Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第7号

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精神医学のフロンティア
スティグマの親子関係と,統合失調症名称変更の知識がスティグマに与える影響
小池 進介1)2), 山口 創生3), 小塩 靖崇3), 安藤 俊太郎4)
1)東京大学こころの多様性と適応の統合的研究機構
2)東京大学大学院総合文化研究科進化認知科学研究センター
3)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域・司法精神医学研究部
4)東京大学大学院医学系研究科精神医学分野
精神神経学雑誌 120: 551-557, 2018

 精神疾患へのスティグマが身体疾患と比べて強く存在し,特に統合失調症患者へのスティグマは最も強いことが指摘されてきた.精神疾患へのスティグマは家族内で共有されることがわかっており,子の援助希求行動に影響を及ぼすため,親子のスティグマを検討する必要がある.本研究は,一般大学生259名を対象としたスティグマ調査研究およびランダム化比較試験の追加調査として行われた.回答が得られた143ペア(うち,135名が母)の親子を対象に,①親子間でスティグマに違いがあるか,②親子間で相関があるか,③親世代においても統合失調症名称変更の知識がスティグマに影響を与えるかについて検討を行った.親は子に比べて,うつ病へのスティグマは小さいが,統合失調症へのスティグマは大きかった.親子間のスティグマ相関は,統合失調症への知識,態度を中心に相関し,うつ病,糖尿病への知識については相関を認めなかった.クイズ回答による親の統合失調症の名称変更認識率は高かったが(65% vs 41%),認知症では変わらなかった(87% vs 88%).統合失調症の名称変更を認識していた被験者は親子とも,両病名へのスティグマの差が小さく,病名変更によるスティグマ軽減効果が小さかった.本研究は,精神疾患のスティグマについて親子で定量的に求め,特に統合失調症へのスティグマについては親子で相関をもつ,ということを示した世界初の研究である.また,統合失調症名称変更の効果が,名称変更それ自体の認識によって変化する可能性を,世代を問わず示した.日本が先駆けて行い国際的に評価の高い統合失調症の名称変更について,なぜスティグマが減少したのかを明らかにする第一歩となる.今後,アジア諸国との国際研究や,科学的知見を学校現場,臨床現場への実践に落とし込む必要がある.

索引用語:スティグマ, 統合失調症名称変更, 学校教育, 家族教育>

はじめに
 これまで数多くの研究で,精神疾患へのスティグマが身体疾患と比べて強く存在し8)15),特に統合失調症患者へのスティグマは最も強いことが指摘されてきた1)5)18)19).しかし,精神疾患へのスティグマがいつ,どのように形成されるかはわかっていない.おそらく成人になるまでに家族,友人,教育,社会(マスメディアを含む)から情報を得ることで,スティグマが形成されるものと推測される18).家族内の研究では,精神疾患の否定的なステレオタイプが共有されている可能性があり4),精神疾患の問題は隠すべきで恥ずかしいことであるという認識が家族内で広がることがわかっている2).しかしながら,子の援助希求先は,家族や学校がほとんどであるため,学校内だけでなく家族内の精神疾患へのスティグマを検討することは重要である.
 本研究は,一般大学生259名を対象としたスティグマ調査研究およびランダム化比較試験(UMIN―CTR:UMIN000012239,「都内大学生を対象にしたビデオ講義とインターネット自己学習が精神疾患のスティグマを軽減し,その効果が持続するかを検討する,オープンラベルランダム化並行群間比較試験」)12)の追加調査として行われた11).ランダム化比較試験の結果については本研究と直接の関係がないため,原著論文12)か日本語総説9)を参考にしていただきたい.本研究の大学生から得た調査データは,介入を受ける前の質問紙回答によって解析されているため,介入効果はないと考えられる.
 スティグマ調査研究8)について概説する.背景として,高橋らが2012年に行ったインターネット調査の結果,30歳代より若い世代では旧病名より統合失調症の名称のほうが,認知度が高いという結果を受けたものであった13).さらに,著者らが大学で講義を行った際,「旧病名と統合失調症が同じ病態であると初めて知りました」という回答が複数得られたため7),統合失調症名称変更の知識が一般大学生にどれほどあるのか調査する必要があると考えた.そこで,旧病名,統合失調症,うつ病,糖尿病へのスティグマを,「知識がありますか」という問いに対する単純な4件法と,スティグマを計測する指標を用いて検討した.次に,統合失調症と認知症の名称変更についての認識を問うクイズに回答してもらった(図1).
 スティグマは当初の仮説通り,旧病名,統合失調症,うつ病,糖尿病の順に小さくなった8).しかしこれは,「知識がある」という回答によっての違いはなかった9).つまり,大学生が「知っていた」としても,それがスティグマ軽減(=正しい知識)につながるとは限らないことがわかった.
 統合失調症は2002年に名称が変更されたため,被験者の当時の年齢は平均8歳ということになる.クイズ回答による統合失調症の名称変更認識率は41%,認知症は87%であった8).さらに,統合失調症ペアを正解した,つまり旧病名と統合失調症が同じ病名だと認識していた被験者は,両病名へのスティグマの差が小さくなった(図2).
 この結果が異なる世代でも確認できるかを検討するため,対象者の保護者(主に母)に郵送の質問紙調査を行うこととした.

図1画像拡大
図2画像拡大

I.研究の方法および結果
 259名の大学生のうち,160名が保護者への郵送調査について承諾した.各保護者へ同様の質問紙を送付し,143名の保護者(うち,135名が母親,7名が父親,1名は未回答)から回答を得た.143組の親子ペアについて,①親子間でスティグマに違いがあるか,②親子間で相関があるか,③親世代においても統合失調症名称変更の認識がスティグマに影響を与えるか,検討を行った.なお,本研究解析対象の143名と,解析されなかった残り116名との間で,子のプロフィール,スティグマ得点について有意差は認めなかった.本研究は,東京大学ライフサイエンス倫理審査専門委員会に承認された方法(承認番号:15-115および15-116)にのっとり,すべての被験者から文書によるインフォームドコンセントを得た.
 被験者プロフィールとスティグマ得点を表1に示す.親は子と比較して,講義を受けた経験は少なく,統合失調症へのスティグマ(態度)は強かった.しかし,精神疾患をもつ人が家族や職場など,近くにいた経験は多く,精神疾患全体,うつ病,糖尿病へのスティグマ(否定的な知識)は小さかった.統合失調症へのスティグマ(否定的な知識)は両群間で有意な差がなかった.
 親子間のスティグマ相関は,統合失調症への知識,態度を中心に相関し,うつ病,糖尿病への知識については相関を認めなかった(表2).
 クイズ回答は,統合失調症ペアについて親の正解率は高かったが(65% vs 41%),認知症ペアでは変わらなかった(87% vs 88%,表1).正解した親は,不正解の親に比べて教育歴が高かった.過去の研究結果8)と同様,統合失調症ペアを正解した親は,両病名へのスティグマの差が小さかった(図3).

表1画像拡大表2画像拡大
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II.考察
 本研究は,精神疾患のスティグマについて親子で定量的に求め,特に統合失調症へのスティグマについては親子で相関をもつ,ということを示した世界初の研究である11).また,統合失調症名称変更の効果が,名称変更それ自体の認識によって変化する可能性を,世代を問わず示した.日本が先駆けて行い国際的に評価の高い統合失調症の名称変更について,なぜスティグマが減少したのかを明らかにする第一歩となる.
 クイズの正解率が親のほうが高かったのは予想通りであったが,35%の親は名称変更の認識を有していなかった.この原因はいくつかの可能性が考えられる.1つには,親世代は精神疾患についての教育や講演を受けた経験が少ないため,そもそも統合失調症をはじめとした精神疾患についての知識がない可能性がある.次に,日本では名称変更以降,旧病名がほとんど使われなかったため10)20),名称変更を知る機会が比較的少なかったと考えられる.
 今回,統合失調症についてのスティグマが旧病名に比べて小さくなっていることが追試できたが,なぜスティグマが減少するのかはわかっていない20).当初は,旧病名が病態を反映せず,負のイメージを想起させるため,変更が提起された16).実際,変更後は病名告知率の向上,患者家族,一般の統合失調症に対するイメージの向上など数多く報告された16).しかしその後まもなく,精神疾患全体への意識の高まりが起こり,メディア報道が急激に増えた10).そのため,統合失調症だけでなく精神疾患全体のスティグマも減少した可能性がある.いずれにせよ,今後さらに精神疾患の認識が向上し,旧病名を聞いたことがある割合や病名変更の認識率が低下すると考えられる.精神疾患へのスティグマや,名称変更の認識によって統合失調症へのスティグマが変化するかを再度検討し,本研究結果と比較検討する必要がある.
 また,本研究では,精神疾患へのスティグマについて特定の世代だけではなく,さまざまな対象者にアプローチする必要がある可能性を示した.親は子に比べて,うつ病へのスティグマは小さいが,統合失調症へのスティグマは大きかった.これは,親の名称変更の認識率が高いため,統合失調症へのスティグマが全体として高くなっている可能性がある.その一方で,親子間の相関が統合失調症へのスティグマを中心に認められることから,親が,精神疾患のなかでも統合失調症を特別視している可能性が考えられる.親が統合失調症を特別視して,子にスティグマを伝達し,子が統合失調症へのスティグマをもつ,という図式が浮かび上がる.
 本研究は,今後の精神疾患教育についていくつかの示唆を与えている.精神疾患の4分の3は思春期から成年早期に初回発症するため,学校教育現場での精神疾患教育の重要性が近年注目されている9)14).これに呼応して,学習指導要領で「心の健康(中学校)」や「精神の健康(高等学校)」が復活し,精神疾患についても今後取り入れられる可能性がある9).スティグマ軽減戦略の最終目的は,スティグマ軽減や精神疾患の知識の普及にあるのではなく,メンタルヘルスリテラシーの向上,具体的に言えば自身や家族・友人のメンタルヘルスを気遣い,援助希求行動(help-seeking behavior)を増やし,また他者を気遣い,助け支えられるようにすることにある7).専門教育は,そのうえで成立しうるものであり,そこで初めて精神医学の踏み込んだ知識,歴史などが伝えられるべきであると考える.医療者が学校で講演を行う際に,学校現場では比較的頻度の低い統合失調症について多く取り入れたり,名称変更の事実を無意識のうちに取り入れてしまうことがあるが,これはスティグマを増大させる可能性がある.
 また,統合失調症へのスティグマの垂直伝播を考えると,精神疾患教育は生徒だけではなく,生徒から相談を受ける側,すなわち家族や教職員のスティグマ軽減,メンタルヘルスリテラシーの向上が必要である6)7).学校全体,社会全体のメンタルヘルスリテラシー向上を意識した介入が望まれる.

おわりに―展望―
 著者らは,精神疾患へのスティグマを科学的に理解すべく,調査研究,ランダム化比較試験を継続している.調査研究については,今後アジア諸国との国際研究が必要であると考えている.現在,韓国,台湾が正式に名称変更を行い,香港も早期支援の一環で名称を変更してキャンペーンを行っている(表3).こうした調査から,なぜ日本の名称変更が成功したのか,どの要素がスティグマ軽減に関与しているのか検討できればと考えている.
 また,こうした科学的知見を,学校現場,臨床現場への実践に落とし込むことも行っている.1つに,東京大学精神神経科が行っている学校現場への啓発・支援活動に,こうした知見が生かされている9).また,エビデンスに基づいて作成されたスティグマ軽減のためのビデオ教材を,知識提供,授業での利用方法を含めて作成した(http://mhp.umin.jp/).こうした研究・実践活動を通じて,医療者側がさまざまな現場へメンタルヘルス教育を提供する際の手助けになればと考えている.

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 本論文はPCN誌に掲載された最新の研究論文11)を編集委員会の依頼により,著者の1人が日本語で書き改め,その意義と展望などにつき加筆したものである.

 本総説は,文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「脳・生活・人生の統合的理解にもとづく思春期からの主体価値発展学」の助成を受けた.また,東京大学人間行動科学研究拠点の支援を受けた.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) A decade for psychiatric disorders. Nature, 463; 9, 2010
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2) Corrigan, P. W., Watson, A. C.: The stigma of psychiatric disorders and the gender, ethnicity, and education of the perceiver. Community Ment Health J, 43; 439-458, 2007
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3) Crisp, A. H., Gelder, M. G., Rix, S., et al.: Stigmatisation of people with mental illnesses. Br J Psychiatry, 177; 4-7, 2000
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4) Jorm, A. F., Wright, A.: Influences on young people's stigmatising attitudes towards peers with mental disorders: national survey of young Australians and their parents. Br J Psychiatry, 192; 144-149, 2008
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5) 小池進介, 西田淳志, 山崎修道ほか: Nature誌編集長Philip Campbell氏に聞く「精神疾患のための10年 (A decade for psychiatric disorders)」. 精神経誌, 114; 508-516, 2012

6) 小池進介, 大島紀人, 渡辺慶一郎ほか: 学校メンタルヘルス. 精神科臨床サービス, 12; 240-242, 2012

7) 小池進介, 市川絵梨子: 学校教育 (高校・大学におけるメンタルヘルス教育). 統合失調症, 5; 53-60, 2013

8) Koike, S., Yamaguchi, S., Ojio, Y., et al.: Long-term effect of a name change for schizophrenia on reducing stigma. Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol, 50; 1519-1526, 2015
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9) 小池進介, 山口創生, 小塩靖崇ほか: 精神疾患への早期支援, 偏見軽減を目的とした学校現場での啓発・支援活動. 精神科治療学, 31 (増刊号); 355-360, 2016

10) Koike, S., Yamaguchi, S., Ojio, Y., et al.: Effect of name change of schizophrenia on mass media between 1985 and 2013 in Japan: a text data mining analysis. Schizophr Bull, 42; 552-559, 2016
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11) Koike, S., Yamaguchi, S., Ohta, K., et al.: Mental-health-related stigma among Japanese children and their parents and impact of renaming of schizophrenia. Psychiatry Clin Neurosci, 71; 170-179, 2017
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12) Koike, S., Yamaguchi, S., Ojio, Y., et al.: A randomised controlled trial of repeated filmed social contact on reducing mental illness—related stigma in young adults. Epidemiol Psychiatr Sci, 27 (2); 199-208, 2018
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13) 共同ニュース2012年8月7日, 根強い旧呼称の記憶 統合失調症に変更し10年

14) 小塩靖崇, 東郷史治, 佐々木 司: 学校精神保健リテラシー教育の効果検証と各国の現状に関する文献レビュー. 学校保健研究, 55; 325-333, 2013

15) 小塩靖崇, 股村美里, 佐々木 司: 日本におけるメンタルヘルスリテラシー教育. 精神科, 22; 12-19, 2013

16) Sato, M.: Renaming schizophrenia: a Japanese perspective. World Psychiatry, 5; 53-55, 2006
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17) Tanaka, G., Ogawa, T., Inadomi, H., et al.: Effects of an educational program on public attitudes towards mental illness. Psychiatry Clin Neurosci, 57; 595-602, 2003
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18) Thornicroft, G.: Shunned: Discrimination against People with Mental Illness. Oxford University Press, New York, 2006

19) Thornicroft, G., Brohan, E., Rose, D., et al.: Global pattern of experienced and anticipated discrimination against people with schizophrenia: a cross-sectional survey. Lancet, 373; 408-415, 2009
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20) Yamaguchi, S., Mizuno, M., Ojio, Y., et al.: Associations between renaming schizophrenia and stigma-related outcomes: a systematic review. Psychiatry Clin Neurosci, 71; 347-362, 2017
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