Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第11号

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特集 精神科一般外来での自殺予防について考える
精神科病院の外来における自殺予防
杉山 直也
公益財団法人復康会沼津中央病院
精神神経学雑誌 121: 880-886, 2019

 精神科診療にとって,精神障害に随伴する自殺の予防は1つの大きな臨床課題である.精神科病院での外来診療の特徴は,退院後のフォローや不安定なケースなど,入院設備を有することが大きく影響する.一般にこれらのニーズは重症・不安定であり,自殺予防の論点においてもその特徴は同じである.入院と外来の両方の診療機能を有することは地域精神医療の共通理念における「ケアの協働と継続性」「プライマリ・ケアとの統合」に通じる.第2の特徴は組織の構築にある.従事者の共通認識とスキルの標準化によって均質かつ恒常的なサービス提供が可能となる.さらに,多機能であることによって「包括性」「全般的保健システムとの統合」「多職種連携」などが具現化可能である.当院は県の精神科救急医療体制における圏域基幹病院として,20年以上にわたり夜間休日の対応を行い,自殺ハイリスク者の診療機会は高頻度となる必然がある.2011年稼働の入院患者レジストリによれば,全入院ケースのうち致死性の低い手段による自傷行為は約10%,高い手段(自殺企図)は約8%に認められた.自殺念慮は漠然としたもの(15%),明確であるもの(15%)を併せ,約30%のケースで確認された.一般的に,どの程度の割合でどの程度の重症度の自殺ハイリスク者を診療するのかといったデータは限られており,頻度や重症度の比較は困難である.組織の診療理念は,自殺予防に限らず,すべての診療行為に反映される.病院としての共通理念は地域精神医療の実践であり,自殺予防の取り組みもこれに通じる.自殺予防方策として,個々の症例への臨床的理解・共感と,標準的で基本的な対応の両立が必要である.このため人間的理解と標準的対応スキル(の体得)が欠かせない.スキルの習得や共通認識,あるいは必ずしも良好とは限らない結果へのポストベンションなどについて,組織力を発揮することが大変重要となる.

索引用語:自殺予防, 精神科病院, 精神科救急, 外来診療>

はじめに
 精神科診療にとって,精神障害に随伴する自殺の予防は1つの大きな臨床課題である.その重大性や意義について,外来診療と入院診療にセッティングの違いはあれ,共通事項は多い.精神科クリニックが発展した現在,診療スタイルも多様化しているが,従来外来診療の中心的な担い手は精神科病院であった.現在においても入院施設を有する精神科病院の多くが外来診療を展開しており,入院だけに特化した医療施設はほとんど例がない.
 精神科病院での外来診療の特徴は,退院後のフォロー,悪化や変調などにすぐに対応できる医療環境が望ましい不安定なケースのフォローなど,入院設備を有することに関連したニーズが多いことが挙げられる.これら入院経緯や入院想定とは,一般に臨床的に重症であることや不安定性に直結する.このことは自殺予防の論点においても同様にあてはまり,未遂後や自殺が切迫した状況とはすなわち高リスクであり,重症概念に合致する.地域精神保健サービスにおける共通理念(表11)にはケアの協働と継続性(coordination and continuity of care)やプライマリ・ケアとの統合(integration into primary care through shared care)が含まれ,入院から外来,あるいは外来から入院へといったケアに連続性をもたせることには相応の意義があり,精神科病院の外来診療にはそうした利点や特徴がある.
 比較的大規模事業所である病院のもう1つの特徴は,組織を構築していることにある.連日常に同じ医療者が手慣れた対応を行う精神科診療所の安心感は,病院ではなかなか実現しがたいサービスであるが,それをカバーするのが組織力であり,個々のスキル差を補整していく手段が標準化である.標準化が進み,組織力が強化されれば,その対応水準の維持や堅実性が保証され,24時間365日という条件でも均質なサービス提供が可能となる.組織力を有すことは,技術の継承,専門職への知識の普及にも期待がもてる.
 さらに特徴を挙げるならば,病院の多くは「多機能」である.すなわち,地域精神保健サービスにおける共通理念(表11)における包括性(comprehensiveness),全般的保健システムとの統合(integration into general health system),多職種連携(multi-sectoral linkages)などを具現化している.近年では診療所も多機能型となり,精神科医療の本来像である包括的な地域ケアをめざす動きがあるが,こうした考え方は当然ながら自殺予防の観点からも重要であり,国策である自殺対策基本法や自殺総合対策大綱における,医療のみならず社会全体で取り組む総合的な自殺対策という理念に通じている.
 このような特徴を踏まえ,精神科病院の外来における自殺予防について論じる.

