Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第12号

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原著
わが国における精神科医の需給と二次医療圏間における偏在に係る研究―官庁統計による経時分析(2000~2018年)―
花岡 晋平1)2), 松本 邦愛2), 平田 豊明1), 長谷川 友紀2)
1)千葉県精神科医療センター
2)東邦大学医学部社会医学講座
精神神経学雑誌 123: 783-792, 2021
受理日:2021年7月19日

 【目的】長年,わが国における医師の需給と地理的偏在は大きな課題であるが,精神科医の状況を計量的に分析した研究は管見の限り2報のみである.本研究は,精神科におけるこの問題を分析することを目的とした.【方法】対象期間は2000~2018年とした.①新聞記事データベースより,精神科医の不足感を分析した.②供給に関して,医師・歯科医師・薬剤師調査(三師調査)より,医師実数,性・年齢構成,働き場所を分析した.③需要に関して,患者調査より,精神疾患による1年間の外来患者ののべ受診件数と退院患者ののべ在院日数を分析した.④地理的偏在に関して,三師調査の再集計データベースより,二次医療圏の人口10万対精神科医数を比較した.【結果】①精神科医不足に係る記事は,他科と比較して,件数,増え方とも少なかった.②精神科医数は,2000年と2018年を比較し1.44倍に増加した.女性割合は16.9%から22.9%,60歳以上は19.7%から28.6%,診療所勤務は14.9%から25.4%へ変化した.③精神科医1人あたり1年間の外来患者ののべ受診件数は1.31倍となった一方,退院患者ののべ在院日数は0.68倍となった.④精神科医1人以上5人未満の二次医療圏が77ヵ所から39ヵ所に減少した一方,10人以上15人未満の医療圏が79ヵ所から124ヵ所に増加した.【考察】結果からは精神科医の不足と偏在は改善傾向にあると考えられるが,これは多くの臨床現場の実感とは乖離していると思われる.この背景には,救急,児童,司法,総合病院など,専門領域の精神科医不足,児童相談所や介護施設など医療施設以外の精神科医不足などの影響が考えられる.しかし,これを本研究で用いた官庁統計から示すことは困難であるため,新たな調査などを行って客観的に裏づける必要がある.そのうえで,精神科医の組織的・構造的な配置の問題を解決し,各ステークホルダーの満足度を高める仕組み作りを検討する必要がある.

