Advertisement第119回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第2号

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原著
日本独自の伝統的な「うつ病」概念のこれまでとこれから―軽症内因性うつ病からうつ病(DSM-5)へ―
大前 晋
国家公務員共済組合連合会虎の門病院精神科
精神神経学雑誌 124: 91-108, 2022
受理日:2021年10月2日

 2014年に出版されたDSM-5日本語版は,major depressive disorder(MDD)の訳語を,それまでの「大うつ病性障害」から「うつ病」に改めた.その一方,日本の精神医学臨床では2000年頃まで,DSMと関係のない独自の伝統的な「うつ病」概念が生きていた.この日本独自の伝統的な「うつ病」をかぎ括弧なしでニッポンのうつ病と表記する.
 外来診療所には,日常生活上のストレスに関連した抑うつ・不安・身体違和感・疲労・不眠などを訴える人たちがたくさん訪れる.Horwitz, A. V.はこれらをストレス伝統と総称する.ところで,このストレス伝統のようにみえるが,躁うつ病と共通する症状・経過と治療反応性をとる一群がある.端的にいえば,一見ストレス伝統だが,実は軽症で入院の必要がないタイプの躁うつ病,それがニッポンのうつ病である.
 ニッポンのうつ病と命名したが,この病型の核をなす軽症内因性うつ病は19世紀末から海外で報告されている.当初より精神療法の効果は限定的で,のちに電気けいれん療法の効果が認められた.第二次世界大戦後の西ドイツにおける状況論・病前性格論と同じころ,スイスでKielholz, P. が消耗性抑うつを報告した.この病態にはimipramineをはじめとする三環系抗うつ薬(TCA)が有効であり,患者に対する励ましはしばしば有害であると戒められた.
 これらの研究成果は1959年から日本に紹介された.TCAの日本発売も同年である.そこで軽症内因性うつ病は敗戦の傷跡とのつながりを解き放たれ,働く企業人の疲弊・消耗と結びつけられた.これが日本独自の伝統的な「うつ病」すなわちニッポンのうつ病のはじまりである.ニッポンのうつ病概念はTCAと一対にして啓発され,1975年に確立された.箴言「励ましてはいけない」は1983年以降の教科書に掲載された.
 しかし1999年に新規抗うつ薬としてセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が日本で発売されると,「うつ病」概念もニッポンのうつ病からMDDに更新された.
 ただしMDDの診断基準に,生物医学モデルにおける妥当性は期待しがたい.今後のうつ病関連病態の生物医学的研究は,軽症内因性うつ病をたたき台に用いるほうが実り多いだろう.その際ニッポンのうつ病の時代的変化という現象を通じて,軽症内因性うつ病の普遍的な特徴が抽出できるかもしれない.

索引用語:うつ病, 内因性うつ病, 消耗, メランコリー, ストレス>
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