Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第123巻第8号

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特集 仮想症例から学ぶアルコール依存症の新ガイドラインと治療ゴール―断酒と減酒の実践的治療を考える―
仮想症例から断酒と減酒の使い分けを考える
宮田 久嗣
東京慈恵会医科大学精神医学講座
精神神経学雑誌 123: 487-493, 2021

 従来のアルコール依存症治療は,最も重症な依存症患者を対象としたものであった.したがって,治療の原則は患者自らがアルコール依存症であることを認めることで,治療法も断酒しかなかった.加えて,依存症患者は,病的な飲酒さえなければ,自立した生活能力のある人間として治療構造が形成されていた.しかし,最近,依存症患者には心的外傷を抱えていたり,発達障害やうつ病などの精神疾患を併発している,いわゆる生きづらさをもった人たちが存在し,生きるための安定剤としてアルコールを使用しているという理解がなされるようになった.このため,多様な患者に対して断酒一辺倒の治療戦略では対応できないことが明らかになってきた.このようななかで,動機づけ面接,随伴性マネージメント,認知行動療法などの新たな治療戦略とともに,飲酒量低減(以下,減酒と記載)治療が導入されるようになった.しかし,従来の治療法である断酒治療との使い分けや,どのような症例に減酒治療が適しているのかなど検討課題が多い.したがって,本稿では,仮想症例を用いて断酒治療と減酒治療の使い分けを考えることとする.

索引用語:アルコール依存症, 減酒, 断酒, ガイドライン, 仮想症例>

はじめに
 従来のアルコール依存症の治療戦略は,①患者自らがアルコール依存症であることを認めること,②アルコール依存症の専門医療機関を受診すること,③治療法は断酒しかないことの3本柱が基本であった.しかし,この治療戦略では,患者にアルコール依存症であることへの直面化を強いるため,患者の否認との対決になってしまう.加えて,治療の選択肢として断酒しかないために多くの脱落例を生じてしまうという問題があった.また,従来のアルコール依存症治療のコンセプトは,飲酒行動が問題化する前は自立した生活をしていた人を前提としていた.しかし,近年,さまざまな外傷体験や,発達障害,うつ病などの精神科的問題を抱えた人達が,生きづらさの解消手段としてアルコールを用いているなどの患者理解が進んできた.このような多様な患者層に対して,断酒一辺倒ではない治療選択肢を用意することが求められている.そのなかで,飲酒量低減(以下,減酒と記載)治療が提唱され,その有効性のエビデンスも報告されるようになった1)11).一方で,飲酒行動をコントロールできない依存症者がどうして飲酒量を調節できるのかなどの議論がかわされ,断酒と減酒の適切な使い分けなどが重要な課題となっている.本稿は,仮想症例を用いて,断酒治療と減酒治療の実際を考えてみたい.

I.飲酒量低減(減酒)治療
1.『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』
 2018年に改訂された『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』12)では,減酒が正式に治療選択肢として採用された.そのコンセプト(治療における一般的推奨事項)を表1に示す.簡単にまとめると以下のようになる.
 ①アルコール依存症において,最も確実で安定した治療目標は断酒である.特に,重篤な臓器障害がある場合,重大な社会生活障害がある場合,緊急に治療が必要な離脱症状がある場合,入院治療が必要な場合には,断酒が第一選択となる.
 ②上記のようなケースでも,患者が断酒に応じない場合には,治療からの脱落を防ぐために,減酒を断酒への過渡的な治療法として選択する.
 ③加えて,依存症でも軽症のケースや,依存症の前段階(問題飲酒者)のケースでは減酒が当初からの治療目標となりうる.
 ④飲酒量の低下は,健康障害や社会・家族問題の軽減となるエビデンスがある1)11)

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II.ケース・スタディ
1.仮想症例A(55歳,男性):断酒が適応となるケース
 断酒が第一選択となる仮想症例を表2に示す.
1)ICD-10による診断
 まず,ICD-10(表3)でアルコール依存症の診断を行うと14),項目1の「渇望」は症例の記載全体から強い飲酒欲求があることが示され,項目2の「飲酒行動のコントロール障害」も飲酒をやめられないなどの記載から明らかである.項目3の「離脱症状」は離脱けいれんから,項目4の「耐性の増大」は飲酒量の増加(毎日ウイスキー1本飲酒)から裏づけられる.項目5の「飲酒中心の生活」は仕事よりも飲酒を優先する行動から示され,項目6の「有害な使用に対する抑制の喪失」は,肝臓や膵臓の疾患や妻への暴力があっても飲酒を継続していることから明らかである.以上のことから,6項目のすべてに該当し,アルコール依存症と診断される.
2)アルコール使用障害同定テスト(AUDIT)による評価
 アルコール使用障害同定テスト(Alcohol Use Disorders Identification Test:AUDIT)3)は,本来,飲酒問題のスクリーニング検査として開発され,国際的に用いられている(表4).同時に,スコア化されることから重症度評価としても用いられる(8点以上はアルコールの危険な使用,16点以上は潜在的アルコール依存症,20点以上はアルコール依存症の疑い).本症例では合計スコアが38点(症例の記載からはAUDITのすべての項目で評価はできないものの,症例検討の必要性から38点と仮定する)であることからアルコール依存症に該当する.
3)飲酒量の評価
 アルコール飲料に含まれるアルコール量を示す国際単位は,1ドリンクが基本で純アルコール10 gに相当する.例えば,ビール500 mLの純アルコールは500 mL×0.05(度数,5%)×0.8(換算指数)=20 gである.覚えやすい方法は,ビール500 mL(5%)1缶,日本酒1合,缶酎ハイ350 mL(7%)1缶,ワイン(12%)の300 mL(小グラスで2杯),ウイスキーダブル水割り1杯がそれぞれ2ドリンクに相当する.本症例では,毎日ウイスキー1本飲んでいることから700 mL×0.4(度数,40%)×0.8(換算指数)=224 gで約22ドリンクと大量である.一般的に,習慣的大量飲酒とは男性で6ドリンク以上,女性で4ドリンク以上とされる6)
4)断酒治療の条件
 『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』12)が示す断酒治療の4条件のなかで,本症例は,少なくとも,重篤な臓器障害,重大な社会生活障害,緊急に治療が必要な離脱症状の3条件を満たす.残る条件の入院治療の必要性も認められる.

2.仮想症例Aの診断と治療方針
 以上のことから,本症例の診断はアルコール依存症で,明らかな大量飲酒者であり,断酒治療の条件も満たす.したがって,治療方針は断酒である.しかし,患者が断酒治療を受け入れない場合には,動機づけ面接,認知行動療法,薬物療法などを併用しながら,治療からの脱落を避けるために,どのような治療方針であれば受け入れられるのかを患者と話し合い,断酒への過渡的な治療選択肢として減酒を治療方針とすることがある.
 なお,薬物療法は,断酒治療ではアカンプロサート,減酒治療ではナルメフェンを使用する.また,アルコール離脱の可能性が高いことからベンゾジアゼピン系薬物やビタミンB1を中心としたビタミン類を併用する.

3.仮想症例B(男性,46歳):減酒が適応となるケース
 減酒が適応となる仮想症例を表5に示す.
1)ICD-10による診断
 ICD-10の診断基準(表3)を用いてアルコール依存症の診断を行うと14),項目1の「渇望」は,仕事が終わる頃になると飲酒欲求のために落ち着かなくなることから該当する.項目2の「飲酒行動のコントロール障害」も,飲酒量を減らそうと思っても飲みすぎてしまうことからあてはまる.項目3の「離脱症状」は認められない.項目4の「耐性の増大」は,現在の飲酒量(ビール中ジョッキ2杯とウイスキーダブルの水割り2~3杯)から存在が考えられる.項目5の「飲酒中心の生活」は,仕事,家庭生活などに大きな支障はないことから該当しない.項目6の「有害な使用に対する抑制の喪失」は,飲酒後の外傷のために妻が受診を勧めていることから想定される.以上のことから,6項目中4項目が該当し,アルコール依存症と診断される.
2)アルコール使用障害同定テスト(AUDIT)による評価
 AUDIT(表43)の合計スコアは25点(症例の記載からはAUDITのすべての項目で評価はできないものの,症例検討の必要性から25点と仮定する)であることからアルコール依存症に該当する.
3)飲酒量の評価
 飲み始めると最低でもビール中ジョッキ2杯とウイスキーダブルの水割りを2~3杯飲酒していることから,ビール中ジョッキを435 mLとすると約3.5ドリンク,ウイスキーの水割りでは4~6ドリンクに相当する.したがって,合計で7.5~9.5ドリンクとなり大量飲酒になる.
4)断酒治療の条件
 『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』12)が示す断酒治療の4条件のなかで,本症例は,重篤な臓器障害,重大な社会生活障害,緊急に治療が必要な離脱症状,入院治療の必要性のいずれも認められない.

4.仮想症例Bの診断と治療方針
 以上のことから,本症例の診断はアルコール依存症で,大量飲酒者に相当するが,断酒治療の条件は満たさない.すなわち,身体面や社会生活上の大きな問題は認められないことから,『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』12)に準拠して減酒を治療目標とすることができる.ただし,患者が最初の段階から,あるいは,治療の経過中に断酒を選択することは,より高い治療目標を設定することであり,望ましいことである.

表2画像拡大表3画像拡大表4画像拡大表5画像拡大

III.減酒治療について
1.薬物療法
1)ナルメフェンの作用機序と服用法
 減酒治療で用いる治療薬はナルメフェンである.ナルメフェンは,オピオイドμ受容体を遮断することによってアルコールの報酬効果を阻害し,一方,オピオイドκ受容体を部分的に阻害することによって離脱時の不快感にかかわる脳内報酬系の代償性機能低下を軽減させる2)7).これらの作用によって飲酒欲求を低減させる5)
 服用方法は,飲酒の1~2時間前に10 mg服用し,効果不十分な場合には20 mgまで増量できる.ナルメフェンを服用しないで飲酒してしまった場合には,気づいた時点で服用する.出現率が5%以上の副作用は悪心,浮動性めまい,傾眠,頭痛,不眠,倦怠感である9)
2)ナルメフェンの至適症例
 ナルメフェンは臨床試験において10 mg,20 mgともに明らかに飲酒量を低減させたことから,ナルメフェンの好適症例として臨床試験の対象患者が参考になる.臨床試験では,純アルコール約100 g(ビール500 mLでは5缶,日本酒では2分の1升,ワインでは1.5本)を3日に2日飲酒している大量飲酒者が対象であった.しかし,離脱症状は軽度(Clinical Institute Withdrawal Assessment for Alcohol Scale, revised:CIWA-Ar4)で0.5)で,婚姻状況が66~69%,就労状況が82~83%と社会生活が保たれていることが特徴であった2)8).このように,大量飲酒者であっても,離脱症状がごく軽度で社会生活が維持されている患者層がナルメフェンの好適症例といえる.一方,早期発見,早期介入の目的でより軽症例に使用して重症化を防ぐことも,きわめて合理的な選択肢である.
3)ナルメフェンの治療目標
 飲酒量低減達成の目安は,男性では1日4ドリンク以下,女性では2ドリンク以下である.前述したように,2ドリンクは,ビール500 mL(5%)1缶,日本酒1合,缶酎ハイ350 mL(7%)1缶,ワイン(12%)の300 mL(小グラスで2杯),ウイスキーダブル水割り1杯に相当する.男性に比べて女性の条件が厳しいのは,女性のほうがアルコール依存症発症に脆弱とされているためである13).ただし,飲酒量が上記のレベルまで低下していなくても,飲酒に関連した健康,社会問題に明らかな改善を認めていれば,治療目標の達成と考えることができる9)
2.心理社会的治療
 心理社会的治療としてBRENDA法に基づく減酒日記を紹介する10).本治療法は,アルコール依存症を専門としない治療スタッフでも利用できる点で特徴がある.に示したように,5つのステップからなる.
1)第1ステップ
 飲酒量の目標設定.主治医の前では患者は無理をして高い治療目標を設定しがちであるが,達成可能なスモールステップで開始することが大切である.
2)第2ステップ
 飲酒量の確認.どの程度,飲酒量が低減しているのか確認する.この場合,飲酒量が減っていなくても否定的なコメントは避けるべきである.そのような状況でも外来受診を継続している患者の姿勢を評価すべきであり,何かしら良い点を見つけて褒めることによってポジティブな行動変化を引き出すことができる.
3)第3ステップ
 服薬状況などの確認.ナルメフェンを正しく服用できているか,ナルメフェンの副作用やアルコール離脱症状が出現していないかを確認する.
4)第4ステップ
 全体的な改善の評価(減酒による健康面や社会生活面での変化)を行う.少しでも良い点を見つけて,良い方向への変化を引き出すことが大切である.
5)第5ステップ
 治療目標の再評価(減酒の達成状況に応じて治療目標の評価と再設定)を行う.同時に,患者に自分でもできるんだという自己効力感をもってもらうことが重要である.

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おわりに
 断酒治療と減酒治療の使い分けに関しては,基本的には,重症例には断酒,軽症例には減酒が原則である.特に,身体面や社会生活に重大な障害を有する例では断酒が絶対的な適応となる.しかし,そのようなケースでも患者が断酒治療を受け入れない場合には,治療からの脱落を防ぐための減酒治療を選択して治療を継続することが大切である.一方,減酒が積極的な選択肢となるケースは,大量飲酒者であっても,離脱症状が軽度で社会生活が保たれている症例である.また,早期介入による重症化防止の目的で,軽症の依存症や,依存症に至っていない問題飲酒も減酒治療の好適症例である.

 講演料 大塚製薬株式会社

文献

1) Bendimerad, P., Blecha, L.: Benefits in reducing alcohol consumption: how nalmefene can help. Encephale, 40 (6); 495-500, 2014
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2) Higuchi, S., Takahashi, M., Murai, Y., et al.: Long-term safety and efficacy of nalmefene in Japanese patients with alcohol dependence. Psychiatry Clin Neurosci, 74 (8); 431-438, 2020
Medline

3) 廣 尚典, 島 悟: 問題飲酒指標AUDIT日本語版の有用性に関する検討. 日本アルコール・薬物医学会雑誌, 31 (5); 437-450, 1996

4) 北林百合之介, 柴田敬祐, 中前 貴ほか: アルコール離脱―その診断, 評価と治療の実際―. 日本アルコール・薬物医学会雑誌, 41 (6); 488-496, 2006

5) Koob, G. F.: Addiction is a reward deficit and stress surfeit disorder. Front Psychiatry, 4; 72, 2013
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6) 厚生労働省: 健康日本21(アルコール). (https://www.mhlw.go.jp/www1/topics/kenko21_11/b5.html) (参照2020-12-19)

7) Mann, K., Torup, L., Sørensen, P., et al.: Nalmefene for the management of alcohol dependence: review on its pharmacology, mechanism of action and meta-analysis on its clinical efficacy. Eur Neuropsychopharmacol, 26 (12); 1941-1949, 2016
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8) Miyata, H., Takahashi, M., Murai, Y., et al.: Nalmefene in alcohol-dependent patients with a high drinking risk: randomized controlled trial. Psychiatry Clin Neurosci, 73 (11); 697-706, 2019
Medline

9) 大塚製薬株式会社: セリンクロ錠10 mg医薬品インタビューフォーム(市販直後調査). 2019年1月(第1版)

10) 大塚製薬株式会社: 減酒.jp. (https://gen-shu.jp/types-of-treatment-for-alcohol-dependence/reduction/) (参照2021-07-30)

11) Rolland, B., Paille, F., Gillet, C., et al.: Pharmacotherapy for alcohol dependence: the 2015 Recommendations of the French Alcohol Society, Issued in Partnership with the European Federation of Addiction Societies. CNS Neurosci Ther, 22 (1); 25-37, 2016
Medline

12) 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン作成委員会監, 樋口 進, 齋藤利和ほか編: 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン 新興医学出版社, 東京, 2018

13) 鈴木健二: 女性のアルコール依存症. 依存(日野原重明, 宮岡 等監, 福居顯二編, 脳とこころのプライマリケア8). シナジー, 東京, p.171-181, 2011

14) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992 (融 道男, 中根允文ほか監訳: ICD-10精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン―, 新訂版. 医学書院, 東京, p.81-94, 2005)

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