Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第123巻第1号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」構造と診断コード
松本 ちひろ
公益社団法人日本精神神経学会
精神神経学雑誌 123: 42-48, 2021

 改訂作業が進められてきた国際疾病分類の第11版(ICD-11)が,2018年6月に導入準備のためのバージョンというかたちで公開され,改訂作業における大きな節目を迎えた.本稿では精神科領域を含むICD-11全体の構成とその背景,新たなコーディングの方法,ICD-10からの変更点およびDSM-5との相違点を紹介する.ICD-11全体に関しては,性の健康に関連する状態の精神疾患の章からの独立が特筆すべき変更点である.精神疾患の章の内部でも,大分類および種々の診断カテゴリの収載先が多数見直された.コーディングについては,ICD-10での様式から大幅な変更があり,従来からのダブルコーディングの付け方が変わったり,マルチ・ペアレンティングと呼ばれる考え方が導入されたりしている.臨床的有用性の向上を掲げた今回の改訂では,形式面でも内容面でも,画期的な変更が積極的に取り入れられている.

索引用語:ICD-11, 診断, 分類, DSM-5, WHO>

はじめに
 改訂作業が進められてきた国際疾病分類第11版(International Classification of Diseases and Related Health Problems 11th Revision:ICD-11)が,2018年6月にVersion for Implementationというかたちで公開を迎えた.このバージョンでは,刷新された大分類やコード体系が示されている.他科とは異なり,精神科領域においては,コードと病名だけでなく臨床記述と診断ガイドラインが臨床現場での利用に不可欠であるので,このバージョンをもって作業完了とはいえず,上記のバージョンの発表後も診断ガイドラインの編集作業が続いている.それでも,これをもって大枠が決定したという意味では,ICD-11は改訂作業における大きな節目を迎えたといえる.本稿では,精神科領域を含むICD-11全体の構成とその背景,新たなコーディングの方法,ICD-104)からの変更点およびDSM-51)との相違点を紹介する.
 なお,訳語については,日本精神神経学会精神科病名検討連絡会および同用語検討委員会で検討しているが,本稿執筆時点では流動的である.

I.ICD-11全体に関する主な変更点
1.ICD-11全体の構造
 まずICD-11の構成については,基本的にはICD-10をベースにしたものといえる.感染症,がんから始まり,種々の器官別の疾患,周産期の病態に先天性異常が続く.しかしICD-11で新設された章が2つあり,それらはいずれも精神科領域に深く関連するものである.

2.睡眠-覚醒の障害
 睡眠-覚醒の障害群として,睡眠関連の病態が精神疾患から独立して1つの章にまとめられた.ICD-10のF51.0非器質性不眠症をはじめ,精神科領域で睡眠に関連する診断を用いる場面は少なくない.一方,G47.3睡眠時無呼吸やG47.4ナルコレプシーなどは,ICD-10までは神経系の疾患として分類されてきた.これらがICD-11ではすべて睡眠と覚醒に関連するものとしてまとめられることになる.

3.性の健康に関連する状態
 性の健康に関連する状態と呼ばれる章も,従来精神疾患の章に収載されていた状態を扱うものである.特に焦点となったのは現病名でいうところの性同一性障害であり,これを含めた性保健に関連する状態は,精神疾患の章から切り離して扱うこととなった.特に性同一性障害〔ICD-11では性別不合(Gender Incongruence)と呼称も変更される見通し〕の分類については,精神疾患とはみなしてほしくないという当事者や権利擁護団体の強い要望が背景にあったものと思われる.また,性機能不全をはじめとする性関連の状態を精神か身体のどちらかに関するものと割りきろうとするのは,身心二元論的発想であり臨床の実情にそぐわないといった指摘があったようである.これらの状態を医療や保険サービスの対象とするのかは各国の判断に委ねたうえで,今後これらを病気ないし疾患としては扱わない,というWHOの立場が「(性の健康に関連する)状態」という表現に示されている.

4.第6章の名称
 精神疾患の章については,まずその章の名称に「(精神,行動または)神経発達」が加わったことが大きな変更である.ICD-10発表時と比較し,近年自閉スペクトラム症などをはじめとした発達障害に関する理解が進み,生涯を通して当事者およびその周囲に大きな影響を与える事実もよく認知されてきている.この実態を章名に反映させた判断と思われる.同章の大分類については,ICD-10からは大幅な変更が多数あるものの,先に完成・発表されたDSM-5とおおむね共通した構成となっており,より実臨床の感覚に沿うものとなっている.

5.「障害」を「症」とする提案について
 ICD-11作成にあたっては,WHO主導の診断の体系,コード,診断ガイドラインの作成と並行して,国内では病名・用語変更の見直しも進んでいる5).長くdisorderは「障害」と訳されてきたが,これについては問題も多かった.まずはdisabilityもしばしば「障害」と訳されることによる混乱である.厳密には,WHOの作成する国際生活機能分類5)によれば,disabilityとは能力障害という概念であり,機能障害(impairment),社会的不利(handicap)と併せて用いられる.例えば弱視という状態そのものはimpairmentであり,それにより文字を読むうえで生じる困難はdisabilityで,文字から情報を得られないために生じる社会的不利がhandicap,というように各々の概念は整理される.本来であればdisabilityの訳語や使い方を見直し,または正確な意味の周知を試みるという選択肢もあったのかもしれないが,「障害」という語がもつネガティブな響きから,ICD-11日本語版作成にあたり,病名に含まれる(learning disorder,panic disorderなど)disorderの訳語を「症」にしようという提案が日本精神神経学会から2018年6月に出された.これに続き,同月にはパブリックコメントの募集が行われた.寄せられた回答の内容は,disabilityとの訳し分けを評価する声,disorderが「症」「疾患」「障害」と何通りにも文脈により訳し分けられる複雑さや一貫性の欠如に対する指摘,「障害」ではない一対一対応が可能な語の代替案(「不全症」など)の提案などさまざまであった.