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I.当院について
 当院は1926(大正15)年創立で,約90年の歴史を有す民間の単科精神科病院である.従来,地域生活を基本としたケア理念に沿った精神医療サービスを展開してきた.わが国の精神科医療が入院中心であった時代,ライシャワー事件以後の国策として地域精神医療が推進されたことを受け,地域で生活しながらケアを受けられるよう,病院での外来診療のみならず,利便性(accessibility)(表11)を重視した外来診療拠点となるサテライトクリニックを1966(昭和41)年に中核市となる沼津駅前に開設した.1984(昭和59)年には伊豆半島東部地区の伊東駅前にもクリニックを設け(現在は熱海駅前に移転),現在3ヵ所で外来診療を行う体制となっている.その他にも,地域ケアの理念に沿って,1980(昭和55)年には訪問看護サービスを開始,翌1981(昭和56)年には居住型の資源(現在はグループホーム,当時は県単一事業で中間施設と呼ばれた)を開設するなどして,現在までに5ヵ所の医療資源(病院1ヵ所,診療所2ヵ所,訪問看護事業所2ヵ所)と8ヵ所の精神保健福祉資源(相談支援事業所,グループホーム,就労支援事業所など)を整備して,地域ケアにおける包括性(comprehensiveness)(表11)を実現している.
 地域精神医療を推進すれば,サービス利用者は地域で暮らすことが基本となり,彼らが危機状況をきたした場合,緊急的に医療介入を行う体制や資源が不可欠となることは必然である.1995(平成7)年,国は精神科救急医療体制整備事業を開始し,当院も県が実施する精神科救急医療体制に参加した.その後1998(平成10)年には基幹病院に指定され,現在までの20年にわたり圏域の夜間休日の常時対応を担ってきた.精神科救急入院料(いわゆるスーパー救急)は2003(平成15)年に認可され,16年目となる.このように,地域精神医療を中心サービスとした当院は,必然的に地域で発生する精神科の危機介入ニーズを専門的かつ集約的に受け入れる精神科救急医療施設としての役割を併せもつこととなった.当然ながら,自殺ハイリスク者の診療機会は高頻度となった.

II.当院での自殺ハイリスク者の状況
 病院と2ヵ所のクリニックを併せ当院の通院者数は,1日250名程度で,5名の医師が同時並行的にほぼ連日対応している.夜間・休日の時間外入院〔2016(平成28)年度統計にて年間164名〕は県下最多で,全入院の約3割を占める.時間外の全診療数は年間300名超であるが,電話相談はさらにその約20倍の件数があり,自殺のハイリスク対応も多々経験される2)
 しかしながら,一般的に,どの程度の割合でどの程度の重症度の自殺ハイリスク者を外来で再来診療するのかといったデータは限られており,当院での診療機会が高頻度,より重症であると証明することは難しい.
 一方,入院ケースでは,当院で2011(平成23)年から診療の質を向上させる目的で稼働している入院患者レジストリ4)が参照できる.本稿では,研究協力に関する包括同意に基づき,レジストリに登録された集計結果を呈示する.2011~2013(平成23~25)年度の3年間で精神科救急入院料を算定する病棟に入院した全ケースのうち,入院時に致死性の低い手段による自傷行為を認めた割合は約10%,致死性の高い手段(自殺企図)は約8%であった.自殺念慮については,漠然としたもの,明確であるものがそれぞれ15%程度にあり,合計約30%のケースで確認された(図1).月間のトレンドを参照しても,変動はあるもののおおむね同水準で経過していた.この数字も比較対照が難しく,当院が自殺ハイリスク者に高頻度に対応しているのかどうかは印象にとどまる.

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III.自殺予防についての病院としての考え方
 さて,日常の外来診療のなかで,自殺ハイリスク者にどのように適切に対応していくべきであろうか.個々のケースの状況はあまりに多様であるため,簡単に集約することは困難に感じられる.かといって,個々のケースに心情と一般的な精神医学スキルだけで対応していくことには限界がある.十分な経験を積めば必ず対応できるというものでもなく,自殺予防学の理論に基づいた一定の確実性が求められる.
 当院では,著者が日本精神科救急学会の役員の立場で自殺予防活動に携わってきた経緯から,以下のような方策を採用している.これらは入院診療や外来診療など,治療のセッティングを問わず共通する事項である.

1.臨床的な文脈による理解と標準的な対応
 自殺ハイリスク者への基本的な対応姿勢として,共感的態度は欠かせない.対象者が「死を考えるほどまでに」追い込まれ,深刻な状況にあることに理解・共感できなければ,支援者となることは困難である.一方,深刻な状況や悲痛な心情に過度に移入し,客観性を失ってしまっては支援どころではなくなってしまう.著者らが編集した精神科救急医療ガイドライン2015年版3)では,その意義を「従来タブー視されがちな自殺問題にあって,もとより自殺未遂者医療はデリケートな領域であり,誰もが困難感をもっていた自殺未遂者への対応について,科学的根拠を援用しながらこれを標準化した点,そして対応者側が明確な目的をもってアクションを行うことによって,リスクを減少させるための手順を明確にしている点」と記載している.専門職として対応するためには,一定の確実性が求められ,それを一定程度保証するのが医学的検証である.自殺ハイリスク者への対応では,この臨床的な文脈による理解と標準的な対応の両方をバランスよく自ら調整し対応することが求められる.
 自殺予防対策のエッセンスは,防御因子の強化と危険因子の低減・除去に集約される.精神科救急医療で遭遇するハイリスク者は,すでに追い込まれ,企図直前であったり,企図後であったり,最も自殺行動に近い危機状況にあることが多い.日本自殺予防学会の張賢徳氏によれば,個人はそれぞれが種々の背景要因を抱えており,そのうちのいくつかは健康状態によって自殺リスクを高めた際の防御因子や危険因子になりうる.個人にライフイベントが生じ,適切なサポートや対処がなされなかったときには,抑うつ状態などに発展,悪循環が続くとうつ病などの状態に陥り,さらに追い込まれると自殺衝動にまで加速していくという理解が可能だという.すなわち,図2の右側に向かって視野の狭小化に追い込まれていくイメージである.一方,未遂者ケアでは,図の右端から診療が開始される.最初はとにかくkeep safeに専念し,薬剤の使用や,行動制限もしばしば必要となる.続いて医療的ケアを駆使して抑うつ状態など,病的な精神状態の改善に努め,同時並行的にライフイベントの把握,背景要因の把握を行って,防御因子の強化,危険因子の低減・除去につながるような具体的なアクションに努める.つまり図2の左側へ向かう作業となる.このように,自殺予防の全体像は,医療的対応,社会的対応を織り交ぜた包括的なケアにほかならない.
 ガイドラインの基本編では,受容と共感,傾聴,ねぎらい,支援の表明,明確な説明と提案など,の基本的態度を明示している(表2).続く実践編では自殺念慮の評価,リスクファクターの同定,治療環境の選定,自傷行為の理解などについて,評価ツールの提示とともに解説している.それぞれがハイリスク者に対応するための必須の標準的な手順である.手順に沿えば一定の診療の質は確保される.自殺予防においては一般精神医学的評価とは別に特異的なアセスメントが必要であり,危機状況にある精神科救急診察ではこのような手順が欠かせない.

2.組織的対応
 組織力を活用することは病院であることの強みに相当する.個々の力が集まって大きな対応力となるには,個人的な技術の向上のみならず共通認識が必要である.
 自殺予防対策において人的対応を適切に行うことは極めて重要で,支援の根幹を左右する部分である.当院では直接対面での診療のほか,救急医療に関連した当事者からの電話相談の機会も多い.その対応を行うのは主に精神保健福祉士や看護師であり,それぞれが傾聴や共感などの基本的なコミュニケーションスキル,ディエスカレーションなどの専門的なスキルを身につける必要がある.このスキル習得のためには組織的な教育体制,研修体制が欠かせない.当院では,病院の基本的な目標に対応スキルの体得を掲げ,職種を問わず患者に対応する機会を有す全職員にディエスカレーション研修を必修としている.
 興奮や攻撃性への対応スキルであるディエスカレーションは,切迫した自殺ハイリスク者への対応との共通事項が多い.一例として,当院の外来診察ブース裏には,とっさの電話対応時などに目につきやすい位置に貼紙(図3)を掲示しているが,これらの内容は,興奮攻撃性を示す患者への基本対応と同一である.
 さらに,どのように対策しても完全には予防しきれないことが自殺対応の困難な特徴でもある.予見困難な院内インシデント後の対応(ポストベンション)については,できるだけ速やかに管理職員が一堂に会し,初期デブリーフィングを行って現場の機能を回復させるとともに想定される事態への対応を取り決め,その後も状況をモニタリングしながら必要に応じて個別対応を実施するなど,組織的対応を必ず行って,当事者や現場のダメージを最小化することに努めている.医療現場は機能停止に陥るわけにいかない.このために組織力を活用していくことは病院にとって大変重要となる.

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おわりに
 精神科病院の外来における自殺予防について,当院の取り組みを例に概説した.
 組織の診療理念は,自殺予防に限らず,すべての診療行為に反映される.病院としての共通理念は地域精神医療の実践であり,自殺予防の取り組みもこれに通じる.入院設備を有し,救急医療機関でもある病院の特徴として,外来診療であってもおそらくハイリスク者の割合や,重症例の比率が高いと考えられる.自殺予防方策として,個々の症例への臨床的理解・共感と,標準的で基本的な対応の両立が必要である.このため人間的理解と標準的対応スキル(の体得)が欠かせない.スキルの習得や共通認識,あるいは必ずしも良好とは限らない結果へのポストベンションなどについて,組織力を発揮することが大変重要となる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Asia-Pacific Community Mental Health Development Project: Summary Report 2008. Asia-Australia Mental Health (AAMH). (http://aamh.edu.au/wp-content/uploads/2014/01/APCMHD_SummaryReport_Small.pdf) (参照2019-01-07)

2) 復康会沼津中央病院: 平成28年度沼津中央病院業務年報. 2018

3) 日本精神科救急学会監修: 精神科救急医療ガイドライン2015年版. へるす出版, 東京, 2015

4) 杉山直也, 野田寿恵, 澤野文彦: 精神科新規入院者における入院長期化のリスク要因―精神科救急入院患者レジストリを用いた分析―. 精神医学, 58 (3); 235-244, 2016

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