Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第124巻第1号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
各論⑩
パラフィリア症群・作為症群
太田 敏男
社会医療法人財団石心会さやま総合クリニック
埼玉医科大学病院神経精神科・心療内科
精神神経学雑誌 124: 62-66, 2022

 パラフィリア症群と作為症群(虚偽性障害)の設定はいずれも,ICD-11への改訂の原則,すなわち,①各種調査・報告のために役立つ公衆衛生ツールとしての機能の保持,②精神疾患を意味せずともメンタルヘルスサービスの恩恵を受けられる可能性の認識,③個人的な機能障害を伴わない社会的逸脱や葛藤だけのものの除外,という方針を確認したうえで行われた.性関連のカテゴリーのうち,精神疾患と認められるカテゴリーはパラフィリア症群というグループ名を設けてそのなかに入れ,その他の性関連カテゴリーは新しく設けられた「性の健康に関連する状態」というグループに移された.パラフィリア症群の共通の特徴は以下とされた.①持続的かつ強烈な非典型的性的興奮パターンを有する.②そのパターンは,同意能力のないあるいは同意を拒む者を対象とする.③そのパターンは,自身に著しい苦痛をあたえる.ただし,それはその興奮パターン自体によるものであり,単にその興奮パターンが他者から拒絶されることまたは他者からの拒絶を恐れることによる二次的なものではない.④そのパターンは,たとえ相手の同意があったとしても自身か相手に傷害・死亡に至る重大なリスクを生じさせる.個々のカテゴリーの定義にあたっては,これらの共通の特徴に加え,それぞれを特徴づける行為が提示された.作為症には,独自のグループ名「作為症群」が設けられた.その特徴は,身体的症状を訴えるいくつかのグループのなかで,症状表出もその動機も意図的でないという点,そして訴えの動機が単に金銭や義務の免除のような外的利益を得ることだけでなく,病者の役割(特に権利的側面)を取得することにある点だとされた.下位群としては,DSM-5を取り入れて「作為症,自らに負わせる」「作為症,他者に負わせる」,そして「作為症,特定不能」の3つのカテゴリーが含められた.

索引用語:パラフィリア症群, 作為症群, ICD-11, 診断>

はじめに
 本稿で取り上げるパラフィリア症群および作為症群(虚偽性障害)という診断カテゴリーは,社会性,文化,価値観といった事柄と関連が深く,「そもそも病気といえるのか」という大きな問題を孕んでいる.この問題は本カテゴリーの解説にとって本質を構成する重要な要素である.そこで,本稿では,まずICD-10からICD-11への改訂過程でのこうした問題の議論を一瞥し,その後で,各カテゴリーの中核的概念,ついで個々の特徴や鑑別について述べることにする.

I.ICD-10からICD-11へ
 今回の改訂に際して確認された原則は,要約すると以下のようであった1)2).①国際的な公衆衛生調査,健康報告,および疾病負荷と障害の計算のための枠組みを提供するグローバルな公衆衛生ツールとしての機能を有すること.②精神疾患(disorder)を意味しなくても個人がメンタルヘルスサービスを求めたり恩恵を受けたりする可能性のあるさまざまな状況が存在することを認識すること.③個人的な機能障害を伴わない社会的逸脱または葛藤だけのものは精神疾患に含めないというWHOの方針に従うこと.
 パラフィリア関連の改訂は,この原則のもとに行われた2).具体的には,性関連のカテゴリーを原則に基づいて整理し,パラフィリア症群というグループ名を設けてそのなかに精神疾患と認められるカテゴリーを入れ(表1),その他の性関連カテゴリーは新しく設けられた「性の健康に関連する状態」の章に移された(「疾患」でなく「状態」であることに注意).
 作為症は,独自のグループ名「作為症群」が設けられ,その下にDSM-5を取り入れて「作為症,自らに負わせる」「作為症,他者に負わせる」,そして「作為症,特定不能」の3つの下位カテゴリーが含められた.

表1画像拡大

II.パラフィリア症群
1.共通な特徴
 パラフィリア症群(Paraphilic Disorders)の冒頭にある長い1文を簡略化して箇条書き式に言い直すと下記のようになろう.
 本疾患群は以下で特徴づけられる〔①かつ(②または③または④)〕.
 ①持続的かつ強烈な非典型的性的興奮パターンを有する.
 ②そのパターンは,同意能力のないあるいは同意を拒む者を対象とする.
 ③そのパターンは,自身に著しい苦痛をあたえる.ただし,それはその興奮パターン自体によるものであり,単にその興奮パターンが他者から拒絶されること,または他者から拒絶されるのを恐れることによる二次的なものではない2)
 ④そのパターンは,たとえ相手の同意があったとしても自身か相手に傷害・死亡に至る重大なリスクを生じさせる.
 個々のカテゴリーは,基本的特徴が冒頭で2項目に箇条書きされているが,その表現はほとんど統一されおり,下記のようになっている.
 ・性的興奮のパターンが,長期にわたり変化なく,特定の刺激によるものであり,強烈である.これは,持続する性的な思考,空想,衝動または行動から明らかである.本疾患における性的興奮のパターンは,【注:ここに各カテゴリーを特徴づける行為が記述される】が中核にある.
 ・その人は,これまでに上述の思考,空想または衝動に基づき行動したことがある,またはそのために著しい苦痛を感じてきた.

2.下位カテゴリー
 前項で書いたように,各カテゴリーの基本的特徴の表現は統一されている.そこで,ここでは上記文章【 】に記述される各カテゴリーを特徴づける行為の一覧を表2に示す.

表2画像拡大

III.作為症群
1.共通な特徴
 作為症群(Factitious Disorders)は,ICD-10の「F68.1症状あるいは能力低下の意図的産出あるいは偽装,身体的あるいは心理的なもの(虚偽性障害)」を受け継いでおり,歴史的によく知られたミュンヒハウゼン症候群の概念も含んでいる4)
 作為症群は,今回ICD-11では精神疾患として取り上げられなかった詐病とともに,身体症状を訴えるという点で「身体的苦痛症群または身体的体験症群」および「解離症群」と共通点を有する.作為症群の中核的概念は,これらの間の違いを考えるとわかりやすい4).まず前二者と後二者との違いは,前二者では症状表出そのものもそれを駆り立てる動機も意図的であるのに対し,後二者ではそのどちらも意図的でないという点にある.そして,前二者のなかでの作為症群と詐病の違いはその動機にあり,詐病が金銭や義務の免除のような外的利益を得ることを主な動機とするのに対し,作為症群は病者の役割(=病人役割)を取得することも動機の1つを構成している4).病者の役割としては,パーソンズによる概念がよく知られており3),一般的には,権利的な側面として,第一に,罹病期間中社会的役割(出勤,登校,家事遂行など)を免除されること,第二に,自己のおかれた立場や条件について責任がない(好きで病気になったわけではない)こと,義務的な側面として,第三に,早く回復しようと努めなければならないこと,第四に,専門的援助を求め医師に協力しなければならないことが挙げられている.ただし,精神疾患では,義務的側面が該当しない,もしくは不完全なことがしばしばある.作為症群もその1つであり,動機は権利的側面に極端に偏っている.

2.下位カテゴリー
1)作為症,自らに負わせる(6D50)(Factitious Disorder Imposed on Self)
 上記の共通な特徴を有する作為症のうち,症状を自身の症状として訴えるものを指す.
 正常範囲の誇張との境界を判断する際は,症状を捏造,偽造,または意図的に誘発または悪化させているという明確な証拠があるか否かを考慮する.症状(発作など)の虚偽報告や模造だけでなく,検査データを操作する行為(尿に砂糖を加える,など)もありうる.訴えが説得力と持続性を有するため,過去の陰性所見にもかかわらず何度も繰り返し検査や手術が行われることもある.通常,軽度から極端へ,挿間性から慢性へと進行する傾向がある.
2)作為症,他者に負わせる(6D51)(Factitious Disorder Imposed on Another)
 上記の共通な特徴を有する作為症のうち,症状を他人,たいていは自分の子の症状として訴えるものを指す.鑑別の要点は,基本的に「作為症,自らに負わせる」と同様である.これはICD-10のF68.1には含まれておらず,ICD-11で追加されたものである.

IV.考察
 冒頭でもふれたが,本稿の対象カテゴリーは,従来から「心因性」「神経症性」「正常からの偏り」と呼ばれてきたカテゴリーに共通の難しさが特に顕著に表れる分野であり,ICD-11への改訂にはそれがよく反映されている.具体的には,パラフィリア症群に共通な基本的特徴の表現が特に「健常な偏り」や「病気とはいえないが医療サービスの対象となるもの」などとの境界の引き方に注意を払っていること,その線引きに際しICDの一般原則に準拠する姿勢がみられること,などにそうした難しさへの対処が感じられる.
 パラフィリア症群は,性犯罪,特にその累犯者の行動予測や対処の際の有用性が考慮されているようである.ただし,わが国での関連する体制のなかで,この有用性が実現するかどうか,難しい課題が残っている.

おわりに
 パラフィリア症群と作為症群について,まずICDの現行版(ICD-10)からICD-11への改訂の原則を概観し,そのなかで各群の中核的概念を鳥瞰した.そのうえで,各群の共通部分を述べ,さらに各カテゴリーの特徴について簡単に紹介した.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Cochran, S. D., Drescher, J., Kismödi, E., et al.: Proposed declassification of disease categories related to sexual orientation in the International Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems (ICD-11). Bull World Health Organ, 92 (9); 672-679, 2014
Medline

2) Krueger, R. B., Reed, G. M., First, M. B., et al.: Proposals for Paraphilic Disorders in the International Classification of Diseases and Related Health Problems, Eleventh Revision (ICD-11). Arch Sex Behav, 46 (5); 1529-1545, 2017
Medline

3) パーソンズ, T. (佐藤 勉訳) : パーソンズ社会体系論 (現代社会学大系14). 青木書店, 東京, 1974

4) Pridmore, S.: Download of Psychiatry, Chapter 23. 2017. (https://eprints.utas.edu.au/287/509/Chapter%2023.%20Factitious%20disorder%20and%20malingering.pdf) (参照2020-10-04)

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology