDではDMPFCへのtDCS後の反応時間短縮がDLPFCへのtDCSより大きいことが示された.これらの結果は,MDDに対するDMPFCへのtDCSがmWCSTにおける葛藤解消を助けることを示唆している.
一方,HC群とMDD群との正確度モデルについては,DLPFCにのみ群間交互作用が有意に認められた(DLPFC:β=0.316,P=0.045;DMPFC:β=0.222,P=0.195)(表2).しかしながら,MDDのみとの正確度モデルにおいてDLPFCへのtDCSによる有意な効果は認められなかった.これらの結果から,MDD群ではDLPFCへのtDCS後の正確度の低下はわずかであることが明らかとなった.
また,反応時間モデルにおいて,DLPFC刺激とタスク・スイッチコスト(DLPFC×Switch×1stTr)(β=59.341,P=0.017),DLPFC刺激とRPIトライアル(DLPFC×RPI)(β=-46.678,P=0.013)の間に有意な交互作用効果を認め,DLPFC刺激はタスク・スイッチコストを高め,順行抑制がない状態でレスポンスを促進させることが示された.
最後に,LMMを用いて,うつ症状の重症度とBDZの使用が反応時間に及ぼす影響を検討した.正確度モデルでは,HAMD17スコアの主効果(β=0.053,P=0.029)は有意であったが,BDZ使用の主効果(β=-0.023,P=0.94)は有意ではなかった.反応時間モデルについては,HAMD17スコアとBDZ使用の有意な主効果は認められなかった(HAMD17:β=-1.565,P=0.55,BDZ:β=177,P=0.14).
II.考察―本論文の意義,苦労・工夫したことなどを含めて―
本研究の意義については,(i)MDDにおける反芻や反復的な否定的思考を対象とした心理療法に概念的な裏付けを与える可能性がある点,(ii)MDDの認知機能障害の改善におけるtDCSの刺激部位の使い分けの可能性がある点である.
(i)に関しては,本結果より,MDD群ではHC群と比べてタスク・スイッチコストは大きかったものの,順行抑制には差がなく,MDDにおける認知的柔軟性の機能不全は主に新しいタスクや環境への適応の困難さによって説明できることが示された.さらに,保続性による誤りについては,HC群とMDD群の間に差も認められなかった.このため,反芻の要因が保続によるものであるという説明の裏付けは弱い可能性がうかがえる.今回の結果は,新しい考えや視点への移行が困難な結果として,反芻が起こる可能性を示唆している.この知見は,転勤や昇進がMDD発症の引き金になるという臨床観察の結果と一致しているといえる14).また,MDDや不安障害の心理療法に関する最近のレビューでは,反復的な否定的思考からの転換が抑うつ症状の予防・改善に有効であることが示されている36).反芻や反復的な否定的思考を対象とした心理療法の有効性の背景には,新しい考えや視点への切り替えの促進が引き起こされている可能性が考えられる.
(ii)についてtDCS効果に関しては,MDDの認知機能障害の改善に,刺激部位によってそれぞれ異なる認知機能に有効である可能性が示された.MDDにおけるDMPFCのtDCSは葛藤解決を改善する.また,MDDにおけるDLPFCのtDCSは,タスク・スイッチなどの認知的柔軟性は改善しないが,葛藤を伴わない場合の反応速度を改善させると考えられる.以下に刺激部位ごとの考察を示す.
まず,MDDにおけるDMPFCへのtDCSに関しては葛藤解決,すなわち葛藤を引き起こす選択肢のなかから正しいカードを選択する認知過程を改善したと考えられる.最近の研究では,DMPFCへのrTMSは,全体的な抑うつ症状だけでなく,認知の柔軟性,注意,処理速度も改善することが示されている32).本研究では,慎重に設計されたmWCSTを導入することにより,DMPFCへのtDCSがMDDの認知的柔軟性は向上させないものの,認知的葛藤を解決する能力を向上させることを明らかにしたと考えられる.
また,MDD群におけるDLPFCへのtDCSに関しては,反応の正確さを犠牲にすることなく,葛藤から解放された試行の反応速度を改善することを示唆していると考えられる.これはHC群におけるDLPFCへのtDCSによって示された正確さを犠牲にすることで速度を優先しているという結果とは対照的である.
HC群で認められたmWCSTの正確度の低下が,MDD群のDLPFCへのtDCSにおいて認められなかったことと,両群においてスイッチング・コストを改善させ,特にRPI試行において反応速度を改善させたことについては以下の2つの視点から考察することができる.それは,認知的葛藤の解消の観点と,皮質下の回路の観点である.前者について,mWCSTでは,正確な反応を選択するために,認知的葛藤の解消が必要となり,そのためには,課題選択と関係のない情報を抑制する必要がある.この反応的制御では,無関係な情報が効率的に抑制されない場合に左DLPFCが反応的に活性化する27).HC群では,DLPFCへのtDCSがこの反応性制御のためのDLPFCの能力をさらに活性化させることで飽和させてしまい,その結果,反応の正確度を低下させてしまう可能性が考えられる.一方で,MDD群では左DLPFCのベースライン活性が低下しているため,DLPFCへのtDCSを行っても反応的抑制の能力を飽和させない35).このため,MDD群のDLPFCへのtDCSにおいてmWCSTの正確度の低下が認められなかったと考えられる.
後者について,タスク・スイッチのプロセスは,単に皮質領域を通して達成されるのではなく,皮質下構造がこれらのプロセスに大きく寄与しているといえる9).特に,これまでの研究では,大脳基底核の病変は,順行抑制がある場合にのみ誤答率を増加させた37).また,DLPFCへの非侵襲的な刺激は,大脳基底核のドパミンの放出を増加させることが知られている.さらに最近の研究では,ドパミンの合成源であるチロシンが枯渇すると,タスク・スイッチコストが増加するが,DLPFCへのtDCSによって改善されることが示されている5).負荷のかかる作業中に効率的に課題を遂行するためには,最適な量のドパミンが放出される必要がある8)34).したがって,順行抑制がないRPI試行では,DLPFCへのtDCSがDLPFCを活性化することによって反応を促進するのではないかと推測される.一方,順行抑制がある場合,DLPFCへのtDCSは,反応性の葛藤解決システムだけでなく,大脳基底核における最適なドパミンバランスを妨害する可能性がある.このため,両群においてスイッチング・コストを改善させ,特にRPI試行において反応速度を改善させたと考えられる.
おわりに
今後の研究では複数回の刺激を行うプロトコルによって,認知的柔軟性の障害がどのように改善されるかを調べることが重要であろう.また,MDDの寛解後に残存する持続的な認知機能障害をtDCSが改善できるかどうかも重要な未解決問題の1つであると考えられる.
本論文はPCN誌に掲載された最新の研究論文19)を編集委員会の依頼により,著者の1人が日本語で書き改め,その意義と展望などにつき加筆したものである.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
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