Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第11号

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特集 精神医学研究の倫理―症例報告から大規模データ研究まで―
レジストリ研究の倫理
中込 和幸
国立精神・神経医療研究センター
精神神経学雑誌 121: 850-857, 2019

 近年,わが国では大規模な患者レジストリの構築を通じて,新薬開発につなげようとする試みがさまざまな疾患領域でみられる.遅まきながら精神疾患に関しても同様に,国立精神・神経医療研究センターと日本精神神経学会が中心となって,患者レジストリの構築が始められている.精神疾患レジストリは3層構造からなり,第1層は人口統計学的情報や診断などの基本的な情報,第2層はより詳細な臨床情報(臨床症候),第3層はバイオリソースなどの高度な生体情報,からなっており,医療機関の体制等に応じて,どの層のデータまで収集するかを設定する.第1層のみを収集する医療機関は幅広く捉えており,可能な限りオールジャパン体制で臨みたい.精神疾患レジストリの構築,利活用に関して,配慮すべき倫理的課題がいくつかある.まず,インフォームド・コンセントについては,精神疾患レジストリに参加する対象者から,アカデミアや企業による利活用,第三者提供に関するインフォームド・コンセントの取得を必須とする.次に,社会的意義,科学的妥当性に関しては,本研究を通じて生物学的に均質な集団を抽出するため,精神疾患の病態研究の進展,治験成功率の向上などがもたらされる可能性が高い.また,対象者の保護,研究の質や透明性の担保については,本研究では「精神疾患レジストリ運営委員会」および「情報提供審査委員会」を設置し,レジストリの進捗状況の確認や運営体制の整備・改善,予期せぬ人権・福祉擁護上の問題が発生した場合の対応法の検討,利活用ルールの策定,審査体制の構築を行う.本研究で扱う医療情報は要配慮個人情報と見なされる.研究機関が学術研究目的で個人情報を扱うときには,個人情報保護法の義務が免除されることとなっているが,個々の研究において,すべての関係者が一体の学術研究グループとなって,個人情報保護に取り組むことを示す「一定の努力」が求められる.

索引用語:精神疾患レジストリ, RDoC(Research Domain Criteria), 情報提供審査委員会, 要配慮個人情報, 個人情報保護法>

はじめに
 患者レジストリとは,「患者が何の疾患でどのような状態で存在しているかを集めたデータバンク」と定義される.がん領域では産学連携全国がんゲノムスクリーニングSCRUM-Japanが構築され,ゲノム解析の結果を基に企業・医師主導治験への登録の推進や,質の高いコントロールデータによる開発試験や新薬承認審査の効率化に生かされている.糖尿病領域では診療録直結型全国糖尿病データベース事業J-DREAMS,希少疾患や難病領域においてはジストロフィノパチーやGNEミオパチーなどを対象としたRemudyがいち早く構築されている.精神疾患に関してもレジストリは各所で多数構築されているが,大規模な,いわゆるオールジャパンでの取り組みは,残念ながら他の疾患領域の後塵を拝している.特に同一診断内に生物学的異種性を多く包含する精神疾患においては,診断横断的に臨床情報,バイオデータを集約し,縦断的経過を追跡することで,より信頼性の高い層別化が可能となり,病態解明のみならず,転帰の予測因子の同定,治験の成功確率の上昇,新たな治療,予防法の開発につながることが期待される.その実現のためには,医療機関,研究機関,学会,当事者およびその家族など,幅広い領域の人々に少なからず負担を課すことになるが,その負担に堪えうる成果を出すために,レジストリデータの利活用法にも十分配慮して進める必要がある.

