Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第12号

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特集 統合失調症の身体合併症プロジェクト
抗精神病薬多剤併用療法が統合失調症患者の安静時心拍数に与える影響―抗精神病薬多剤併用と心拍数―
鈴木 雄太郎1)2)
1)新潟大学医歯学総合病院精神科
2)医療法人敬愛会末広橋病院
精神神経学雑誌 120: 1091-1094, 2018

 日本の精神科臨床では,抗精神病薬の多剤併用療法のさまざまな問題点が指摘されてきたにもかかわらず,依然として欧米などに比べて3~4剤にまで及ぶ多剤併用療法が多い状況が続いている.多剤併用療法が具体的に患者の身体的健康に与える影響としては,生命予後短縮,糖脂質代謝異常,心電図QT延長リスクの増大などが指摘されているものの,相反した結果もあり実はよくわかっていない.一方,一般人口において安静時心拍数(RHR)増加が全死亡や心臓突然死の相対リスクを上昇させることが明らかになってきている.抗精神病薬の有するムスカリン受容体およびアドレナリンα1受容体拮抗作用によってRHRが増加することは広く知られているが,多剤併用療法がRHRにどのような影響を与えるかは詳細不明である.本プロジェクトでは,外来患者および入院患者の心電図データを解析し,多剤併用療法が心電図RHRに与える影響を検討した.その結果,抗精神病薬内服中の56.3%が多剤併用であり,3剤以上併用の患者は21.2%であった.抗精神病薬併用数に依存してRHRが上昇することが明らかになり,統合失調症の高い死亡リスクを検討する場合,糖脂質代謝異常やQT延長症候群だけでなく,RHR上昇も考慮する必要があるかもしれない.

索引用語:統合失調症, 抗精神病薬, 多剤併用, 副作用, 安静時心拍数>

はじめに
 日本の統合失調症治療では,抗精神病薬(antipsychotics:ATP)の多剤併用の割合は欧米などに比べて高く,32~42%が3剤以上で治療されていたと報告されている9)10).多剤併用による大量療法が具体的に患者の身体的健康に与える影響としては,錐体外路症状が増加すること,生命予後短縮7),糖脂質代謝異常1),心電図QT延長6)のリスクの増大などが指摘されているものの,相反した結果もあり実はよくわかっていない.一方,統合失調症患者の平均寿命は短く,この原因として薬剤の副作用による心血管疾患の存在が指摘されてきた.ATPの循環器系副作用としては,心電図QT延長に多くの関心が集まっているものの,一方,以前からATPはアドレナリンα1受容体やムスカリン受容体遮断によって頻脈を起こすことが知られているが,詳細はわかっていない.近年,一般人口において安静時心拍数(resting heart rate:RHR)上昇によって死亡リスクが増大することがわかってきたため2)11),ATPにRHR上昇作用があるとすれば大きな問題である.本プロジェクトでは,外来患者および入院患者約8,000人の心電図データを解析し,ATPの多剤併用療法が心電図RHRに与える影響を検討した.

I.方法
 本調査は2012年3~5月および2013年3~5月の間に,日本精神科病院協会加盟520施設にて行われた.調査内容は,調査時点での年齢,性別,外来患者か入院患者か,1日あたりの喫煙本数,body mass index(BMI),血圧,すべての内服薬の内訳,治療中の身体疾患の有無,心電図所見であった.心電図所見のRR間隔から,RHRを算出した.23,116人の患者データが得られたが,欠損データのあるものを除外し(),最終的に8,232人を解析した.なお,本研究については日本精神科病院協会倫理会議の承認を得た.

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II.結果
 対象の臨床特徴を表1,内服中のATP数とRHRとの関係を表2に示した.ATP内服中の56.3%が多剤併用であり,3剤以上併用の患者は21.2%であった.全対象RHRの平均値は73.3±16.0拍/分であり,ATP未服薬群,単剤群,2剤併用群,3剤併用群,4剤以上併用群のRHRはそれぞれ,70.6±15.7,71.1±15.5,73.9±15.8,77.1±16.9,78.4±15.5拍/分であり,ATP併用数に依存してRHRが上昇することが明らかになった.

表1画像拡大表2画像拡大

III.考察
 本研究では,ATPの併用数が増加すると用量依存的にRHRも上昇することが示された.一般人口を対象とした大規模研究におけるRHRの中央値は女性で68拍/分,男性で66拍/分と報告されているが8),一方,本研究の対象者のRHR中央値は72拍/分であり,全体的にみてもRHRが上昇している.一般人口においてRHRと相対死亡リスクとの関係を検討したメタアナリシスでは,RHRは量依存性に死亡を増加させ,RHRの10拍/分上昇あたりの全死亡リスクと心血管死亡のリスクはそれぞれ1.09と1.08であり,RHR 45拍/分の群と比べた場合RHR 80拍/分以上の群の死亡リスクは,それぞれ1.45,1.33であった11).また,RHR上昇は全死亡だけでなく,心冠動脈疾患,心臓突然死,心不全,脳卒中,全悪性腫瘍のリスクも増大させると報告されている2).こうしたことを考慮すると,ATP多剤併用のRHR上昇作用は,統合失調症患者の死亡率を増加させている可能性があるかもしれない.これまで,ATPの多剤併用が具体的にどのような副作用を生じさせるかははっきりわかっていなかったが,本研究結果はRHR上昇という新たな副作用リスクを明らかにしたと考えられる.
 ATPは,各薬剤に程度の差はあるものの,アドレナリンα1受容体およびムスカリン受容体を遮断することによって,頻脈を起こすことは以前から知られている.また,心拍変動のパワースペクトラム解析を自律神経機能の指標として利用した研究でも,ATPが統合失調症の副交感神経機能を低下させることがわかっており5),本研究結果はこれらの研究結果と矛盾しない.一方,ATP未服薬の統合失調症患者でも,副交感神経機能が低下していることが報告されており3)4),また,本研究では多剤併用群では結果として各併用薬のCP換算合計用量が高用量となっていたため,多剤併用という表現型がRHRを増加させたのか,多剤併用によって高用量となったことでRHR上昇がもたらされたのかは不明であり,今後の詳細な検討が必要である.

おわりに
 本研究では,ATPの多剤併用によりRHRが上昇することが示されたものの,こうしたRHR上昇が統合失調症患者の死亡リスクを上昇させることを直接示す証拠はない.今後は,RHRを含めて統合失調症患者の死亡リスクを増大させる要因について,縦断的検討が必要であろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Aly El-Gabry, D. M., Abdel Aziz, K., Okasha, T., et al.: Antipsychotic polypharmacy and its relation to metabolic syndrome in patients with schizophrenia: an Egyptian study. J Clin Psychopharmacol, 38 (1); 27-33, 2018
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2) Aune, D., Sen, A., Ó'Hartaigh, B., et al.: Resting heart rate and the risk of cardiovascular disease, total cancer, and all-cause mortality: a systematic review and dose-response meta-analysis of prospective studies. Nutr Metab Cardiovasc Dis, 27 (6); 504-517, 2017
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3) Bär, K. J., Letzsch, A., Jochum, T., et al.: Loss of efferent vagal activity in acute schizophrenia. J Psychiatr Res, 39 (5); 519-527, 2005
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4) Bär, K. J., Rachow, T., Schulz, S., et al.: The phrenic component of acute schizophrenia: a name and its physiological reality. PLoS One, 7 (3); e33459, 2012
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9) 奥村泰之, 野田寿恵, 伊藤弘人: 日本全国の統合失調症患者への抗精神病薬の処方パターン: ナショナルデータベースの活用. 臨床精神薬理, 16 (8); 1201-1215, 2013

10) Yoshio, T., Inada, T., Uno, J., et al.: Prescription profiles for pharmacological treatment of Japanese inpatients with schizophrenia: comparison between 2007 and 2009. Hum Psychopharmacol, 27 (1); 70-75, 2012
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