Advertisement第119回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第6号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 同意取得が困難な事例を対象とした症例報告や研究における問題点と課題
児童虐待刑事事件の生物・心理・社会要因に関する質問紙調査―妥当性,安全性および倫理的配慮―
黒田 公美, 白石 優子
理化学研究所脳神経科学研究センター親和性社会行動研究チーム
精神神経学雑誌 123: 333-341, 2021

 不適切養育やそのおそれのある養育者と家族をよりよく支援するためには,背景にある生物・心理・社会要因や支援ニーズに関して,当事者に直接尋ねることが望ましい.そこで著者らは2016年より,児童虐待事件で受刑中の養育者(同居人含む)に質問紙調査を行っている.刑事事件の当事者を対象とする調査では,同意取得や個人情報保護などにおいて,精神疾患の臨床研究と同様,研究倫理上の配慮が極めて重要である.本研究は研究倫理審査委員会の承認を受け,法務省矯正局と各矯正施設に調査の意義や手続き,質問紙内容について説明し,実施許可の得られた施設を対象とした.実名報道で実刑判決の確定した児童虐待事案を収集,各施設に当事者宛の研究協力依頼を郵送し,返信があった受刑者に説明同意書を送付し,約4年間で36人から研究参加への同意を得た.対照群として広告などを介し178人の一般養育経験者の協力を得た.質問紙は生活歴,ベック抑うつ尺度,逆境的小児期体験(WHO版),SCID-II,トラウマ体験,育児ストレス尺度短縮版,事件当時のストレス要因などから構成,必要に応じ抜粋・改変を行い,計400問以上を使用した.これらを心理的負担の少ない順に3回に分割して郵送,不明瞭な回答については再確認した.研究の妥当性や協力者の安全性を勘案し配慮した点は,①余罪の追及につながるおそれのある事実の聴取は避ける,②過度の心理的負担を避けるため,各質問紙に「気分が悪くなるなどの場合にはすぐにやめてください」と明記,特に事件当時についての質問紙には破棄してもよい旨表書きをつける,③事件自体や判決に関しては中立的立場をとる,などである.その結果,36人中31人の研究協力者から最後まで回答を得,さらに「参加して自分自身や事件を振り返ることができた」など好意的な感想を予想外にも複数得た.本稿では本研究の経緯について,特に研究倫理の観点から考察する.

索引用語:児童虐待, 司法精神医学, 研究倫理, 同意書>

はじめに
 本稿はオンライン開催となった第116回日本精神神経学会学術総会のシンポジウム「同意取得が困難な事例を対象とした症例報告や研究における問題点と課題」での報告をもとに加筆したものである.当シンポジウムでは臨床症例を対象とする演題が多いなか,本演題は刑事事件事例を,個別症例ではなく群として扱う点で若干事情が異なる面もあったかもしれない.しかし,精神疾患と同様,同意取得や,当事者とその家族の利益保護への配慮が特に重要な領域であることは間違いない.本稿ではこの観点から,著者らの研究のデザインと経過を報告する.
 座長の尾崎先生がクロージングリマークで示された「人を対象とする研究が倫理的に許される条件」4)では,
 ①社会的・科学的価値(value)
 ②科学的妥当性(scientific validity)
 ③公平な被験者選択(fair subject selection)
 ④リスク・ベネフィットの適切性(favorable risk-benefit ratio)
 ⑤第三者による審査(independent review)
 ⑥インフォームド・コンセント(informed consent)
 ⑦候補者・被験者の尊重(respect for potential and enrolled subjects)
 の7項目が,倫理要件として挙げられている.そこで,以下の関係する話題にこの番号を付記する.
 注意点として,著者らはこうした問題に関して初学者であり,執筆の意図はここに述べた方法や研究デザインが望ましいとか,よかったという主張ではない.むしろ,状況に応じて手探りで遂行してきた経緯を供覧に付すもので,識者諸氏の忌憚ないご意見,ご批判をいただければ幸いである.

I.研究の目的
 児童虐待通告件数が増加の一途を辿る昨今,児童福祉行政の現場は子どもの安全確認と介入だけでも多忙を極め,親や家族の支援まで十分手が回らないことが多くなっている.例えば,厚生労働省の平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業『保護者支援プログラムの充実に関する調査研究報告書』において,児童相談所における虐待ケースにおける保護者援助プログラム実施割合は3.2%と低い数字にとどまっている.子どもを一時保護したとしても,養育者や家庭の環境に十分な支援がなければ,子どもが帰ることのできる安全な場所が確保されず,根本的な解決にならない.そこで,二の次になりがちな養育者側の支援に特化した研究が必要と考え,科学技術振興機構社会技術研究開発センターRISTEXの委託事業に応募,2015年に「養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築」研究課題を開始した.本研究では,虐待の有無によらず幅広く養育者を支援することで,子ども虐待を予防・再発防止することが目的であり,そのため法学・家族社会学などの社会科学領域と脳科学・小児科学などが協働して,さまざまな研究を行った.そのなかの一課題として,著者ら理化学研究所(以下,理研)のグループでは,児童虐待に関与した養育者に,本人自身の幼少期や事件当時の背景要因を尋ねる質問紙調査を企画した.それには2つの目的があった.
 1.養育者をよりよく支援するためには,どのような制度や体制が役立つかについて,親子関係の困難を経験した当事者の意見を聞くのが有益であろう(①社会的・科学的価値).しかし,既存の資料,例えば厚生労働省の「子ども虐待による死亡事例等の検証」,地方自治体から個別事例に関して出される「児童虐待死亡事例等検証報告書」などには,子どもの死亡時の医学的所見や児童相談所の支援,介入の経緯などは詳細に記載されているものの,当事者からの聞き取りはないことが多く,この部分を補完する必要があると考えた.
 2.著者らの本務である動物の行動神経科学では,哺乳動物の親が養育を放棄したり,子を攻撃したりすることはどのような場合に起こりやすいかに関し,すでにかなり知見が蓄積している.誤解を恐れずおおまかに言えば,動物では,脳の器質的な問題や,自らが不適切な環境で育ったため,社会性発達が阻害されて子育てに問題が生じる「病理的要因(正常とは異なる状態)」と,脳機能や社会性発達には問題ないが,そのときの餌の得られやすさ,外敵の多さなどの環境や子の数・健康状態などにより,当該の子が無事に育つ見込みが薄い場合に,親の養育意欲が減退する「生理的(進化生物学では適応的とも呼ばれる.詳細は文献参照)要因」の2種類に大別され,そのなかにさまざまな細目が存在する5)6).人間も哺乳動物である以上,同様の要因が児童虐待事件の背景にあって当然であるし,実際に報道や国内外の調査でも部分的には示されている1-3)が,具体的にどの細目がそれぞれどれくらいの頻度で,現代日本における児童虐待事件において認められるのか,より網羅的に調査し定量化する必要があると考えた.そのような知見が得られれば,福祉的あるいは心理・医療的支援に活用できると思われたためである(①科学的・社会的価値).

II.研究の方法
1.研究参加者
 調査では養育困難から不適切養育に至ってしまった当事者に協力を依頼したいと考えており,当初から受刑者に的を絞っていたわけではなかった.しかし,該当する当事者をどのように発見し協力依頼するのかが課題であった.
 一般に,不特定多数の養育者に質問紙調査をし,そのなかで「不適切な養育」と定義されたスコアに関連する生育歴や環境要因を抽出するという手法があり,そのような先行研究はすでに数多くある.しかしこの方法では,動物の事例とも比較しうるような重度の不適切養育事例に遭遇する確率は非常に低い.一方,養育困難事例を把握している児童相談所などの協力を得て紹介してもらうことは,個人情報保護などの観点から,より児童福祉行政に直結した研究機関や委託研究でさえ大変苦労しているのを見聞きしており,産婦人科・小児科医療の現場でもない,門外漢の理研の基礎研究者では難しいと考えられた.
 一方,児童虐待の刑事事件はその一部が実名報道され,裁判の過程や判決・刑期も報道される場合がある.個別の事例であれば,被疑者や判決後の受刑者と直接文通したり面会したりして,書籍として出版しているジャーナリストもいる.また海外では,心神耗弱主張の殺人事件の公判過程で被疑者の脳PET検査を行い,前頭前野や扁桃体などの糖代謝低下・左右差などを検出した研究がある7).これらを参考に,実名報道され実刑判決を受けた児童虐待事例をメディア資料から収集し,郵送で質問紙調査を行う計画を立てた.当事者の所在刑務所は不明であるため,はじめに送る研究協力依頼のみ,複数の刑務所に同一内容を郵送すれば,本人がいない刑務所からは未開封のまま宛先不明で返送され,本人には1通のみ届くことになる.そこでまず刑務所を所轄する法務省矯正局成人矯正課に本計画を説明し打診したところ,可否の判断は各刑務所に委ねるとのことであった.そこで交通・医療刑務所などを除き,全国で男子刑務所51ヵ所,女子刑務所11ヵ所に研究計画について説明文書を郵送したところ,それぞれ2ヵ所と1ヵ所から協力不可と連絡があり,それ以外は当事者との文通による質問紙調査が実質的に可能であった.
 並行して,理研の人を対象とする研究倫理委員会に本計画を申請した.審査委員には,人を対象とする研究に関する経験のある研究者だけでなく,弁護士,研究者ではない一般の立場の委員がいるので,倫理要件の⑤第三者による審査に該当する.この審査の過程で,
 ・受刑していても加害者と決めつけない(裁判の結果には納得していない場合も多い)
 ・安全性を考え,心理的な負担の大きい質問は避ける
 などのコメントを受け(⑦候補者・被験者の尊重),修正後実施許可を得た(後述の通り,後に再度変更申請).
 2006~2017年に発生した,実名報道で実刑判決の確定した児童虐待事案279件のうち,その時点で受刑中の可能性のあった129人に研究協力依頼の手紙を送付,うち73人で1通の封書が返送されず,送達されたと考えられた.そのうち36人(49.3%)が研究参加に同意し,研究開始から約4年間,2020年2月までに31人(男性20人,女性11人)が回答を終了した(註:その後2020年末までに協力者42人,回答終了38人).
 新聞報道や判決文から判別された主たる虐待の種類は,身体的虐待が25件,医療ネグレクトを含むネグレクトが3件,その他が3件であった.子どもとの関係は,実父11人,実母10人,養父継父5人,母親の交際相手が3人,その他(同居人など)が男女各1人であった.
 一般対照群(一般の養育者)はインターネットやフリーペーパーの広告で,養育経験のある成人の協力者を募集した.男性65人,女性113人が同様の調査に回答した.一般対照群は養父1人を除き実親であった.

