Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第12号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
連載 21世紀の「精神医学の基本問題」 ― 精神医学古典シリーズ
Pierre Janet―その心理哲学の軌跡―
江口 重幸
一般財団法人精神医学研究所附属東京武蔵野病院
精神神経学雑誌 125: 1066-1079, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-151

 Janet, P.(1859~1947)は,解離や外傷性記憶や下意識現象の提唱者として今日広く知られている.この論考の前半では,Janetの『心理学的自動症』にいたる初期論文を検討し,いかに新たな心理学の形成にいたったのかを検討した.Janetに大きな影響を与えたのは,叔父の哲学者Paul Janet,神経学者のCharcot, J. M.,コレージュ・ド・フランスの前任者Ribot, T.,心霊研究者でもある生理学者のRichet, C.,そして新しい心理哲学の形成に向け協働したBergson, H. であった.それぞれ時代を画する知的領野の開拓者であったが,そうした影響のもと,Janetはフランス独自の心理学の形成へと舵を切っていった.特に1886年の,「解離の法則」と外傷性記憶の発見にいたる経過,その後の物語論や時間論に結びつく議論を紹介した.1902年,コレージュ・ド・フランスの教授に就任後,30年の長きにわたって教鞭を執り,数多くの著作を記したが,その全体像は「行動の心理学」と呼ばれる,社会心理学的指向を明確にもつ内容であった.Baldwin, J. M. やGuillaume, P. らの模倣を中心にして集団化する発達心理学の影響をはじめ,同時代の変貌する関連諸科学の知見を絶えず取りこんで理論を展開する姿をみることができるが,一方,Janetはヒステリー概念を決して手放すことはなかった.Janetは第一次世界大戦後,その影響力を急速に失ったとされたが,その間に積み上げられたのは,ボトムアップ型(Hacking, I.)の心理哲学というものである.傾向性の階層構造という全体像を射程に入れながら,Janetの後期の理論は,じつに刺激的な展開をみせる.命令と服従を軸として展開する言語論.4つの基本的感情から信念にいたる過程を理解しようとする社会的感情論.そして,「リンゴのカゴ」などの例で示される,統一性や個体性をはじめとする,言語以前の初等的知性論などである.Janetは,心理学や精神医学に限局されない人間科学全般を縦横に往来しながら,諸科学に開かれた,批判的で,脱構築的な視点をわれわれの視点や臨床にもたらそうとしたのである.

索引用語:ピエール・ジャネ, 行動の心理学, 解離の法則, 外傷性記憶/物語性記憶, 社会的感情論>
Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology