Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第8号

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特集 患者の違法薬物使用を知ったとき,精神科医はどうふるまうべきなのか?
公務員の犯罪告発義務をめぐる問題
柑本 美和
東海大学法学部
精神神経学雑誌 122: 610-615, 2020

 刑事訴訟法239条1項は,「何人でも,犯罪があると思料するときは,告発をすることができる」として,誰もが告発を行うことができると定め,2項では,「官吏又は公吏は,その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは,告発をしなければならない」として,公務員の犯罪告発義務を規定する.しかし,公務員である医師は,その犯罪が,職務上知り得た秘密である場合,刑事訴訟法239条2項の犯罪告発義務は負わないと解されている.そして,医師は,正当な理由がある場合には,秘密を告発(通報)しても守秘義務違反とはならないとも解されている.正当な理由がある場合とは,犯罪を告発ないし通報することによって適正に刑事司法作用を発動させることの利益と,秘密の主体が有するプライバシーの利益とを比較考量し,前者が勝る場合である.

索引用語:公務員, 告発義務, 守秘義務>

はじめに
 刑事訴訟法239条1項は,「何人でも,犯罪があると思料するときは,告発をすることができる」として,誰もが告発を行うことができると定め,2項では,「官吏又は公吏は,その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは,告発をしなければならない」として,公務員の犯罪告発義務を規定する.
 精神科医療の現場,例えば,精神科医療センターや精神保健福祉センターなどでは,公務員である精神科医が,患者の尿から覚せい剤反応が出たという情報に接することがありうる.そうすると,公務員である医師が,診療業務を行うことで,覚せい剤の自己使用という犯罪(覚せい剤取締法19条,41条の3第1項1号)があると思料することになるため,医師は,そのことを告発,すなわち,捜査機関に対し,犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示をしなければならないのかが問題となる.しかし,薬物依存症患者の治療を行う医師が公務員である場合,尿検査の実施により陽性反応が出る可能性もあるなか,治療のために来院した患者を,捜査機関に告発しなければならないとすると,「治療的介入の絶好の機会」が奪われてしまうことになり,医師としてジレンマを感じざるをえない事態となりうる7)
 そこで本稿では,まず犯罪告発義務とは何かを概観し,次に,公務員である医師について,犯罪が当該医師にとって職務上知り得た秘密である場合にも,犯罪告発義務はあるのかについて検討し,最後に守秘義務との関係に触れることにする.

I.犯罪告発義務とは
 告発とは,被害者その他の告訴権者・犯人・捜査機関以外の者が,捜査機関に対して,犯罪事実を申告して犯人の処罰を求める意思表示のことをいう5)*1.第三者であるにもかかわらず,他人の処罰を求める行為をなすわけであるから,責任を明確にする必要があるため匿名は認められない5)
 刑事訴訟法239条1項は,誰もが犯罪を告発できるという規定であるのに対し,2項では,公務員が,その職務を行うことにより犯罪があると思料すれば,その犯罪を告発しなければならないとされている.一般人については,告発することは権利であり,権利を行使する,すなわち,告発するか否かは個人の(あるいは法人,団体の)意思にかかっているのに対し,公務員については,告発は法律上の義務とされている.このような義務が公務員に課されたのは,犯罪の捜査ないし公訴権の行使といった刑事司法の適正な運用を図るために,各行政機関に対し,刑事司法の運営についての協力義務を課すとともに,告発に裏付けられた行政運用を行うことで,行政の機能がより効果的に発揮されることを期待しているからである8)
 そして,当該公務員に犯罪を告発する法律上の義務を課したものであると一般的に理解されている関係上,これに違反した場合には,懲戒処分として,免職,停職,減給または戒告の処分をすることができるとされている(国家公務員法82条1項2号,地方公務員法29条1項2号)5)
 告発が行われることにより,警察官,検察官には,次のような義務が生じる.警察官は,告発があった場合には,それを受理し(犯罪捜査規範63条1項),速やかにこれに関する書類および証拠物を検察官に送付しなければならない(刑事訴訟法242条).これは,告発等を行う者の意思が無視されないよう慎重が期されたためである3)
 また,検察官は,告訴,告発または請求のあった事件について,公訴を提起し,またはこれを提起しない処分をしたときは,速やかにその旨を告訴人,告発人または請求人に通知しなければならず(刑事訴訟法260条),公訴を提起しない処分をしたときは,告発人等の請求があれば,その理由を告げなければならない(刑事訴訟法261条).告発等を行う者は,公訴提起を希望しているため,検察官の処分に大きな関心を抱いているからである.
 ただし,告発は「捜査の端緒」となる行為ではあるが,公訴が提起されるか否かは検察官の裁量によるため(刑事訴訟法247条,248条),公訴を提起しない処分とされることが十分考えられる.そのため,告発人は,検察官の公訴を提起しない処分に不服があるときは,検察審査会にその処分の当否の審査の申立てを行うことができるようになっている(検察審査会法2条2項,30条)*2
 参考までに,2018年に全国の検察庁で処理された,自動車による過失致死傷等及び道路交通法等違反被疑事件を除く,罪名別,既済となった被疑事件の捜査の端緒別人員は次の通りであった.警察が,公務員から告発を受けた事件は193件(詐欺27件,私文書偽造22件,電波法違反20件など),検察官が受けた事件は886件(関税法違反473件,消費税法違反169件,法人税法違反108件など)であり,警察・検察ともに,麻薬及び向精神薬取締法,覚せい剤取締法違反など薬物犯罪で公務員から告発を受けたケースはゼロであった4).この数値から明らかなように,それほど多くの犯罪が公務員によって告発されているわけではなく,罪名も一定のものにとどまっている.そして,告発はあくまでも捜査の端緒にすぎないので,最終的に,その事件が公訴提起されるか否かは,通常の犯罪と同様,検察官の裁量に委ねられているのである.
 このように,公務員の犯罪告発がそれほど多くなく,告発を行っていない場合も相当数あると想定されるなか,告発を行わないすべての行為が懲戒処分の対象となりうるのだろうか? この点について,行政機関は,それぞれが固有の行政目的の遂行にあたっており,「告発を行うことにより,その行政機関の行政運営に重大な支障を生じ,そのためにもたらされる不利益」と,「告発を行わず当該犯罪が訴追されないために生じる不利益」とを比較考量し,もし,「告発を行うことによってその行政機関にもたらされる不利益」の方が大きい場合には,行政機関の判断で告発しなくても,本項の義務違反にはあたらないと解されている8).つまり,行政機関には,自分の所属する行政機関が達成しようとしている目的を踏まえ,その犯罪を告発するか否かを決定する裁量権が与えられていると考えられる2).そして,その判断の際には,犯罪の重大性,犯罪があると思料することの相当性,今後の行政運営に与える影響などが総合的かつ慎重に検討されることになる8)9)14)

II.公務員の告発義務
 ところで,公務員は,「職務上知ることのできた秘密」(国家公務員法100条1項)または「職務上知り得た秘密」(地方公務員法34条1項)について,正当な理由なく漏らすことを禁止されており,その違反に対しては罰則も規定されている(1年以下の懲役または50万円以下の罰金.国家公務員法109条12号,地方公務員法60条2号).そして,公務員法上の守秘義務による保護が必要とされる「秘密」には,公的秘密のほかにも,個人のプライバシーなどの個人的秘密も含まれると考えられているため15),担当する患者の尿から覚せい剤の成分が検出されたという事実も,「秘密」に該当しうることになる.
 では,守秘義務を負う公務員がそのような秘密を職務上知り得た場合にも,告発義務を負うのだろうか?
 この点について,学説は,刑事訴訟法103条および144条との権衡を考えれば,公務員が職務上知り得た秘密について告発義務はないと解している5).公務員には,刑事訴訟法103条により,「公務員又は公務員であつた者が保管し,又は所持する物について,本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものであることを申し立てたときは,当該監督官庁の承諾がなければ,押収をすることはできない.…」として,押収拒絶権が認められている.さらに,刑事訴訟法144条により,「公務員又は公務員であつた者が知り得た事実について,本人又は当該公務所から職務上の秘密に関するものであることを申し立てたときは,当該監督官庁の承諾がなければ証人としてこれを尋問することはできない.…」として,証言拒絶権も認められている.すなわち,公務員は,職務上の秘密に関するものについては,押収,証言を拒むことすらできるのであるから,それらの規定との均衡を考えたうえで,その犯罪が,職務上知り得た秘密である場合には,公務員は告発義務を負わないと解されているのである.これは,公務員が医師である場合にも,あてはまることになる16)
 この点について,医師が救急患者に対する治療の目的で,被告人から尿を採取し,採取した尿について薬物検査を行ったというケースで,最高裁判所は,「医師が,必要な治療又は検査の過程で採取した患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に,これを捜査機関に通報することは,正当行為として許容されるものであ」ると述べている12).つまり,当該患者の秘密について,警察への通報という外部への漏示行為を行っても,正当行為として許されるとしたのである.実は,このケースの第一審判決(東京地判平成16年7月8日刑集59巻6号618頁以下),第二審判決(東京高判平成16年12月22日刑集59巻6号635頁以下)は,医師が国立病院の勤務医であったため,公務員には犯罪告発義務(刑事訴訟法239条2項)があることに触れながら*3,被告人の尿から覚せい剤反応が出たことを警察に通報したことは違法ではないとしていた.ところが,最高裁判所は,公務員の犯罪告発義務に触れることなく,医師一般について通報が適法であるか否かを判断した.これは,「公務員である医師には職務上知り得た患者の秘密について告発義務はないという立場を前提とし」たものと理解されている10).そして,特にこの点について,「守秘義務が医師の職業倫理の根幹であるにもかかわらず,国公立病院に勤務する医師は,従来,公務員には通報義務があると考えて,しかたなく通報を行ってきたのではないだろうか.本決定は,それが誤解に基づくものであることを明らかにし」たと評されているのである10)

