Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第123巻第7号

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原著
精神科診療所受診患者における逆境的小児期体験と生涯トラウマ体験の頻度およびPTSD症状に関する横断調査
田中 英三郎1)4), 西川 瑞穂2), 大久保 圭策3), 亀岡 智美1)
1)兵庫県こころのケアセンター研究部
2)医療法人瑞月会かく・にしかわ診療所
3)大久保クリニック
4)ユニバーシティカレッジロンドン疫学・ヘルスケア研究所
精神神経学雑誌 123: 396-404, 2021
受理日:2021年4月7日

 【目的】本研究は,日本の一般精神科診療所の外来通院患者における逆境的小児期体験(ACEs)と潜在的トラウマ体験(PTEs)の頻度を一般人口のデータと比較した.また,PTEsを有する患者におけるPTSDハイリスク群の割合も明らかにした.【方法】研究協力同意が得られたX自治体のA,Bクリニックの診療記録の二次的データ解析を実施した.対象者は,X年Y月の1ヵ月間に,A,Bクリニック外来を受診した18歳以上(N=1,058)で,研究目的のデータ提供同意が得られた患者(N=1,011,同意率96%)のうち臨床診断が確定した1,008名である.提供されたデータの内容は,性別,調査時の年齢,臨床診断,ACEs,出来事チェックリストDSM-5版(PTEsを評価),改訂出来事インパクト尺度日本語版(PTSD症状を評価)であった.【結果】対象者の61%が1つ以上ACEsをもっており,88%が1つ以上PTEsをもっていた.これらは日本の一般人口調査の結果と比較して有意に高かった.さらに,少なくとも1つPTEsをもっている患者の半数以上が,PTSDのハイリスク群に該当した.【結論】本研究は,日本の一般精神科外来通院患者の多くがACEsやPTEsを抱えており,しかも診断横断的にかなりの割合で現在もPTSD症状を有していることを示唆した初の知見である.対象者がコンビニエンスサンプリングにより得られた患者であるため結果の一般化可能性には注意を要するが,一般精神科外来臨床でもACEsやPTEsにさらなる注意を向けていく必要があるだろう.

索引用語:逆境的小児期体験, 潜在的トラウマ体験, PTSD, 疫学>

はじめに
 近年,逆境的小児期体験(adverse childhood experiences:ACEs)や生涯を通じた災害,事故,暴力,性被害,戦争などの潜在的トラウマ体験(potentially traumatic events:PTEs)が,神経発達や免疫に悪影響を与えて,慢性的な身体疾患や精神健康上の問題を引き起こすことが明らかになっている13)18)32)
 米国で実施されたACEsに関する研究によると,61%の成人が18歳までに暴力,虐待,ネグレクト,暴力の目撃,家族の自殺(未遂),家庭内での薬物乱用,精神障害,親との分離,家族の服役などのうち少なくとも1つを経験し,6人に1人は4種類以上のACEs体験をもっていた12).ACEsが4種類以上ある人はそうでない人に比べて,抑うつや不安のリスクが3~6倍,薬物乱用が7倍,自殺未遂が30倍,糖尿病が1.5倍,循環器・呼吸器疾患やがんが2~3倍になると報告されている19).日本の疫学調査でも,12種類のACEs(親の死別/離婚/別離,家族の精神障害/物質乱用/犯罪,家庭内暴力,身体的虐待,性的虐待,ネグレクト,身体疾患,経済的困難)のうち,1つでも体験している成人は約32%であった15).また,3種類のACEsがある人はACEsのない人と比べて,何らかの精神障害を有するリスクが2.5倍であった15).さらに日本の高齢者を対象とした調査では,ACEsが活動能力機能の低下や身体疾患(がん,糖尿病)とも関連していることが明らかになった3)4)
 生涯を通じたPTEsの頻度はさらに高く,全世界で70%以上の人々が何らかのPTEsを経験していると推定されており8),日本の調査でもPTEsの体験頻度は60%であった23).もちろん,PTEsを体験した人すべてが,心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)などの精神障害を発症するわけではない.PTEsの内容や強度,診断のタイミング,その他人口動態因子の違いによってPTSDの発症率は異なるが,最近の系統的レビューによるとPTEsを体験した2~18歳の子ども/青年の約16%がPTSDを発症すると推定されており,なかでも虐待などの対人間で生じるPTEsを体験した子ども/青年のPTSD発症率は約25%に上ると報告されている1)
 ACEsやPTEsの頻度の高さとその心身への影響の大きさを考えると,精神科を含む医療機関への相談者の多くがACEsやPTEsを有していると考えるべきであろう.われわれは,本研究の仮説を「日本の一般精神科外来通院患者は,一般人口と比べてACEsおよびPTEsの頻度が高い」と設定した.実際,海外の報告では精神科外来患者の40~70%が身体的もしくは性的な虐待を受けていたことや11)26),物質使用障害で通院中の男性患者の実に98%が少なくとも1つACEsをもっていたことが明らかになっている30).さらにACEsスコアが高いほど,抗うつ薬,抗不安薬,抗精神病薬が処方されることが多いといわれているが5),ACEsがない患者と比べると薬物療法への反応性は不良のようである31).また,ACEsやPTEsに十分な注意を払わずに医療者が対応してしまうと,再トラウマ化を起こす可能性もある.例えば,精神科医療における隔離拘束,強制的な対応,侵襲的な処置などがその危険性をはらむ22).したがって,精神科医療者はACEsやPTEsに十分な注意を向ける必要がある.
 日本の精神科医療機関受診者を対象にしたACEsやPTEsの調査としては,53名の精神科入院患者中31名(58.5%)に少なくとも1つACEsが認められたという報告24)や,依存症外来の初診患者437名を対象にACEsと物質使用障害の関連を報告20)したものがあるが,一般精神科外来通院患者に関する調査は見あたらない.そこで本研究の目的は,①一般精神科診療所の外来通院患者でACEsおよびPTEsを少なくとも1つ有するものの割合を一般人口の推定値(ACEs 32%,PTEs 60%)15)23)と比較,②ACEsおよびPTEsの内容別頻度の探索,③PTEsを有する患者におけるPTSDハイリスク群の割合の探索とした.また補助的に,臨床診断別のPTSDハイリスク群の割合,被虐待歴とPTEsやPTSDハイリスク群の関連も調べた.