索引用語:精神科医, 偏在, 需要と供給, 二次医療圏>

はじめに
 わが国の医師供給の問題は,2000年代にマスメディアなどで取り上げられるようになり,2008年頃にそのピークを迎えたとされる.医師不足の報道のなかでも特に不足が指摘されてきた診療科は,外科,産科・婦人科,小児科,麻酔科であり,精神科の不足はほとんど報じられてこなかった.
 わが国の医師不足に関する研究には長い歴史がある.芳賀ら2)によると,1970年代までは地方の医師不足に対する対策として新設医大の設置が進められた時期もあったが,1980年代半ば頃からは,医師の需給の問題は,増加した医学部定員によって将来予想される医師過剰をどのようにコントロールするのかが主要な論点となった.厚生省(2001年に厚生労働省に再編)が,1975年に立てた医師の供給増の目標である人口10万対150人は1983年には達成され,その後はむしろ医師数の抑制が課題となった.しかし,石川5)によると,2004年4月に臨床研修制度が導入されて以降,地方の医師不足の問題が顕在化したとされる.そのため,厚生労働省は2005年に「医師の需給に関する検討会」を設置し,医学部定員の増員を行うことで全国的な医師数の増加を図るとともに,さまざまな地域偏在対策を講じてきた.しかし,2016年6月の厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会」の中間とりまとめでは,引き続き地域における医師不足は解消していないとされた.その後も,同分科会は,複数回の中間とりまとめを公表しているが,2019年3月22日の第4次中間とりまとめの公表に際しては,精神科七者懇談会(日本精神神経学会,精神医学講座担当者会議,日本精神科病院協会,国立精神医療施設長協議会,全国自治体病院協議会,日本精神神経科診療所協会,日本総合病院精神医学会)が連名で,「『都道府県別診療科ごとの将来必要な医師数の見通し(暫定)』に示された必要な精神科医師数と今後必要とされる養成数は,日常の診療や業務の中で強く感じている精神科医師不足とは大きく乖離している」19)との見解を表明し,各団体が日常診療や業務のなかで強く感じている精神科医不足の問題をあらためて提起した.
 わが国における医師の地域偏在,すなわち,医師過密地域と医師不足地域の医師数の格差については,二次医療圏を分析単位とし,人口10万対医師数を指標とする複数の先行研究が実施されてきた.二次医療圏は,一般的な保健医療を提供する区域で,複数の市区町村で構成されており,都道府県は二次医療圏ごとに医療体制(病床数,医師・看護師等の数,診療所施設数など)を計画する必要がある.例えば,松本らによる小児科12),産婦人科13),麻酔科14),小児・産婦・麻酔科15)や,臨床医10)11)を対象とした先行研究がある.また石川5)によると,医師全体を対象とした研究も複数行われており6)22)23),医師の地域偏在はほとんど変わっていないか,悪化していることが示されている.しかし,これらの先行研究の多くはいずれも10年間での医師分布の推移をみているが,医師の偏在対策が始まった2008年以降のデータを用いて分析した研究は少なく,本研究のように2000~2018年という長期間を対象とする研究はさらに少ない.精神科医の不足や地域偏在の推移を検討した研究に絞るならば,2004~2008年の日本精神神経学会の専門医試験受験者(11,169名)を調査対象者とした稲垣と水野らによる2報4)16)が公刊されているのみである.
 従来,当然行われるべき研究が十分なされなかった背景に関して,福田ら1)は,官庁統計で用いられる診療科の名称変更や追加が行われたことと,市区町村の統廃合が頻繁に起き,経時的に比較すべき二次医療圏の形態が大きく変化したことを要因と指摘している.しかし,2012年より,福田らと日本医師会総合政策研究機構(日医総研)が,わが国の基幹統計である「医師・歯科医師・薬剤師調査」(三師調査)の個票データを再集計し,二次医療圏単位でデータを時系列で比較可能な形で公開したことで状況は変化した21).本研究では2014年の二次医療圏(344医療圏)で固定し,データを再構成し経時的変化を分析可能な形としたうえで,上記データ21)に,新たに公開された三師調査のデータを独自に追加して分析を行った.
 本研究の目的は,精神科医の不足感のマスメディアでのとらえられ方,地域間の格差を含めた精神科医数の状況(医師の供給),入院患者ののべ在院日数および外来患者ののべ受診件数(医師の需要)に関して時系列で比較を試み,精神科医需給の問題を包括的にとらえることにある.

I.方法
 本研究では,精神科医の不足感を明らかにするために,新聞記事の内容分析(contents analysis)の手法を用いた.この手法は,先行研究10-15)でも用いられた,社会科学領域で一般的に用いられる方法であり,マスメディアの報道内容と,「ある社会集団の成員に共有されている意識」としての社会意識の間には,強い関連性ないし類似性が生じていると仮定し,マスメディアの内容分析から社会意識もしくは疑似環境を探ろうとする手法である3).2000年から2018年までの主要全国紙5紙(日本経済新聞,読売新聞,朝日新聞,毎日新聞,産経新聞)を対象とし,新聞記事検索システム日経テレコン2117)より,「医師不足」かつ「精神科」というキーワードを含む記事数をカウントした.なお,他科との比較を行うために,外科,小児科,産科・婦人科,麻酔科に関しても同様にカウントした.
 次に医師の供給面の変化を,厚生労働省による三師調査を用いて分析した.この三師調査は,日本国内に住所があり,医師法により届け出た医師を対象とする悉皆調査である.性,年齢,業務の種別,従事場所および従事する診療科名などによる分布を明らかにすることを目的としており,わが国で就労する精神科医数と就労場所を把握する妥当性と信頼性を備えている.本研究では,この届出のなかで,従事している施設および業務の種別を「診療所」もしくは「病院」と回答し,主たる診療科を「精神科」と回答した数を精神科医数と定義した.
 医師の供給面の要因として取り上げるのは,①精神科医数の変化,②60歳以上の精神科医割合の変化,③女性精神科医割合の変化である.三師調査では,2018年までに複数回にわたり診療科の分類が変更されているが,「精神科」に関しては連続性が維持されている.分析方法としては,2000年を基準年とし,基準年の精神科医数を1とし,どのように変化したかを観察した.また,医師不足が問題となった他診療科との比較も行い精神科医数の相対的位置を明らかにした.年齢構成の変化は,60歳以上の精神科医数の全年齢階級に占める割合を,2000年から時系列で追った.女性精神科医に関しては,全体に対する割合の変化を明らかにした.
 次に医師の需要面の変化に関して,厚生労働省による患者調査を用いて分析した.この患者調査は,全国の医療施設を利用する患者を対象として,病院の入院は二次医療圏別,病院の外来および診療所は都道府県別に層化無作為抽出した医療施設を利用した患者を調査の客体とし,病院と診療所の外来および入院に係る患者数を,精神疾患を含む疾患ごとに測定可能な唯一の官庁統計である.この患者調査のデータから,精神および行動の障害(ICD-10:F00~F99)が原因となった①1年間の外来患者ののべ受診件数と,②1年間の退院患者ののべ在院日数(1年間の平均在院日数と推定退院件数の積)の変化を計算した.
 従来,厚生労働省および多くの先行研究は,医師の偏在の指標として,二次医療圏における人口10万対医師数を用いてきた.しかし,2019年3月22日付で,厚生労働省,医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会は,地域の医療ニーズに合致した効果的な医師偏在対策の実施のためには,医師偏在の度合いを適切に示す指標が必要であることから,新たに医師偏在指標を定めた.具体的には,①医療ニーズおよび将来の人口・人口構成の変化,②患者の流出入,③へき地などの地理的条件,④医師の性・年齢分布について,⑤医師偏在の単位(区域,診療科,入院/外来)を「偏在にかかわる5要素」として,これら変数を組み込んだ数式として定義されたものである.しかし佐藤18)が批判するように,本来医療が必要にもかかわらず,さまざまな理由で受診していない(できない)受診は考慮されていない.さらに,むしろ医師の労働時間の地域差を解消することが求められているにもかかわらず,現在の医師の平均労働時間が変数とされたことで,医師不足などにより医師の平均労働時間が標準的な労働時間(8時間/日)に比べてかなり長いという,医師にとって過酷な労働環境が前提となっている.それに加え,わが国の政府統計ポータルサイトにおいて,三師調査や患者調査では二次医療圏レベルの性・年齢別受療率などは公開されておらず,厚生労働省や自治体の担当者以外の第三者が医師偏在指標の信頼性や妥当性を検証することは難しい.そもそも,精神科医の過不足に関しては管見の限り先行研究2報4)16)しか存在せず,他科の過不足との比較研究も行われてこなかったため,本研究ではこれまでの先行研究との比較を重視し,医師の偏在に係る指標を二次医療圏の人口10万対精神科医数の変化と定義して分析を行った.

II.結果
1.精神科医需給に関する認識の推移
図1に,精神科,外科,小児科,産科・婦人科,麻酔科別の内容分析の結果を示す.精神科医不足に関する記事は2003年から増え始めたが,他科の医師に関する記事の増加に比較して,件数は少なく,ほとんど増加もみられない.その後は,他科と同様に,2008年をピークに減少している.

2.精神科医数の変遷
図2に,三師調査によるすべての医師数,および,主たる診療科がそれぞれ精神科,外科,小児科,産科・婦人科,麻酔科の医師数の変化を示す.2006年まで,外科,産科・婦人科は絶対数として減少し,小児科は増加しているものの総数の伸び率よりは低く,精神科,麻酔科は総数の伸び率を上回って増加している.精神科医数を実数でみると,2000年に11,063人であったのが,2006年12,474人,2012年14,733人,2018年15,925人に増加した.
図3に,病院勤務と診療所勤務別の精神科医数,性・年齢構成の変化を示した.診療所勤務医割合は2000年14.9%から2018年25.4%に増加した.同期間,全診療科の医師に占める女性の割合が14.4%から21.9%へ増加した一方,精神科医に占める女性割合は16.9%から22.9%に増加した.精神科医の60歳以上割合は19.7%から28.6%へと増加した.

3.外来患者ののべ受診件数・退院患者ののべ在院日数と年齢構成の変化
図4に当該1年間の精神科医1人あたりの外来患者ののべ受診件数を,図5に精神科医1人あたりの退院患者ののべ在院日数の変化を示した.精神科医1人あたりの1年間の外来患者ののべ受診件数は4,128件から5,396件へ1.31倍となった一方,退院患者ののべ在院日数は12,171日から8,245日へ0.68倍となった.入院・外来とも65歳以上の患者の増加傾向がみられた.

4.二次医療圏間の偏在
図6に,二次医療圏人口10万対精神科医数の分布と推移を示す.2000年には,精神科医数1人以上5人未満の医療圏が77ヵ所あったが,2018年には39ヵ所に減少した.他方,10人以上15人未満の医療圏が79ヵ所から124ヵ所に増加した.精神科医が0人の医療圏は5~7ヵ所で推移し変化に乏しかった.そのうち2医療圏では観察期間を通して精神科医数0名であった.

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III.考察
 内容分析の結果から,マスメディアでの精神科医の不足感は,そのピークであった2008年前後を含む全観察期間で他科ほどは顕著ではなかった.2000年から2018年までの間に,精神科医の総数は1.44倍,そのうち病院勤務医は1.26倍,診療所勤務医は2.46倍に増加した.そのうち,女性医師と高齢医師の割合が増加傾向であった.精神科医の需給の状況は,1999年から2017年の間に,精神科医1人あたりの外来患者ののべ受診件数は1.31倍に増加したが,退院患者ののべ在院日数は0.68倍に減少した.さらに,2000年から2018年の間に,二次医療圏単位での人口10万対精神科医数の平均値は8.1人から11.5人へ増加傾向にあり,10人未満の二次医療圏が減少した一方で10人以上の二次医療圏は増加した.これら本研究の結果から,精神科医は増加し,その地域偏在も是正されつつあると考えることができる.
 しかし,前述した2019年の精神科七者懇談会の見解19)や,2019年の精神神経学雑誌の巻頭言における「精神科医が余っているという実感はまったくない」という見解からは20),精神科医の不足感は少なくとも精神科医療現場で強く認識され続けているようである.では,なぜ本研究のようなマクロデータの分析結果と,臨床現場の実感に乖離が生じるのであろうか.以下では5つの要因について検討する.
 第一に,精神科医数の増加ほどには全体としてのワークフォース(労働力)が上昇しなかった可能性がある.これに関して,厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会」は「必要医師数」の推計を行う過程において,30~50歳代の男性医師のワークフォースを1.0としたときに,女性医師を0.8,60歳以上の医師は0.8,研修医1年目0.3,2年目0.5と見込み,さらに医師の1週間あたりの労働時間を60時間と仮定したうえで各都道府県別に「必要医師数の見通し」を示している7)8).精神科医をめざす新規参入者が増加しても,全体として精神科医が高齢化するならば,実質的なワークフォースが低下する可能性がある.また,女性医師の増加は組織の活性化などプラスの面があるものの,一方で産休などを契機として臨床から離れ,そのまま離職してしまう場合があり,ワークフォースの低下につながる懸念がある.これら各係数を用いて可能な範囲で再計算し,2000年と2018年を比較すると,精神科医の実数は11,063人から15,925人と1.44倍に増加した一方,ワークフォースを考慮した場合は10,288人から14,401人と1.40倍へ増加していた.したがって,精神科医の高齢化と女性医師の割合が増加したものの,精神科医は実数のみならずワークフォースでもほぼ同じ割合で増加しており,全体として改善傾向が続いていると考えられる.
 第二に,図6に示す通り,全体的に二次医療圏の人口10万対精神科医数は増加傾向であった一方で,増加しなかった二次医療圏が存在した.2000年と2018年を比較すると,344医療圏中,36医療圏で減少していた.ここで大都市圏を人口100万人以上または人口密度2,000人/km2以上,地方都市圏を人口20万人以上または人口密度200人/km2,それ以外を過疎地域と定義するならば,それら減少した36医療圏の内訳は,大都市圏2,地方都市圏13,過疎地域21であった.このうち大都市圏2,地方都市圏3は人口増加と比べ,精神科医の補充が遅れた可能性が考えられる.他方,それ以外の地方都市圏10,過疎地域21は人口減少が目立ち,当該医療圏の人口減少に伴い,隣接する二次医療圏への精神科医の集約が進んだ可能性が考えられる.
 これに対し,人口10万対精神科医数の増加上位20医療圏は,大都市圏4,地方都市圏4,過疎地域12であった.このうち大都市圏4は人口増加以上に精神科医が補充された結果だと考えられる.他方,地方都市圏3,過疎地域11は,人口減少したにもかかわらず,精神科医数が横ばいもしくは増加した.この背景には,例えば地域で中核的な精神科病院が立地し精神科医の配置が維持された,近隣の二次医療圏と相互補完のため精神科医が政策的に集約されたなどが可能性として考えられる.
 なお,全観察期間を通して精神科医0名の2医療圏と,ほぼ1名以下の7医療圏が存在していた.これら医療圏では,精神保健福祉法上の精神保健指定医2名による措置診察業務が実施不能であるため,隣接する二次医療圏での対応など,精神科医療へのアクセスを保証するため個別の対策が必須となる.当該二次医療圏のみならず,全344二次医療圏の医師偏在を論じる際は,都道府県が策定する地域医療計画で相互の補完を含めてどのように取り扱われているかを検討する必要がある.