III.犯罪の告発と守秘義務
 しかし,告発義務がないということは,告発しなくてもいいということにすぎず,告発してはいけないということを意味しているわけではない.告発すべきと考える医師もいるであろう.
 ただ,それは,患者の「秘密」に該当しうる「犯罪」を捜査機関に告発(通報)することになるため,秘密を漏示する行為となり,正当な理由がない以上,医師の守秘義務違反になるのではないか(刑法134条1項)*4,公務員であれば,公務員法違反になるのではないかということが問題となってくる.そして,公務員である医師は,職務上知り得た秘密については告発義務を負わないと解されていることから,告発義務もないのに告発したら,正当な理由がないとして,秘密漏示罪に該当してしまうのではないかという疑問が生じることになる.
 この点について最高裁判所は,前述のケースで,医師が患者の尿から違法な薬物の成分を検出した場合に捜査機関に通報することは,正当行為として許容されると述べた12).つまり,当該患者の秘密について,警察への通報という外部への漏示行為を行っても,正当行為であり違法ではないと判断したのである.
 では,最高裁判所は,どのような判断枠組みで「正当な理由」があると考えたのだろうか? この点,最高裁判所は,具体的な判断枠組みを示しているわけではない.ただ,これまで判例は,行為の目的・手段・方法などに加えて,被侵害利益の有無,内容やその程度を具体的に考慮し,問題となる行為の正当性を判断してきており,おそらく本決定も,そのような判断枠組みを用いて,具体的に事実を評価し,秘密漏示行為への「正当な理由」を肯定したものと考えることができるだろう6).すなわち,対象となる犯罪が薬物犯罪という重大なものであること,その犯罪情報は,医師が必要な治療または検査の過程で採取した尿から検出されたものであること,それらを前提としたうえで,犯罪を告発ないし通報することによって適正に刑事司法作用を発動させることの利益と,秘密の主体が受けるプライバシーの利益の侵害という不利益とを比較考量した結果,警察への通報について「正当な理由」を肯定したものと理解することができるのである16)
 ただ,このケースでは,医師による秘密漏示罪の違法性阻却が真正面から問題とされたわけではない.尿から覚せい剤成分が検出されたことの医師から警察への通報が,医師の守秘義務違反となれば,その違法な行為が被告人の尿に関する鑑定書などの証拠能力にどのような影響を及ぼすかという形で,医師による患者の犯罪情報の通報と守秘義務の関係が問題となったものである.しかし,医師が患者の秘密である犯罪情報を警察に通報し,刑法134条1項の秘密漏示罪の成否が問題となった場合にも,本決定の趣旨を敷衍し,正当な理由があるとして,秘密漏示罪の違法性が阻却されうるとの理解は可能だと思われる.
 なお,本決定は,「治療の目的による必要な診療の過程で,患者が違法薬物を使用していることを知った場合において,医師による警察官への通報を許容したもの」16)であり,医師に通報を義務付けているわけではないし,また,これ以外の場合に,医師による無制限の警察への通報について「正当な理由」があるとしているものではない点には注意が必要である.

おわりに
 以上をまとめる.
 ・公務員である医師は,その犯罪(本稿の文脈では,尿から覚せい剤の成分が検出され自己使用が疑われるということ)が,職務上知り得た秘密である場合,刑事訴訟法239条2項の犯罪告発義務は負わないと解される.
 ・ただし,医師は,正当な理由がある場合には,「覚せい剤が尿中から検出された」という秘密を告発(通報)しても守秘義務違反とはならないと解される.正当な理由がある場合とは,犯罪を告発ないし通報することによって適正に刑事司法作用を発動させることの利益と,秘密の主体が有するプライバシーの利益とを比較考量し,前者が勝る場合である.逆に,犯罪情報は高度のプライバシーの利益であること,医師の守秘義務は,患者の利益に加え,医師への国民の信頼・円滑な治療の実施という公益も保護していることなどを重く捉えれば,通報しないという判断もありうることになる10)
 ・したがって,通報するか否かは,まさに,その医師の裁量に任されているといえる.薬物依存が病気であるとの理解が一般的になりつつある現在,当該患者の治療という観点からみたとき,この患者は刑事司法に委ねるより,治療を継続した方がいい,治療を継続すべきだと医師が判断したならば,通報,告発しないことも可能であると考えられる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 朝日新聞2018年6月28日朝刊32頁.