I.方法
1.研究デザイン
 本研究は,研究協力同意が得られたX自治体のA,Bクリニックの診療記録の二次的データ解析である.

2.対 象
 X年Y月の1ヵ月間に,A,Bクリニック外来を受診した18歳以上(N=1,058)で,兵庫県こころのケアセンターへ研究目的のデータ提供同意が得られた患者(N=1,011,同意率96%)のうち臨床診断が確定した1,008人を対象とした.提供されたデータの内容は,性別,調査時の年齢,臨床診断,ACEs,出来事チェックリストDSM-5版(Life Events Checklist for DSM-5:LEC-5),改訂出来事インパクト尺度日本語版(Impact of Event Scale-Revised:IES-R)であった.

3.調査項目
1)臨床診断
 主治医が本データ提供時にこれまでの診療記録からICD-10の診断基準に基づき主診断を1つだけ付記した.後述するACEs,LEC-5,IES-Rのデータはこの臨床診断を下す際には利用されていない.
2)ACEs
 米国疾病対策予防センターとKaiser Permanteが実施した一連のACEs研究で用いられた10の質問を用いた12)14).18歳までに体験した,心理的虐待,身体的虐待,性的虐待,心理的ネグレクト,身体的ネグレクト,両親の離婚や別居,母への暴力(面前DV),家族のアルコール/薬物依存,家族の精神障害や自殺,家族の服役に関して,それぞれの有無を確認している.さらに対象者のACEs数を合計し,ACEsスコアを算出した.ACEs質問票の日本語版は坪井が作成し,妥当性と信頼性が報告されている39)
3)LEC-5
 LEC-5は,自記式質問票でPTEsをスクリーニングするために開発された.16種類の出来事(自然災害,火事や爆発,交通事故,深刻な事故,毒性物質への曝露,身体的暴力,武器を使った暴力,性的暴力,意に反した不快な性的体験,戦争や戦場体験,監禁,命にかかわる病気や怪我,人間としての重大な苦痛,突然の暴力的死,突然の事故死,自分が原因で他人に深刻な怪我や障害・死を招く)と,その他のとてもストレスとなった出来事に関して,これまでの人生における直接体験,目撃,伝聞のそれぞれの有無を確認している.LEC-5は生涯トラウマ体験に関する情報を体系的に収集するためのものであり,正式なスコアリングの方法は定められていない41).本研究では,すべての種類のトラウマ体験の合計数,体験様式ごとの合計数を算出した.
4)IES-R
 LEC-5で少なくとも1つPTEsを有するものは,最もつらかった出来事に関して,最近1週間のPTSD症状をIES-Rを用いて確認した.IES-Rは,米国のWeiss, D. S.らが開発したPTSD症状を測定するための自記式質問票であり,侵入症状8項目,回避症状8項目,過覚醒症状6項目の計22項目より構成されている.IES-R日本語版は,Asukai, N.らによって信頼性と妥当性が確立されており,カットオフ値が25点以上と定められている7).本研究でも,LEC-5で少なくとも1つPTEsを有し,かつIES-Rで25点以上を示したものをPTSDハイリスク群とした.

