Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第7号

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原著
保健所,精神保健福祉センターの連携による,ひきこもりの地域生活支援の状況と課題に関する研究―ひきこもり者への支援の現状を調査するための全国保健所アンケート調査―
辻本 哲士1)2), 白川 教人1)3), 原田 豊1)4), 小野 善郎1), 福島 昇1)5), 井上 悟1)6), 熊谷 直樹1)7), 田中 治1)8), 畑 哲信1)9), 二宮 貴至1)10), 松本 晃明1)11), 太田 順一郎1)12), 野口 正行1)13), 林 みづ穂1)14), 増茂 尚志1)15), 新畑 敬子1)16), 小原 圭司1)17), 土山 幸之助1)18), 竹之内 直人1)19)
1)全国精神保健福祉センター長会
2)滋賀県立精神保健福祉センター
3)横浜市こころの健康相談センター
4)鳥取県立精神保健福祉センター
5)新潟市こころの健康センター
6)東京都立多摩総合精神保健福祉センター
7)東京都立中部総合精神保健福祉センター
8)青森県立精神保健福祉センター
9)福島県精神保健福祉センター
10)浜松市精神保健福祉センター
11)静岡市こころの健康センター
12)岡山市こころの健康センター
13)岡山県精神保健福祉センター
14)仙台市精神保健福祉総合センター
15)栃木県精神保健福祉センター
16)名古屋市精神保健福祉センター
17)島根県立心と体の相談センター
18)大分県こころとからだの相談支援センター
19)愛媛県心と体の健康センター
精神神経学雑誌 121: 527-539, 2019
受理日:2019年3月1日

 6ヵ月以上社会参加がなく,非精神病性で対人関係がない状態であるひきこもりは,日本で約20年前から関心がもたれるようになった精神保健の問題で,精神保健サービスに加えて,さまざまな地域での支援が求められている.地域の保健対策の専門機関として,保健所は精神保健福祉センターと連携してひきこもり者への支援(以下,ひきこもり支援)に重要な役割をもっている.しかし,地域におけるひきこもり支援については,まだ検討すべき課題が多い.そこで,ひきこもり支援の現状を調査するために,全国の保健所を対象にしたアンケート調査を行った.全国485ヵ所の保健所のうち353ヵ所の保健所から回答が得られた(回答率は72.8%).その結果,9割以上の保健所がひきこもりに関する相談を行っており,半数が継続的な支援を行っていた.ひきこもり支援への取り組みとして,約2割近くが研修会や講演会を実施し,3分の1が家族教室・家族会を開催していた.保健所がひきこもり支援を行う必要性については,ほとんどの保健所が「必要」「ある程度必要」と答えた.効果的なひきこもり支援の課題としては,人員,専門的知識・技術,社会サービスの不足が挙げられ,人材と予算の充実が求められていた.多くの保健所は,区市町村,医療機関,精神保健福祉センターと連携していた.精神保健福祉センターとの連携については,保健所の職員が精神保健福祉センターでの会議,研修会,ケース検討に参加したり,ケースの紹介をしていた.ひきこもりに関する課題として,「家庭内暴力,トラブル」「医学的判断」「将来,経済不安」「親亡き後の不安」「家族への支援困難」「本人の行き場所のなさ」「中高年齢層のひきこもり増加」などが挙げられていた.発達障害であるかどうか確定はできないが,疑いがあるケースがみられた.効果的なひきこもり支援のためには,さまざまな事業や施策を活用し,関係機関と連携していく必要がある.今後の地域精神保健医療体制は,精神障害者にも対応した地域包括ケアシステムを構築することをめざしている.このシステムのなかで,保健所は対応困難なひきこもり事例への対応と,地域の関係機関連携をコーディネートすることが期待される.

索引用語:ひきこもり, 精神保健福祉センター, 保健所, 地域精神保健医療体制>

はじめに
 2017年のこれからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会でも報告されているように,新たな地域精神保健医療体制は,精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築をめざしている.これは精神保健医療福祉の改革ビジョンに示された「入院医療中心から地域生活中心」の理念を,さらに進める方向にあると考えられる.保健所は地域保健対策の広域的・専門的・技術的推進の拠点であり,精神保健福祉に関する技術的中核機関となる精神保健福祉センターと協力して,さまざまな精神保健福祉施策を展開している.なかでもひきこもり対策は最重要課題の1つである.ひきこもりとは,不登校や就労の失敗などをきっかけに,しばしば何年間もの長期にわたって自宅閉居を続ける青少年を指す23).ひきこもりは臨床単位や診断名ではなく,1つの状態を意味する言葉で,国は①6ヵ月以上社会参加をしていない,②非精神病性の現象である,③外出していても対人関係がないと定義し17),日本国内に約696,000人いると推定している.ひきこもりの背景としての精神分析的な観点22),コミュニティー基盤27)などが検討されている.また,ひきこもり心性は世界的にも注目され,日本と西欧の文化社会的な視点で比較・考察した報告も登場している5)28).ひきこもりに関する相談は,各地に設置されているひきこもり地域支援センターで行われる.しかし,必要とされる医療機関への受診を拒否したり,家族環境に恵まれなかったり,教育や就労に課題があったりする処遇困難事例に対しては,区市町村や保健所など公的機関のかかわりが重要になる.今回,保健所におけるひきこもり者への支援(以下,ひきこもり支援)の現状,精神保健福祉センターやその他の関係機関との連携状況,ひきこもりの課題などについて,全国の保健所を対象にアンケート調査を実施したので報告する.

I.方法
 全国保健所長会に調査協力を依頼し,全国485ヵ所の保健所(支所を含む全数調査)を調査対象とした.調査方法は全国自治体の全精神保健福祉センターから所管域の保健所へ調査票をメールで送信し,各保健所から返信回答を得た.調査実施期間は2016年11月7日~11月21日とし,12月2日まで回答を受け付け,集計の対象とした.アンケートの質問項目については全国精神保健福祉センター長会会員が,複数回の会議を重ねて検討した.日頃,保健所とともに地域保健福祉現場でひきこもり支援をしているなかで実施できていること,難渋していること,全国的な課題,今後の対策につながる方策などを出し合った.調査票の形になるように,保健所の概要,相談や業務,取り組み内容,連携機関,課題などに整理していった.調査実施にあたり,滋賀県立精神医療センター倫理委員会にて承認を受けている.

II.結果
1.アンケートが回収できた保健所の概要
 全国485ヵ所の保健所のうち,有効回収数は353ヵ所で,有効回収率は72.8%であった(上記以外に19ヵ所の支所などから回答があったが,記載不備があったため,集計からは除外している).回答のあった保健所353ヵ所中,県型が278ヵ所(78.8%)で最も多く,次いで中核市型が30ヵ所(8.5%)であった.管内人口は,20万人未満が188ヵ所(53.3%),20万人以上が163ヵ所(46.2%)であった.管内に精神保健福祉センターがあるかに関しては39ヵ所(11.0%)がある,312ヵ所(88.4%)がないと回答した.管内に精神科医療機関があるかに関しては,318ヵ所(90.1%)が入院できる精神科医療機関があると回答し,28ヵ所(7.9%)は外来のみ,6ヵ所(1.7%)は医療機関がないとしている.管内にひきこもり地域支援センターがある保健所は84ヵ所(23.8%)であり,268ヵ所(75.9%)はないと回答している.管内に発達障害者支援センターがあるのは88ヵ所(24.9%)であり,264ヵ所(74.8%)はないと回答している.管内にある発達障害者支援センターのうち,67ヵ所(76.1%)は自治体直営以外(委託など)のものであった.

2.保健所によるひきこもり者に対する精神保健福祉相談
 保健所職員による面接相談は,「ある程度できている」が353ヵ所中265ヵ所(75.1%),「対応しているが,不十分」が69ヵ所(19.5%)で,両者を合わせると334ヵ所(94.6%)となり,大半の保健所が行っていることがわかった.継続相談に関しては,「ある程度できている」と回答したのが188ヵ所(53.3%)と半数となり,相談対応を行うものの継続相談は難しい状況にあることが明らかになった.嘱託の精神科医による面接相談を実施している保健所は243ヵ所(68.8%),関係機関への紹介をしている保健所は227ヵ所(64.3%)と,それぞれ約3分の2の保健所で他の機関と連携した対応ができていた.職員による訪問相談(在宅)を,適時,行っている保健所も251ヵ所(71.1%)あった.

3.保健所が主催するひきこもり関連の精神保健福祉業務
図1にひきこもり関連の精神保健福祉業務に関するアンケート結果を示す.ひきこもりに関する管内の状況把握,調査研究に関して,「実施している」「今後,実施予定・検討あり」を合わせて47ヵ所(13.3%)であった.関係者の連絡会を行っているかどうかに関しては,「実施している」「今後,実施予定・検討あり」を合わせると79ヵ所(22.4%)であった.関係者連絡会の実施状況のより詳細な分析としては,管内にひきこもり地域支援センターがある保健所84ヵ所中,「実施している」「今後,実施予定・検討あり」と回答したものが28ヵ所(33.3%)であったのに対し,ひきこもり地域支援センターがない保健所268ヵ所の同回答は51ヵ所(19.0%)であり,管内にひきこもり地域支援センターを有している保健所のほうが,関係者の連絡会を数多く開催していた.特に,併設してひきこもり地域支援センターがある保健所では26ヵ所中14ヵ所(53.8%)と,半数以上が連絡会を開催していた.講演会などの開催は,353ヵ所中68ヵ所(19.3%),本人を対象とした心理教育,健康教育などの開催は21ヵ所(5.9%),家族を対象とした家族会,家族教室の開催は121ヵ所(34.3%)であった.
 家族会,家族教室の開催は,「実施している」「今後,実施予定・検討あり」を合わせると133ヵ所(37.7%)で,ひきこもり地域支援センターを併設している保健所では26ヵ所中19ヵ所(73.1%)が開催していた.ひきこもり当事者団体の育成,支援は11ヵ所(3.1%),家族会の育成,支援は56ヵ所(15.9%),関連団体,研究会などへの支援は32ヵ所(9.1%)にとどまっていた.

4.保健所が主催するひきこもり関連のその他の取り組み
 保健所主催で,ひきこもり者のみのデイケアなどを実施している保健所は353ヵ所中17ヵ所(4.8%)と少なかった.ひきこもり専門ではないが,ひきこもり者も通えるデイケアなどを実施している保健所は33ヵ所(9.3%)であった.ピアサポーターの養成を「実施している」と回答した保健所は3ヵ所(0.8%),「実施していない,今後,実施予定・検討あり」は10ヵ所(2.8%)と少なく,合わせての13ヵ所はすべて県型の保健所であった.ピアサポーターの派遣を「実施している」と回答した保健所は3ヵ所(0.8%),「実施していない,今後,実施予定・検討あり」と回答したのは13ヵ所(3.7%)となっていた.ひきこもり当事者グループとよく連携すると回答した保健所は6ヵ所(1.7%)で,いずれも県型の保健所で,たまに連携する保健所は37ヵ所(10.5%)であった.ひきこもり者と直接的にかかわっている保健所は1割程度であることが明らかになった.ひきこもり家族会とよく連携すると回答した保健所は18ヵ所(5.1%)で,たまに連携する保健所は89ヵ所(25.2%)で,合わせて107ヵ所(30.3%)となっていた.保健所はひきこもり者より,家族会との連携が多いことがわかった.

5.保健所のひきこもり支援の現状の課題
 保健所がひきこもり支援を行うことについての課題として,対応できる職員の数に関しては,「十分に対応できている」と回答した保健所は353ヵ所中5ヵ所(1.4%)のみで,230ヵ所(65.2%)は「不足している」と回答した.特に,政令市型の保健所では,10ヵ所中すべての保健所が「不足している」としている.対応できる専門的知識・技術に関しては,「十分に対応できている」との回答はなく,「不足している」との回答は229ヵ所(64.9%)と,およそ3分の2にみられた.地域における社会資源も,「十分に対応できている」との回答はなく,「不足している」との回答は313ヵ所(88.7%)に及んでいた.
 保健所のひきこもりに関する相談について,ひきこもり支援を行う必要性に関しては,148ヵ所(41.9%)が「支援の必要性を大いに感じる」,195ヵ所(55.2%)が「感じる」と回答し,合わせて343ヵ所(97.2%)と,ほとんどの保健所が支援の必要性を感じていた.この2年間,本人および家族からの相談は,84ヵ所(23.8%)が「増加している」,208ヵ所(58.9%)が「同じくらい」と回答しており,ひきこもりに関する相談は今後とも増加もしくは同様の状態が続くと考えられた.また,この2年間,関係機関(区市町村など)からのひきこもりに関する相談も,84ヵ所(23.8%)が「増加している」,207ヵ所(58.6%)が「同じくらい」と回答しており,関係機関からの相談も増加もしくは同様の傾向が続くものと推察された.

6.ひきこもりに関する保健所による他団体との連携状況
 他団体との連携に関するアンケート結果を図2にまとめた.保健所がひきこもりに関して連携している他団体として最も割合が高かったのは,管内区市町村保健センターで,353ヵ所中132ヵ所(37.4%)が「よく連携する」,159ヵ所(45.0%)が「たまに連携する」,合わせて291ヵ所(82.4%)が連携関係にあると回答した.保健福祉関係機関としては,精神保健福祉センター,専門的な治療を行う医療機関,ひきこもり地域支援センターなどと6割程度の保健所が連携をしていた.生活困窮者対策を行う生活困窮者自立支援法による自立相談支援機関や就労に関係する地域若者サポートステーションはともに6割,児童や教育と関係する児童相談所や教育関係機関との連携は5割程度にとどまっていた.

7.ひきこもりに関する保健所と精神保健福祉センターとの連携状況
 精神保健福祉センターとの連携に関するアンケート結果を図3にまとめた.精神保健福祉センターとの連携において,精神保健福祉センターが主催する研修会,連絡会などへの参加,事例の個別相談,紹介を行っている保健所が7,8割を占めていた.逆に精神保健福祉センターが保健所に出向いて保健所活動に参加するという連携は「該当する会や事例がない」という割合が大きい結果となった.

8.ひきこもりに関する相談からみえてくるひきこもりの課題
 ひきこもりに関する相談からみえてくるひきこもりの課題に関するアンケート結果を図4にまとめた.353ヵ所ある保健所のうち,4分の3以上が「相談場面でよく感じる」「時に感じる」と回答した内容は,「家庭内暴力・暴言,近隣とのトラブル」(302ヵ所:85.6%),「精神科受診に関する緊急性の判断が難しい」(269ヵ所:76.2%)といった精神科医療の関与が想定される他害行為や救急・緊急時対応の問題,「本人と会うことができない,本人への支援が困難」(327ヵ所:92.6%)と医学的判断の困難さが挙げられていた.「経済的問題,将来への不安」(331ヵ所:93.8%),「中高年齢層のひきこもりが増えてきている」(277ヵ所:78.5%)など,今後の社会全体への影響を危惧する回答,「適切な本人の行き場所がない」(303ヵ所:85.9%),「適切な本人への就労支援がない」(272ヵ所:77.1%)の社会資源の不足などの課題も数多くあった.「家族への助言,支援が難しい」(315ヵ所:89.2%),「家族亡き後が心配,自立ができない」(327ヵ所:92.6%),「介入に際して,家族などのなかのキーパーソンが不在」(287ヵ所:81.3%)など,家族や世帯の課題,特に親の高齢化に伴って生じる内容も相談場面では多く感じ取られていた.
 ひきこもりと発達障害との関連については,「発達障害が背景にある事例が多いと感じる」と,353ヵ所中253ヵ所(71.7%)の保健所が,「今後,成人の発達障害支援に関するスキルアップが重要」と302ヵ所(85.6%)が,それぞれ回答していた.

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III.考察
1.ひきこもりの社会背景と保健所を拠点とした訪問などの直接支援
 ひきこもり支援は,その背景の多様性や回復の段階に応じて,さまざまな対応が求められる.初期のかかわりは保健所という精神保健福祉の専門職が,それぞれの要因のアセスメントをしていくことが基本となる9).今回の調査でも9割以上の保健所で保健所職員による面接相談が行われていた.7割以上は「ある程度できている」と,できるだけスピーディーにケースに寄り添った支援ができていると前向きに捉えていた.約2割は「対応しているが,不十分」と,もっとひきこもり対応の技能・経験や人的充足があれば,より適切なかかわりができる,あるいは相談ケースが多くて時間的に制約されているといった現場での不全感を表す結果となっていた.さらに継続相談となると約半数の保健所にとどまり,長期的な支援は厳しい状況であった.7割以上の保健所がタイムリーな訪問相談を行っていたが,ひきこもりに特化したかかわりではなく,日常の精神保健福祉業務のなかで実施されているものと推察された.保健所のアウトリーチ支援や地域移行促進が注目されているなか19)30),スタッフには地域社会のニーズを把握し,暮らしや人生を具体的に応援するためのスキル獲得が望まれる11).現場スタッフのバーンアウトのリスクを想定しながら,ひきこもり支援特有の対応能力を向上させていく必要がある14)
 今回の調査では,保健所が主催するひきこもり関連の精神保健福祉業務で,最も力を入れていたのは家族支援(家族会・家族教室)であった.ひきこもり支援として家族へのアプローチは重要であり,保健所においては統合失調症の地域支援をモデルにして展開していると思われた.次いで,関係者連絡会や普及啓発事業となっているが,約2割程度の保健所しか取り組めていなかった.今後,保健所としての役割を果たしていくには,さらなる予算と人材の充実が望まれる.
 保健所におけるひきこもり支援は,マンパワーの不足が懸念されるなか,個々の職員はより専門的な知識や技術の獲得が求められる.

2.保健所による地域支援ネットワークを活用したひきこもり支援
 保健所における精神保健福祉業務は,時代変化に伴い多様に対応していく必要がある.逆に保健所は多様な背景をもつひきこもりに,精神保健福祉法,障害者自立支援法,自殺対策基本法,アルコール健康障害対策基本法,子ども若者育成支援推進法,生活困窮者自立支援法などの関係施策を基盤として,公的な機関として積極的にかかわれる存在ともいえる.2018年4月から医療計画のなかでも進められる精神障害者にも対応した地域包括ケアシステムは,多職種連携・多機関連携が必須である.ひきこもり対策においても生物心理社会的立場で包括的支援を考えた場合,多職種によるチームアプローチは有効な手段となろう3).ひきこもり地域支援センター事業やひきこもり関連施策により,すべての都道府県・政令都市と区市町村に相談窓口が設置され,本格的な支援体制が整備された16).今回のアンケート結果では,保健所の連携先として,ひきこもり地域支援センター,生活困窮者自立支援法による自立相談支援機関,若者サポートステーションは,それぞれ6割程度となっていた.保健所は公的機関として,地域のニーズにあった広域的な支援を組み立てることができる.地域のネットワーク会議に関係機関の参加を呼びかけ,各機関の専門性の向上,機関間の連携づくり,ひきこもりの多様性に応じられる仕組みづくりが期待される.区市町村との連携も同様に重要で,特に支援の継続については,より現場に近い区市町村専門スタッフとの協力は必須である.今後の保健所の精神保健福祉業務も見直しの時期にあること1)から,地域の関係機関連携のコーディネート機能を保健所が果たしていくことが期待される.ひきこもりの広報・普及啓発や受け皿としての地域づくりが保健所に求められる.
 保健所は,ひきこもり状態のなかで,精神病状態,自傷,暴力,さまざまな依存症の問題が明らかになった場合には,積極的に行政的介入を行い,適切に医療機関につなげていく役割をもつ.逆に,精神科医療機関では対応しづらい生活・就労支援に関しては,保健所のもつ地域ネットワークを活用して,社会生活を支援する必要がある.

3.保健所と精神保健福祉センターの連携
 今回,保健所は精神保健福祉センターと連携し,さまざまなひきこもり対策を行っていることがわかった.精神保健福祉センターは,従来からひきこもりの家族支援を積極的に行ってきた7)が,いくつかのセンターで先進的な取り組みがなされている.支援者が地域に出向いていくアウトリーチ活動としては,サービスが届きにくい未治療・治療中断者に対する支援21)や,多機関と協働して支援ネットワークの強化や人財育成を促進する支援6)などがある.アウトリーチ支援には,①危機介入,②情報収集,③家族関係の触媒,④関係づくり,⑤モデル提供,などの意義があり20),地域の特性にあった支援メニューとして活用していくことが期待される.ひきこもり者への支援としては,個別相談から集団支援を一体的に行い,効果をあげているとの報告がみられる12).今後,保健所が精神保健福祉センターからのさらなる技術協力を受け,連携しながらひきこもり対策が展開されていくことが期待される.

4.ひきこもり対策における精神科医療の役割
 ひきこもりの相談場面において,精神障害による自傷他害行為の可能性を踏まえての緊急対応や,対象者の属性や機能・行動評価をしたうえでのケア内容の見立てに関し,精神科医療が果たす役割は非常に大きい15)29).医療機関を連携先とした保健所は7割あり,区市町村や精神保健福祉センターに続く割合であった.ひきこもり支援が必要な事案には,医学的診断が明瞭でなく,グレーゾーン群と捉えて治療や支援を行わざるを得ないケース2)も多い.今回,保健所はひきこもりと発達障害の関連について,発達障害であるかどうか確定はできないが,疑いがあるケースが存在すると回答していた.未診断自閉症スペクトラム児が,適切な診断・治療や支援を受けることができず,ひきこもっていく事例も報告されている13).発達面の評価とともに,性格特徴,知的水準・学力,本人を取り巻く環境・文化,毎日の生活課題などを見極め,信頼関係を築きながらの対応が必要となる24).さまざまな施策や事業を活用しながら,関係機関と連携して支援していくことが大切である10)
 精神疾患に対する早期発見・介入の重要性に注目すると,地域保健と学校保健や母子保健との連携は重要である31).「気づき」「支え」「つなぐ」仕組み作り26),包括的地域支援24)などが求められ,学校現場でもメンタルヘルスに関心は高いが,なかなか他機関への相談にはつながっていないのが現状である8)25).今回の保健所側の視点でも,児童相談所や教育関係機関と連携しているとの回答は半数程度の保健所にとどまり(よく連携するは1割に満たなかった),多くの課題を残していた.

5.ひきこもりに関する課題
 ひきこもりに関し,保健所が最も危惧している課題は,本人・家族の高齢化による世帯全体の経済・介護問題であった.80代の親と50代の子を意味する「8050問題」で代表され,経済的な問題,将来への不安,家族亡き後が心配のフレーズで語られていた.ひきこもりが長期化し親も高齢となり,収入が途絶えたり,病気や介護の必要が生じるなどで,一家が孤立,困窮するケースの顕在化や増加が大きな問題になる.関連課題として中高年齢層のひきこもり,本人の居場所のなさ,家族のキーパーソンの不在,高齢者支援の難しさが挙げられた.伴走型の包括的・立体的家族支援を展開する一方4)23),ひきこもり者の生活をできるだけ健康に維持できるよう配慮することが重要である18)
 今回の報告は,保健所への調査であるため,ひきこもりの地域生活支援の状況と課題を把握するうえでの限界がある.回答した保健所スタッフの経験・立場,ひきこもり事業へのかかわり具合はさまざまで,ひきこもり対策の主管課が保健所を所管していない自治体もある.ひきこもり地域支援センターなどの専門機関を中心にひきこもり対策を展開している地域では,保健所の関与は少ないかもしれない.未支援あるいは支援中断事例に関しては,保健所でも十分把握しきれないところがある.

おわりに
 ①ひきこもり支援に関する保健所の相談状況,現状と課題,保健所と精神保健福祉センターなどとの連携などについて,全国485ヵ所の保健所を対象にアンケート調査を行い,353保健所(72.8%)より回答を得た.
 ②4分の3が,ひきこもりに関する相談にある程度対応できているが,継続相談に対応できていたのは約半数だった.
 ③保健所主催のものとしては,2割近くが啓発事業を,3分の1が家族教室・家族会を開催していた.
 ④対応できる職員の数,個々の職員の専門的知識・技術,社会資源は,まだまだ不足していた.成人の発達障害支援に関するスキルも必要と思われた.
 ⑤連携機関としては,区市町村,医療機関,精神保健福祉センターなどが多かった.精神保健福祉センターとの連携については,センター主催の連絡会,研修会などへの参加,事例の相談,紹介が多く行われていた.
 ⑥相談件数の増加だけではなく,困難事例が増えてきており,今後も増えることが予想された.
 ⑦ひきこもりに関する課題として,「家庭内暴力,トラブル」「医学的判断」「将来,経済不安」「親亡き後の不安」「家族への支援困難」「本人の行き場所のなさ」「中高年齢層のひきこもり増加」などが挙げられていた.

 この研究は平成28年度地域保健総合推進事業「保健所,精神保健福祉センターの連携による,ひきこもりの地域生活支援の状況と課題に関する研究」として実施した.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 調査にご協力いただきました保健所,精神保健福祉センター,その他の関係機関の皆様に感謝申し上げます.当時,精神保健福祉センター長会として参加いただきました小石誠二先生,河野亨先生,事業協力者の馬場俊明先生,アドバイザーの大塚俊弘先生,中原由美先生に深謝申し上げます.

文献

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19) 中原由美, 柳 尚夫, 相田一郎ほか: 改正精神保健福祉法における保健所の地域移行促進に向けた取り組み. 日本公衆衛生誌, 63 (8); 409-415, 2016

20) 二宮貴至: ひきこもりに対するアウトリーチ支援. 臨床精神医学, 46 (2); 191-197, 2017

21) 野口正行, 守屋 昭, 藤田健三: 岡山県精神保健福祉センターにおける未治療・治療中断者に対するアウトリーチ支援. 日社精医誌, 21 (3); 361-366, 2012

22) 小川豊昭: ひきこもりの精神分析―幼少期のコンテイニング不全から生じる誇大なナルシシズムと受動的攻撃性―. 精神経誌, 114 (10); 1149-1157, 2012

23) 斎藤 環: 「ひきこもり」をめぐる最近の動向. 臨床精神医学, 44 (12); 1565-1571, 2015

24) 塩川幸子, 北村久美子, 藤井智子ほか: 青年期にある広汎性発達障害を持つ本人・家族の生活面の困難さに対する保健師の支援プロセス. 日本公衆衛生誌, 60 (11); 705-714, 2013

25) 鈴木晶子: 高校中退への包括的地域支援と精神科医療の役割. 精神科治療学, 31 (5); 593-599, 2016

26) 田中裕一: インクルーシブ教育システム構築のための特別支援教育の推進と合理的配慮の提供―「気づき」「支え」「つなぐ」システムづくりと医療―教育連携―. 精神科治療学, 31 (4); 443-448, 2016

27) 照山絢子, 堀口佐知子: 発達障害者とひきこもり当事者コミュニティの比較―文化人類学的視点から―. 精神経誌, 114 (10); 1167-1172, 2012

28) 津田 均: 公共の縁における実存―ひきこもりへの理解と対策のための試論―. 精神経誌, 114 (10); 1158-1166, 2012

29) 辻本哲士, 大門一司, 泉 和秀ほか: 精神科医療施設で診療する不登校・社会的ひきこもり. 精神経誌, 109 (4); 313-320, 2007

30) 柳 尚夫: 保健所によるアウトリーチ支援. 臨床精神医学, 46 (2); 161-165, 2017

31) 全 有耳, 廣畑 弘, 弓削マリ子ほか: 学校保健と地域保健の連携による思春期発達障害児支援の取り組み―思春期精神保健対策の必要性―. 日本公衆衛生誌, 61 (5); 212-220, 2014

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