Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第10号

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特集 公認心理師制度における医療機関での実習・実務経験プログラムと求められる心理臨床実践
精神科診療所における実習・実務経験プログラム
西松 能子
あいクリニック神田
精神神経学雑誌 121: 812-818, 2019

 精神科医療現場における医師の業務量は,この10年余り飛躍的に増大した.さらに,外来通院患者の自殺について,診療所主治医の結果予見・回避義務不履行の責任を問われる(2017年9月東京高裁判例)など,求められる外来精神科医療の質も高くなっている.ニードに応えるべく,医師のみならず多様なメンタルケアプロバイダーとの協働など精神科医療の質の向上が求められている.このような状況のなかで,長く求められてきた心理職の国家資格化がなされ,「公認心理師」として誕生した(2015年9月16日公布,2017年9月15日施行).従来,診療所が協働する臨床心理技術者は公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会が認定する民間資格者が中心であったが,公認心理師は「国民の心の健康の保持増進に寄与する」責任と義務を負うことになった.看護師,精神保健福祉士など従来からの国家資格者に加え,この度,公認心理師が有力なメンタルケアプロバイダーの一員として加わることになった.公認心理師には,心理臨床系大学院を経て受験するコースと,心理臨床系大学卒業後2~3年の実務経験を経て受験するコース(2号ルート)がある.本稿では,精神科診療所における大学・大学院在学中の実習および大学卒後の実務経験プログラムについて述べる.

索引用語:公認心理師, 実習, 実践実習, 実務経験プログラム, 精神科診療所>

はじめに
 精神科診療所を取り巻く状況は大きく変化し,従来想定された精神科医1人によって運営される診療所の枠を超えて,ニードが拡がりつつある.日々,訪問看護ステーションや就労移行支援および継続支援事業所,児童家庭支援センター,地域包括支援センターなどから,さまざまな連携要請が行われるようになりつつある.協働するメンタルケアスタッフなしには運営できない常態となっている.従来から国家資格者では看護師,精神保健福祉士と協働してきたが,今回,公認心理師が加わることとなった.公認心理師は,医療のみならず,広く「国民の心の健康の保持増進」を行う汎用性のある資格であるが,医療においては隣接の看護師,精神保健福祉士に比べ,教育課程で付与される医学的知識が少ないという隘路がある.その点を補う役割が大学・大学院における心理実習・心理実践実習の医療領域における必修化,および2号ルート(公認心理師法第7条第2号)による公認心理師の育成であると考えられる.

I.メンタルケアプロバイダーとして公認心理師に求められること
 心理臨床系大学院においては,医学・医療に関する教育量は徐々に増えてきたとはいえ,現状では隣接他資格に比較して圧倒的にその量が不足している.今回,公認心理師法(2015年9月16日公布)の発効後,公認心理師のカリキュラムが明示されたが,精神医学および医学については大学2科目,大学院1科目にとどまり,看護師,精神保健福祉士など医療における隣接の国家資格カリキュラムに比べると非常に少ない.心理臨床系大学および大学院では,医学のみならず汎用性のある心理学的知識の修得が求められているためであろう.メンタルケアプロバイダーとして,法に基づいた「国民の心の健康の保持増進に寄与すること」を行うための専門性は,多く心理領域にあると考えられる.しかし,医療の現場におけるニーズが,隣接国家資格と同等ないしは大学院修了に相当するより高度な医学的知識を前提とした心理的ケア・心理療法の提供であることは論を待たない.精神科診療所は,公認心理師にとって,就労先であると同時に大学・大学院における実習施設であり,また2号ルートの実務経験施設でもあり,育成においてその果たす役割は大きい.

II.精神科診療所における公認心理師とその業務
 現時点では,診療所で働く心理職は臨床心理技術者と位置づけられ,必ずしも臨床心理士資格を保持する必要はない.2019年4月以降,公認心理師が誕生し,新たに医療機関に採用される臨床心理技術者は主に公認心理師となる.
 1980年代から都市部を中心として精神科受診者の疾病構成は大きく変貌し,統合失調症からうつ病,適応障害,パーソナリティ障害,心的外傷後ストレス障害(PTSD),発達障害へと受診者層が変化してきた.その結果,薬物療法のみでは治療,対処することが困難となり,医師と臨床心理技術者との協働が不可欠となってきた.今回の公認心理師の誕生までは,従来の臨床心理技術者の資格が民間資格であったこともあり,協働のための法令が整備されないままであった.1980年代前半以降,首都圏では臨床心理技術者と協働する精神科診療所が出現してきたが,当時の日本精神科病院協会の調査によると,精神科病院を含め,1施設に0.2人の臨床心理技術者しか従事していなかった.
 2018年12月現在,臨床心理技術者を常勤として雇用する診療所は20.8%であり,非常勤職として雇用する診療所は33.8%であり,若干増加している.隣接領域である看護師(常勤40.7%,非常勤29.2%),精神保健福祉士(常勤25.9%,非常勤9.1%)に比較して,少ないといえる4)が,逆に無資格者としてみると多いともいえる.現在なお,心理的ケアへの外来のニードを満たしているとはいえない状況である.その背景には臨床心理技術者が国家資格でなかったことも一因としてあろう.
 精神科診療所において,臨床心理技術者は,予診,心理査定および結果処理,心理面接,集団精神療法や精神科デイケアなどに従事していることが多い.図1に著者の診療所の臨床心理技術者の業務内容を例示した.

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III.精神科診療所における心理実習・心理実践実習
1.大学における心理実習
 大学における実習は,保健医療,福祉,教育,司法・犯罪,産業・労働の5分野とされているが,当分の間,医療機関での実習を必須として,それ以外は実施しなくてもよい1)とされた.医療機関の実習として,80時間以上の見学を中心とする心理実習が求められている.著者の診療所では,2018年度は院内見学,デイケアの見学,精神保健福祉士の他機関連携業務の陪席,心理査定,心理面接陪席を行った.しかし,現時点で,これらの実習に対する教育機関からの著者の診療所への対価は支払われていないのが実状である.

2.大学院における心理実践実習
 大学院における心理実践実習は,主要5分野のうち3分野以上の施設において実施することが望ましいとされ,医療機関(病院または診療所)における実習は必須となっている.実践実習(アクティブ・ラーニング)とは,助力を求めながら,実際に参加し,実践に必要な能力を獲得することである.実践実習においては,単なる知識の伝搬ではなく,社会的な活動のなかで役割を果たすことが求められる.つまり,精神科外来臨床のなかで予診や心理査定,心理面接など一定の役割を,責任をもって行い,そこから臨床知を得ることが求められる.実践実習を行う大学院生は,実践前に現場の臨床心理技術者から十分な事前教育サポートを受け,実践後にフィードバックを受けることによって,自立して能力獲得ができるように支援される.
 著者の診療所における実践実習の流れを図2, 図3, 図4, 図5に示した.実習の当初においては,予診をとり,精神科医の初診に陪席し,心理面接・心理査定に陪席する.その後,スーパーヴィジョンを受けながら可能であれば心理査定・心理面接を自立して行うことになる.
 心理実践実習に関する運営上のコストとして,著者の診療所に対する現在の大学院側の支払いは,各大学院によって異なり,無償から1,000円/日,10,000円/年/人である.いずれにしろ現場の臨床心理技術者の指導(スーパーヴィジョン)にともなう負荷にはそぐわない対価である.いわば診療所あるいは現場の臨床心理技術者のボランティアで成り立っているともいうべき状況である.

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図3画像拡大
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IV.心理臨床系大学卒後実務経験プログラム(2号ルート)
 実務経験プログラムは,いわゆる2号ルートといわれる公認心理師受験コースにおけるプログラムである.心理臨床系大学において必要な科目を修了した後に,認可された実務経験プログラムをもつ施設において,プログラムを修了することによって,公認心理師受験資格を得ることができる.2019年6月現在,医療機関としての実務経験プログラム認定施設は,一般財団法人愛成会弘前愛成会病院,医療法人社団心劇会さっぽろ駅前クリニック,医療法人社団至空会メンタルクリニック・ダダの3ヵ所のみである.
 実務経験プログラムとして求められているのは,①720時間以上かつ240回以上の面接,②3例以上のケース担当,③多職種協働,④医療以外の2分野の見学・研修60時間以上,⑤到達目標の標準化された管理,である.
 実務経験プログラムにおいては,臨床現場において大学院と同等の教育が求められているという実感がある.前述以外の認定機関がすべて司法領域であることからも,医師育成における研修医システムと同等のチームによる実践実習が臨床現場に求められているといえよう.実施機関に対し研修医システムにおいては,国より研修補助費が応分に付与されるが,それに対して今回の実務経験プログラムではなんら付与されず,さらに給与として最低賃金以上を支払うことが求められている.司法領域では,当初から国家公務員として入職し,給与を保証したうえで教育を行うわけであるが,医療機関では臨床心理技術者への保険点数の付与も十分でない現状において,給与を支払ったうえで認定される実務経験プログラムは,受入施設の運営上の経済的困難を伴っているといえよう.
 以下に①から⑤の項目について具体的に考えていく.

1.720時間以上かつ240回以上の面接
 1回の心理面接に対して,実施前に1時間のサポート,実施後に1時間のスーパーヴィジョンが求められる.臨床現場において,前後2時間の教育を行う必要がある.すなわち,1回3時間として240回以上(720時間以上)の面接である.ここには心理査定も含まれる.

2.3例以上のケース担当
 症例を2年ないし3年の間に3例以上を担当することになる.3例が同時期にそれぞれ毎週来院することになると,少なくとも1ヵ月に12時間の事前サポート,12時間のスーパーヴィジョンが必要となることになる.この点において,臨床の現場で,教育・指導にかかわる多大な労力を要することになる.

3.多職種協働
 臨床心理技術者を擁し臨床教育可能な多機能診療所の多くは,医師,看護師や精神保健福祉士が従事しており,また院外の機関との連携も行われているため,陪席,指導,教育が可能となろう.チームで行動するため,協働しての学習,研修が可能となる.

4.医療以外の2分野の見学・研修
 医療以外の2分野の見学・研修が60時間以上求められているが,連携する福祉施設,学校,産業の現場へ許可を求めたうえで,見学・研修をすることになる.あらかじめ,施設の届出が必要とされている.

5.到達目標の標準化された管理
 到達目標の標準化された管理はプログラム開始時,6ヵ月,12ヵ月,18ヵ月,24ヵ月,終了時に行われる.到達目標は24項目であり,内容は公認心理師としての職責の自覚から,関連法規まで大学・大学院の到達目標と同等の項目である2).この評価においても,教育現場と同等のものを求められていることが推定される.

V.精神科診療所が公認心理師に求めるもの
 精神科診療所は精神科病院と異なり,統合失調症が少なく,うつ病を含む感情障害,適応障害,PTSD,発達障害,パーソナリティ障害が疾患群の中心である.適応障害,PTSD,発達障害,パーソナリティ障害においては薬物療法の効果は限定的で,心理(精神)療法が第一適応とされる場合も多い().感情障害においても軽症群では第一選択治療が心理(精神)療法であることもある3).診療所の外来受診者の疾患頻度特性から公認心理師と協働することが求められている.中心となる疾病構造の点からも,実務経験プログラムを診療所で施行することは意味があると考えられる.
 今後は,公認心理師は,国家資格として「国民の心の健康の保持増進に寄与する」責任と義務を負い,単に傾聴するだけではなく,立証された効果のある心理療法の適応を十分に吟味し,施行していくことが求められている.

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おわりに
 この度,公認心理師が臨床心理技術者の国家資格としてスタートした.都市部で精神科診療所を運営する著者としては今後,メンタルケアプロバイダーとして有力なメンバーとなることを期待している.十分なアセスメントができ,証拠のある心理療法を選択,施行し,院内で孤立しない現実検討力のある臨床心理技術者を育成できる実習,実務経験プログラムが行われていくことを望みたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 公認心理師カリキュラム等検討会: 報告書. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000169346.pdf) (参照2019-01-07)

2) 文部科学省初等中等教育局健康教育・食育課, 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課: 公認心理師のカリキュラム等について. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000174192.pdf) (参照2019-07-07)

3) National Institute for Health and Care Excellence: Depression in adults: recognition and management. 2018 (https://www.nice.org.uk/guidance/cg90/chapter/1-Guidance) (参照2019-01-07)

4) 精神科診療所から見た精神科医療のビジョンプロジェクト委員会: 精神科診療所から見た精神科医療のビジョンプロジェクト. 2016 (http://www.japc.or.jp/library/data/vision/3.Review.pdf) (参照2019-01-07)

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