ICD-11における強迫症または関連症群(OCRD)は,ICD-10におけるF4神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害から独立する形で新設されたカテゴリーである.OCRDは,ICD-11に先行して発刊されたDSM-5のOCRDと歩調をそろえており,強迫症(OCD)のほか,身体醜形症や抜毛症,皮膚むしり症,ためこみ症がカテゴライズされている.そのうち,皮膚むしり症とためこみ症は新設である.これらに加え,ICD-11のOCRDでは,自己臭関係付け症,心気症が含まれ,さらに神経疾患に収載されたトゥレット症候群がセカンダリー・ペアレンティングの形で収載されている.OCRDは,1990年代に提唱された強迫スペクトラム障害(OCSD)の概念を基盤にしており,OCDを中心に,強迫的な行動様式が病態の中心にあると考えられる疾患群を1つのカテゴリーとしてとらえたものである.これらの疾患が1つのカテゴリーに収載されることにより,生物学的な病態解明や臨床的な理解,新しい治療戦略の構築に発展がみられることを期待したい.一方,OCRDの疾患群のなかにも神経発達症群,不安または恐怖関連症群,精神症群とのバウンダリーがいまだ不明瞭なものが少なくなく,ICD-11の使用とその診断に基づく治療においては,その点に十分留意すべきであろう.
はじめに
ICD-118)における強迫症または関連症群(obsessive- compulsive or related disorders:OCRD)は,ICD-107)におけるF4神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害から独立する形で新設されたカテゴリーである.OCRDは,ICD-11に先行して発刊されたDSM-52)のOCRDと歩調をそろえており,強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)のほか,身体醜形症(body dysmorphic disorder)や抜毛症(trichotillomania),皮膚むしり症(excoriation disorder),ためこみ症(hoarding disorder)がカテゴライズされている.そのうち,皮膚むしり症とためこみ症は新設である.これらに加え,ICD-11のOCRDでは,自己臭関係付け症(olfactory reference disorder),心気症(hypochondriasis)が含まれ,さらに神経疾患に収載されたトゥレット症候群(Tourette syndrome)がセカンダリー・ペアレンティングの形で収載されている6).
今回の分類の背景として,ICD-10のF4分類はDSM-IVにおける不安障害,身体表現性障害,解離性障害,適応障害の4つの大分類を含んでおり,これらは従来の神経症概念と歴史的関与のある心理的背景との関連性の強い疾患群を集めたとはいえかなり混然としており,診断分類としての妥当性は疑問視されてきた点がある.さらに,OCDには固有の症状構造が存在し,不安が介在する度合いも個体差が大きく,生物学的な特異性も強いことなどから,不安障害とは別の病態とみなすべきではないかという議論が高まっていた.OCRDは,1990年代に提唱された強迫スペクトラム障害(obsessive-compulsive spectrum disorder:OCSD)の概念3)を基盤にしており,OCDを中心に,強迫的な行動様式が病態の中心にあると考えられる疾患群を1つのカテゴリーとしてとらえたものである5).次項でOCRDに含まれる疾患群を解説する.
I.OCRDに含まれる疾患群
1.OCD(6B20)
OCDは,対象となることがらに対して繰り返し生じる思考(強迫観念)とそれを打ち消すための繰り返しの行動(強迫行為)によって成立しており,通常不安,苦痛を伴い,患者は自身の思考や行動が不合理的で過剰であることを自覚している.生涯有病率約2%前後と発生頻度は比較的高く,若年発症が多く慢性長期化のため社会機能の低下を招きやすい.従来代表的な神経症とされていたが,近年はセロトニンなどの神経伝達物質の調節障害,前頭葉や基底核の機能異常など生物学的素因の関与が示唆されている.症状の内容は,汚染恐怖と洗浄強迫,加害不安と確認強迫,正確性・対称性へのこだわりなど多彩な亜型がみられ,かつ1人の患者が複数の症状を有することも多い.またうつ病や他の不安または恐怖関連症を合併しやすく,不合理感の少ない洞察不良例や不安の介在がほとんどみられない例も少なくない.治療としては認知行動療法,SSRIによる薬物療法が推奨されるが,一定数の治療抵抗性の患者が存在する.
2.身体醜形症(6B21)
身体醜形症の症状は身体上の外見において知覚される欠点や欠陥にとらわれるものであり,患者は自身の外見が醜く異常で歪んでいると確信している.実際にはその欠点は他者には認識できないかごく些細なものである.対象となるのは皮膚(痤瘡,目鼻立ちなど)や毛(薄さ,過剰さ),鼻(大きさや形)をはじめ,目,歯,体幹,四肢,性器など身体のどの部分でも対象となりうる.あるいは対称性にこだわるものもいる.とらわれに伴う種々の過剰な繰り返し行動をとる.すなわち外見を他人の外見と比較する,欠点を鏡などでたびたび確認する,繰り返しの化粧や,嫌いな部分を帽子や服,化粧,髪の毛で隠す偽装などがこれにあたる.ICD-10では確信の程度が妄想性か否かによってF22.8他の持続性妄想性障害,あるいは身体醜形障害(body dysmorphic disorder),醜形恐怖(dysmorphophobia)としてF45.2心気障害に含まれていたが,今回の改訂で独立した疾患単位となり,OCRDに組み込まれた.
3.自己臭関係付け症(6B22)
ICD-11の定義における自己臭関係付け症は,自分はくさい,もしくは不快な体臭や口臭を発していると本人が知覚しており,そのとらわれが持続するものである.体臭や口臭は,実際にあるとしても他人には認識できないか,できてもかすかなものであり,本人の懸念は臭いに対して明らかに過剰で,しばしば関係念慮(すなわち,人が臭いに気づき,判断し,それについて話しているという確信を伴う.行動面の特徴として,臭いの元(例えば,衣服)の過度のチェック,臭いを防ぐための香水や消臭剤の過剰な使用,何度も入浴したり着替えたりする,公共交通機関や他人との距離が近くなる状況の著しい回避などがみられる.自己臭関係付け症の症状は,個人生活,家族,社会生活,学業,職業などの重要な機能領域において,有意な苦痛または機能障害をもたらす.自己臭関係付け症の疾患定義はこれまで明確な基準がなく,その確信の程度が妄想性か否かによりICD-10ではF22持続性妄想性障害,あるいはF45身体表現性障害に分類されると考えられた.DSM-IV1)でも妄想性障害身体型,もしくは身体表現性障害に含まれる心気症に該当するとされてきたが,DSM-5ではJikoshu-Kyofuと日本語名のままOCRDのなかの,他の特定される強迫症および関連症に含まれ,別名として自己臭関係付け症候群(olfactory reference syndrome)が挙げられている.今回ICD-11でOCRDの1つとして明確に定義されたことは新しい試みといえよう.
4.心気症(6B23)
心気症とは,身体の徴候や症状の誤った解釈のため,病気にかかるあるいはかかっているとの思い込みによって著しい苦痛や機能の障害を呈している精神障害である.病気に関する不安に著しくとらわれ,正常を逸脱している状態を指す.DSM-5では病気不安症に改称している.ICD-10で心気障害(hypochondriacal disorder)が含まれていた身体表現性障害は,診断根拠となる「身体疾患による所見として十分には説明できない」という基準自体あいまいで確定困難なものであり,かつ患者への偏見や治療者への不信など治療上マイナスの側面が強いという指摘がなされていた.このため,ICD-11では身体表現性(somatoform)という呼称をなくし,身体的苦痛症群または身体的体験症群(disorders of bodily distress or bodily experience)に改称され,心気障害はこの群から外れ心気症と身体醜形症に分かれてOCRDに含まれることとなった.
5.ためこみ症(6B24)
ためこみ症の主症状は過剰なものの収集とそれらの収集物をためこみ,捨てられない,というものである.ためこみの症状が持続することにより,本人および家族の生活空間はもので溢れ,深刻な生活機能の障害が生じる.また重症化したケースではためこまれたものが衛生的な問題を発生させ,あるいは失火や崩落による怪我の原因となるなど,本人のみならず近隣住民にも多大な影響を及ぼす可能性がある.ためこみ症の臨床経過の特徴として,早期発症,慢性増悪の経過,が挙げられる.ためこみ症状は典型的には10代に発現し,20代中頃には個々の日常生活機能を脅かし始め,30代中盤には臨床的に著しい障害をきたすとされる.ためこみ症の経過は慢性持続的で,同じく慢性経過をたどりやすいとされるOCDよりもさらにその傾向は強く,自然軽快は少ない.ためこみ症は従来OCDの一亜型と考えられていたが,OCDの特徴である侵入的で不快な思考はなく,ものを集めてとっておきたいという自我親和的な欲求を特徴とし,他者の介入を強固に受け入れないなどOCDに比べてもより病理性が強い.OCD以外に自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD),注意欠如多動症(attention-deficit/hyperactivity disorder:ADHD)との関連性の強さが指摘されている5).
6.抜毛症(6B25.0)
抜毛症の症状は繰り返し体毛を引き抜くことである.部位として多いのは頭皮,眉,眼瞼である.抜毛は儀式的であり,人によっては質感,色など特定の種類の体毛を探し引き抜き,また毛根が損なわれないなど特別な方法で引き抜こうとする.また抜毛した後の体毛を視覚的に調べ,触れたり口に入れたりして弄ぶ.抜毛は不安または退屈などが引き金となる.体毛の喪失パターンは多様だが,体毛が薄い領域,まったく脱毛している領域が生じる.抜毛症はOCDの強迫観念のような先行する思考なしに衝動に伴って行為が行われる.また,行為の直前や行為に抵抗しているときに緊張感があり,行為の最中や直後には,緊張が解放されるかのようにいくらかの快感が生じる点も,OCDにはみられない抜毛症特有の感情の動きである.
7.皮膚むしり症(6B25.1)
皮膚むしり症は,スキン・ピッキング(skin-picking)とも呼ばれ,皮膚をひっかいたり,はがしたりして傷つける行為を,ひんぱんに繰り返す疾患である.顔,腕,手の健康な皮膚や皮膚の小さな隆起,ニキビや吹き出物,固く角質化した皮膚などをむしる.通常は,自分の爪を使ってむしるが,ピンセットや毛抜きなどの道具を使ったり,歯で噛んだりすることもある.発症は思春期以降に多く,有病率は成人の1~2%程度,女性に有意に多いとされる.皮膚むしりの症状が著しい苦痛や皮膚への障害を招いているにもかかわらずその行動をコントロールできず,日常生活や仕事,学業への支障が生じている場合,皮膚むしり症と診断する.ICD-11では,抜毛症とともに,OCRDの向身体性反復行動症群(body-focused repetitive behaviour disorders)に分類されている.
8.トゥレット症候群(8A05.00)
チック障害のうち,チックの発症が18歳未満であり,多様性の運動チックと1つ以上の音声チックを有して,何らかのチックを認める期間が1年以上に及ぶ場合に,トゥレット症候群と診断される.OCDやADHDなどさまざまな精神神経疾患を併発し,特にOCDは30%の併存率があり,併存例では,just right feeling(まさにぴったり)と呼ばれる感覚へのこだわりに伴う強迫症状が特徴的である.4~11歳頃に発症し,その後15歳頃まで悪化を呈するが,成人期初めまでに消失や軽快に転じる場合が多い4).皮質-線条体-視床-皮質回路,特にドパミン系の異常が想定されている.今回の改訂では,8章神経疾患に運動障害の1つとして収載されたが,ICD-11で採用されたセカンダリー・ペアレンティングの方法により,OCRDの疾患としても二次収載されている.
II.考察
ICD-11におけるICD-10からの大きな変更点の1つとしてF4の疾患群が大幅に再編成されたことが挙げられ,本稿で記述したOCRDもこの再編成によって新たに形成されたカテゴリーである.元々は強迫神経症という,神経症を代表する疾患であったOCDは,近年の研究で他の不安または恐怖関連症とは一線を画す特徴を有することが知られるようになった.それは例えば特徴的な反復行動であり,より早期の発症,チックとの強い関連,不合理感の不確実な認識などである.さらに,この20年間に行われた脳画像研究は,OCDにおいて,扁桃体や海馬といった情動を司る脳部位の異常とともに,前頭眼窩面-視床-尾状核における神経ネットワークの過剰活性が生じていることを明らかにし,生物学的にもOCDと他の不安障害とを区別する証左となった.加えて,1990年代にはOCDを中心に摂食障害や病的賭博,チック・トゥレット障害などのOCDに類似した強迫的な行動様式が病態の中心にあると考えられる疾患群を1つのカテゴリーとしてとらえるOCSDの概念がHollander, E.ら3)によって提唱された.この概念の病理の中心をなすのは不安ではなく,強迫と衝動である.
