2011年3月の東日本大震災で東北大学病院は幸いにも人的被害はなく建物にも大きな被害はなかった.沿岸部で被災した医療機関を支援するため多くの医療スタッフを派遣し,また多くの患者を受け入れた.他方,ライフライン長期途絶,エレベーター停止などを経験し,物理的な耐震対策のみならず機能継続にまつわる人的・物的資源の事前対策の重要性を痛感した.2016年11月に事業継続計画(BCP)策定に着手,以下の行程を経て2017年11月にBCP第1版を取りまとめた:(i)常設BCP委員会設置,(ii)重要業務調査/目標復旧時間の推定,(iii)経営資源調査,(iv)リスク分析・評価・対策,(v)リスク対策表策定/被害想定,(vi)アクションプラン見直し・BCP文書取りまとめ,(vii)病院BCP第1版策定.策定したBCPは年月を経るごとに記載事項と実情との間に乖離が生じ不備や不十分な点が明らかになるため事業継続管理(BCM)が必要となる.「計画」そのものよりも「計画を立てられる・修正できる力」の醸成に事業継続の意味がある.BCM活動の一環として2018年度以降,当院では緊急施設・設備点検訓練を繰り返している.災害時にも当院が医療活動を継続し社会的責務を果たすためには施設設備が稼動していることが大前提となり,これは2011年の東日本大震災の経験にも基づく.地上地下合わせて21階相当の病棟建物をエレベーターを使わずに効率よく点検するためチェックリストを作成し,訓練のたびに更新を図っている.2020年2月の新型コロナウイルス感染症蔓延に伴う一斉臨時休校要請への初動対応おいては継続的に取り組んだBCM活動が奏功し,迅速な病院職員出勤状況調査につながった.「資源管理」「業務の優先順位」「代替手段の確保」など,地道なBCP策定行程には多大な時間,労力を要するが,院内各部署の自覚は高まり不測の事態にも迅速柔軟に対応できる組織作りにつながっている.
2)東北大学病院BCP委員会
3)東北大学病院高度救命救急センター
4)東北大学病院災害対応マネジメントセンター
5)東北大学病院メディカルITセンター
6)東北大学病院栄養管理室
7)東北大学災害科学国際研究所防災社会推進分野
8)東北大学大学院医学系研究科消化器外科学分野
はじめに
病院は社会の公器として災害時にも医療を提供し続け地域住民の生命と健康を守ることを求められている13).このことは住民にとってなかば当然のことのようでもあるが,受け入れる側の病院として果たして災害への準備,対策は万全であるといえるだろうか.本稿では2011年3月の東日本大震災によって一時的に機能不全を経験した東北大学病院の事業継続計画(business continuity plan:BCP)策定へのいきさつ,策定ステップ,その後の事業継続管理(business continuity management:BCM)について解説する.
I.東北大学病院BCP策定
東北大学病院(以下,当院)は病床数1,160床,職員数約3,300人,約100部署(2019年12月時点)から構成される国内有数の巨大病院である.2011年3月の東日本大震災では幸いにも患者,職員に人的被害はなく,病院建物にも大きな被害はなかった.宮城県,岩手県沿岸部では多くの医療機関が津波によって壊滅もしくは機能停止し,生き残った病院に多くの患者が殺到しており,それらの病院を疲弊させないために当院は多くの医療スタッフを長期間にわたって派遣し,また多くの患者を受け入れ,いわば地域医療の「最後の砦」として後方支援活動を行うことができた9).他方,病院機能維持の観点からはさまざまな課題が浮かび上がった.ライフラインの長期途絶1),エレベーターの停止6)など病院としての機能不全を経験し,物理的な耐震対策のみならず機能維持・復旧にかかわる人的・物的資源の事前対策がその後の業務レベルを大きく左右することを痛感した8).
東日本大震災後,当院では2014年1月までに高度救命救急センタースタッフを中心とする有志が現在のBCPの骨格となる「部署ごとのアクションプラン」を取りまとめた.しかし担当者の異動によって最終的な計画策定までには至らなかった.2016年に国立大学法人東北大学としてのBCPが策定され,事業所としての当院にもBCP策定が求められた.
【BCP策定にあたり参照した資料・ガイドライン】
厚生労働省『BCPの考え方に基づいた病院災害対応計画作成の手引き』4)や東京都『医療機関の事業継続計画(BCP)策定ガイドライン』12),またBCPに関する成書2)3)を参照した.
1.東北大学病院BCP策定行程
1)常設BCP委員会設置
当院でBCPを策定するにあたり,BCP委員会事務局〔以下,事務局.医師3名,看護師1名,事務職2名(施設1名,総務1名),外部識者1名で構成〕を設置しBCP委員会構想を練った(図1).東日本大震災後,前出の有志による活動が最終的な文書化,体制整備までたどり着かなかった反省から,BCP策定や策定後の維持管理を病院の公務として継続的に実施するために常設のBCP委員会設置をめざした.BCP委員会には進捗管理や予算措置など実効性を担保する機能が必要であり,委員長には病院幹部である災害対策担当副病院長(教授)が就いた.また発災時災害対応の中心となる高度救命救急センター,中央診療部門などの約20部署の代表委員によって委員会を構成した(図1).BCP委員会を正式に設置し初回会合を2016年11月に開催,以後約1年にわたって月に1度の定例会合(30分程度)を繰り返してBCPを策定した.行程を図2に示す.会合では事務局が各種調査を委員に依頼,委員は自部署にて調査を実施し事務局に回答,事務局は調査結果を集計し次回会合にて報告,次なる調査を依頼するという形式を繰り返し院内調査,合意形成を進めていった.
2)重要業務調査/目標復旧時間の推定
委員会設置にあたり,事務局では病院長も交え災害時における病院基本方針案を以下のように起案し委員会で決定した.
(i)患者,家族,学生,教職員をはじめとする当院全構成員および来訪者の身体・生命の安全確保
(ii)当該災害の対応業務としての保健医療の実施による社会貢献
(iii)地域社会との連携・地域社会の支援
(iv)周辺地域への支障(二次災害としての火災の発生,病原体,有害物質等の流出など)の防止
(v)重要な医療・研究・教育の情報および施設・設備の保全と環境の早期復旧
これを文言として明記することで,当院が災害時に何をめざすのかが明確になった.基本方針に沿って,病院運営を支える各部署特有の重要業務を各部署で検討した.委員会を構成する各部署はそれぞれに専門性が高度で,特有の業務を有する(例:血液浄化療法部なら人工透析業務).その特有かつ重要な業務について「災害時にも止められない通常業務」「災害後に新たに発生する業務」に整理し検討した.加えて,その重要業務が中断した場合,どの程度の時間経過によって患者の健康状態や病院の社会的評価に影響を与えるか評価した(図3).影響が不可逆的となる評価値Cに到達する前に何らかの代替手段を用いて重要業務を復旧させる必要があり,これをもって目標復旧時間を推定した.重要業務ごとに目標復旧時間を明示した一覧表を作成することで,各部署の重要業務について優先的に進める必要のあるもの,時間的に余裕のあるものを可視化しえた(図3).患者の健康状態維持,社会的要請への応答の観点で考えると目標復旧(新規業務に関しては「着手」)時間は必然的に推定できた.
3)経営資源調査
行程2で各部署が挙げた重要業務を遂行するために必要な経営資源〔人的・物的資源(以下,資源)〕について,職種や人数,電気・水といったライフライン,物品,情報などを項目・数量を含めて詳細に調査した.他のほとんどの行程は1ヵ月で調査を進めたが本行程はBCPの核心となるため2ヵ月をかけてじっくり調査を行った.
4)リスク分析・評価・対策
行程3で各部署は重要業務遂行に必要な資源を詳細に調査分析した.これらの資源の災害時への準備達成度について以下の基準に沿って各部署は自己評価を行った.準備の達成度A:準備は十分,B:準備に着手しており順調,C:準備に着手しているが問題あり,D:準備未着手.達成度C,Dと評価された資源については,問題解決の方策についても具体的に記載した.これを取りまとめた一覧表を作成し,各資源の災害時への準備達成度,問題解決のための事前対策を可視化,具体化した(詳細は東北大学病院ホームページ11)を参照のこと).重要業務遂行のための資源管理・事前対策が事業継続力に直結することから8),BCP策定にとって重要と考えた行程3,4については2ヵ月を費やし極力丁寧に検討した.
5)リスク対策表策定/被害想定
行程4を整理し,(i)複数部署にまたがる事前対策,(ii)各部署単独で解決できる事前対策に分類し「実施すべき事前対策」一覧表を作成した.表内には対策の責任部署(者),実施計画日,実施完了日欄を設け責任の所在,期限を明確にした.この行程において,本BCPで想定する危機事象を仙台平野直下型地震(震度6強)とした.震度,被害想定においては仙台市の公表する『仙台市地震ハザードマップ』を参考にした10).
6)アクションプランの見直し・BCP文書取りまとめ・BCP第1版策定
2014年1月までに当院有志が中心となって取りまとめた「部署ごとのアクションプラン」を各部署で更新しBCP内に「具体的な行動計画」として取り込んだ.これは各部署が発災後の時間経過に従って実施すべき項目をチェックリスト式に記載したもので,混乱する発災直後の初動に抜け落ちがないよう工夫されている.総則や文書体系などの体裁を整えたBCP素案を委員会で承認,病院幹部で構成される運営評議会での承認を経て2017年11月1日にBCP第1版を策定した.他の医療機関の参考となるよう,外部公開版を当院ホームページ上で公開している11).
II.東北大学病院の事業継続管理(BCM)
策定したBCPは人事異動や施設設備の変更に伴って記載事項に実情との乖離が生じる.また訓練や実災害経験を通してBCPの不備や不十分な点が明らかになる.これを放置しては次の災害時にBCPは役に立たなくなるため,定期的な更新がBCPには必要になる.
事業継続活動の本質は「BCP」という文書を策定することではなく,文書更新を含め事業継続にかかわるあらゆるマネジメント(BCM)を不断に行うことのできる組織作り,意識づけにある.「計画」そのものよりも「計画を立てられる・修正できる力(事業継続力)」の醸成に意味がある.事業継続力の向上が不測の事態への迅速柔軟な対応につながり,さらにしなやかな回復につながる.
当院ではBCM活動の一環として,年に一度のBCP更新と,各種訓練に取り組んでいる.ここでは当院の取り組む緊急施設・設備点検訓練,またBCMが実対応につながった新型コロナウイルス感染症への初動の1例を紹介する.
1.緊急施設・設備点検訓練
2018年度以降,当院では緊急施設・設備点検訓練(以下,本訓練)を繰り返し実施している.当院が災害時にも医療機能を継続し社会的責務を果たすためには,施設設備が代替手段を用いてでも稼動していることが大前提となるからであり2011年の東日本大震災の経験にも基づく.
前述したように当院は病床数1,160に及ぶ巨大病院で診療にかかわる建物数は10近くある.最大の建物は東西病棟で地下2階,地上17階+ヘリポート(19階相当)に及ぶ.東日本大地震ではエレベーターが停止し,保守点検にかかわる職員も地下2階から地上19階相当のヘリポートまでを階段で移動し点検にあたる必要があった9).身体的負荷もさることながら,要領よく点検しなければ高層かつ複数ある建物群の被害把握に相当の時間を要してしまい,災害時の迅速な病院運営方針決定が難しくなる.
本訓練では,第1回災害対策本部会議の開催される発災後1時間までに,いかに効率よく重要施設・設備を点検できるかに焦点をあてて実施している.点検者は2名1組,ヘルメット着用,複数の通信機器・点検チェックリストを持参して点検活動を行う(図4).エレベーターは使用しない.ゆえに心臓や足腰に持病を抱える点検者を病棟点検担当から外すなどの実際的な配慮も必要になる.2018年度の初回訓練では,限られた時間ではすべての箇所を精査できないことを身をもって知ることになった.それが既存の点検チェックリストの更新につながり,被害想定を変え繰り返し訓練を実施することでさらに効率のよい点検ルート・点検方法確立につながっている.なにより,保守点検に従事する外部委託業者,院内の施設・設備担当職員が「自発的に」点検チェックリストの見直しを図れるようになったことが最大の収穫である.
2.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)蔓延に伴う一斉臨時休校要請への初動対応
COVID-19流行初期においてBCM活動が最も効果を発揮したのは2020年2月の一斉臨時休校要請への対応である.COVID-19が徐々に蔓延し始めていた2月27日,政府対策本部から突然の全国小・中・高等学校などの臨時休校要請が発出された5).一見,医療機関とは関係のない要請にも思われたが,小学校低学年児童を抱える看護師などの病院職員は子どもの預け先を確保できず,一部地域では感染症指定医療機関の診療機能縮小を引き起こした7).
「職員数減少」という事象はBCPを検討する過程で最も想定する結果事象の1つである.原因が地震であれ感染症であれ,「職員が足りない」という結果事象は同様に発生し,いずれにせよ病院機能継続に重大な影響を与える.2月27日(木)夕方から当院BCP委員会メンバー,病院総務課職員が動き出し,夜半には病院幹部の了承を取り付け翌28日(金)早朝には病院職員,特に看護師出勤への影響調査を開始した.学童保育などの臨時対応もあり,3月2日(月)からの一斉臨時休校に伴う欠勤者は多くなく,病院機能継続に大きな影響のないことが28日(金)昼過ぎには判明した.
巨大な組織になるほど初動には時間を要する.本事例では,結果として病院機能に大きな影響はなかったが,BCMに継続的に取り組み「学校休校→職員数減少」を想像し迅速に初動対応に結びつけた好事例と考えている.
おわりに
BCP策定行程において,重要業務遂行のための「資源管理」が鍵になるととらえ,資源にまつわる調査をじっくりと行った.地道な調査作業には多大な時間と労力を要したが,各部署は自らの弱点を明確にすることができ委員会活動で課題解決を図る道筋を確立できた.また常設・定例の委員会会合開催が課題解決の進捗を管理しPDCA〔P:Plan(計画),D:Do(実行),C:Check(評価),A:Action(改善)〕サイクルを回すBCMシステムも構築しえた.課題解決は確実な病院強靱化につながる.これからBCP・BCMに着手予定の諸兄にも,いわゆる「雛型のコピペ」ではなくガイドライン,成書などを参考に手順を踏んでのBCP策定をお勧めする.労力を要した分,得られる果実も相当に大きい.
病院避難,CBRNE〔C:Chemical(化学),B:Biological(生物),R:Radiological(放射線),N:Nuclear(核),E:Explosive(爆発物)〕災害への対応など当院BCPには今後取り組むべき課題も多い.また近年,規模・頻度が格段に増大している水害に対しても水害対応タイムラインの向上を図らねばならない.BCM活動に終わりはなく,引き続きこの活動を推進し災害に強く社会に信頼される医療機関をめざしていく.
なお,本論文は2018年12月に雑誌「救急医学」(第42巻第13号,へるす出版)に掲載された内容を推敲し詳述を加え,その後の経過に関する内容を追記し執筆した.
利益相反 第4著者(藤井)は三菱UFJリース株式会社より研究費を受理している.他の著者に開示すべき利益相反はない.
謝 辞 本稿を執筆するにあたり,当院BCP策定およびBCMに深く携わる病院施設企画室桜井 力氏に深く感謝する.
1) 阿部喜子, 工藤大介, 中川敦寛ほか: 東日本大震災時の災害拠点病院における燃料ガス運用状況と課題. J J Disast Med, 20 (1); 23-29, 2015
2) インターリスク総研, MS & AD基礎研究所編: Business Continuity Plan―病院の事業継続計画―. ピラールプレス, 東京, 2013
3) 昆 正和: どんな会社でも必ず役立つ―あなたが作るやさしいBCP―, 第2版. 日刊工業新聞社, 東京, 2011
4) 厚生労働省: BCPの考え方に基づいた病院災害対応計画作成の手引き. 2013 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000089048.pdf) (参照2020-11-18)
5) 文部科学省: 新型コロナウイルス感染症対策のための小学校, 中学校, 高等学校及び特別支援学校等における一斉臨時休業について (令和2年2月28日). 2020 (https://www.mext.go.jp/content/202002228-mxt_kouhou01-000004520_1.pdf) (参照2020-11-27)
6) 中川敦寛, 古川 宗, 工藤大介ほか: 災害拠点病院の事業継続の見地からみたエレベーターの現状と課題―東日本大震災宮城県災害拠点病院調査―. 日本集団災害医学会誌, 18 (1); 9-17, 2013
7) NHK: 感染症指定病院 休校で看護師出勤できず外来休診. 2020年2月27日. (https://www.nhk.or.jp/politics/articles/lastweek/30958.html) (参照2020-11-21)
8) Sasaki, H., Maruya, H., Abe, Y., et al.: Scoping review of hospital business continuity plans to validate the improvement after the 2011 Great East Japan Earthquake and Tsunami. Tohoku J Exp Med, 251 (3); 147-159, 2020
9) 里見 進: 東日本大震災における東北大学病院の活動. Surgery Frontier, 18 (4); 357-362, 2011
10) 仙台市: 仙台市地震ハザードマップ. 2020 (http://www.city.sendai.jp/kenchikubosai/kurashi/anzen/saigaitaisaku/jishintsunami/taisaku/map/index.html) (参照2020-11-18)
11) 東北大学病院: 防災・事業継続計画(BCP). 2017 (https://www.hosp.tohoku.ac.jp/initiative/017.html) (参照2020-11-20)
12) 東京都福祉保健局: 医療機関の事業継続計画(BCP)策定ガイドライン. 2012 (https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/kyuukyuu/saigai/zigyoukeizokukeikaku.html) (参照2020-11-17)
13) World Health Organization: Hospital Safety Index: Guide for Evaluators, 2nd ed. 2015 (https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/258966/9789241548984-eng.pdf?sequence=1&isAllowed=y) (参照2020-10-30)