I.精神疾患レジストリの概要
 「レジストリの構築・統合により精神疾患の診断法・治療法を開発するための研究」が平成30年度日本医療研究開発機構障害者対策総合研究事業(精神障害)に採択された.本研究は,国立精神・神経医療研究センター(National Center of Neurology and Psychiatry:NCNP)と日本精神神経学会が中心となって,オールジャパン体制で進めることが期待されている.
 現在,精神科領域では,DSM-5やICD-10といった精神症候に依拠した操作的診断基準が臨床や研究で汎用されているが,その診断の妥当性は低い.その結果,特定の診断カテゴリーに含まれる群には,多様な生物学的病態が混在し,既存の診断に基づく病態解明研究は著しく停滞している.米国では,診断カテゴリーを超え,特定の神経回路に関連づけられた機能ドメイン(負の感情価,正の感情価,認知機能,社会情報処理,覚醒・制御)を中心に据えた研究アプローチが取り入れられている.すなわち,それらの機能ドメインにかかわる遺伝子,分子,細胞,神経回路,生理,行動の各解析ユニットを用いて,その生物学的基盤を解明する方向へ転換している(Research Domain Criteria:RDoC)1).特に個別化医療を実現するためには,個人毎に機能ドメインに基づくディメンジョナルな病態を明らかにすることが重要である.すなわち,異なる診断カテゴリーにまたがる機能ドメインの異常をきたす生物学的病態を明らかにすることが求められ,大規模な患者レジストリを構築することは,そのための研究を進めるうえで重要な役割を果たす.
 NCNPでは,第II相治験におけるリクルートを推進する目的で,精神疾患患者登録システム(Registry of Mental Condition:RoMCo)を構築している.その項目は,人口統計学的情報や電子カルテから収集可能な基本的な臨床情報(診断,病歴,治療歴,既往歴,処方など)が中心となっており,上記患者レジストリの基盤をなすものである.RoMCoに機能ドメインを反映する臨床情報を付加し,さらにバイオリソースを組み合わせ,縦断的な経過を追うことで,より均一な集団に基づく診断カテゴリーの構築や治療法の開発につながることが期待される.
 精神疾患レジストリの概要は,図1を参照されたい.第1層:患者の基本情報(人口統計学的情報,診断,病歴,治療歴,既往歴,処方など),第2層:特定の神経回路に関連づけられた機能ドメインを反映する臨床情報(認知機能,社会機能,正・負の感情価,覚醒・制御など),第3層:バイオリソースなどの高度な生体情報(血液・髄液,脳神経画像,ゲノム情報,患者由来iPS細胞,ヒト脳組織)という3層構造からなっており,医療機関の設備や体制などに応じて,第1層のみを収集する医療機関,第1層+第2層を収集する医療機関,第1層+第2層+第3層を収集する医療機関(主として研究機関)を設定することを想定している.第1,2層の診療情報は,各機関からNCNPに送られるが,第3層の生体情報は,各機関にて保管し,NCNPは個々のデータのカタログ情報をとりまとめ,診療情報と固有IDを用いて紐づける.いわば分散統合の形をとり,いざ研究者がそれらのデータを用いて研究を行おうとする際には,あらかじめ定められたデータシェアリングルールに基づいて,NCNPが各機関から生体情報を収集し,個人データ,あるいは解析結果を研究者に拠出する.また,米国のRDoCに基づく研究は,横断的な検討にとどまっている点が短所として指摘されている5)が,本研究の精神疾患レジストリでは,可能な限り縦断的フォローアップを実施する.
 海外では,気分障害に関する大規模コホート2)8),RDoCに基づいて診断横断的に精神病症状を伴う患者(統合失調症,統合失調感情障害,双極性障害)を対象とした大規模サンプル10),自閉症スペクトラムおよび神経発達障害の発症に関与する特定の変異(16p11.2,1q21.1の欠失・重複など)をもつ被験者を縦断的に追跡する試みもある9).本研究で構築するレジストリでは,より幅広い疾患群を対象とし,縦断的経過も考慮したうえで,機能ドメインに基づく層別化を目標とする点で,従来の大規模データと一線を画する.