このような一連の流れを受けて,DSM-5ではOCDを中核疾患としてOCRDというカテゴリーが誕生し,ICD-11もそれに歩調を合わせた改訂が行われている(図).DSM-5の記述によれば,OCRDは「あることへの没頭,あるいは没頭に伴う繰り返し行為や心の中の行為」あるいは「頻回の身体に焦点を合わせた繰り返し行為(抜毛や皮膚むしりなど)とその行為を減らそう,あるいはやめようとする反復的な試み」によって特徴づけられるとされる2).なおOCRDのカテゴリーが形成される過程において,摂食障害や病的賭博は別のカテゴリーへと移動している.一方でICD-11では心気症,自己臭関係付け症もOCRDに収載され,DSM-5より疾患群の概念はいくらか拡大する形となった.
OCRDの臨床的意義としては,古典的な神経症概念に依拠しつつも構造上の都合からF4にかなり強引にまとめられていた疾患群が,共通する病態に基づいて再編成されたことにより,強迫およびそれに関連するこだわりや衝動性を病態の中核とする疾患群がOCRDとして集約されたことにあるだろう.今後,ICD-11やDSM-5を用いての臨床や研究が行われることにより,OCRDというカテゴリーの妥当性について検証がなされ,その病態の解明や共通する治療戦略の構築も期待される.
一方でOCRDが抱える問題点は,他の疾患群とのバウンダリーであろう.OCD自体もASDとの近接性が指摘されているが,例えば新設のためこみ症は出自となったOCD以外にもASDやADHDとのオーバーラップが,自己臭関係付け症や身体醜形症は妄想症や社交不安症との関連性が指摘されている.これらの疾患の本質的な病理をどうとらえるかによって薬物療法や精神療法の戦略も変わってくると思われる.OCRDというカテゴリーのなかにおいても病態にはかなりの多様性が存在する可能性があり,この点について今後の検証を要するであろう.
おわりに
ICD-11におけるOCRDの概略について説明した.OCRDはOCSDに含まれた疾患のなかからより強迫症状,あるいはその類似症状として構造や対象が明瞭なものが抽出された印象があり,OCDを中核としてこれらの疾患が1つのカテゴリーに収載されることにより,生物学的な病態解明や,臨床的な理解,新しい治療戦略の構築に発展がみられることを期待したい.一方,OCRDの疾患群のなかにも神経発達症群,不安または恐怖関連症群,精神症群とのバウンダリーがいまだ不明瞭なものが少なくなく,ICD-11の使用とその診断に基づく治療においては,その点に十分留意すべきであろう.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed (DSM-IV). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 1994 (髙橋三郎, 大野 裕, 染矢俊幸訳: DSM-IV 精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 1995)
2) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)
3) Hollander, E., Wong, C. M.: Obsessive-compulsive spectrum disorders. J Clin Psychiatry, 56 (Suppl 4); 3-6, 1995
4) 金生由紀子: トゥレット障害. 日本小児科学会雑誌, 114 (11); 1673-1680, 2010
5) 中尾智博: DSM-5の強迫関連症群の概要と臨床的意義―ためこみ症を中心に―. 精神科治療学, 32 (3); 317-322, 2017
6) 中尾智博: ICD-11における不安症・強迫症・ストレス関連症・解離症. 精神科診断学, 12; 58-64, 2019
7) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992 (融 道男, 中根允文ほか監訳: ICD-10精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン―, 新訂版. 医学書院, 東京, 2005)
8) World Health Organization: ICD-11. (https://icd.who.int) (参照2018-11-18)