 第三に,図3に示す通り,診療所と比較して病院で働く精神科医数は相対的に増加しなかった.2007年の精神神経学雑誌の巻頭言で前田9)は,「精神科診療所が増えることはもちろん悪いことではない」としながらも,「様々な領域で精神科医は不足しているが,精神科診療所だけは増える一方である」と書いた.また稲垣と水野ら4)16)は,2006年から2009年までの精神科専門医に関するデータを分析し,「総合病院精神科から精神科診療所に異動する傾向がみられる」ことを指摘した.本研究の結果からも,病院勤務医と比較して診療所の医師数に増加傾向がみられたが,その増加率は徐々に低下していた.観察期間中,病院勤務医は減少しておらず,主に診療所勤務医の増加により,外来患者の増加は応需されたと考える.
 第四に,各専門領域の医師と専門施設が不足している可能性がある.長年にわたり精神科救急,児童精神,産業精神,司法精神,総合病院精神科などの専門領域の医師と専門施設の不足が議論されてきたが,各専門領域の医師数,施設数,その地理的分布は,官庁統計から客観的に捕捉できず,客観的なデータに基づくものではなかった.新たな調査などにより,その実態を把握することが求められている.
 第五に,児童相談所や介護福祉施設など,診療所と病院以外で働く精神科医が不足している可能性がある.2019年,精神科七者懇談会19)は,介護福祉施設における認知症患者への医療的介入,産業精神保健における産業医としての役割,児童相談所,精神医療審査会,精神保健福祉センター,発達障害者支援センター,保健所などにおける精神保健相談や精神科医療などの業務,大学などの研究機関における精神医学的研究における精神科医不足を指摘した.現行の官庁統計では,これら諸施設の医師の需要を捕捉することは困難であるため,本研究では,精神科の需要面の変化を,病院と診療所における外来患者ののべ受診件数とのべ在院日数から把握するのみで,これら諸施設の医師の需給を分析していない.新たな調査などにより,現場の不足感を客観的データから裏づけることが求められる.
 本研究には,以下の限界がある.本研究で用いた内容分析は,社会科学領域において一般的な方法であるが,新聞記事を含むデータが社会意識をどの程度反映しているかに関しては議論がある.特にインターネット,Social Networking Systemが急速に普及するなかで,両者の関連性ないし類似性の強弱に関してはさらなる研究が続けられている3)
 第二に,精神科医の供給に関して,三師調査の精神科医数を指標として用いているが,性・年齢階級による精神科医の働き方の変化は加味していない.
 第三に,精神科医の需要に関して,患者調査より精神科病院と診療所を外来受診もしくは退院する患者数を指標として用いたが,考察でもふれたとおり,行政機関,司法機関,学校,企業などにおける相談業務や支援業務などの需要は加味されていない.
 第四に,本研究では精神科医の偏在と需給の両者を媒介する要因として,例えば精神科医自身や家族の教育や就労機会の多寡などが影響している可能性を考慮していない.
 第五に,本研究で用いた患者調査は,入院および外来患者については,10月中旬の3日間のうち医療施設ごとに定める1日,退院患者については,9月1日から30日までの1ヵ月間のデータから作成されており,1年間の需要とは異なる可能性がある.
 第六に,三師調査は2016年調査から兼務先(「従たる従業地」)も調査されるようになったが,本研究では「主たる勤務地」でのデータだけを分析しており,他の医療施設と兼務している精神科医のワークフォースが測定されていない.
 第七に,本研究における精神科の需要面を分析する際の対象疾患は,精神および行動の障害(ICD-10:F00~99)を主傷病とする外来および入院患者であり,それらが副傷病であった場合の精神科需要は考慮されていない.

おわりに
 本研究で用いた,先行研究の分析手法からは,精神科医は他科と比較して不足しているとはいえない.他方,個別の二次医療圏における精神科医の不足,診療所と病院以外で働く精神科医の不足,精神科救急,児童精神,産業精神,司法精神,総合病院精神科などの専門領域の専門医の不足が指摘されているが,その実態は未解明である.新たな調査などにより,現場の不足感を客観的データから裏づけることが求められる.これに加え,厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会」の指摘の通り,将来も精神科医の増加傾向が続き,社会の高齢化により精神科需要がピークアウトするならば,全体としては精神科医の供給過剰となる可能性がある.いかに客観的なデータに基づき,医師の需給バランスを把握したうえで,政策的な対応を行うかが重要な課題となっている.精神科医の組織的・構造的な配置の問題を解決し,各ステークホルダーの満足度を高めていく仕組み作りが求められる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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