2) 平野龍一: 刑事訴訟法. 有斐閣, 東京, p.92, 1958

3) 平野龍一: 刑事訴訟法概説. 東京大学出版会, 東京, p.55, 1968

4) 法務省: 検察統計統計表. 2018年年報. (http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_kensatsu.html) (参照2020-07-12)

5) 今崎幸彦, 河村 博: 大コンメンタール刑事訴訟法第二版第4巻 (河上和雄, 中山善房ほか編). 青林書院, 東京, p.754-775, 2012

6) 柑本美和: 精神医療の実行における守秘義務と情報共有―「僕はパパを殺すことに決めた」事件を題材に―. 刑法・刑事政策と福祉―岩井宜子先生古稀祝賀論文集― (町野 朔, 岩瀬 徹ほか編). 尚学社, 東京, p.179, 2011

7) 松本俊彦: 公務員と違法薬物使用の通報義務. 救急医学, 39 (13); 1816-1822, 2015

8) 松尾浩也 (監修), 松本時夫, 土本武司ほか編集代表: 条解刑事訴訟法第4版増補版 弘文堂, 東京, p.466, 2016

9) 名古屋高等裁判所昭和26年6月14日判決. 高等裁判所刑事判例集, 第4巻7号704頁.

10) 佐伯仁志: 医師の採尿検査と警察への通報. 医事法判例百選第2版 (甲斐克則, 手嶋 豊編). 有斐閣, 東京, p.59, 2014

11) 最高裁昭和36年12月26日決定. 最高裁判所刑事判例集, 第15巻12号2058頁.

12) 最高裁平成17年7月19日決定. 最高裁判所刑事判例集, 第59巻6号600頁.

13) 最高裁平成24年2月13日決定. 最高裁判所刑事判例集, 第66巻4号405頁.

14) 眞田寿彦: 裁判例コンメンタール刑事訴訟法第2巻. (井上正仁監修). 立花書房, 東京, p.273, 2017

15) 宇賀克也: 行政法概説III―行政組織法/公務員法/公物法―第5版. 有斐閣, 東京, p.508, 2019

16) 山田耕司: 治療の目的で救急患者から尿を採取して薬物検査をした医師の通報を受けて警察官が押収した上記尿につきその入手過程に違法はないとされた事例. 法曹時報, 58 (10); 3451-3473, 2006

注釈

*1 判例も,傍論ではあるが,告発とは,「犯人または告訴権者以外の第三者において,捜査機関に対し,犯罪事実を申告し,犯人の訴追を求める刑事訴訟法上の意思表示である」と述べている11)

*2 例えば,最近の事件では,森友学園への国有地売却で,財務省の元理財局長らを背任容疑で告発した市民団体が,大阪地検が不起訴処分としたのを不服とし,大阪第一検察審査会に審査を申し立てたというケースがある1)

*3 第一審判決は,「医師は守秘義務を負っているものの,他方で,国家公務員は刑事司法の適正な運用を図るためにその職務を行うことにより犯罪があると思料するときは告発義務が課されているから(刑訴法239条2項),覚せい剤取締法違反の疑いがあるような重大な公益に関わる犯罪に係る事実を知った公務員たる医師が警察にその旨を届け出たとしても,法令による行為として違法な守秘義務違反と評価することはできないというべきである」と述べ,また,第二審判決は,「一般に犯罪行為の捜査機関への通報,告発は社会的に正当な行為として許容されうる性質のものであることに加え,…医師は国家公務員としての立場から告発義務を負っていることにも徴すれば,…医師の上記行為が守秘義務に反した違法な行為であるとはいえない」として,被告人の尿から覚せい剤反応が出たことを警察に通報したことは違法ではないと判断した.

*4 通常,医師は,患者の尿から覚せい剤反応が出たという情報に,担当患者の診察・治療を行う過程で接することがほとんどであると思われるが,「業務上取り扱った」には,医師患者関係がある場合のみならず,命じられた鑑定を実施する場合なども含まれる13)

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