6.コーディングについて
 コーディングについては,時世を反映し,オンライン環境または何らかの電子媒体を利用できる環境を想定したものになっている.ICD-11 Version for Implementationの公開にあたり,WHOはそのブラウザ版6)と,その利用を補助するコーディングツールを発表した.前者は文字通り,インストールして用いる特定のプログラムやソフトではなく,インターネットを介してブラウザ上で操作するものである.後者は,「あいまい検索」ともいえるような機能を実装しており,キーワードから特定のコードにたどり着くまでの過程を補助するものである.
 実際のコーディングの方法は,pre-およびpost-coordinationの概念,ストリング,「&」や「/」の利用など,ICD-10のコード付与とはだいぶ様相が異なる.Pre-coordinatedのコードとは,診断にあたっての最低限の概念といえ,post-coordinatedのコードは付加的な情報を後づけする役割を果たす.また,「/」は意味のあるまとまり同士を区切る役割を負い,「&」はまとまり内のコード同士をつなぐ役割を負う.まとまりというのは,具体例を用いて後に詳述する通り,集合体として意味をなす修飾語と被修飾語の並びである(意味するところは状態像であったり重症度であったり多岐にわたる).
 例えば「精神症〈精神病〉」は範囲が広すぎて臨床上必要な情報が不足するのでそれだけではコードは付与されておらず,「統合失調症」まで特定して,はじめて6A20というpre-coordinatedコードがつく(なお,経過が現在急性期か寛解期かなどの情報を特定するコードもpre-coordinatedで利用可能なので,pre-coordinated=疾患単位ではない).これに特に陽性症状が強く出現していれば「/6A25.0(一次性精神症における陽性症状)」をpost-coordinatedとして,さらにその重症度である「& XS25(重度)」を付記することとなる.この場合,XS25が陽性症状に対して修飾語として機能しており,6A25.0 & XS25で「重度の陽性症状」を意味するまとまりを形成し,疾患そのものである6A20とは「/」で隔てられる.すなわち,重度の陽性症状を伴う統合失調症のコードは「6A20/6A25.0 & XS25」となり,この一連のコードを「ストリング」と呼ぶ.
 ICD-10でも採用されていたダブルコーディングの考え方は,上記の仕組みに吸収されるかたちで,コーディング法は変わりつつ基本的な考え方は存続することになる.従来,基礎疾患が存在し,それが原因で発現する症状がある場合については,基礎疾患のコードには剣印(†)を,発現する症状には星印(*)をつけてコードしていた(例えば,糖尿病性網膜症はE11.3†H36.0*).これに対し,ICD-11は剣印(†)や星印(*)を用いず,単に発現する症状にスラッシュと基礎疾患を加えてコードすることになる.同病態の例は,ICD-11では,網膜症そのものに対応するコードに,スラッシュと,例えば2型糖尿病が続く(すなわち,9B71.0/5A11).なお,コードの並び順はスラッシュを挟んでもともと検索したものが先に来るものである.例えば2型糖尿病を診断する際,2型糖尿病に付加的な詳細情報として糖尿病性網膜症も続けて記述する場合には,5A11/9B71.0の並び順になる.電子媒体でのコーディングという条件下では,情報がもれなくコーディングされてさえいれば,コードの順序は処理上問題にならないという背景が考えられる.
 上記の種々の変更点は,一見複雑な印象を与えかねないが,上記のブラウザ版やコーディングツールはこれを補助する仕様になっており,使用法を一通り理解すれば煩雑なものではないとの印象を著者は受けている.電子カルテなどをはじめ既存のシステムからの移行ないし既存のシステムへの組み入れにある程度の負担は生じるものと思われるが,より臨床でのニーズに応える精緻なコーディングの実現と,さらにそこから利用可能となる膨大なデータの多岐にわたる活用が期待される.

7.特定のコードを複数の箇所に収載する(multi-parenting)方針について
 従来,基本的に,ある診断カテゴリが掲載されるのは特定の1ヵ所であった.しかし,診断カテゴリのなかには,性質の異なる側面を複数備えるものがある.例えば,心気症は重篤な病気に罹患しているのではないかという強迫的とらわれを主症状としつつ(つまり,強迫症の一種である),健康に関する不安も抱えている(つまり,不安症とみなすこともできる).トゥレット症候群は,一義的には神経疾患であるが,強迫症とのかかわりも大きい.こういった疾患を,複数の箇所に掲載してもよい,とする方針をmulti-parentingと呼ぶ.
 ICD-11では,コード付与の関係上,ある診断カテゴリに対して第一の収載先(すなわち,primary parent)があり,その症ないし障害群によってコードが割り当てられる.しかし関連する他の場所にも掲載することが認められており,二義的な収載先をsecondary parentと呼ぶ.例えばトゥレット症候群の例では,primary parentが神経系の疾患であるので8で始まるコードが割り振られているが,secondary parentの強迫症群の1つとして,精神疾患の章にもコードが掲載されている.

8.診断ガイドラインのフォーマット
 診断ガイドラインのフォーマットも今回の改訂で見直された.これは,章立てや障害群の大分類と並び,一見して最もわかりやすく目立つ変更点の1つかもしれない.診断要件,いわゆる診断基準(なお,「基準」という表現をWHOは公式には一貫して避けている)は「診断に必須の特徴」として箇条書きにまとめられた.DSM-5の診断基準の箇所に相当するものであり,DSM-5を見やすいと感じていた利用者であればICD-11の新たなフォーマットにも違和感なくなじむことができるであろう.これに続き,すべての症例に必ずしもあてはまるとは限らないが多くの症例にあてはまることから注意喚起を促す目的で設けられた「付加的特徴」,正常との閾値や他の状態・疾患との鑑別を補助する目的の項目が続く.端的な記述と箇条書きというフォーマットは,単純なことではあるが,実臨床における利用を促すという意味では大変有用であろう.

II.第6章に含まれる疾患群とその内容
 精神,行動および神経発達に関する疾患を扱う第6章に含まれる疾患群について,詳細な各論は該当する各稿に譲りつつ,なかでもICD-10からの大きな変更点やDSM-5との相違点のあるものを抽出し,下記にまとめた.

1.神経発達症群
 ICD-10がF0器質性精神障害から始まっていたのに対し,ICD-11では神経発達に関連する疾患群が先頭に挙げられている.DSM-5と同様にICD-11でも発達的視点の取り入れが積極的に試みられ,それは章立てにも反映されている.具体的には,神経発達の異常を共通項に,ICD-10ではさまざまな障害群にちらばっていた疾患が本群に収載されることとなった.ここには自閉スペクトラム症(おおよそ従来でいうところの広汎性発達障害),会話や言語の発達症,学習症といったICD-10のF8心理的発達の障害に該当する障害のほか,F7知的障害や,F9小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害に含まれていたADHDも収載される.

2.旧F9に属するがICD-11神経発達症群に分類されない小児期・青年期に好発する障害
 F9に含まれる疾患は,発症が小児期および青年期であることを共通項にまとめられていたが,ICD-11では発症時期ではなく,それ以外の臨床上の特徴を軸に各々適する疾患群に収載されることになった.例えば,分離不安症や場面緘黙は,不安の要素を重視する観点から,ICD-11では不安症群に,反応性アタッチメント症は環境要因との関連からストレス関連症群に,異食症は食行動症または摂食症群に分類されることとなった.さらに,これまで子どもの疾患とみなされがちであった疾患が,成人期となっても出現しうることや,成人期に出現した場合の臨床的特徴も記述が添えられた.

3.統合失調症または他の一次性精神症群
 統合失調症または他の一次性精神症群でまず挙げるべき大きな変更は,含まれる診断カテゴリの再概念化による簡潔化であろう.その他などを除く独立した疾患単位としては,統合失調症,統合失調感情症,急性一過性精神症,統合失調型症,妄想症の5つとなった.統合失調症の亜型分類は廃止され,急性一過性精神症では統合失調症症状を伴う・伴わない,の区別がなくなり,持続性妄想性障害と感応性妄想性障害は妄想症に一本化された.細分類の多くが廃止される一方で,特定用語の積極的な活用も推奨されている.エピソードの回数や経過を示す特定用語に加え,陽性症状,陰性症状,気分症状などを細やかに記述する特定用語も今回の改訂で提供される.

4.気分症群
 大分類について,DSM-5が双極性障害群,抑うつ障害群を分けたのに対してICD-11が大きく気分症群の括りを残した点,DSM-5では月経前不快気分障害が抑うつ障害の1つに位置づけられている点(ICD-11では性の健康に関連する状態として分類され,抑うつ症群の箇所にもsecondary parentingされている)などが両システムの相違点として挙げられる.一方,双極症にI型,II型の概念が導入される,気分循環症と気分変調症を長期にわたる(すなわち,持続性)という点ではなく極性によって分類する,といったアプローチは,両システムで共通である.気分症群に関しては,内容の面でおおむねDSM-5とのハーモナイゼーションがよく実現したといってよいだろう.

5.不安または恐怖関連症群
 ICD-10で「F4神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」と括られていたもののなかから,とりわけ不安を中核とするものを抽出して独立させたのが本疾患群である.前述の通り分離不安症や場面緘黙も同じ中核的要素を共通点として,ここに分類されることとなった.

6.強迫症または関連症群
 不安症と同じく,ICD-10におけるF4から強迫症状を中心に独立した疾患群である.ためこみ症が新設されたほか,皮膚むしり症も診断カテゴリとして扱われることとなった(ちなみに,皮膚むしりとともに身体に強迫行動が向かう疾患として挙げられる抜毛は,ICD-10ではF63.3抜毛癖として,F63習慣および衝動の障害の1つに挙げられていたので新設カテゴリではない).トゥレット症候群については収載先を巡って議論があったが,第一の分類先が神経系の疾患の章,第二の分類先が精神疾患の章(すなわち,secondary parenting)となった.

7.解離症群
 ICD-10でF44解離性障害としてまとめられていた本群は,ICD-11のなかでも比較的よく概念の整理が進んだ疾患群の1つである.昨今では当然のように解離症状の1つとみなされる離人・現実感喪失は,実はICD-10ではF48その他の神経症性障害に,F48.0神経衰弱などと一緒に分類されていたのが,ICD-11では本疾患群への収載となった.ほかにも,診断カテゴリであった解離性遁走が健忘の特定用語(解離性遁走を伴う,あるいは伴わない)扱いになる,解離性同一性症が完全にそうであるもの(主たるアイデンティティがなく,各々が入れ代わり立ち代わり現れる)と部分的なもの(主たるアイデンティティが存在し,そうでないアイデンティティが時折出現する)に区分されるなど,興味深い変更点が多く認められる疾患群である.

8.食行動症または摂食症群
 食行動症または摂食症群も,近年の知見の蓄積を踏まえ,大きな変更が加えられた疾患群である.まず,食行動を軸として,従来からのいわゆる拒食症,過食症などと呼ばれてきた摂食症と,反芻症などの哺育症が同一疾患群内で扱われるようになった.また,回避・制限性食物摂取症(Avoidant-Restrictive Food Intake Disorder)と呼ばれる,臨床的レベルで摂取できる食物が限定される疾患や,むちゃ食いに代償行為を伴わないむちゃ食い症も新たな診断カテゴリとして加えられた.ほかに重要な変更点としては,むちゃ食い(binge-eating)の定義が,客観的に大量とみなされる食べ物の摂取のほか,本人が摂食量をコントロールできないために一定量を食べてしまう(客観的にそれほど大量でなくとも)場合もむちゃ食いとみなすと明記されたことが挙げられる.

9.身体的苦痛症群または身体的体験症群
 本疾患群はおおよそ,従来身体表現性障害と呼ばれていた病像を再解釈したものといえる.ただし,ICD-10でF45身体表現性障害のなかにF45.0身体化障害とF45.2心気障害が含まれていたのに対し,ICD-11では心気症(=心気障害)が強迫症群の1つに位置づけられたり,身体化障害における(根底にあるはずの)心因を身体化するといった意味を暗に示す「身体化」の表現を避けて単純に身体の苦痛が生じていることに焦点をあてた「身体的苦痛症」に呼称が変更されたりするなど,ICD-10から大きな変更がいくつもみられる疾患群の1つである.また,自身の現在の身体に対する著しい不満(例えば,腕を切り落としてしまいたい,盲目になりたいなど)を主訴とする身体完全性違和(Body Integrity Dysphoria)も新設されている.

10.物質使用症群または嗜癖行動症群
 2018年6月のICD-11 Version for Implementation公表時にひときわ話題となった「ゲーム障害」が含まれるのが本疾患群である.昨今の物質使用(合法,違法を問わず)の状況を踏まえ,コーディング可能となった物質の種類が大幅に増えたこと,ゲーム行動症(「ゲーム障害」も同義語として使用可)が診断カテゴリとして独立・新設されたことが主な変更点である.また,ICD-10ではF63習慣および衝動の障害として病的賭博が病的放火や病的窃盗とひとまとめになっていたが,病的賭博はその嗜癖性の側面から,本疾患群に分類されることとなった(後者2疾患については次項にて後述).

11.衝動制御症群
 病的放火や病的窃盗は,その衝動コントロールの問題を中核に,本疾患群に病的賭博とは区別して分類されることとなった.また,同様に衝動コントロールの問題から生じる病態として,特に司法面での使用に関する議論がありつつも強迫的性行動症(Compulsive Sexual Behaviour Disorder,いわゆる「セックス依存症」に代表されるような病態)が新たに診断カテゴリとして加えられた.

12.認知症と他の神経認知障害群
 改訂作業の終盤まで収載先が二転三転した認知症については,根底にある病変を神経疾患の章に,その表出である認知症を精神疾患の章に収載することで決定した.これは冒頭で紹介したコーディングのルールに則れば,例えば精神疾患の章のアルツハイマー型認知症に対応するコードに,「/」と神経系の疾患の章のアルツハイマー病に対応するコードが続くことで表記される(すなわち,6D80/8A20).すなわち,ICD-10でも行われてきたダブルコーディングの考え方が適用されることになった.

おわりに
 ICD-10コードは半ば必要に迫られるかたちで日常的に臨床で使われているといってよいだろう.その反面,中身にあたる診断ガイドラインはどうであろうか.日本に限った話ではなく,コードを保険請求目的などで使いこそすれ,診断ガイドラインそのものの利用度は高いとは言い難いというデータが出ている2).ICD-10が本当の意味で活用されてこなかった理由はいろいろと考えられるが,有用性の低さ,端的にいえば読みづらさや使いづらさもその1つであろう.
 今回の改訂は,前回の改訂以来蓄積されてきた知見の反映のほか,有用性の向上も等しく重要な目的に位置づけられた.電子媒体での提供の想定,種々のコーディングに関する決まりごと,secondary parentingの考え方など,本稿で紹介したテクニカルな面での工夫は,臨床場面での有用性向上に直接的に貢献することが期待される.また,より概念的な大分類の再編成,新たに簡潔にまとめられた診断要件などは,浸透するまでに多少時間はかかるかもしれないが,精神疾患全般に関する理解の補助という点では著者の感覚としてはICD-10よりも飛躍的に有用性が向上したように思われる.
 さて,診断分類システムが普及することで生ずる懸念に,それがあたかも動かしがたい事実の集積であるかのような受け止め方をされてしまうという可能性が挙げられる.実際に,DSM-5の出版にあたり,DSM-5は教科書でも聖書でもない,常に変化の余地を残したliving documentであるということが使用者に対する警告として盛んにいわれた.この指摘はICD-11にもあてはまる.診断「基準」の表現を避けこそすれ(操作的診断基準を思わせる「基準」の表現をICD-11は一貫して避けており,代わりに診断ガイドライン,あるいは診断要件の表現を使用している),事実上の操作的診断基準といえる「診断に必須の特徴」項目が並ぶ様は,本来意図したものでない権威めいた影響力を得る可能性がある.つまり,小ぎれいにまとめられた診断基準は,今後の精神医学的理解の発展を阻む危険性も孕む.1992年以来の新たな診断分類システムの完成を歓迎しつつ,診断分類学のさらなる発展に向け批判的視点をもち利用する態度が望まれる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013

2) First, M. B., Rebello, T. J., Keeley, J. W., et al.: Do mental health professionals use diagnostic classifications the way we think they do? A global survey. World Psychiatry, 17 (2); 187-195, 2018
Medline

3) Maruta, T., Matsumoto, C., Kanba, S.: Towards the ICD-11: Initiatives taken by the Japanese Society for Psychiatry and Neurology to address needs of patients and clinicians. Psychiatry Clin Neurosci, 67 (5); 283-284, 2013
Medline

4) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992

5) World Health, Organization: International Classification of Functioning, Disability and Health (ICF). World Health Organization, Geneva, 2001

6) World Health Organization: ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics. 2018 (https://icd.who.int/browse11/l-m/en) (参照2018-08-20)

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology