Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第124巻第8号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
自己臭関係付け症はなぜICD-11に採用されたか―そのプロセスや臨床的意義を含めて―
松永 寿人
兵庫医科大学精神科神経科学講座
精神神経学雑誌 124: 568-569, 2022

 2013年のDSM-5改訂では,強迫症(Obsessive-Compulsive Disorder:OCD)を中核とした「強迫症および関連症群(Obsessive-Compulsive and Related Disorders:OCRD)」カテゴリーが新設され,OCDは他の不安症から分離されることとなった.OCRDは,とらわれ,あるいは繰り返し行為を症候学的特徴として共有する疾患群であり,OCDや醜形恐怖症(Body Dysmorphic Disorder:BDD),抜毛症に加え,ためこみ症と皮膚むしり症が新たな疾患として包含された.OCRDのこのような疾患構成は,一見唐突であり,まとまりに欠ける印象であろう.しかしながら,今回の改訂の20年以上前から,このような疾患群の可能性が議論され,遺伝学的,脳機能的,精神病理学的あるいは治療的側面も含め,診断的妥当性の多角的検証が進められていた.これこそが,1990年代初めHollander, E. らにより提唱された強迫スペクトラム障害(obsessive-compulsive spectrum disorder:OCSD)である2)6)
 当時彼らは,とらわれ,あるいは反復的・儀式的行動を臨床特徴とする一群が,精神病理や生物学的病態の共有,あるいは連続性で説明しうる可能性を推察していた.OCSDの構成疾患を大別すると(i)BDDや心気症,摂食障害など,「外観や身体的イメージ,感覚へのとらわれ」を主たる病理とし,この不安軽減を目的とした反復行為を有する群,(ii)トゥレット症やチック症,シデナム舞踏病など,強迫観念様のとらわれは乏しいが,反復的・常同行為を主とする神経学的障害群,(iii)より強い快感や満足,開放感を得る目的で繰り返される衝動行為を特徴とする群,例えば,抜毛症や窃盗症,病的賭博,あるいは衝動制御障害などであった6)
 当初のOCSDから,DSM-5のOCRDカテゴリーを構成する疾患の選択プロセスでは,近年増大しつつある生物学的知見を根拠とした妥当性が重視され,客観的で厳密な包含基準が設定された2)4)5).すなわち,OCDとの類似性や共通性について,(i)「とらわれ」や「反復的・儀式的行為」などの症候学的側面のみならず,(ii)コモビディティ(comorbidity),(iii)家族性などの病因,(iv)脳機能など神経生物学的病態,(v)治療反応性の5項目中,十分なエビデンスにより最低3項目に該当することが必須であった4)5)
 さらにこのプロセスにおいて,symptom dimension研究の知見から,ためこみ症状の特異性,あるいは独立性が検証され,「ためこみ症」が提唱された3).またBDDと同様,身体的欠陥に過剰にとらわれ,高度の不安や社会的回避,そして繰り返し行為を伴うものとして,olfactory reference syndrome〔自己臭(嗅覚)関係付け症候群:ORS〕も注目された1).これは,「自身の体から悪臭または他者を不快にさせる臭い(他者には知覚されない)が出ているという考えにとらわれ,通常反復行動を伴う(例:自分の体臭をかぐ,過剰にシャワーを浴びる)」ものである.欧米では1800年代からこれに関する報告がなされ1),一方,本邦では重症対人恐怖の一型である「自己臭恐怖」としてとらえてきた経緯があり,DSM-IVまでは「文化に結び付いた(culture-bound)症候群」という位置づけがなされた.しかしながら,これが社会文化的要因に関連した特異的疾患というより,欧米をはじめ全世界的にみられるものという認識が拡がった.加えて,例えばORSと過敏性腸症候群との有意な関連性が指摘されているように,プライマリケアや消化器内科,皮膚科,歯科など身体診療科において,ORSが少なからず認められることが報告され,その定義の明確化や広く周知させるニーズも高まった.当初ORSは,「自身の体から悪臭または他者を不快にさせる臭いが出ている」というとらわれの確信性から妄想性障害,あるいは「体臭が他の人を不快にさせるのではないか」といった社交不安症(social anxiety disorder:SAD)に関連する不安の一形式として扱われていた.しかしORS患者のなかには,とらわれの不合理性の認識,すなわち病識を多少なりとも有し妄想的とはいえない場合もあり,また必ずしも社会的状況に対する不安を伴わないことから,独立した疾患としてDSM-5に取り上げることが検討された1)8).このなかでSADとの関連性も議論されたが,(i)人前で行為をするという状況を恐れるものではないこと,(ii)洞察不良の場合が多いこと,(iii)とらわれや繰り返し行為を伴うこと,などがSADとの症候学的相違とされ,またORS患者でOCDの併存が高率であることや,BDDとの臨床像などの類似性も加味されて,OCRDに組み入れることが提案された1)8)
 しかしながらDSM-5改訂時には,ORSを独立した一疾患とすることを支持するエビデンスが不十分とされ,「他の特定される強迫症および関連症」に含まれることとなった.一方,最近のICD-11改訂では,一般への疾患啓発やプライマリケアなどでの臨床的有用性に加え,多様な国や地域,あるいは文化圏における利便性や診断的信頼性が主な課題とされた7).ORSに関しても,この疫学や臨床像に関する知見が集積するなかで,自己臭関係付け症(olfactory reference disorder:ORD)といった独立の疾患ととらえ,その定義を明確化することの重要性が指摘されるようになった8).特にBDDと同様,ORD患者はこのようなとらわれ自体を恥ずかしく感じており,その悩みを明かすことは,大抵の場合躊躇されてしまう1)8).しかし例えば患者の心配がおなら臭の場合なら,「(おならをした)自覚なく漏れ臭う」とおおむね制御困難に感じており,腐敗臭,あるいは大便のようなとか,生魚や生ごみのようななどと表現され,他人に不快感を与えるほどの酷い,刺激的なものと認識されている.このため,うつ病やOCD,SADなどの背景に,ORDに関連した病理が潜在すれば,受診自体が困難となり,難治化・遷延化に関与していることが少なくない.また前述したように身体診療科においても少なからずみられるものであるため,見落とさないことや適切な治療を提供するためにも,診断基準が必要と考えられた7)8)
 このように今回のICD-11改訂におけるOCRDへのORDの導入は,臨床的有用性を大いに意識したものであり,著者もジュネーヴまで赴きこの作業にかかわったが,これが実臨床にもたらす影響,あるいはその信頼性については,さらに検討を要するであろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Feusner, J. D., Phillips, K. A., Stein, D. J.: Olfactory reference syndrome: issues for DSM-V. Depress Anxiety, 27 (6); 592-599, 2010
Medline

2) Hollander, E., Kim, S., Khanna, S., et al.: Obsessive-compulsive disorder and obsessive-compulsive spectrum disorders: diagnostic and dimensional issues. CNS Spectr, 12 (suppl 3); 5-13, 2007

3) Mataix-Cols, D., Frost, R. O., Pertusa, A., et al.: Hoarding disorder: a new diagnosis for DSM-V? Depress Anxiety, 27 (6); 556-572, 2010
Medline

4) 松永寿人: 強迫症の診断概念, そして中核病理に関するパラダイムシフト-神経症, あるいは不安障害から強迫スペクトラムへ-. 不安症研究, 6 (2); 86-99, 2015

5) Phillips, K. A., Stein, D. J., Rauch, S. L., et al.: Should an obsessive-compulsive spectrum grouping of disorders be included in DSM-V? Depress Anxiety, 27 (6); 528-555, 2010
Medline

6) Stein, D. J., Hollander, E.: The spectrum of obsessive-compulsive-related disorders. Obsessive-Compulsive-Related Disorders (ed by Hollander, E.). American Psychiatric Press, Washington, D. C., 1993

7) Stein, D. J., Kogan, C. S., Atmaca, M., et al.: The classification of obsessive-compulsive and related disorders in the ICD-11. J Affect Disord, 190; 663-674, 2016
Medline

8) Veale, D., Matsunaga, H.: Body dysmorphic disorder and olfactory reference disorder: proposals for ICD-11. Braz J Psychiatry, 36 (suppl 1); 14-20, 2014
Medline

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