Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第124巻第3号

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特集 自然災害への備えと対応―BCP と受援・支援―
平成30年7月豪雨災害における広島県保健師チーム統括班の活動から―多職種連携と受援について―
服多 美佐子, 山下 十喜, 東久保 ちあき
広島県庁健康福祉局
精神神経学雑誌 124: 168-175, 2022

 平成30年7月豪雨災害において,広島県統括保健師は「保健師チーム統括班」を県庁内に設置し,県内保健師と県外33自治体からの応援保健師チームの受け入れと活動の総合調整,およびDPATや看護師,薬剤師,リハビリ職などの職種ごとに構成された各保健医療チーム間の連携体制づくりを行った.これらの活動のなかでも,(i)避難所日報様式を統一し,(ii)避難所日報の情報をもって各チームの統括者などが参加する保健医療連携会議を開催したことは,各チーム間および避難所や被災市町との情報共有と活動調整をスムーズにするうえで不可欠であった.また,(iii)県保健所は県と市町間の連絡調整を図り,市町保健師をサポートするため,リエゾンとして保健師を市町の活動拠点に派遣した.リエゾン保健師は,被災市町で行う市町保健医療連携会議や支援者ミーティングの運営支援,県外応援保健師の活動調整など,特に市町の統括的立場の保健師への助言や支援を行った.このリエゾン保健師の配置は県保健所および市町保健師の双方から効果的だったとの評価を得た.応急対策期の活動後には,県保健所保健師へのヒアリング,県と市町保健師合同の活動報告会を開催し,次の災害に備えた県統括保健師の取り組むべき課題を明確化した.現在は,取り組み課題のうち,リエゾン保健師の配置や保健医療連携会議などについて明記した初動マニュアルの作成と,避難所日報を統一様式にする活動マニュアルの改訂を完了する一方,災害時の保健活動を担える保健師の力量形成をめざして日常業務の実践や研修などを通じて保健師人材育成を進めている.

索引用語:受援, 保健医療連携会議, リエゾン保健師>

はじめに
 平成30年7月豪雨により,広島県では河川の氾濫による浸水害や土砂災害が県内広域に多発し甚大な被害を受けた.この豪雨災害時に広島県統括保健師は「保健師チーム統括班」(以下,統括班)を県庁内に設置し,県内保健師と県外33自治体からの応援保健師チームの受け入れと活動の総合調整,およびDPAT*1や看護師,薬剤師,リハビリ職などの職種ごとに構成された各保健医療チーム間の連携体制など受援体制整備を行った.
 今回,統括班の活動および保健師活動の評価から,多職種連携と受援体制づくりの強化方策およびその推進に不可欠な保健師人材育成について,県統括保健師の立場で報告する.なお,統括保健師とは,保健師の保健活動を組織横断的に総合調整および推進し,技術的および専門的側面から指導する役割を担う保健師で,都道府県および市町村において配置が推奨されている.
 なお,本稿に関し広島県保健所保健課長会議にて内容を精査し,公表については所属長の承認を得た.

I.保健医療チームの活動状況
 災害発生直後の7月6日からDMAT*2が活動を開始し,翌7日からDPATが活動を開始した.その他,保健師,看護師,薬剤師,栄養士,リハビリ職など多くの保健医療チームが活動を展開した(図1).
 保健師チームについては,7月9日から,広島県保健師が市町の保健師とともに活動を開始し,7月12日から県外保健師チームが加わった.県外保健師チームの応援は8月31日までと決め,その後は,地元保健師のみで9月末まで活動した.
 県外保健師チームの活動チーム数は,7月上旬から中旬の活動開始当初は10~16チームであり,この時点では避難所活動が中心であった.7月下旬の発災2~3週目から被災地域での家庭訪問ニーズが増大したことから,さらなる派遣要請を行い,8月上旬には最大で24チームが活動した.これらの被災地での活動を支えるため全国各地の33自治体から34チームの応援を受けた(図2).

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II.統括班の設置と活動
1.統括班の設置
 発災の翌日から,県庁の県統括保健師のもとには,被災地域の現状把握,県外保健師チームの受け入れ,県内保健師間の応援調整のほか,各保健医療チームからの避難所状況に関する問い合わせや避難所や市町保健師への情報発信の依頼などが次々と寄せられ,対応が追いつかない状況に陥った.当時,県統括保健師の配属部署には他の保健師の配置はなく初動の数日を県統括保健師1名で業務を担っていた.
 この状況を解消するため,県庁内他部署の保健師など2名と受援経験のあるA県保健師チームの応援を受け,7月11日(発災5日目)に県庁内に統括班を設置した.統括班では役割の明確化を図り,応援者の交代時に引継ぎを実施するなど,効率的で応援者の交代に対応できる体制構築をめざした(図3).

2.統括班の活動
1)避難所日報様式の統一
 既存の『広島県災害時公衆衛生活動マニュアル』にあった避難所日報様式では,有症状者など,避難者の健康状況や保健医療チームの要請ニーズに関する情報が十分得られないことが課題とわかり,7月12日(発災6日目)の県外保健師の活動開始と同時に,日報様式を変更するとともに,県全体の情報集約と還元を可能とする避難所日報様式の県内統一を図った.
2)保健医療連携会議の開催
 7月13日(発災7日目)からは,毎朝9時に避難所日報を資料にして,各保健医療チームの統括者などが参加する保健医療連携会議(以下,連携会議)を県庁で開催した.連携会議の開催により,各保健医療チーム間の横の連携が進むとともに,各チームが市町活動拠点や避難所に派遣ニーズを直接確認する必要が少なくなり,対応する市町側の負担が大きく軽減した.
 連携会議の開催以外にも,毎日,避難所の有症状者数を地域別に集計し,県保健所や市町活動拠点へ還元することにより,避難所情報の共有を図った(図4).
 一方,被災市町では避難所や市町活動拠点において現地支援者ミーティングが開催されるようになり,各保健医療チーム・応援保健師・市町保健師などの間の活動調整がスムーズになっていった.
3)リエゾン保健師の配置
 県保健所には保健所保健師と厚生労働省に派遣調整を依頼した県外保健師チームが所属し,市町活動拠点や避難所に出向いて活動した.市町には,市町保健師と県や厚生労働省の調整を経由しない,県内外から直接応援の保健師チームがあった(図5).
 県保健所はさまざまな立場の保健師の活動を調整し,県と市町間の連絡調整を図り,市町保健師をサポートするため,リエゾンとして保健師を市町の活動拠点に派遣した.リエゾン保健師は,被災市町で行う市町保健医療連携会議や支援者ミーティングの運営支援,県外応援保健師の活動調整など,特に市町の統括的立場の保健師への助言や支援を行った.

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III.保健師活動の評価
 保健師活動の評価を行うため,応急対策期の活動後に,県保健所保健師へのヒアリングと県保健師と市町保健師合同の活動報告会を開催した.

1.県保健所保健師ヒアリング
 12月(発災5ヵ月後)から翌1月(発災6ヵ月後)にかけて県保健所保健師のヒアリングを行い,意見を保健所の初動体制,市町支援,受援体制づくりの3項目に分類した.
1)県保健所の初動体制についての意見
 ・交通遮断で職員が出勤できなかった.最寄りの保健所などに出勤する柔軟な体制が今後必要.
 ・所長などによる保健所全体の災害モードへの切り替え宣言があればよかった.
 ・初動のチェックリストや支援のポイントを確認できるツールがあるとよい.
2)市町支援についての意見
 ・初動時に市町統括保健師を支援する保健師を派遣する必要がある.
 ・リエゾン保健師の配置が活動調整に有効だった.必要な市町へ確実に配置できるとよかった.
 ・新任期・中堅期・管理期保健師を3人1組として担当市町を支援できるとよかった.
 ・普段から市町と協働し,関係を築いておくことが大切だと思った.
3)受援体制づくりについての意見
 ・多職種チームの活動調整,連携会議の開催などについて,平時から市町と合同で訓練しておく必要を感じた.
 ・避難所日報や各種活動記録の様式を統一しておき,平時に書き方の周知と練習をしておく必要がある.
 ・リエゾン保健師や避難所ですぐに活動ができる保健師の育成が必要.
 ・市町地域防災計画のなかに保健師活動に関する記載がなく,市町の組織内で保健師活動の必要性が認知されにくかったため,市町へ明文化を働きかける必要がある.

2.保健師活動報告会
 2019(平成31)年1月(発災6ヵ月後)に,県保健師と市町保健師合同の保健師活動報告会を開催した.この報告会の意見交換において,市町保健師から次の意見があった.
 ・事前に多職種団体に応援を要請できることや各団体の活動内容を知っておかないと,災害時に活用できないと感じた.
 ・外部から来た支援者が最大限に活動できる体制を平時に検討しておく必要があった.
 ・多職種で状況を共有し協議する場が重要.全体会議,日常会議が大切だった.
 ・リエゾン保健師が市町へ入る体制を作ってもらいたい.
 ・県保健師には,連携会議の立ち上げを支援してほしい.
 ・あらかじめ地区概要や地域の保健医療福祉の情報をまとめておくとよい.
 ・応援保健師には,「○○しませんか」「○○してもいいですか」と提案してもらいよかった.
 ・災害時の統括保健師や保健師の役割を明らかにしておき,平時から危機管理の担当課へ伝えておく必要があった.