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II.疾患レジストリで求められる倫理的配慮
 本研究で遵守すべき倫理指針,法令には「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(医学系指針)」7),「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針(ゲノム指針)」6),「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」4)のほか,個人情報保護法(改正)3)にも対応する必要がある.本稿では,医学系指針,ゲノム指針に沿って,本研究における倫理的配慮について概説する.
に医学系指針,ゲノム指針の目的および基本方針をそれぞれ列挙した.医学系指針の⑤,ゲノム指針の②は,インフォームド・コンセントについての記述である.精神疾患レジストリに参加する対象者からは,アカデミアに所属する研究者,製薬企業や医療機器,再生医療など製品の研究開発を行う企業による利活用や第三者提供に関するインフォームド・コンセントの取得を必須とする.また,レジストリデータを利用した研究計画が実行される際には,データを提供した側の機関と提供された側のNCNPの双方で,通知・公開したうえでオプトアウトの手続きを行い,対象者の拒否の機会を保証する.
 医学系指針の①,②,ゲノム指針の④,⑤は,研究の社会的意義,科学的妥当性に関する記述である.すでに記したように既存の臨床診断に基づく各精神疾患は生物学的異種性を多く含んでいる.神経回路が比較的明らかな機能ドメインに基づく臨床症候と生体情報(血液・髄液,脳神経画像,ゲノム情報,患者由来iPS細胞,ヒト脳組織など)を連結することによって,生物学的に均質な対象のサンプリングが可能となる.そうなれば,精神疾患の病態解明研究は進展し,生物学的に均質な集団を対象とすることによって治験の成功率の向上がもたらされる可能性も高くなる.また,縦断的な経過を追跡することで,治療反応性や社会的転帰に影響を及ぼす臨床・生体情報データの特定につながる.特に個人レベルで治療反応性の予測が可能となれば,個別化医療につながり,患者が無駄な治療を受けなくても済むようになる.さらに,研究開発や薬事審査に必要な情報を収集することで,新薬の開発や市販後調査に寄与することも可能である.
 医学系指針の③,④,⑥,⑧,ゲノム指針の⑥,⑦,⑧は,対象者の保護,研究の質や透明性をいかに担保するか,に関する記述である.本研究では「精神疾患レジストリ運営委員会」および「情報提供審査委員会」を設置し,こうした課題に取り組む.「精神疾患レジストリ運営委員会」は,レジストリの進捗状況の確認や運営体制の整備・改善とともに,予期せぬ人権・福祉擁護上の問題が発生した場合にはその対応法について検討する.「情報提供審査委員会」は,倫理的な視点からレジストリ登録項目の検証を行い,利活用ルールについて検討するとともに,審査体制を構築し,利活用事例が生じた場合にはその審査を行う.具体的には,レジストリデータを利用した研究提案に対して,「精神疾患レジストリ運営委員会」は「情報提供審査委員会」に諮問し,その審査結果報告を受けて,情報提供の諾否を決定する.特に企業へのデータの提供に関しては,その可否の判断や倫理的側面の検討において,一企業の独占的利益につながることのないよう配慮する必要がある.前者については,NCNPの研究者,日本精神神経学会の研究推進委員会から選定された者,当事者あるいは当事者団体関係者,企業に所属する研究者など,幅広い層から構成する.また,後者については,日本精神神経学会の倫理委員会・COI委員会から選定された者(倫理と法の専門家を含む)で構成する.研究の進捗管理については,研究者は研究報告書を1年ごとに事務局に提出することとし,その研究報告書に基づいて「精神疾患レジストリ運営委員会」が行うが,必要に応じて「情報提供審査委員会」に諮問する.
 また,得られたデータの質を研究に堪えうるものとするために,データの信頼性を担保する仕組みが必要となる.そのため,レジストリ側でのキュレーションが欠かせず,専門スタッフの養成が必要となる.そのようなデータマネジメントやデータ利活用の手続きなどを担う事務局員の確保やレジストリ自体の運営には費用がかかるが,継続的な運営が可能な仕組みの構築が必要である.
 医学系指針の⑦,ゲノム指針の③は,個人情報保護に関する記述である.レジストリへ登録する際には,あらかじめ匿名化を行い,被験者識別コードが付与される.被験者識別コードと個人情報をつなぐ対応表については,各機関で厳重に管理する.NCNPでは,各被験者識別コードに対して固有IDを付与する.その固有IDに基づいて,臨床情報と生体情報を紐づける.
 本研究で扱う医療情報は要配慮個人情報と見なされる.個人情報保護法76条1項3号にて,学術研究機関が学術研究目的で個人情報を扱うときには,個人情報保護法の義務を適用することを免除することとなっているが,個々の研究において,すべての関係者(民間のクリニック,医療機関,企業に所属する者)が一体の学術研究グループとなって,個人情報保護に取り組むことを示す「一定の努力」が求められている.
 すでにふれたことであるが,NCNPではRoMCoを開発し,運用を開始している(図2).RoMCoは元来,第II相治験ネットワークでの活用を視野に構築されており,①市場調査,②治験実施可能性の調査,③治験への患者リクルート,④治験計画の作成,⑤治験対照群としての活用,⑥市販後調査・安全性対策の6点を主な目的としている.RoMCoのシステムは,クラウドサービスを利用してデータ集積が容易な設計で,かつ,特殊な暗号化技術を用いて個人情報を保護する堅牢な構造となっている.登録項目は,精神疾患レジストリの第1層に該当するものを含んでおり,本システムを拡張することによって堅牢な精神疾患レジストリが構築されることとなる.現時点で,データ入力は特定の医師や他のメディカルスタッフが行う形をとっており,電子カルテから自動的にデータを吸い出すシステムは未整備であるが,今後RoMCoをベースとした精神疾患レジストリの開発につなげていく際には,可能な限り自動化することで入力者の負担を軽減する.

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おわりに
 精神疾患レジストリ構築にあたって,念頭におくべきキーワードとして,①臨床的有用性(clinical utility),②実現可能性(feasibility),③持続可能性(sustainability),④新技術の開発(innovation)が挙げられる.①については,レジストリは利用されてこそ意義がある.どのような項目を登録すれば,臨床的に有用な情報が得られるか,を意識することは重要である.②に関しては,参加医療機関,研究機関,当事者のモチベーションの増進と負担軽減がカギを握っている.③に関しては,本研究を支える日本医療研究開発機構からの研究費は3年間までという現実がある.3年間でレジストリの基盤が構築されたとしても,データ収集,縦断的な追跡調査,利活用による研究の実施は,当然ながらその後に実施されなければならない.運営経費をどのように持続的に担保するか,は重大な課題である.本研究を通じて,特に縦断的な追跡調査に関しては,転院の可能性を考慮すると,医療機関が当事者の経過を追跡することは実質的に不可能である.当事者自身に調査,評価に参加していただく必要がある.当事者にアクセスするためのツールとして情報通信技術を活用するニーズがあると思われる.スマホなどのデバイスを利用したアプリやWeb会議システム,人工知能を用いた解析など,④に示した新技術の開発が期待される.
 レジストリ研究は,その他の臨床研究に比して,要配慮個人情報や個人識別符号を数多く扱う点で個人情報の保護に十分注意を払う必要がある.また,データの二次利用,施設間のデータや情報の提供の際にも適正な対応が必要である.そのためには,関係者全員が倫理指針について熟知していることが求められる.研究倫理に十分配慮した,科学性の高い患者レジストリを構築し,社会的意義の高い研究が数多く産出されることを願っている.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Insel, T., Cuthbert, B., Garvey, M., et al.: Research domain criteria (RDoC): toward a new classification framework for research on mental disorders. Am J Psychiatry, 167 (7); 748-751, 2010
Medline

2) Joshi, H., Fitzsimons, E.: The UK Millennium Cohort Study: the making of a multipurpose resource for social science and policy in the UK. Longit Life Course Stud, 7 (4); 409-430, 2016

3) 個人情報保護委員会: 個人情報の保護に関する法律 (平成15年法律第57号). 平成29年5月30日 (https://www.ppc.go.jp/files/pdf/290530_personal_law.pdf) (参照2019-01-03)

4) 厚生労働省: 再生医療等の安全性の確保等に関する法律 (平成25年11月27日法律第85号). 平成30年11月30日一部改正 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000079192.pdf) (参照2019-01-03)

5) McInnis, M. G., Greden, J. F.: Longitudinal studies: an essential component for complex psychiatric disorders. Neurosci Res, 102; 4-12, 2016
Medline

6) 文部科学省, 厚生労働省, 経済産業省: ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針. 平成26年11月25日一部改正 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10600000-Daijinkanboukouseikagakuka/sisin1.pdf) (参照2019-01-03)

7) 文部科学省, 厚生労働省: 人を対象とする医学系研究に関する倫理指針. 平成29年2月28日一部改正 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10600000-Daijinkanboukouseikagakuka/0000153339.pdf) (参照2019-01-03)

8) Murray, A., McCrory, C., Thornton, M., et al.: Growing up in Ireland national longitudinal study of children. Technical report number 1. 2011 (https://www.dcya.gov.ie/documents/growingupinireland/technicalreportseries/DesignInstrumentationMainReport.pdf) (参照2019-01-03)

9) Simons Vip Consortium: Simons Variation in Individuals Project (Simons VIP): a genetics-first approach to studying autism spectrum and related neurodevelopmental disorders. Neuron, 73 (6); 1063-1067, 2012
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10) Tamminga, C. A., Pearlson, G., Keshavan, M., et al.: Bipolar and schizophrenia network for intermediate phenotypes: outcomes across the psychosis continuum. Schizophr Bull, 40 (Suppl 2); S131-137, 2014
Medline

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