Freud, S. による精神医学への寄与の意義は,治療論を基盤にした精神疾患の精神病理学を築いたことにある.Freudが始めた精神療法である精神分析は,想起を重んじることをもって成り立つ療法である.よく知られているように,精神分析の発祥は,ヒステリーから心的外傷の記憶を催眠によって取り出すことができたことにある.だがそこからの順調な発展として精神分析という想起の技術が作られたわけではない.想起には,治癒を促すものもあれば,治癒にとっての袋小路となりうる反復や転移,そして妄想さえ作る働きがある.Freudはこのことを持ち前の根気よさで認識し,それらすべてに想起がかかわっていると見なす考え方を発明し,この想起の力ゆえに人間の尊厳が保たれているという認識のもと,想起を聴き取る技術として,精神分析を創り出したのであった.想起を聴き取る際に必要な技法としてFreudが見出したことの1つに,そもそも発病に際してもある種の想起が働くという点がある.すなわち,潜在化している心的外傷の記憶が,後の環境因あるいは成熟の要因によって,時間的に遡って再賦活されて,これが症状の形をとって想起される「事後性」という想起のメカニズムが存在するということである.このメカニズムが幼年期に及んで成人期に症状を現れさせることがある.そのとき神経症の成因は複雑な様相を呈するが,その分析こそ生活史における幼年期の重大さを人に認識させる.精神分析実践に内包されるFreudの医学思想は,想起という心的行為には,人としての内面の意識を成り立たせる崇高性があるということである.
Sigmund Freud―想起することとその崇高性―
1)京都産業大学保健診療所
2)奈良大学総合研究所
2)奈良大学総合研究所
精神神経学雑誌
125:
623-633, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-088
https://doi.org/10.57369/pnj.23-088
<索引用語:Sigmund Freud, Josef Breuer, 事後性, 精神分析の発明, 想起の崇高性>