Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第8号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
ICD-11における心身症の位置づけ
須藤 信行
九州大学大学院医学研究院心身医学
精神神経学雑誌 124: 570-571, 2022

 日本心身医学会では,心身症を,「身体疾患の中で,その発症や経過に心理社会的な因子が密接に関与し,器質的ないし機能的障害が認められる病態をいう.ただし,神経症やうつ病など,他の精神障害に伴う身体症状は除外する」と定義している.ここではICD-11にはない「神経症」という用語が用いられているが,「不安症」に相当するものとして理解されたい.つまり何らかの身体疾患(病態生理の明らかな器質的疾患から機能的疾患を含む)があり,詳細な病歴聴取やストレス負荷テストによってその疾患の発症や経過に心理社会的要因の関与が強く認められる場合に,心身症と診断することになる.
 ICD-11で心身症に該当する診断は,「他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼす心理的又は行動上の要因(Psychological or behavioural factors affecting disorders or diseases classified elsewhere)」である.その基本的特徴は,精神の疾患以外の障害や医学的状態があり,その症状や疾患の治療経過に悪影響を与える心理的又は行動上の要因が存在することである.これらの要因は,治療に対するアドヒアランスや受療行動に影響したり,あるいは疾患の病態生理に影響を及ぼすことによって症状を誘発または悪化させたり,医学的関心を余儀なくさせる.この診断は,その要因が,苦痛,能力障害,または死亡のリスクを高め,臨床的に意味のある影響を与えている場合になされるべきであり,実際に影響を及ぼされている疾患や障害とともに診断される.
 ICD-11においては,「他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼす心理的又は行動上の要因」は,6E40のグループに分類されており,さらに影響する要因の内容によって以下のように細分されている.

 ・6E40.0他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼす精神の疾患(Mental disorder affecting disorders or diseases classified elsewhere)
 ・6E40.1他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼす心理的症状(Psychological symptoms affecting disorders or diseases classified elsewhere)
 ・6E40.2他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼすパーソナリティ特性又はコーピングスタイル(Personality traits or coping style affecting disorders or diseases classified elsewhere)
 ・6E40.3他に分類される障害または疾患に影響を及ぼす不適応的健康行動(Maladaptive health behaviours affecting disorders or diseases classified elsewhere)
 ・6E40.4他に分類される障害または疾患に影響を及ぼすストレス関連の生理的反応(Stress-related physiological response affecting disorders or diseases classified elsewhere)
 ・6E40.Y他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼす心理的又は行動上の要因,他の特定される(Other specified psychological or behavioural factors affecting disorders or diseases classified elsewhere)
 ・6E40.Z他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼす心理的又は行動上の要因,特定不能(Psychological or behavioural factors affecting disorders or diseases classified elsewhere, unspecified)

 それぞれの具体例として下記の病態が挙げられている.

 ・6E40.0 1型糖尿病に影響する神経性過食症:むちゃ食いによる体重増加を避けるためにインスリン注射を拒絶し,その結果,著しい血糖コントロールの悪化をきたす例.
 ・6E40.1 外科手術後のリハビリテーションの妨げとなる抑うつ症状
 ・6E40.2 心疾患に影響する敵意のある促迫的行動,外科手術が必要ながん患者において,手術の必要性を認めない病的否認
 ・6E40.3 過食や運動不足
 ・6E40.4 潰瘍,高血圧,不整脈または緊張型頭痛のストレスと関連した悪化
 ・6E40.Y 対人的,文化的,宗教的要因

 6E40.0に挙げられた例は,1型糖尿病のコントロールを悪化させる難治性の病態として認識されており,“Diabulimia”と呼ばれている.ちなみにこの場合のICD-11コードは,5A10(1型糖尿病)/6E40.0/6B81(神経性過食症)となる.
 一方,DSM-5では,心身症に相当する診断名として“Psychological Factors Affecting Other Medical Conditions(他の医学的疾患に影響する心理的要因)”があり,診断基準として以下のA,B,Cが挙げられている.

 F54他の医学的疾患に影響する心理的要因
 A.身体症状または医学的疾患が(精神疾患以外に)存在している.
 B.心理的または行動的要因が以下のうちの1つの様式で,医学的疾患に好ましくない影響を与えている.
 (1)その要因が,医学的疾患の経過に影響を与えており,その心理的要因と,医学的疾患の進行,悪化,または回復の遅延との間に密接な時間的関連が示されている.
 (2)その要因が,医学的疾患の治療を妨げている(例:アドヒアランス不良).
 (3)その要因が,その人の健康へのさらなる危険要因として十分に明らかである.
 (4)その要因が,基礎的な病態生理に影響を及ぼし,症状を誘発または悪化させている,または医学的関心を余儀なくさせている.
 C.基準Bにおける心理的および行動的要因は,他の精神疾患(例:パニック症,うつ病,心的外傷後ストレス障害)ではうまく説明できない.

 DSM-5では,DSM-IVにはなかったC基準が追加された.これは,わが国の心身症の定義と共通する内容であり,身体疾患の悪化が精神疾患自体ではうまく説明できないことを意味している.一方,ICD-11では,DSM-5のC基準によって除外された精神疾患の要因が,6E40.0に分類されることになる.
 最後に実臨床における心身症診療の注意点について述べたい.一般に心身症はコントロール不良の慢性疾患(気管支喘息や糖尿病など)患者に認められることが多い.しかし多くの場合,心身症としての病態理解は重視されず,難治性・重症の事例として身体的治療のみがエスカレートしていく.例えば気管支喘息であれば吸入薬で症状のコントロールができなければステロイド薬の内服や分子標的薬を併用するということになる.したがって臨床において最も重要な点は,身体疾患に影響する心理的・行動学的要因が存在することを臨床医に広く認識してもらうことであろう.ICD-11を機に,“他に分類される障害又は疾患に影響を及ぼす心理的又は行動上の要因”への関心が高まり,心身症としての病態理解の重要性が広く認識されることを期待したい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology