Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第124巻第9号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
Schneiderの一級症状の位置づけ―ICD-11とDSM-5の相違点―
針間 博彦
東京都立松沢病院
精神神経学雑誌 124: 651-652, 2022

 ICD-115)とDSM-51)の相違点の1つに,Schneider, K.による統合失調症の一級症状(以下,一級症状)の位置づけがある3).彼は統合失調症における異常体験様式のうち,非精神病性の障害および躁うつ病(彼は「循環病」と呼んだ)と鑑別するうえで特に重要なものを一級症状と呼んだ.ここでいう「精神病」は,現在の“psychosis”が幻覚や妄想の存在を示すのとは異なり,身体医学的基礎疾患が不明である,いわゆる内因性精神病と,そうした疾患が明らかな,いわゆる外因性精神病を合わせた概念である.したがって,非精神病性とは幻覚や妄想を伴わないことではなく,内因性精神病でも外因性精神病でもないことを示す.また,ここでの躁うつ病には内因性うつ病も含まれる.一級症状は,(i)3種の幻聴(考想化声,言い合う形の幻声,自身の行動とともに発言する幻声),(ii)妄想知覚,(iii)自我障害〔身体的被影響体験,考想被影響体験(考想奪取,考想吹入,考想伝播),他の領域における他者によるすべてのさせられ体験・被影響体験〕に群別される2).幻覚と妄想はすべて一級症状とされるのではなく,幻覚のなかでは(i)の3種のみが,妄想のなかでは(ii)の1種のみが,一級症状に数え入れられる.一方,「させられ」という性質を有する(iii)自我障害は,すべて一級症状である.
 ICD-104)では,1項目あれば統合失調症診断にとって十分な症状(a~d)が,一級症状を中心に定められている(表1).すなわち,3種の幻聴がaとc,妄想知覚がb,自我障害のうち考想被影響体験はa,他の領域の自我障害がbの項目に対応する〔残りのdは,DSMの「奇異な妄想」(後述)に相当する〕.
 ICD-11では,統合失調症の診断要件は7項目のうち2つ以上であり,「1項目あればよい症状」という扱いはDSM-5同様に消滅している.確認される2つ以上の症状項目のうち,1つ以上は中核症状,すなわち,a.持続性の妄想,b.持続性の幻覚,c.思考の統合不全,d.被影響体験,させられ体験または作為体験のいずれかでなければならない.そのうちdは,前述の自我障害に相当する.これらの症状は,ICD-10では「被支配・被影響・させられの妄想」と呼ばれたが,ICD-11では「妄想」という表現が「体験」に変更されている.これらは新たに「自己体験(self-experience)の障害」と総称され,aの妄想から区別されている.ICD-10では別項目であった考想吹入,考想奪取,考想伝播は,この項目に一括されている.こうした項目立ての結果,自我障害とそれに基づく妄想が存在する場合,ICD-11では2項目以上という統合失調症の症状要件を満たす.一方,幻覚と妄想については,DSM-5と同様に形式や内容が問われなくなり,その結果,3種の幻聴と妄想知覚は診断要件から姿を消している(表2).
 DSM-5ではDSM-IV-TRと同様に,自己体験の障害ないし自我障害は,妄想,それも奇異な妄想として扱われるため,ICD-11のdに相当する症状項目は存在しない.奇異な妄想とは,DSM-5によれば「その人の文化が物理的に不可能とみなす現象に関する妄想」である.ただし,DSM-5では,奇異な妄想があれば統合失調症の症状基準を満たすというDSM-IV-TRまでの規定が廃止され,その存在は妄想性障害など他の精神病性障害にも容認されている.したがって,自我障害とそれに基づく妄想が存在する場合,DSM-5では妄想という1項目のみが存在することになり,ICD-11のように2項目以上という統合失調症の症状要件を満たさない.こうした変更を反映して,妄想性障害には「奇異な内容を伴う」という特定用語が用意されている.自我障害以外の一級症状のうち,言い合う形の幻声と自身の行動とともに発言する幻声は,DSM-IV-TRまでは「患者の行動と思考に対して実況解説を続ける幻声」と「話し合う2つ以上の幻声」と呼ばれ,1つあればよい症状とされたが,DSM-5では,こうした扱いは奇異な妄想と同様に廃止されている.妄想知覚については,前版同様に言及されていない(表2).
 ICD-11において統合失調症の診断要件にのみ自我障害が取り上げられていることは,統合失調症における症状の質的特徴がなお重視されていることを示しており,DSM-5がこうした質的特徴を排除して精神病性障害群のスペクトラム化に向かったことと対照的である.

表1画像拡大表2画像拡大

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM—5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) 針間博彦: 統合失調症診断におけるSchneiderの1級症状の意義. 精神科治療学, 33 (1); 63-70, 2018

3) Schneider, K.: Klinische Psychopathologie, 15 Aufl. mit einem aktualisierten und erweiterten Kommentar von Huber G und Gross G. Thieme, Stuttgart, 2007 (針間博彦訳: 新版 臨床精神病理学. 文光堂, 東京, 2007)

4) World Health Organization: ICD-10 Version: 2016. (https://icd.who.int/browse10/2016/en) (参照2022-06-21)

5) World Health Organization: ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics. Version: 02/2022. (https://icd.who.int/browse11/l-m/en) (参照2022-06-21)

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