4.分 析
 対象者の基本属性に関しては,記述統計でその特徴を明らかにした.連続変数(年齢,ACEsスコア,PTEs数,IES-Rスコア)は,ヒストグラムを作成し正規分布していないことを視覚的に確認した.したがって,中央値と四分位値で要約した.二値変数は人数と割合で要約した.次に,ACEsとPTEsの内容別の頻度を明らかにした.また,ACEsとPTEsのそれぞれ少なくとも1つを有する割合が,日本の一般人口のデータ(ACEs 32%,PTEs 60%)と異なるか否かをOne Sample Proportion Testで検定した.さらに,少なくとも1つPTEsを有するもの(N=888)から臨床診断でPTSD(F43.1)が確定した6名を除いた882名のうちIES-Rに欠損値のない709名を対象に,PTSDハイリスク群の割合を算出した.また,臨床診断ごとのPTSDハイリスク群の割合も示した.加えて,ACEsで何らかの虐待歴(心理的虐待,身体的虐待,性的虐待,心理的ネグレクト,身体的ネグレクト)を有する群(N=461)と有しない群(N=509)に分けて,PTEs数の差をWilcoxon rank-sum検定で,PTSDハイリスク群の割合の差をχ2検定で分析した.分析に,STATA ver. 16(Stata Corp, Union Station, Texas, USA)を使用し,両側P値で0.05未満を統計的有意差ありと判断した.

5.倫理的配慮
 本研究は,兵庫県こころのケアセンターの倫理審査委員会の承認を経て実施した.対象者には,口頭と文書で説明を行い情報提供に関する同意を得たうえで,個人情報の保護に配慮して研究を実施した.

II.結果
1.研究参加者の特徴
 対象者の基本属性を表1に示した.年齢の中央値[四分位値]は41歳[31,52]であった.性別は女性が6割であった.臨床診断に関しては,気分障害(F3)が36%と最多であり,神経症性障害(F4)が20%,心理的発達の障害(F8)が19%と続いた.

2.ACEs
 ACEsスコアの中央値[四分位値]は1[0,3],欠損数は81(8%)であった.ACEsスコアの分布は,0(39%),1(19%),2(13%),3(10%),4以上(19%)であった.対象者(N=927)の61%が少なくとも1つACEsをもっており,これは一般人口(32%)と比べて有意に高い値であった(P<0.001,95%信頼区間[58,64]).ACEsの内容別の頻度を表2に示した.多く認められた内容は,心理的虐待(33%),心理的ネグレクト(27%),両親の離婚や別居(25%),身体的虐待(25%),家族の精神障害や自殺(23%)であった.

3.PTEs
 PTEs数の中央値[四分位値]は,総数4[2,7],直接体験2[1,4],目撃0[0,1],伝聞1[0,2]であった.対象者(N=1,008)の88%が,少なくとも1つPTEsを体験しており,これは一般人口(60%)と比べて有意に高い値であった(P<0.001,95%信頼区間[86,90]).PTEsの内容別と体験様式別の頻度を表3に示した.直接体験したPTEsの内容として多く認められたものは,自然災害(54%),その他のとてもストレスとなった出来事(54%),身体的暴力(31%),人間としての重大な苦痛(26%),交通事故(24%),性被害(性的暴力9%,意に反した不快な性的体験16%)であった.目撃したPTEsの内容として多く認められたものは,火事や爆発(24%),交通事故(16%),命にかかわる病気や怪我(10%),自然災害(10%),身体的暴力(7%),深刻な事故(5%)であった.聞き伝えられたPTEsの内容として多く認められたものは,交通事故(21%),自然災害(16%),突然の暴力的死(15%),突然の事故死(15%),火事や爆発(14%)であった.また,被虐待歴を有する群(中央値6,四分位値[3,9])は有しない群(中央値3,四分位値[1,5])に比べて有意にPTEsの総数が多かった(P<0.001).

4.PTSDハイリスク群
 IES-Rスコア(N=709)の中央値[四分位値]は27[8,47]であり,PTSDハイリスク群は366人(52%)であった.また,臨床診断ごとのPTSDハイリスク群の人数と割合を表4に示した.F5が71%,F6が80%とPTSDハイリスク群の割合が高めであった.F5の下位診断は,全員摂食障害(F50)であった.F6の下位診断は,20名中16名が情緒不安定性パーソナリティ障害(F60.3)であり,その他は,非社会性パーソナリティ障害(F60.2),不安性パーソナリティ障害(F60.6),病的賭博(F63.0),自我異和的な性の方向づけ(F66.1)であった.また,被虐待歴を有する群は有しない群に比べPTSDハイリスク群の割合が有意に高かった(70% vs 32%,P<0.001).

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大表4画像拡大

III.考察
 これまで,海外の先行研究が示すように,わが国の一般精神科診療所外来を受診する患者においても,その多くがACEsやPTEsを有しているだろうと推測はされていた.しかし,これらの臨床群を対象とした調査は,われわれの知る限り報告されていない.本研究では,わが国の一般精神科診療所外来を受診する患者の61%が少なくとも1つACEsをもっており,88%が少なくとも1つPTEsを有していることが明らかになった.これらは一般人口と比べて有意に高い割合であった.さらに,少なくとも1つPTEsをもっている患者の52%が,PTSDハイリスク群に該当することも判明した.

1.ACEs
 日本の一般人口を対象とした調査結果15)と比較すると,少なくとも1つACEsをもつものは約2倍(本研究61%/一般人口32%)であり,ACEsを有する患者がいかに多く精神科外来を利用しているかがわかる.本研究と一般人口に対する調査では,ACEsの質問項目数が異なる(本研究10項目/一般人口12項目)ため,比較には注意が必要である.しかし,一般人口を対象とした調査のほうが調査項目が多いことから,調査不足により過大な差が生じたとは考えにくいであろう.
 ACEsの内容に注目すると,児童虐待が多く認められていた.実際,日本の一般人口を対象とした疫学調査38)と比較すると,心理的虐待(本研究33%/一般人口4%),ネグレクト(本研究10~27%/一般人口 0.8%),身体的虐待(本研究25%/一般人口3%),性的虐待(本研究14%/一般人口0.6%)と,約10倍の差が認められていた.これまでの系統的レビューの結果16)25)からも児童虐待とPTSD,うつ病,不安症,統合失調症,物質使用障害などさまざまな成人期の精神障害との関連が一貫して示されている.本研究でも先行研究9)27)と一致して,被虐待歴を有する群は,より多くのPTEsを体験しPTSDハイリスク群に該当する割合が高かった.したがって,虐待を受けている子どもへの公衆衛生的な早期介入とともに,被虐待歴を有し成人の精神科外来を受診する患者へのトラウマを念頭においた心理的介入29)のさらなる拡充が必要であると考える.また本研究では,両親の離婚や別居と家族の精神障害も多く認められた.先行研究でも,前者は成人期のうつ病,後者はPTSDや精神病様体験などとの関連が示されている28)36)40).離婚や家族の精神障害は家庭の機能低下と養育環境の悪化を介して成人期の精神障害のリスクを高めうる可能性があり,一人親家庭などへのさらなる支援が必要ではないかと考える.

2.PTEsとPTSD
 日本の一般人口を対象とした先行研究23)と比較すると,少なくとも1つPTEsをもつものは約1.5倍(本研究88%/一般人口60.7%)であった.本研究のPTEsでは,自然災害の被災(54%)が最も多く認められており,一般人口の10倍(一般人口5.4%)にも達する.また,身体的暴力(本研究31%/一般人口16.5%)と性被害(本研究9~16%/一般人口4.3%)も一般人口の約2倍であった.自然災害の被災者に対する精神医学的な支援の重要性は阪神淡路大震災以来広く認知されているが,一般的には自然災害などの偶発的なPTEsより犯罪などの故意のPTEsのほうがPTSD発症のリスクが高いため23),犯罪被害者へのさらなる支援が必要であろう.
 本研究では,PTEsを有するものの半数以上がPTSDのハイリスク群に該当したが,一般人口調査では生涯PTSD診断が1.3%,過去12ヵ月PTSD診断が0.7%であり,大きな乖離が認められた.この乖離の要因としては,調査方法の違いや欠損値の影響が考えられる.一般人口を対象とした先行研究ではPTSD診断のために構造化面接を使用しているが,本研究では自記式質問票を用いた.最もつらかった出来事を対象者自身が選んでPTSD症状に関する自記式尺度に答える場合は,PTSD症状の評価がそのトラウマ的出来事に焦点化されず不安や抑うつなど他の精神症状の影響で過大評価される可能性がある10)42).さらに,社会機能障害が考慮されていないこともPTSDの過大評価につながる可能性がある42).また本研究では,IES-Rの欠損数は対象者の20%と無視できない大きさであった.そこで感度分析として,20%の欠損者がすべてPTSDハイリスク群ではなかったと仮定し,かつ先行研究13)より社会機能障害を加えることでPTSD診断率が8%から5%に減少した(60%過大に評価されていた)ことを考慮して過大評価を補正した.すると,本研究でのPTSDハイリスク群は24%と推定された.つまり,最も楽観的かつ保守的にみても本研究参加者の4人に1人がPTSDハイリスク群に該当している可能性が示された.
 また,診断別のPTSDハイリスク群に目を向けるとパーソナリティ障害や摂食障害に多い傾向が認められた.先行研究からは情緒不安定性パーソナリティ障害とPTSDの関連21)やむちゃ食い障害(binge eating disorder)とPTSDの関連35)が報告されている.ただし本研究では,臨床診断の信頼性が十分高くないことやサンプル数が少ないことから,パーソナリティ障害や摂食障害が他の診断と比べて特にPTSDを合併しやすいとはいえず,あくまで参考データとしてとらえるべきであろう.

3.本研究の限界
 本研究にはいくつかの限界がある.第一に,対象者はコンビニエンスサンプリングにより得られた患者であるため,結果の一般化可能性には注意を要する.本研究では,ACEsとして児童虐待が,PTEsとして自然災害が多く認められた.しかし,研究を実施した診療所が,阪神淡路大震災などの大規模な自然災害を経験した地域であり,また児童虐待の人口あたりの相談件数が多い場所でもあるため37),これらがACEsとPTEsの頻度に影響を与えた可能性がある.一方,研究に協力いただいた診療所はいずれもトラウマ・PTSDの専門外来を標榜していないことは言い添えておく.第二に,PTEsを評価するための質問票であるLEC-5日本語版の妥当性が検証されていない点が挙げられる.実際本研究では,直接体験したPTEsで自然災害と並んで最も多かったものが,「その他のとてもストレスとなった出来事」であり,これが本当にDSM-5やICD-11で規定されるトラウマ的出来事の基準を満たすものかどうかは不明である.今後,LEC-5などPTEsを評価する日本語版の質問票の妥当性検証が必要である.第三に,IES-Rの欠損数が20%と無視できない大きさであった.IES-Rはこれまでも日本のさまざまな疫学調査で利用されているPTSD症状評価のためのツールであるが,精神科外来通院患者に22項目の質問に答えてもらうには負担が大きかった可能性がある.今後はより簡便なPTSD症状の評価ツール開発が望まれる.第四に,対象者の臨床診断は後方視的に診療記録によりそれぞれのクリニックの主治医(計2名)によってなされているため,妥当性と信頼性に限界を有する.今後の研究では,構造化された診断面接の併用が必要である.

おわりに
 本研究はこういったさまざまな限界点は有するものの,日本の精神科外来通院患者の多くがACEsやPTEsを抱えており,しかも診断横断的にかなりの割合で現在もPTSD症状を有していることを明らかにした.Allsopp, K.ら2)は,DSM-5の診断基準を質的に分析し,それぞれの診断カテゴリーが均一でなく重なり合う部分が多く,PTEsの影響が十分に反映されていないことを指摘している.近年ACEsやPTEsが,その後の人生に甚大な悪影響を与えることが明らかになるにつれて,トラウマの視点に立った支援が不可欠であるという考えがコンセンサスを得るようになり,トラウマインフォームドケア(trauma-informed care:TIC)という概念が注目されるようになってきた.TICは,特定の治療プログラムではなく,幅広い支援の基本理念を象徴するものである.TICでは,トラウマについての理解を支援全体に組み込み,支援のすべての局面で回復を促進する状況を作り出す17).その第一歩は,支援者がトラウマの影響を理解し,患者のもつトラウマ症状に気づくことから始まる34).日本でも福祉分野をはじめとして徐々にその実践が報告されつつあり6),医療機関でもACEsやPTEsに注意を向ける必要性が認識されつつある33).われわれはいかなる診断カテゴリーに該当する患者であろうとも,トラウマの視点に立った支援や治療の拡充が必要であろうと考える.

 本研究はJSPS科研費19H01768の助成を受けたものである.なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.本論文の要旨は,第19回日本トラウマティック・ストレス学会で発表した.

 謝 辞 本研究への情報提供にご快諾いただいたすべての方に深く感謝を申し上げる.

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