IV.次の災害に備えての取り組み課題
 県保健所保健師ヒアリングや保健師活動報告会の評価から,次の災害に備えて,県統括保健師が取り組むべき課題を次の5項目に整理3)4)した.
 (i)災害時に統括班を編成できる組織体制を平時から準備しておくこと.
 (ii)県内外のすべての保健師チームおよび保健医療チームで,避難所の状況を共有し評価できる避難所日報様式を定め周知しておくこと.
 (iii)保健所の災害モードへの切り替え,リエゾン保健師の配置,初動時のチェックリスト,保健医療連携会議の設置に関する初動マニュアルを作成すること.
 (iv)市町へ常駐しリエゾン機能が発揮できる県保健師を育成すること.
 (v)避難所ですぐに活動できる保健師を育成すること.
 特に(iv)と(v)の保健師の人材育成については,普段からの県と市町保健師の協働や,日常業務を通じての指導と実践が重要と考えた.

V.現在の取り組み状況
 上記の取り組み課題のうち,(i)災害時に統括班を編成できる組織体制については,翌年度から県統括保健師の配置部署が複数の保健師が所属している部署へ変更され,災害時に複数の保健師で活動できる体制となった.その新体制下で,活動マニュアルの改訂(避難所日報様式の統一,初動マニュアルの作成)と,保健師人材育成に取り組んでいる.

1.活動マニュアルの改訂
 広島県においては,平成30年7月豪雨災害前から,『広島県災害時公衆衛生活動マニュアル』*1に基づき県内外への災害時の応援活動を行ってきた.しかし,この既存マニュアルには,保健所の体制づくり,初動の活動,リエゾン保健師による市町支援,保健医療連携会議の設置などの記載が不十分であったため,既存マニュアルを補完する形で『災害時公衆衛生活動初動マニュアル』*2を,2020(令和2)年4月に作成した.併せて,避難所日報様式を全国的に使用されている様式に統一するなどの既存マニュアルの改訂を行った.
 これらの動きと並行して,市町村地域防災計画のなかに保健師の活動を明記する市町が増加した.

2.保健師人材育成
 災害時の保健活動を担える人材育成を図るため,次の力量形成・活動を目標に定め,研修会の開催や業務実践による技術の向上を図っている.
 ・災害時の情報収集,公衆衛生の課題抽出のためのアセスメントを行い,ニーズを明確化し,解決方法を考える力をつける.
 ・リエゾン保健師として活動できる力をつける.
 ・避難所ですぐに活動できる力をつける.
 ・県保健師と市町保健師の平時からの関係づくりを行う.
 ・新たなマニュアルを活用し,受援に関する合同訓練を実施する.

おわりに
 災害時公衆衛生活動および復旧・復興にあたり,多くのご支援をいただいたこと,また今回活動を報告する貴重な機会をいただいたことに感謝申し上げる.災害時活動は日常業務の延長線上にあり,多職種連携や県と市町の連携,保健師の力量形成などは,すべてが実践の積み重ねであることを深く実感した.今後も日々の保健活動に丁寧に取り組み,災害時活動の体制整備と人材育成に努力していきたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 広島県健康福祉局: 広島県災害時公衆衛生活動マニュアル (平成28年10月改訂版). 2016, 資料編 (令和2年6月改訂版). 2020

2) 広島県健康福祉局: 災害時公衆衛生活動初動マニュアル. 2020

3) 宮﨑美砂子, 奥田博子, 春山早苗ほか: 災害時における保健師の応援派遣と受援の検証による機能強化事項の検討. 平成30年度厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)「災害対策における地域保健活動推進のための実務担当保健師の能力向上に係わる研修ガイドラインの作成と検証(代表研究者: 宮﨑美砂子)」分担研究報告書. 2019

4) 宮﨑美砂子, 奥田博子, 春山早苗ほか: 保健師の災害時の応援派遣及び受援のためのオリエンテーションガイド. 平成30年度~令和元年度厚生労働科学研究費補助金(健康安全・危機管理対策総合研究事業)「災害対策における地域保健活動推進のための実務担当保健師の能力向上に係わる研修ガイドラインの作成と検証(代表研究者: 宮﨑美砂子)」総括・分担研究報告書. 2020

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