「統合失調感情症」とは,ICD-11におけるSchizoaffective Disorderの日本語病名として,従来の「統合失調感情障害」に代わるものである.ICD-10から診断基準に大きな変更はないが,躁病型,うつ病型,混合型という亜系分類は廃止されている.このカテゴリーの診断基準は,ICD-10とDSM-IV-TRとでは大きく異なるものであったが,ICD-11とDSM-5においてもその違いは解消されていない.以下,その相違点について述べる.
Schizoaffectiveという語が示す通り,このカテゴリーは統合失調症状と気分(感情)症状の両方が存在することを特徴とする.ICD-11における統合失調感情症は,中等度または重度の抑うつエピソード,躁エピソードまたは混合エピソードの診断要件を満たす気分症状と同時に統合失調症の診断要件を満たすエピソードが1ヵ月以上続き,かつ気分症状と精神症症状の出現はほぼ同時(数日以内の差)であるというものである.
一方でDSMでは,DSM-III以降,気分エピソード中にのみ精神病症状が存在する場合は,統合失調感情障害ではなく,精神病性の特徴を伴う気分障害と診断されることになり,DSM-5でもこの原則が引き継がれている.したがってDSM-5における統合失調感情障害は,気分エピソードが統合失調症の基準Aと同時期に存在すること(基準A)に加えて,生涯の疾病期間中に,気分エピソードを伴わない妄想や幻覚が2週間以上存在することが要件である(基準B).すなわち,統合失調感情症の診断要件は,ICD-11では統合失調症状と気分症状が時間的に「ずれていない」ことであるのに対し,DSM-5では精神病症状が気分症状から時間的に「ずれている」ことである.
さらに,DSM-5における統合失調感情障害の基準Aと基準Bを満たした場合,精神病症状は気分症状から時間的に「ずれている」のであるから,統合失調症との鑑別,すなわち統合失調症の経過中にどの程度の気分症状を許容するかという問題が生じる.この境界を設定するために設けられた基準Cは,気分エピソードの基準を満たす症状が,全疾病期間の過半に存在するというものである(全疾病期間の半分に満たなければ,統合失調症と診断される).この「過半(majority)」(50%以上)1)とは,DSM-IV-TRにおける「相当な部分(substantial portion)」(10%以上)2)から変更されたものであり,この改訂によって統合失調症における気分症状の存在は大幅に許容され,統合失調症に対する統合失調感情障害の境界は大幅に制限されたことになる.また,基準Bと基準Cに示されるように,DSM-5における統合失調感情障害は,縦断的経過を考慮に入れた生涯診断である.
対照的にICD-11では,統合失調感情症は現在または最近のエピソードのみを対象とするエピソード診断であり,統合失調症も同様である.したがって,過去の統合失調感情症診断は現在の統合失調症診断を除外せず,逆も然りである.DSM-5のような生涯診断が採用されなかった理由は,症状の履歴を後方視的に正確に評価することがそもそも可能であるか疑問視されたからである3).
以上の相違点から,ICD-11とDSM-5を用いた統合失調感情症の診断は必ずしも一致しない.以下,その代表的な例を挙げよう(表).
1.統合失調症状と気分症状が同時に1ヵ月以上存在する場合
ICD-11では,気分症(中等症または重症のうつ病エピソード,躁病エピソードまたは混合エピソード)と同時に統合失調症の診断要件が満たされれば統合失調感情症と診断され,統合失調症の診断要件が満たされなければ気分症と診断される.DSM-5では,気分エピソード内にのみ精神病症状がみられる場合,抑うつ障害または双極性障害と診断される.
2.統合失調症状と気分症状が同時に1ヵ月以上存在した後,統合失調症状が残存する場合
ICD-11では,統合失調感情症と診断されるエピソード後に気分症状のみが寛解し,気分症状を伴わない精神症症状が持続する期間が,両者が同時に存在する期間よりもはるかに長くなった場合,統合失調感情症から統合失調症に診断変更される.
DSM-5では,両者が存在する期間中は「抑うつ障害または双極性障害,精神病性の特徴を伴う」と診断されるが,気分症状の寛解後に妄想や幻覚が残存する期間が2週間を越えた場合(基準Bを満たすようになる),その時点で診断は統合失調感情障害に変更される.精神病症状のみがさらに長期に持続し,気分エピソードが存在する期間の割合が全疾病期間の50%未満となった場合(基準Cを満たさなくなる),その時点で診断は統合失調感情障害から統合失調症に変更される.
3.統合失調症状の経過中に統合失調症状と気分症状が同時に1ヵ月以上存在する場合
統合失調症の診断要件を満たす症状が出現して統合失調症と診断された後,経過中に気分症状が出現した場合,ICD-11では「同時」という統合失調感情症の要件を満たさないため,統合失調症という診断は変更されない.経過中に出現する気分症状が気分症群のカテゴリーの診断要件を満たすものであれば,その診断が統合失調症に追加される.DSM-5では,上記の基準A,B,Cを満たす場合は統合失調感情障害と診断されるが,気分エピソードの基準を満たす症状の期間が全疾病期間の半分以下である場合(すなわち基準Cを満たさない),統合失調症と診断される.
以上示したICD-11とDSM-5における統合失調感情症診断の差異は,統合失調症と気分症の診断基準の差異に必然的に起因するものである.したがってこれらの診断を用いる際は,それがいかなる基準に基づいたものであるか十分に理解しておく必要がある.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) Black, D. W., Grant, J. E.: DSM-5 Guidebook: The Essential Companion to the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. American Psychiatric Publishing. Washington, D. C., 2014
2) First, M. B., Frances, A., Pincus, H. A.: DSM-IV-TR Guidebook: The Essential Companion to the Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th Ed, Text Revision. American Psychiatric Publishing, Washington, D. C., 2002
3) Gaebel, W.: Status of psychotic disorders in ICD-11. Schizophr Bull, 38 (5); 895-898, 2012