2.質問紙の内容
 郵送した質問紙は,全体として400問以上の質問を負担の少ない順に配列した結果,以下のようになっている.
 (1)既往歴(精神科通院歴,頭部外傷などを含む),今の生活で困っていること・楽しいこと,ベック抑うつ尺度(BDI-II),DSM-IVのための構造化面接(SCID)-Iの一部,SCID-II(反社会性以外),Autism-spectrum quotient 10項目版(AQ-J-10).分量は多いが,○×や4件法など,回答しやすいものが多い.
 (2)未就学~小学校から始まる生育歴,職歴,SCID-Iのトラウマ体験に関する質問,SD3(Short Dark Triad),VAST-J(Varieties of Sadistic Tendensies-Japanese version),前回質問の不明点やSCID-IIの該当項目の具体例などを尋ねる,記述式の質問が多くなる.
 (3)未成年時の保護者について,逆境的小児期体験(adverse childhood experiences:ACE)WHO版〔被虐待体験は面前DV(ドメスティック・バイオレンス),心理的虐待,身体的虐待,性的虐待につき各2~3問〕,愛着に関連した質問.
 (4)被害児(一般対照群では1人の子どもを選択)の発達,子どもとのかかわり,育児ストレス尺度短縮版(Parenting Stress Index-Short Form:PSI-SF),事件当時(一般対照群では子育て当時)のストレス要因や,こうしていればよかったと思うこと,あればよかったと思う支援,など.
 事件群では(1),(2),(3)+(4)と合計3回で,一般対照群は(1)+(2),(3)+(4)と合計2回で郵送した(詳細は文献8)参照).
 なお受刑の原因となった児童虐待事件の具体的な事実については,質問紙などで積極的に尋ねることはしていない.事件の詳細は公判過程の報道や,自治体の事例報告など,他に参照できる資料があるので,当事者に連絡した時点でおおよそ判明している.誰が,いつ,どのような虐待行為を行ったか,というような事件の具体的な部分は裁判までの過程で精査されており,新たに尋ねるメリットは少ないばかりか,過大な心理的ストレスになったり,逆にパートナーが悪かったとか,いかに裁判が不当で自分が誤解されているか,といった話になってしまうおそれがある.当事者が判決に不服であり,再審請求を計画している場合などでは,質問紙調査の結果をもとに再審請求において擁護してほしいなどと頼まれることもある.その場合は「理研は研究機関であり,司法機関ではないため,裁判や判決について判断は致しかねます」と中立的立場を説明した.
 一方で,当事者は判決が出て罪をつぐなっている最中であるから,改めてこちらが当事者を非難する理由もない.矯正施設とは独立の機関として,著者らは当事者を加害者としてではなく,一般の研究協力者として接遇した.

III.科学的妥当性(②)
1.被験者選択
 ③公平な被験者選択に抵触するものではないと思われるが,上述の研究方法・デザインからやむをえないこととして,被験者に次に述べる特徴や偏りが生じており,今後の課題として残されている.
 1.報道事例が対象であるため,実名報道されない未成年や性的虐待の加害者は含まれない.またネグレクトも発生頻度から考えるとかなり少ない.結果的に,上記の事件群はかなり身体的虐待に偏っている.ネグレクトや性的虐待に至った養育者の背景要因を調査するには法務省や法務総合研究所の協力を得るなどの手立てが必要となる.
 2.事件群と一般対照群の被験者は,さまざまな回答項目において差異が顕著であった.このような場合には通常,統計的手法で調整するのであるが,最も極端な差があった最終学歴は,事件群では男女とも過半数が高校卒業未満(中学卒業か高校中退)である一方,一般対照群男性には高校卒業未満の対象者がいなかった.そのため,群間でマッチさせることはもちろん,最終学歴を共変量とした共分散分析を用いても,完全に学歴の効果を除くことはできない状況であった.事件群の最終学歴は刑事事件での受刑者の平均最終学歴とほぼ同等であるため,児童虐待事件以外の受刑者に同じ調査を行うことで,児童虐待事件群と一般養育者群の間でみられた差異が,刑事事件一般にいえることなのか,それとも児童虐待事件に特化した要因なのかは判別できると考えられる.また,事件化するほどの重度の虐待は生じていないが,養育困難を経験した養育者を対象に同様の調査も行っている.

