Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第124巻第9号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
ICDの統合失調症の診断がDSMと異なる背景
杉原 玄一1), 村井 俊哉2)
1)東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野
2)京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座精神医学
精神神経学雑誌 124: 645-646, 2022

 精神科における臨床現場,臨床研究で最もよく用いられる2つの診断基準―世界保健機関(World Health Organization:WHO)による『国際疾病分類(International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems:ICD)』と米国精神医学会(American Psychiatric Association:APA)による『精神疾患の診断と統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders:DSM)』)―は,20世紀半ばより大西洋を挟んで独自の発展を遂げてきた.2つの診断基準はともに,19世紀の欧州精神医学の伝統を踏まえながら,初期の版では精神力動的アプローチに基づく臨床記述を採用している.しかし,欧州と米国における精神医学的文化の違いが2つの診断基準の違いとして反映された.統合失調症診断に関していえば,1968年出版のICD-8において,陽性症状や慢性で予後不良な臨床経過を強調されたのに対し,同年出版のDSM-IIで同疾患は「自我境界の喪失」により特徴づけられた.こうした疾患概念の違いもあり,欧州と米国で統合失調症の診断が大きく異なるという問題も明らかとなった.
 ICDとDSMは違いに伴う問題や診断基準が2つあることの不便さを解決すべく,WHOとAPAは診断基準の改訂を重ね,双方のハーモナイゼーションが図られた.双方の改訂に際し,研究により蓄積された知見を導入し,明示的で構造化された診断基準の記載を採用し,診断の信頼性・妥当性の向上が図られてきている.こうした改訂を経て,ICDとDSMはその構造や記載の多くが同等となった.実際,ICD-11とDSM-5の統合失調症診断では,統合失調症の亜型が廃止されたこと,妄想が奇異であるか,幻覚がシュナイダーの一級症状の形をとる幻聴であるかは問われないこと,経過に関する特定用語を付すことなど,多くの点で共通している4)
 ICDとDSMはほぼ同等なものになりつつあるが,統合失調症診断ではいくつかの違いもある.1つは,診断に必要な期間である.ICD-11では1ヵ月で統合失調症の診断をつけられるが,DSM-5では前駆期や残遺期を含め6ヵ月が必要である.ICD-11で診断の要件を満たす期間が短いのは,早期に適切な介入を行いやすくするという臨床的配慮による2)
 さらにICD-11とDSM-5の統合失調症診断で異なる点は,前者では機能の障害を診断基準に含めていないのに対し,後者では含まれていることである.ICDでは「診断は症状によってなされるべきで,機能との関連は診断基準に含むべきではない」ということを一般原則としている3).ICD-11では,統合失調症患者では機能の障害がしばしば認められるという記載がある一方,同疾患患者が必ずしも機能に障害をもつわけではないという事実も考慮に入れている.これに対し,DSM-5では多くの疾患の診断基準に機能の障害が含まれている.これは,機能の障害は治療的介入の必要性に関連するという考えによる1)
 また,上述したようにICD-11とDSM-5の統合失調症診断基準はともにシュナイダーの一級症状を強調しない方向で改訂されているが,ICD-11における統合失調症の「診断に必須の特徴」には,被影響体験,させられ体験,作為体験といった一級症状の独立した記載がある(項目d).これは,DSM-5の診断基準には含まれていない記載である.DSM-5でこれらの体験は妄想ととらえるのに対し,ICD-11では体験は信念(妄想も含む)と分けて考えているためである2)
 統合失調症診断に関連する疾患として,ICD-11とDSM-5での統合失調感情症(障害)の診断の考え方に違いが大きい.DSMは生涯の診断に変更がないように改訂が進められたのに対し,ICD-11ではエピソードごとに統合失調症と統合失調感情症の診断が変更となりうる3).ICDでは多くの精神疾患で診断が経過とともに変わりうるという前提があり,ここにその考え方が反映されている2)
 精神疾患の多くが病態生理や病理学的所見によって診断されえない現状において,現代の診断基準は―ICDであれDSMであれ―暫定的なものといえる.今後,精神疾患の病態解明が進み,病態に基づいた信頼性・妥当性の高い精神科診断が実現することを期待するが,そのときまでは現時点で受け入れられている診断基準を改訂し,患者,その家族,臨床家,研究者,一般社会にとって,より有用で意義のある診断基準を構築する努力を精神医学は継続する必要がある.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) First, M. B., Gaebel, W., Maj, M., et al.: An organization- and category-level comparison of diagnostic requirements for mental disorders in ICD-11 and DSM-5. World Psychiatry, 20 (1); 34-51, 2021
Medline

3) International Advisory Group for the Revision of ICD-10 Mental and Behavioural Disorders: A conceptual framework for the revision of the ICD-10 classification of mental and behavioural disorders. World Psychiatry, 10 (2); 86-92, 2011
Medline

4) 杉原玄一, 村井俊哉: 統合失調症または他の一次性精神症群. 精神経誌, 123 (5); 287-293, 2021

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