Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第10号

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精神医学のフロンティア
重症の摂食障害におけるゲノムコピー数バリアントの寄与
久島 周1)2), 今枝 美穂3), 田中 聡4)5), 加藤 秀一6), 大矢 友子7), 中杤 昌弘8), アレクシッチ ブランコ1), 尾崎 紀夫9)
1)名古屋大学大学院医学系研究科精神医学
2)名古屋大学医学部附属病院ゲノム医療センター
3)特定医療法人共和会桜クリニック
4)独立行政法人国立病院機構東尾張病院
5)独立行政法人国立病院機構名古屋医療センター臨床研究センター
6)名古屋大学医学部附属病院親と子どもの心療科
7)修文大学健康栄養学部管理栄養学科
8)名古屋大学大学院医学系研究科総合保健学専攻実社会情報健康医療学
9)名古屋大学大学院医学系研究科精神疾患病態解明学
精神神経学雑誌 125: 839-843, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-120

 摂食障害のなかでも神経性やせ症は十分な治療法が確立されておらず,死亡率が高いことが報告されている.その脳病態についても不明な点が多く,研究方法も限られているのが現状である.疫学研究からは摂食障害の発症に遺伝要因が関与することが示唆され,ゲノム解析技術の発展を背景に,発症リスクにかかわるゲノムバリアントの探索が進められている.本稿では,バリアントのなかでも,一塩基多型(SNP)とゲノムコピー数バリアント(CNV)の研究について紹介する.これらゲノム研究から摂食障害(神経性やせ症)と他の精神疾患には遺伝要因の共通性が存在することが示されている.著者らは,重症の摂食障害患者を対象にCNV研究を実施し,シナプス関連遺伝子にバリアントが集積していることから,シナプス機能障害との関連性が示唆された.今後,大規模なゲノム解析によって摂食障害の遺伝要因が明らかになり,モデル生物の解析を通じて,病態の理解が得られることが期待される.

索引用語:摂食障害, ゲノムコピー数バリアント, シナプス>

はじめに
 摂食障害は,摂食行動の持続的な障害によって特徴づけられ,身体的健康や心理社会的機能に障害を与える疾患群である.なかでも神経性やせ症は,女性の生涯有病率が約1%と報告され,体重増加に対する強い恐怖,自分の体に対するイメージ(身体像)の歪み,食事量の制限による著しい低体重を示し,死亡率も高い(10年間で約5%)ことが報告されている.摂食障害の脳病態は不明な点が多く,効果の高い薬物治療もないのが現状である.一方で,これまでの疫学研究から,摂食障害の発症には遺伝要因が関与することが示されている.神経性やせ症患者の第一度近親者は,神経性やせ症と診断されるリスクが11倍高いことが報告されている16).双生児研究,すなわち,一卵性と二卵性の双生児で疾患の一致率を比較する研究方法でも,神経性やせ症の発症に遺伝要因が強く関与することが示されている.他の精神疾患と遺伝要因がオーバーラップすることを示唆する疫学的知見もある.例えば,神経性やせ症の患者では自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の併存率が有意に高く,神経性やせ症と診断された患者の血縁者でもASDの頻度が高いことが報告されている6).神経性やせ症とASDの遺伝要因にはオーバーラップが存在することが示唆される.
 摂食障害の疫学研究の知見をふまえ,リスクバリアントの同定をめざしたゲノム解析研究が報告されている1)3).一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)とゲノムコピー数バリアント(copy number variant:CNV)に着目した研究について紹介する.SNPを対象とした研究では,神経性やせ症患者約17,000例と健常者約55,000例を対象にゲノムワイド関連解析(genome-wide association study:GWAS)が実施されている18).GWASは,集団中に高い頻度(通常1%以上)でみられる数10万~数100万個のSNPの遺伝型情報を取得したうえで,ケース・コントロールサンプルの関連解析から疾患リスクに関連するSNPを同定する.この研究では,神経性やせ症と統計学的に有意に関連する8つのSNPが同定されている.これらのSNPの発症に対する影響度(オッズ比)は1.2以下と小さい.このような効果の小さなSNPはゲノム上に数多く存在すると考えられ,SNP全体を考慮すると発症に比較的大きな影響を及ぼすと考えられる.また,2つの疾患の間で多数のSNPの相関(genetic correlation)を調べた解析では,神経性やせ症は強迫症,うつ病,不安症,統合失調症と正の相関を示すことが確認され,遺伝的基盤の類似性が示された.一方で,体脂肪,BMI,肥満,2型糖尿病,インスリン抵抗性とは負の相関を示すこと,HDLコレステロールと正の相関を示すことも確認された.神経性やせ症が他の精神疾患だけでなく,代謝指標や代謝性疾患と相関を示したことから,本疾患の病態には代謝異常の関与があると示唆されている.
 一方で,頻度が1%以下の稀なCNVに着目した研究も報告されている.CNVは,通常は2コピーのゲノム領域が,1コピー以下(欠失)あるいは3コピー以上(重複)となる変化を指す.健常者も数多くのCNVを有しているが,CNVの一部は疾患のリスクにかかわることが知られている.特に統合失調症やASDを含む精神疾患との関連は,著者らのグループを含めて,多数報告されている9)13).CNV領域に含まれる遺伝子は,遺伝子の発現量が変化するが,特に中枢神経系の発達にかかわる遺伝子の発現量変化は,脳の発達に何らかの異常を引き起こし,精神疾患の発症につながると考えられている.これまでの研究で,統合失調症やASDと関連する既知のCNV(染色体の1q21.1,15q11.2,15q13.3,16p13.1,16p11.2の領域に存在する欠失あるいは重複で,100万塩基以上とサイズも大きい)を有する神経性やせ症の患者が報告されている17)19).しかし,CNVと神経性やせ症の発症リスクが統計学的に有意に関連するとの証左はなかった.この点を検討するため,著者らは,日本人の重症の摂食障害患者を対象にCNVの解析を行ったので,次の項で紹介する8)

I.研究の方法および結果
 著者らの研究8)は,名古屋大学大学院医学系研究科の倫理審査委員会の承認を得て,参加者全員から書面によるインフォームドコンセントを得たうえで実施した.本研究では,これまで十分検討されてこなかった小規模サイズ(10万塩基以下)のCNVも含めて同定するために,高解像度アレイCGHを使用した.なお,アレイCGHは,2021年に保険適用になり,CNVが原因となる遺伝性疾患が疑われる場合には利用可能となっている.摂食障害患者70例と健常者1,036例(研究参加者は全員,日本人女性)を対象に,全ゲノムでCNVの解析を実施した.患者は,DSM-5の基準で神経性やせ症,回避・制限性食物摂取症のいずれかの診断を受け,発症後の最低BMIが15 kg/m2以下(8.0~14.9 kg/m2,中央値:11.3 kg/m2)であることを条件とした.既報の研究では神経発達症(ASD,注意欠如・多動症,知的能力障害など)の発症に関与するCNVが摂食障害の患者で報告されていたことから,そういったCNVに着目して解析を実施した.
 その結果,患者の10%(7/70),健常者の2.3%(24/1,036)で神経発達症に関連したCNVを同定した.統計解析から,摂食障害の発症リスクと有意に関連することを確認した(オッズ比=4.69,P=0.0023).患者で見つかったCNVには,45,X(ターナー症候群)に加え,神経発達症に関連した7つの遺伝子(KATNAL2DIP2APTPRTRBFOX1CNTN4MACROD2FAM92B)の欠失が含まれていた.
 45,Xは,女性が有する2本のX染色体のうち1本を欠損し,ターナー症候群を引き起こす.近年の大規模研究から,45,X(ターナー症候群)は知的能力障害,ASD,統合失調症,摂食障害などのリスクに関与することが報告されている2).また,PTPRTDIP2ARBFOX1CNTN4の4遺伝子は,神経細胞のシナプスの形成や機能に関与することが基礎研究から明らかになっている.シナプスは,神経細胞同士をつなぐ接合部であり,神経伝達物質を介した情報伝達が行われる部位である.動物実験から,シナプスは学習・記憶のメカニズムに深く関与することが明らかになっている.ヒトの約2万個の遺伝子のうち,約5%(1,100個遺伝子)はシナプスで発現・機能することが報告されている7).多くのシナプス関連遺伝子が統合失調症やASDのリスクに関連することも知られている.
PTPRT(protein tyrosine phosphatase receptor type T)はチロシン脱リン酸化酵素と呼ばれるタンパクをコードし,シナプスにおいてグルタミン酸受容体の発現や膜移動,GABA神経機能の調節に関与する11).本遺伝子を欠損したマウスは,食事の摂取量が少なく,体脂肪率も低いことに加え,高脂肪食を食べても肥満になりにくい特徴を示す5)DIP2A(disco interacting protein 2 homolog A)はアセチル化されたコエンザイムA(重要な補酵素の1つ)の合成に関与し,主に脳で発現する.Dip2a欠損マウスは,異常な樹状突起スパインの形成,シナプス伝達の低下,およびASD様行動を示す12)RBFOX1(RNA binding fox-1 homolog1)は,脳の発達に関与する遺伝子群の選択的スプライシングの調節に関与する10).また,興奮性および抑制性シナプスの形成において重要な役割を果たす.CNTN4(contactin 4)は,シナプス可塑性にかかわり,この遺伝子を欠損したマウスは恐怖条件づけの増強が観察されている14).神経性やせ症には,恐怖条件づけの異常が関与するとの指摘がされている15)
 摂食障害の病態におけるシナプス機能障害の関与をさらに検討するため,遺伝子セット解析という遺伝統計学的手法を用いた.シナプスの分子機能や生物学的プロセスに関するデータベースであるSynGO(Synaptic Gene Ontology)7)を活用した.SynGOに登録されているシナプス関連の遺伝子セットに基づいて,患者CNVがどの遺伝子セット(すなわち,シナプスの分子機能や生物学的プロセス)に集積しているかを調べた.その結果,「synaptic signaling」(GO:0099536)に患者CNVが有意に集積することを見いだした(オッズ比=2.55,P=0.0254).すなわち,遺伝子セット解析からも,シナプス伝達(シナプスを介した神経細胞間の情報伝達)の障害が病態に関与する可能性が示唆された().

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II.考察
 著者らの解析結果から,(i)神経発達症に関連するCNVが重症の摂食障害のリスクに関与すること,(ii)シナプス伝達の障害が病態に関与することが示唆された.摂食障害の患者ではASDの併存率が有意に高く,患者の血縁者でもASDの頻度が高いなど,神経性やせ症と神経発達症には共通の遺伝要因が存在することが示唆されている.今回の研究は,共通の遺伝要因としてCNVの関与を示すものである.シナプス機能障害は,統合失調症,ASDを含む精神疾患の病態に関与することがゲノム解析を含む多数の研究によって支持されている.意外なことに摂食障害におけるシナプス機能障害の関与を支持する遺伝学的な知見はこれまでほとんどなかった.シナプス機能障害との関連が明らかになることで,摂食障害の病態について理解が進むことが期待される.
 本研究の強みとして,高解像度のアレイCGHを用いることで,従来のCNV研究では検出が困難だった小規模CNV(10万塩基以下)も含めて網羅的に同定したことが挙げられる.このなかには,神経発達症関連遺伝子(KATNAL2PTPRTCNTN4)の欠失も含まれる.一方で,本研究で解析したサンプル数は比較的小さいため(摂食障害患者70例),さらに大規模な症例を用いたゲノム解析によって今回の解析結果の再現性を確認する必要がある.

おわりに
 著者らの研究により,摂食障害の病因・病態に神経発達症関連のCNVやシナプス機能障害の関与を支持する結果が得られた.今後の研究では患者由来iPS細胞やモデル動物の解析を通じて,リスクバリアントがシナプス機能にどのような影響を及ぼすか検討する必要がある.シナプス機能障害によって引き起こされる神経回路レベルの変化が明らかにできれば,摂食障害の病態理解にも寄与するに違いない.かつてASDの分子病態は不明であったが,ゲノム解析によるリスクバリアントの同定とそれに続くモデルを用いた解析によって,病態理解が進んだ例がある4).摂食障害のゲノム解析の成果が,将来,予防法,早期診断法の開発や新規治療薬の開発へと発展することが望まれる.

 本論文はPCN誌に掲載された最新の研究論文8)を編集委員会の依頼により,著者の1人が日本語で書き改め,その意義と展望などにつき加筆したものである.

 利益相反
 久島は先進医薬研究振興財団から研究助成を受けた.尾崎は,住友ファーマ株式会社,エーザイ株式会社,大塚製薬株式会社,株式会社地球快適化インスティテュート,田辺三菱製薬株式会社,塩野義製薬株式会社,日本イーライリリー株式会社,持田製薬株式会社,第一三共株式会社,日本メジフィジックス株式会社,武田薬品工業株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,EAファーマ株式会社,ファイザー株式会社,MSD株式会社,ルンドベック・ジャパン株式会社,大正製薬株式会社からの研究支援,講演料,またはコンサルタントとしての役割を果たした.その他の著者は,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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