2.質問項目
 今回の調査は特殊な点が多く,以下に述べるように,既存の質問尺度をそのまま用いることができず,特定項目を除外したり改変したりせざるをえない場合があった.また,こちらが送付した調査用紙に直に記入し返送することが許可されない刑務所があり,その場合,別の便せんに回答部分を書き写して返送してもらう必要があった.こうした事情から,標準化された質問紙であってもその標準化得点は利用せず,一般対照群との比較で解析する必要がある.一言で言えば「質問は柔軟に,解釈を慎重に」である.結果的に,利用ルールの厳しい尺度や調査票は用いることができず,より柔軟に使用できるものを選択することになった.
 具体例を以下に述べる.
1)余罪の追及につながるおそれのある事実について聞くことを避ける
 事件群の研究協力者は受刑中であり,あらゆる通信は施設職員により確認作業を受けている.そのため,質問紙のなかで,余罪の追及につながる可能性のある質問は避けるべきであると考えた.具体的には,SCID-IIの反社会性に関する質問項目には,未成年時であるとはいえ,放火,強盗,セックスの強要などをしたことがあるかについて直接聞く質問項目があり,万一その嫌疑をかけられているような場合,被験者にとってはリスクとなったり,また正直に回答できないバイアスがかかる可能性がある.そこでこれらを削除し,認知様式を聞く質問と交換した.また攻撃性にかかわる質問を補完するため,SD3,VAST-Jなどを追加した.SD3には反社会性,自己愛性,マキャベリズムの要素があるが,その反社会性項目と,独自に作成した反社会性に関する質問項目の間には高い相関があり,おおむね一貫した結果が得られている.
2)時間的ずれに関する問題
 PSI-SFは通常,現在進行中の育児について尋ねる質問である.しかし事件群では,事件が起こってから年単位で時間が経過していることが多く,当時を思い出して回答してもらうことになる.そのため,PSI-SFの質問を過去形に読み替えて行う必要があった.そこで一般対照群の方でも,現役で育児している世代だけではなく,すでに子どもが大きくなった被験者も対象とし,未就学時期を回想して回答してもらうということを行った.このデザインにより,まだ解析は途中であるが,過去を振り返った場合や時代のずれによるバイアスを,一般対照群のなかで検証することができると考えた.
3)その他
 BDI-IIの第6問に,
 0 自分が何かの罰を受けているとは思わない
 1 自分は罰を受けるかもしれないと思う
 2 自分は罰を受けるに違いないと思う
 3 自分は,今,罰を受けていると思う
 という設問がある.受刑中の事件群では,他の設問ではうつ傾向がほとんどなくてもこの設問だけ3を選択する人が多かった.これは尺度の意図とは異なるため,この設問は事件群・一般対照群とも除外して集計するのが適切であると考えられた.
 他にも,愛着に関して「あなたのお母さん・親は…しましたか?」といった質問はよく使われるが,特に事件群では実母の記憶がなく継母が複数いるとか,あるいは物心ついたときから児童養護施設で成長した,といった生育歴の人が稀ではない.そこで,聞いているのは実親のことなのか,あるいは保護者であった祖母や,施設の職員のなかで親しかった人などに関して代わりに答えてもよいのかなどについてその都度説明を加えた.

3.回答の信頼性
 質問紙調査では,常に回答の信頼性という問題が無視できない.この課題に対して次のような対処を行っている.
1)重複回答の一致率
 こうした調査では一般に,答えが明らかな設問や,別のタイミングで挿入した重複する設問の一致率をみることで,被験者が一定の集中度を保って回答しているかを検証する.特に今回の研究では複数の質問紙調査回数にまたがってさまざまな心理的尺度を用いており,そのなかにはしばしば同じような質問が含まれている.質問数が多くなりすぎるため抜粋も行ったが,ある程度は重複を残しておき,その一致率によって回答の信頼性を検証できるデザインになっている.
2)再質問
 質問紙調査が複数回にわたる点を利用し,次回質問時に前回の不明点を再質問することも行った.回答は丁寧に記入されていることが多く,読み取れないことはほぼなかったが,膨大な質問紙であるため,設問の読み間違えではないかと思われる回答も稀にはあった.またSCID-IIは本来,面談で行うもので,○がついたときに詳細を尋ねることが望ましく,差し支えない範囲で具体的な回答をお願いした.
3)事件報道,自治体からの虐待事例検証や判決文があれば確認
 事件に関するこれら外部の情報がある場合には,回答との整合性を確認することができる.これは例であるが,誇大的な特性のある当事者で,職業を「大学教授」,収入や貯蓄額を非常に大きな値で記載している一方で,事件報道では異なる生活状況が認められる,といった場合がある.この場合でも,一般対照群や参照情報の少ない当事者もいるので,一概に信用できないと除外するのではなく,この当事者の回答を群に含めた場合と,除外した場合についてそれぞれ統計処理を行い,結果に違いがなければよく,ある場合には両方の結果について考察するといった対応を行った.

