Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第3号

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特集 日常精神医療が自治体の自殺対策計画に貢献できること
自殺対策の計画
大塚 耕太郎1)2)3), 赤平 美津子2)3), 三條 克巳1)2), 山岡 春花1), 小泉 範高1)4)
1)岩手医科大学神経精神科学講座
2)岩手医科大学災害・地域精神医学講座
3)岩手県こころのケアセンター
4)岩手県精神保健福祉センター
精神神経学雑誌 123: 138-143, 2021

 2006年に成立した『自殺対策基本法』,2007年の『自殺総合対策大綱』,2009年度からの地域自殺対策緊急強化基金により全国的に自殺対策が推進されることになった.さらに2016年の『自殺対策基本法』の改正により,都道府県や市町村の自殺対策計画に基づく当該地域の状況に応じた自殺対策のために必要な,総合的かつ効果的な取り組みを実施する計画に基づく事業について,国が交付金を交付するということが明示された.この改正により都道府県/市町村は自殺対策計画を定めることになり,2018年度中の策定を目標に各自治体で自殺対策計画の策定が行われている.自殺対策の計画に関しては,自治体が取り組む事業だけでなく,各自治体の区域内の自殺対策の計画として定めるものも含めて,検討することが大切である.また,地域の合意形成や評価も考慮することが重要である.

索引用語:自殺予防, 計画, 複合的介入, ネットワーク, 被災地>

はじめに―法改正と自殺対策計画―
 2006年に成立した『自殺対策基本法』,2007年の『自殺総合対策大綱』,2009年度からの地域自殺対策緊急強化基金により全国的に自殺対策が推進されることになった.2017年に改正された『自殺総合対策大綱』にあたっては,関係機関の連携,生活困窮者自立支援制度や地域包括ケアシステムといった各種施策との連携,地域レベルの実践への対策の推進,重点領域の設定,効果の検証について議論がされ,大綱改正に先立ち,2016年に『自殺対策基本法』が改正された.
 改正された『自殺対策基本法』は,第13条第1項にて,自殺総合対策大綱および地域の実情を勘案して,当該都道府県の区域内における自殺対策についての計画を定めるもの,また,第2項では,市町村においても,当該市町村の区域内における自殺対策についての計画を定めるものとされた.さらに,第14条では,都道府県または市町村自殺対策計画に基づいて当該地域の状況に応じた自殺対策のために必要な事業,その総合的かつ効果的な取組等を実施する都道府県または市町村に対し,厚生労働省令で定めるところにより,予算の範囲内で,交付金を交付することができることとなった.
 ここでは,どのように自殺対策計画を立案していくかということについての具体的なアプローチについて岩手県での取り組み事例も挙げながら論述する.

I.市町村の自殺対策に関する計画策定にあたって
 自殺対策計画の策定においては,2017年11月に厚生労働省より発行された『市町村自殺対策計画策定の手引』で示されており,全体的な流れは,①意思決定の体制をつくる,②関係者間で認識を共有する,③地域の社会資源を把握する,④自殺対策計画を決定する,となっている.
 そして,自殺対策計画は,地域自殺対策政策パッケージといわれる「基本パッケージ」と「重点パッケージ」を組み合わせ,地域の状況に即した計画策定が求められている.基本パッケージは,ナショナル・ミニマムとして全国的に実施されることが望ましい施策群であり,重要パッケージは,『自殺総合対策大綱』で示された重要な施策を勘案しつつ,地域において優先的な課題となりうる施策について,詳しく提示したものである.
 計画は,各領域にまたがり,地域のさまざまな対策・機関を組み込む総合対策であり,地域診断や地区単位の事業などが盛り込まれた地域レベルの実践を推進する対策であり,若年,勤労者,母子保健といった地域の重点課題や時勢的課題が重点領域として挙げられ,効果の検証が行えるようアウトカム設定をし,PDCAサイクルで行うものである.

II.自殺対策の重要な視点
 WHOによる自殺予防レポート『自殺を予防する―世界の優先課題―』3)で国の戦略の典型的な構成や目的が示されている.そして,同レポートが示す自殺予防に適用される論理的フレームワークとして,インプット(経済的,人的資源),活動(手段の減少,地域の意識など),アウトプット(提供された介入の数,トレーニングを受けたゲートキーパーの数など),アウトカム(自殺死亡率の減少割合),インパクト(社会的につながりがあり,自殺関連行動のある人を支え,レジリエンスを高める社会)とされ,十分につながっている地域,社会的支援を提供し,レジリエンスを強化し,自殺の危険因子を認識し,愛する人を助けるために効果的に介入する家族や社会圏をめざすものである.

