Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第10号

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特集 公認心理師制度における医療機関での実習・実務経験プログラムと求められる心理臨床実践
公認心理師法で求められる実習・実務経験プログラムとは―総合病院における研修―
中嶋 義文
三井記念病院精神科
精神神経学雑誌 121: 799-803, 2019

 第1回公認心理師試験を経て約28,500人の公認心理師が誕生した.今後,精神保健医療領域で公認心理師の活動の場が広がるものと期待されている.公認心理師の特徴は,①公器,②基礎心理学必修,③実習強化の3点にある.それゆえ,公認心理師法において実習・実務経験プログラムの要件は厳密に規定されている.公認心理師法における実践実習は正統的周辺参加論(Theory of legitimate peripheral participation)モデルに基づいており,成人学習理論におけるアクティブ・ラーニングが求められる.このモデルによれば,学習は「知識の伝搬」ではなく,「社会的な活動のなかにおいて役割を果たせること」と定義される.また,アクティブ・ラーニングが行われるフィールドは本物であり,一定の責任を与えられるものである必要がある.実際の総合病院では,チーム医療の一員として診療に参加し,一定の役割・責任をもちながら外来で予診をとる,病棟の患者の不安を軽減するなどの実践が期待される.大学・大学院と学外実習施設の関係においては,契約と報告,それぞれにおける実習体験からの知識・技能の体系化が必要となる.研修の質と安全の担保のために,連携・報告やスーパーヴィジョンの仕組み作りなどプログラムの精緻化が求められる.公認心理師の育成にあたる大学人と現場の現任指導者には相応の覚悟が求められる.

索引用語:公認心理師, 実践実習, 正統的周辺参加論>

はじめに
 公認心理師法は2015年9月9日に成立,2017年9月15日に施行された.心理技術専門職としては初めての国家資格となった.2018年第1回公認心理師試験を経て約28,500人の公認心理師が誕生した.2018年診療報酬改定により診療報酬上心理技術専門職が必要とされているものは公認心理師が必要とされることとなった.2009年の調査では,心理職の約3割が医療・保健領域に従事しているとされていたが,今後,精神保健医療領域で公認心理師の活動の場が広がるものと期待されている.
 公認心理師の特徴は,①公器:「国民の心の健康の保持増進に寄与すること」,②基礎心理学必修:大学における必要な25科目50単位以上を履習すること,③実習強化:保健医療領域は必修とすることの3点にある1).それゆえ,養成課程における実習・実務経験プログラムの要件は厳しく設定されている.

I.公認心理師法に定める実習・実務経験1-3)
 公認心理師養成には,大学・大学院を履修修了し受験資格を得るルート(1号ルート)と,大学を履修卒業後1号ルートと同等以上の専門的な知識および技能を,認定された施設において認定された実務経験プログラムに沿って2年以上(標準3年)で修了し受験資格を得るルート(2号ルート)がある.
 公認心理師法には24の到達目標と大学における必要な25科目,大学院における必要な10科目が定められている.表1に到達目標と心理実践実習に含まれるべき事項の定義との関係を示した.
 実習は,心理実習(大学80時間以上)・心理実践実習(大学院450時間以上)が必修である.保健医療領域として医療機関(病院または診療所)での実習は必須である.心理実習には学生15人につき1人,心理実践実習には5人につき1人の実習担当教員と実習施設における実習指導者が必要とされ,当面の間は5年以上の経験のある医師等で大学等が適当と認める者を実習指導者として実習開始の6ヵ月以上前に届出登録する.心理実習は見学でもよいが,心理実践実習は担当ケースに関する実習時間(事前事後の指導を含む)は270時間以上(うち,学外施設において90時間以上)が求められる.
表2に大学(実習)と大学院(実践実習)の要求される実習内容の水準を示した.
表3に実務経験プログラムの要求水準をまとめた.実施施設はプログラム開始6ヵ月以上前に申請書を文部科学大臣および厚生労働大臣に提出する必要があり,施設概要・責任者・内容および期間・指導者・募集定員(2人以上,公募)と採用方法・処遇などを事前に厚生労働省の公認心理師制度推進室と相談する必要がある.心理支援従事時間(事前事後の指導を含む)は720時間以上かつ240回以上が求められる.そのうち270時間以内は大学院の科目に相当する講義の受講などにより代替可能である.3例以上のケース担当と多職種連携業務の経験も求められる.公認心理師が汎領域資格であることに鑑み,実務経験分野以外の2つ以上の分野の施設で60時間以上の見学や研修を行うことが望ましいとされる.修了時の到達目標の達成評価体制確保も求められる.

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

II.実践実習と正統的周辺参加論(表4
 公認心理師法における実践実習においては,成人学習理論におけるアクティブ・ラーニングが求められる.そこでは実際の対人援助場面に参加すること,必要な助力を求めること,実践に必要な能力を獲得することが可能となっていなければならない.実際の総合病院での実践実習においては,一定の役割・責任をもちながら外来で予診をとる,病棟の患者の不安を軽減するなどの実践が期待される.
 公認心理師法における実践実習は,正統的周辺参加論(theory of legitimate peripheral participation)モデルに基づいている.Lave, J. and Wenger, E.4)はフィールドワークを通してさまざまなコミュニティで素人(初学者)が玄人(熟練者)へと成長する過程において,新参者としてフィールドの周辺から参加し経験を積むことで中心的な役割を果たせるようになる過程を正統的周辺参加論として提唱した.専門職の成長や技能の獲得のモデルとして現在広く受け入れられている.このモデルによれば,学習は「知識の伝搬」ではなく,「社会的な活動のなかにおいて役割を果たせること」と定義される.また,アクティブ・ラーニングが行われるフィールドは本物であり,一定の責任を与えられる必要がある.実際の総合病院では,チーム医療の一員として診療に参加する形での実践が期待される.

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III.大学・大学院と学外実習施設の関係
 これまで,心理職養成の大学・大学院では学外実習施設に実習依頼を行い,実習施設での実習体験の体系化はともすれば大学・大学院に指導を丸投げしている形であった.公認心理師制度では大学・大学院での事前教育・事後敎育を通しての知識・技能の体系化を行うことはもちろん,学外実習施設においても研修指導者がいることが義務づけられ,実習体験・現場体験とともに知識・技能の体系化を行うことが求められる.大学・大学院と学外実習施設との間に契約と指導料の支払いが行われ,実習を委託し,報告を行うという関係が成立する.このような学外実習実装には,人的制約・時間的制約・コストが制縛条件となる.人的制約としては,受け入れ可能人数の上限が存在する.実践実習では,実習施設の研修指導者が1~2名であれば1日に受け入れられる人数は2名程度であろう(見学実習ではより多数となる).また,実習施設の研修指導者の資格・技能・処遇についても課題があり,資格や技能については今後導入される研修指導者講習会で定義されていくだろう.時間的制約としては,公認心理師法で規定されている最低90時間は週5日で3週間,週1日で3ヵ月相当であるが,当院で行っている週2日6ヵ月間のインターンシップは400時間相当,3年間の実務経験プログラムでは5,400~6,000時間相当であり,実習内容(到達目標)に時間による制約が出現する(当然,実習時間が短ければ到達目標は低く設定せざるを得ない).コストについては施設と契約によって異なるものの,実習依託費は1日1人あたり1,000~5,000円の間で最低90時間では13,000~75,000円が施設へ支払いされることとなる.その全額ないし半額程度が研究費などとして研修指導者へ渡ることが望ましいだろう.
 いきなり何も知らない初学者が現場に入るという実習施設の負担を下げるためには段階的実習の導入を考慮するとよい.当院では,のような1日間の見学,1週間(40時間)の実習,400時間の実践実習(インターンシップ)という体制で初学者と現場の相互の負担を低減している.

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IV.実習・実務経験プログラムの課題
 フィールドにおける研修の質と安全が担保されるためには,まず何よりも大学・大学院と外部実習機関との連携が重要である.お互いに負担の少ない事前/事後評価・指導・報告方法を事前に取り決め,その実行を確認していく必要がある.また,実習生,患者や他職員を含む外部実習機関の安全の担保のためには,事前教育や1対1場面でのスーパーヴィジョンの仕組み作りなどカリキュラムの精緻化が必要であろう.

おわりに
 制度と指導者とプログラムのないところで専門職は生まれない.公認心理師法で求められるプログラムが,本物であり一定の責任をもたせるものであるよう設計されるためにも大学人と現場の現任指導者の相応の覚悟が求められる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 中嶋義文: 公認心理師に求められるもの―一般医療領域で働く心理専門職のために―. 精神経誌, 119 (2); 98-104, 2017

2) 厚生労働省: 公認心理師. (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116049.html) (参照2019-07-03)

3) 日本心理研修センター: 公認心理師とは. (http://shinri-kenshu.jp/guide.html) (参照2019-07-03)

4) Lave, J., Wenger, E.: Situated Learning: Legitimate Peripheral Participation. Cambridge University Press, New York, 1991

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