IV.安全性,被験者にとっての研究参加リスクとベネフィットの適切性(④)
 本研究に参加することによる,被験者にとってのリスク(またはその懸念)とそれに対する対策には次のようなものがある.

1.質問紙に回答するために時間がとられる
 これに対し,回答にかかるおよその時間で時給換算した謝礼を送付している.

2.過去のトラウマ体験や事件に関する質問によって起こる心理的な負担
 幼少期の被虐待体験や,事件当時のストレス状況などは,研究にとって本質的な質問であるが,回答する際の心理的負担というリスクがあった.特に受刑中の被験者は,その場合の心理的支援も容易に得られない可能性がある.そこで当初は,質問紙は心理的負担の少なそうな内容にとどめ,トラウマ体験や事件当時のことは,出所後も協力可能な人を対象に対面で聞く,という計画を立てていた.しかし2回の質問紙調査が終了すると,もっと協力できる,あるいはもっと聞いてもらいたいという意見が多く寄せられ,一方で質問が過大な負担になったという苦情は聞かれなかった.そこで研究計画を変更申請し,設問(3)(4)についても質問紙で調査を行うことにした.
 ただし安全性を考慮し,各質問紙には「差し支えない範囲で教えてください」「気分が悪くなるなどの場合にはすぐにやめてください」などと記載した.特に質問紙(4)には,質問紙を開く前に読めるよう,「この質問票は,事件当時についてお尋ねするものです.質問を見たくない場合は,この質問票を開かずに,破棄していただいても結構です」と紙の裏に印刷し,折りたたんで送付するなどの工夫を行った.そのためか,質問紙で大きな心理的負担を受けたという報告や苦情は,事件群,一般対照群ともにまだ経験していない.

3.質問紙の回答内容が研究発表されることによる,個人情報漏洩などの懸念
 事件当事者に協力依頼を送付した当初,最初の(同意前の)返事のなかで,研究に協力することで「絶対に名前がばれないか」「マスコミに情報を流さないか」といった心配が多く聞かれた.事件当時,報道のされ方が本人として不本意であった場合に,その経験が影を落としているようであった.そこで,理化学研究所は報道機関とは独立した立場で,研究協力者の利益を守る義務があること,研究は匿名化されたデータとして発表されるため個人にかかわる情報が外部に漏れることはないことを説明した.それにより多くの方は納得されたようで,こうしたやりとりをした方のほとんどから最終的に協力が得られた.
 その後,研究が進展し中間報告などで結果の一部を発表すると,予想以上に多くのマスコミからの取材があり,そのなかで,直筆の質問紙を撮影し報道したい,あるいはある程度具体的な事例について知りたいという希望があった.その場合には,報道機関に見せても個人が特定されないと判断した資料の一部(例えば,必要に応じ墨塗をほどこした質問紙や手紙の一部分)のコピーを作成,対象となった研究協力者に郵送して,この形で記者に見せたり報道したりしてもよいかを尋ね,許可が得られたもののみ報道機関に使用許可を出すようにした.また報道の独立性も十分理解したうえで,本研究の協力を得て行われる以上,「養育者を非難するのでなく理解し支援しなければ児童虐待はなくならない」という研究目的に大きく反する扱いがなされないよう配慮を求めた.

4.受刑中という特殊な状況に伴うリスク
 上述の通り,質問項目で犯罪に関連する事実について直接的に聞くことは,万一にも余罪の追及につながるおそれがあり,矯正施設内にいる当事者の不利益を避けるため,できるだけ行わないことにした.
 一方で,研究参加のメリットとして,謝礼がうれしいという声ももちろんあったが,それよりも「事件後も報道で児童虐待の事件を目にすることがあり,親子関係で困っているのは自分だけではなく,他にもいるのだと感じる.他の親子には,自分のような目にあってほしくない.自分の体験を話すことが,他の親子の役に立つことがあるならば」という,社会的な意義を参加の理由として手紙で述べられていることがかなり多かった.
 また質問紙終了後には,「研究に参加できてよかった.これからも何かあれば協力したい」あるいは「質問に答えることで自分や事件を振り返ることができた」などの好意的な感想を複数得た.こちらは質問紙で淡々と尋ねるのみで,回答に対して特にコメントを返すこともなかったが,当事者にとっては生い立ちから事件に至る一連の経緯を思い出し言語化することで,気づきがあった可能性がある.さらには,研究協力開始時点でもまだ事件に向き合えていなかったが,研究協力をするなかで事件や亡くなった子どもに向き合えるようになった,ありがとうございます,と書いてくれた人さえ複数いた.このことは,矯正処遇における心理的援助に開発の余地を示唆する,予想外の成果でもあった.

V.インフォームド・コンセント(⑥)
 本研究の協力者は臨床症例ではなくはじめから研究を目的として募集した被験者であるため,同意取得ができなかった事例はない.一方で,その同意の自発性や妥当性が十分であるかは検討に値する.
 まず本人同意が本当に自発的に行われたかに関して,本調査においては,研究依頼を受けて参加した率が50%近くとかなり高いが,それでも過半数の人は参加していない.また,仮に研究参加への同意が不本意であった場合には,その後の回答に空欄が多かったり,重複質問に対する一致率が低かったりなど,協力に対する意欲や集中力が低くなる可能性があるが,一般対照群と比較してそのような傾向は認めなかった.むしろいったん同意書が返送された場合には,丁寧に,基本的に首尾一貫した回答が寄せられた.また,義務ではないにもかかわらず,調査票に手紙が添えられることもあり,そこでは研究に参加したことに対する満足感のある感想(前述)が寄せられることもあった.したがって同意が忖度などにより,自発的ではない形で行われることはあまりなかったのではないかと推察する.
 また,研究参加や報告に関する家族同意の必要性については,著者らの事件群では「研究に参加してもよいか」を自分の同意の前に自ら家族に確認していた人も複数いたことを付記しておく.一般論として家族の同意の必要性は,本人の同意能力,報告のされ方やその家族の状況にもより,一概には言えないと思われるが,その都度本人と家族の利益を尊重して考え,研究者もできる範囲で協力するのがよいのではないだろうか.