III.自殺対策を広げるアプローチ
 自殺対策は,地域づくりとして進めることであり,地域において,自殺対策の課題の合意形成ができるよう課題に対して同じ目標を掲げ,行政から関係機関,住民を含めた地域関係機関の協働,さらに,よい生活が送れるように現場の活動を推進していくことが重要となる.
 しかしながら,財政的現実から自殺予防のための複合的な戦略では,ひとつひとつ段階的に導入する必要があり,国として優先順位を決めることが重要である3).社会資源に乏しい場合には,既存のプログラムや容易に適応できるプログラムをもとにして実践可能性を重要視することが大切であり3),短期的目標を達成して,段階的に長期的なシステムにしていくことが可能となる.
 例えば,自殺予防を市民活動としての地域づくりに向けて広げていくためには,地域の普及啓発の段階から,ボランティアの育成,地域の事業での活用,サロンによる語りの場づくり,相談や啓発のスキルアップ,健康づくりの場をつくる,住民主体の健康づくり活動,一人一人の健康づくりへと進めていくことがよいであろう(図1).自殺対策を通して期待されるインパクトとは,「人を支える仕組みづくり」が地域にもたらされることである.地域の仕組みとして地域の住民一人一人に支援が届くことが重要であり,地域参加型支援で,地域全体で目標を共有して取り組むことが重要となる.したがって,アドボカシーの重要性という観点で,自殺対策の計画が必要と考えられる(図2).

図1画像拡大
図2画像拡大

IV.地域での取り組みについて
 自殺予防は地域の住民,医療,行政を巻き込んだ包括的な取り組みであり,対策・評価を行うには保健医療圏単位で行うことが望ましいと考えられる1).自殺予防を目的とする介入にあたっては,地域資源を活用し,また特定の機関のみにその負担が集中しないように「皆が少しずつ分け合う」という方法論を確立し,地域へ還元していくことを心がける必要がある.自殺対策の計画に関しては,自治体が取り組む事業だけでなく,各自治体の区域内の自殺対策の計画として定めるものも含めて,検討することが大切である.また,地域の合意形成や評価も考慮することが重要である.
 自殺対策計画策定は,地域全体を考える広い視点が重要であり,つまり,地域づくりでもある.そして,自殺対策を進めていくことは,医療,介護,生活保護,児童福祉といった社会保障やその他の公共サービスに加え,民間の支援,住民生活を生かした支援などの対策を整備するには絶好の機会と考えられる.
 実証的な取り組みとして,複合的介入戦略を取り上げたい.自殺には複数の原因や経路があるため,2つ以上の予防戦略を含む介入(複合的プログラム戦略)は,自殺死亡率を首尾よく減少させることに関連することが研究で示されている2).日本では自殺対策のための戦略研究―地域介入班(NOCOMIT-J)により,複合的な自殺予防対策を実施した.対照地区と比較して,自殺企図の予防効果の検証を目的として行われ,自殺死亡率が高率な地域において主要評価項目(自殺企図発生頻度)が複数地域で当初目標の20%を超える減少効果を世界で初めて示した2).岩手県ではこの複合的自殺予防対策プログラムを骨子とした「久慈モデル」として,自殺対策を推進してきた.久慈モデルによる自殺対策は,①6つの骨子(ネットワーク,一次・二次・三次予防,精神疾患・職域への支援)に基づく対策,②既存の事業と新規事業による事業構成,③さまざまな人,組織,場を活用した地域づくりの視点に基づく対策,④地域診断を反映し,時間軸に沿った活動計画と計画修正により構成されている.

V.東日本大震災津波の被災地での自殺対策の応用
 東日本大震災を経験した岩手県において,被災者がこころに悩みを抱えていたとしても,病院へ行くには抵抗がある,周囲が理解してくれない,被災者に寄り添ってもらいたいなどという心理的な背景が存在するため,支援につながりにくい.被災者の心理に寄り添うことがこころのケアの中心課題であり,具体的には,相談室や訪問活動での寄り添い,こころのケアへの理解を広げるために,普及啓発,人材育成の対策が行われている.
 被災地でもゲートキーパーの養成が求められる.各地でゲートキーパー養成が広がるよう,われわれの監修によりゲートキーパー養成研修用DVD・テキストが作成され,被災地で活用されてきた.このプログラムはさまざまな分野で活用できるよう,被災地支援編をはじめ,知人編,家族編といった身近なゲートキーパーや,相談窓口編,医療機関編,弁護士編などといった専門職向けなどの内容で構成されている.
 そして,ゲートキーパーの育成とともに,ゲートキーパーによる支援の輪が広がるために,ネットワークづくりを並行して行うことが求められる.既存のネットワークの活用と新規のネットワークの構築の両者とも必要である.例えば,自治体で部署間連携が進められると,行政における部署間あるいは庁舎内の連携会議などで情報・対策共有ができ,自殺対策を包括的に広げることが期待できる.加えて,自殺対策は刻々と動いており,連絡会などを開催し,関係者が集まって相談や検討を行うことで,地域の課題を解決する新たな対策が始まることもある.さらに,地域で新たなリスクが発生した際にも,対策が包括的に,かつ円滑に検討されることにもなる.
 庁内での連携では,全課の取り組みを情報共有することが重要であり,計画策定では各課の事業の棚卸を行う.各課の連携体制と役割を強化する取り組みは,法改正の前から行っている自治体もあり,現在の棚卸の原型となっている.そして,ネットワーク活動の評価という点では,1)関係機関ネットワークの評価として,①ネットワークの有無,②関連領域の広さ,③ネットワークの開催間隔,④アクションプラン,⑤プロダクト,⑥連携による対策,⑦対策共有,⑧その他,2)実務者ネットワークの視点では,①従事者の業種数,②研修などの開催数,③開催内容,④プロダクト,⑤実質的連携,⑥参加者の意識・知識・スキル,⑦その他が,挙げられる.それぞれの担当の役割だけでなく,それぞれの領域の連携の量や質という点にも目を向けて,対策を推進していくことが求められる.

VI.久慈地域の実践について
 岩手県では,県が策定している自殺対策アクションプランは国の求める自殺対策計画に即した内容とし,一方で市町村計画と整合性がとれるよう工夫されている.また,市町村計画における「基本パッケージ」に該当する「総合的な自殺対策の推進」には,久慈モデルの骨子に沿って計画が立案され,また,「重点パッケージ」とされる部分には,「自殺のハイリスク者に応じた自殺対策の重点化」として,整理されている.岩手県ではこのように自殺対策の取り組みの方向性として,①包括的な自殺対策プログラムの実践(久慈モデル),②対象に応じた自殺対策の推進,③地域特性に応じた自殺対策の推進,④東日本大震災津波の影響への対策,⑤相談支援体制の充実・強化を掲げ,自殺対策の充実と強化を図っている.そして,実際の推進体制としては,全県的推進・情報周知・予算について岩手県が,地域の推進の支援は県精神保健福祉センター,医療圏での推進・実践は保健所,地域での推進は市町村,専門的支援は岩手医科大学が,といったようにそれぞれが役割を担っている(図3).
 そして,地域での計画策定と実践にあたっては,岩手医科大学では専門的支援として,県や精神保健福祉センター職員,保健所や市町村保健師などへの教育を行い,県担当保健師向けに,複合的地域自殺対策プログラムの自殺企図予防効果についての研修を行うなど,毎年研修を重ね,その年,その時で課題となることを,参加者全員でグループワークしながら進めてきた.また,いくつかの市町村の自殺対策策定においても,素案づくりから,本部会議,計画策定会議や地域ネットワーク連絡会へも参加し,講演や助言などを行ってきた.

図3画像拡大

おわりに
 岩手県では,自殺対策が『自殺対策基本法』制定前から行われ,久慈モデルを行っていた自治体は当初5市町村であったが,法律制定後,導入する市町村が増え,実際に全県的な自殺死亡率の低下がみられるのは,久慈モデルの成果とも考えられる.自殺対策の基本認識として,①対策は地域の重要課題,②一人一人が自殺対策を大切にし,軽んじない,③住民のいのちや暮らしと接点となるサービスや支援は対策の重要領域である,そして,④庁内および関係機関との連携は根幹である,ということが挙げられる.この基本認識に立ち,自殺対策は幅広い対策であり,既存の社会保障・生活保障の業務ととらえ,住民および関係機関がともに行う地域づくりとして,未来の地域のために街全体で取り組むことが何より大切だと考える.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 岡山 明, 野原 勝, 黒澤美枝ほか: 自殺予防の疫学. 日本社会精神医学会雑誌, 12 (1); 34-40, 2003

2) Ono, Y., Sakai, A., Otsuka, K., et al.: Effectiveness of a multimodal community intervention program to prevent suicide and suicide attempts: a quasi-experimental study. PLoS One, 8 (10); e74902, 2013
Medline

3) WHO: Preventing suicide: a global imperative. WHO, Geneva, 2014 (国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター訳: 自殺を予防する―世界の優先課題―. WHO, 2014) (https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/131056/9789241564779_jpn.pdf?sequence=5&isAllowed=y) (参照2020-08-14)

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