VI.候補者・被験者の尊重(⑦)
 本研究は養育者を支援することが最終目的なので,その目的にかなう範囲内で,当事者の希望に沿った調査以外のやりとりも行った.例えば,「謝礼は受け取らない.そのかわり,(発達障害,児童虐待,嗜癖など,その人の問題に即した)本を送ってほしい」という人には,謝礼と同等の範囲で本を購入して送る場合もあった(もちろん,関係のない本や差し入れを送ってほしいという要望は,研究予算として支出できないことと,公平性の観点からお断りしている).また出所後の就労や残された子どもとの関係再構築などのために,居住地域のカウンセリングやソーシャルワーク,体罰によらない子育てのための教育的プログラムなどに関する情報が欲しいという要望に対し,関連機関の連絡先などを紹介することもあった.
 研究プロセスの透明性を上げるため,事件群の当事者には研究プロジェクトの公開情報や,2018年の中間報告などを送付することで,研究協力がどんな形で役立ったかをお知らせした.同様に,取材協力者には,掲載記事を郵送している.
 本稿では紙幅の関係もあり,研究の結果については割愛するが,平均すれば被虐待体験,貧困,複雑な家族構成など,基本的に他の哺乳動物とも相同するおよそあらゆるリスク要因が,事件群では一般対照群に比べ有意に高頻度に認められ,その重複もはるかに高率に起こっていた.その一方で,研究協力者にはさまざまな人がいる.誰にも聞いてもらえなかった被虐待などの過酷な生育歴を初めて話すという人もいれば,とりたてて逆境体験がない人もいる.被害児や他の存命の子どもへの思いを綴る人もいれば,事件に対する責任を最後まで否認している人もいる.児童虐待の背景を安易に単純化せず,その多様性と複雑性を理解しつつ,支援のために有益な要因を見いだすためには,事件群―一般対照群の平均を比較するだけでなく,クラスター解析など他の統計手法や質的研究,さらに今後可能であれば脳機能画像検査など,各種方法でデータの科学的・社会的価値を高める必要がある.それが最終的に,研究に協力していただいた当事者の貢献を尊重することにつながると考えられる.

おわりに
 本特集では,改めて著者らの研究デザインを振り返り,課題と対策についてまとめる好機をいただいた.また,COVID-19対策のために非公開オンラインではあったが,シンポジウム後の討論会では非常に参考になる意見を多くいただいた.この場を借りて,シンポジウム座長の尾崎紀夫先生,久住一郎先生と演者の先生方,倫理委員会の方々に改めてお礼を申し上げます.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本研究は理化学研究所脳神経科学研究センター,科学技術振興機構社会技術開発研究センターRISTEX安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築(養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築,2015~2018),科学技術振興機構社会技術開発研究センターRISTEX科学イノベーション政策のための科学領域(JPMJRX18B1家族を支援し少子化に対応する社会システム構築のための行動科学的根拠に基づく政策提言.2018~)の支援を受けたものです.
法務省矯正局成人矯正課,法務総合研究所,各刑事施設の皆様には,本研究の意義にご理解を賜り,希望する対象者が安全に研究に参加できるようご助言,ご協力をいただきました.深く御礼申し上げます.

文献

1) Arnold, L. E.: Helping Parents Help Their Children. Brunner, New York, 1978 (作田 勉訳: 親指導と児童精神科治療. 星和書店, 東京, 1981)

2) Clutton-Brock, T. H.: The Evolution of Parental Care. Princeton University Press, Princeton, 1991

3) デイリー, M., ウィルソン, M.: シンデレラがいじめられるほんとうの理由. 新潮社, 東京, 2002

4) Emanuel, E. J., Wendler, D., Grady, C.: What makes clinical research ethical? JAMA, 283 (20); 2701-2711, 2000
Medline

5) 黒田公美, 白石優子, 篠塚一貴ほか: 子ども虐待はなぜ起こるのか―親子関係の脳科学―. ここまでわかった!脳とこころ (加藤忠史編). 日本評論社, 東京, p.16-24, 2016

6) Kuroda, K. O., Shiraishi, Y., Shinozuka, K.: Evolutionary-adaptive and nonadaptive causes of infant attack/desertion in mammals: toward a systematic classification of child maltreatment. Psychiatry Clin Neurosci, 74 (10); 516-526, 2020
Medline

7) Raine, A., Buchsbaum, M., LaCasse, L.: Brain abnormalities in murderers indicated by positron emission tomography. Biol Psychiatry, 42 (6); 495-508, 1997
Medline

8) Shiraishi, Y., Miyazawa, E., Kuroda, K. O.: Biopsychosocial factors of severe child abuse: commonarities in modern humans and in non-human mammals. In preparation

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology