Advertisement第116回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第6号

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総説
神経症概念の遺産をわれわれはどう受け継ぐか―精神病との対比,心的外傷の身分,不安の問題―
新宮 一成
奈良大学社会学部心理学科
精神神経学雑誌 121: 433-444, 2019

 神経系に由来すると考えられる諸疾患にとっての傘的概念として機能してきた神経症概念は,いまや公式に取り払われつつある.その後は神経症圏の疾病概念は細分化の方向で扱われるようであるが,他方では,その欠を補うべく新たな包括原理が求められてもおかしくない.神経発達症群の概念によって,発達の時間軸がDSM-5で強く打ち出されていることは,通時的な軸でそうした包括性を確保しようとする動きの表れであるように思われる.神経症概念は,精神疾患がどのようなものであるのかを一般社会に発信しつつ,逆にそれを越えた精神病なるものの存在を社会に伝えるための梃子にもなっていたが,この二分法が失われれば,精神病概念も単に身体に基礎づけられるというのみでなく,新たに捉え直されなければならないであろう.神経発達症群が通時的な軸でまとめられるとすれば,精神病は神経系の病的な発達のある段階での収束形態の1つということになるからである.また諸々の神経症圏の疾患は,元来不安という概念を通じて緩やかなまとまりを保っていたが,神経発達症群のASDやADHDにおいても不安の表出が重要であることを鑑みれば,神経発達症は,不安という共通項を通じて従来の神経症と総合される可能性を有している.その際,不安と心的外傷論は,相まってその総合に1つの発達時間軸を賦与しうるのではないかと考えられる.

索引用語:神経症, 神経発達症, 不安, 心的外傷, 事後性>

はじめに
 神経症概念なしで,診断や分類ができるという思想の高潮は,現下の精神医学において非常に大きな勢いを得て,ついに当然視されるようになり,治療さえもすでにそれなしで進めることができるという予断も漂うようになった.決定的な影響を及ぼしたのがアメリカで作られた診断と統計のマニュアルDSM-IIIによる神経症概念の追放であったことは衆目の一致するところであろう.一方,日本ではDSMをよく受け入れたにもかかわらず,国際診断基準ICD-10に神経症概念がまだ括弧つきで残されていたこともあってか,臨床でこの概念を使い続けることにさほど違和感はなかったことも事実であろう.しかしそうこうするうちに,神経症概念は相応の議論を経ないまま顧みられることが減ってゆき,そしてこのたび2018年のICDの第11版への改訂を機に,表面からは姿を消すことになった.
 むろん神経症の概念が字面のうえで抹消されたとはいえ,それを用いて精神医学実践のなかで名指されてきた現実の事象までが,存在しなくなったわけではない.ましてや,精神医学の理論的,かつ実践的な発展のなかで,この概念を用いて実現された重要な進歩の歴史的意義が消え失せることもない.本論文では,神経症概念で取り扱われた事象を3つの系列に分けて振り返り,それぞれにおいて神経症概念が果たした役割を今一度吟味して,神経症概念による認識が今後の精神医学実践をどのように照らし続けるのかを展望することを課題としたいと思う.

I.精神病との対比―神経症概念の社会的機能をめぐって―
 現在でも用いられる用語に,神経症圏と精神病圏の対がある.機能的には精神疾患の全般的領野を2つの領域に分ける,緩やかな傘的概念にすぎない.しかしこの区別は精神医学にとって本質的な判断を導くものであると考えられてきた.すなわち人間の根本的な人格機能を失わせるような精神疾患が存在するということ,そしてそのような疾患とそうでない疾患とを分けることができるということ,そうした科学的メッセージを,世のなかに向かって精神医学が主張するという意味をそれは含んでいた.精神医学史からみると,心が病気になり人が責任能力を失うという観念それ自体が,一般人口にとっては受け入れがたいことに属するものであったが,そうした頑強な先入見を和らげるために,このわかりやすい近代的メッセージは長らく役立ってきた.
 神経衰弱やノイローゼという言葉は日本近代の文化史のなかで一般化し,誰でもこの近代社会では多少とも神経症的になりうるというものの言い方も受け入れられるようになった.そういう見方を踏まえて,さらにどこかで何かが加われば,人は心の病によって社会のなかで一人の人格が人格であるための根本部分としての責任能力を失うことがあるかもしれないという思いを,世の人々は徐々に共有できるようになっていったのではなかっただろうか.その際に,誰でもなりうる神経症という病気から,望んでもなれるものではない精神病という病気への,見たことのない境界線の存在という観念に現実性をもたせてきたのが,この神経症圏と精神病圏の対比という考え方であった.その考えは,独自な質をもった精神病の諸症状を,単なる常識はずれな言動としてではなく,病気に陥った精神の必然的な表現として人々が覚知することを助けてきた.
 境界線を踏み越えさせるその何かということ,つまり神経症圏から精神病圏への跳躍を強制する力は,精神医学がおいている器質的な変化という仮定と別のものではないが,この仮定は,精神医学外の人々が納得してこそ,精神医学内部でも診断学の基礎として機能してきたのではないかと思われる.了解可能なものと了解不能なものの差異というJaspers, K. の現象学的概念11)もこの仮定のうえに築かれたが,そもそも神経症の彼方に精神病があるという一般社会における理解が得られていなければ,精神病理学的に決定的であったこの了解不能という言葉さえ,単なる差別的な決めつけのように響いたかもしれない.
 とはいえここで精神病理学の探究の努力があって,神経症圏の諸疾患の場合とは異なった,精神病に特異的な内面の体験様式というものを明らかにする知見の蓄積が行われた.その成果はとりわけ「させられ体験」や「一級症状」をはじめとする自我障害の諸相の濃密な記述に表れている.これらの記述は,人が主体性ひいては責任能力を失うという病的事態が架空の理論的産物ではないことに,さらには外からは常軌を逸した行動として価値づけられるしかないものが,実は主体が病を負うという内在的なできごとの結果であるという見方に,一般社会が納得するような整合性を与えるものであった.
 こうした自我障害の記述は,まずもって診断の基準を与えようとする精神医学内部の作業であったかのようにみえる.事実その作業は,ドイツの精神病理学の伝統の柱を作ったのみならず,DSMにもICDにも統合失調症の診断基準の中核を提供した.だがより本質的な意味において,それは広く一般社会に向けて,精神病なるものへの認識を確かなものにする努力であったといえるのではないか.そしてそれに対して一般社会は,神経症圏の疾患について了解し始めていた病的な心の在りように対比させることで,精神病圏において主体性が崩れることを,現実感をもって受けとめようとしたのではなかったろうか.たとえ一部の学者たちにとって,神経症への一般社会の理解が,精神病への拙速な了解という誤解の可能性を孕んだ警戒すべきものと映っていたとしても,今にして振り返ればその誤解の危惧があっただけにかえって,精神病の重大さを正確に表現して伝えるという歴史と社会に向けられた使命感が,精神病理学のなかで保たれてきたとみることもできよう.
 精神病を特徴づける言語の解体や身体の統合性の崩壊は,神経症における類似の体験との間での微視的な異同,例えば離人症での能動性希薄化に対する妄想的自我障害などの区別に照らしたうえで,精神病性のものであるとくっきり認識されたが,そのような精密な着眼は,一般社会に対して病的体験の独自性を誤解なく伝えようとする使命感なしでは成し得なかったものであると思う.そうした使命感に,神経症概念は言わば暗黙のうちに対照群を提供して答えていた.この概念が一般社会と精神医学の関係の歴史のなかで果たした役割は,それゆえ過小評価できるものではあり得なかった.それは精神の諸病についての社会的理解の地ならしをしただけではなく,精神病の本質的な特性を際立たせる作業にとっての梃子にもなっていたのである.

II.神経症概念が消えれば精神病概念も消えるか?―神経症概念の四次元化としての神経発達症概念―
 神経症概念がこのように精神病概念を活性化させていたのだとすると,神経症概念なしで精神病概念は自立し続けられるのかどうかが改めて問われることになるだろう.もともと神経症概念は原因がまだ明確ではない神経系疾患に対する傘的な概念であって,よく知られているように,原因がはっきりすればその疾患は,てんかんの場合がそうだったようにこの傘から抜けていったのである18).したがってそれは,決定的な成因論を構成することの困難な諸疾患のための避難場所という意味での仮の役割を担わされており,やがて消滅することを予定されていたものだとみることもできる.むろん今の時期がその消滅に適切かどうかはわからない.神経症という全般的な傘的概念が不要と見なされるということからみれば,身体に基礎づけられるものという全般的信条のうえに築かれた精神病概念も,同様の宿命に脅かされているのではないだろうか.DSMにおいて重用される「スペクトラム」概念に単一精神病論を想い出させるものがある9)ということには,そうした宿命の一端が表れていよう.
 神経症概念が消えるということは,翻って,精神病概念に内包される,精神を病むということの本質をどこに求めるのかという疑問を意識する機会が,精神医学の内側でも外側でも,著しく減少するということを意味するであろう.それにより,精神病における主体性の毀損ということの重大さを鑑みることが減ってもよいというなら,それは精神病の法的位置を確定する作業において,別の器質論的原理をはっきり導入する用意が精神医学のなかに生成しつつあるという主張によって補われる必要がある.事実Frances, A.が述べるように5),DSM-5においてはそうした器質論的原因論を先取りしようとするさまざまな主張が伏在している.しかしさまざまな病型への器質因の定式化はあまりに性急になされると,仮設的なモデル建造の競争のみが目立つことになるおそれなしとしない.
 一般社会において理解されやすかった神経症概念と哲学的概念に対照させつつ精神病体験の特徴的な質を見極めようとした精神病理学的な努力は,Jaspersの敷いた現象学とその後の発展に代表されるが,神経症という鏡が弱体化するのにつれてそちらも不鮮明な拡散を起こし,精神病を全体として捉えるための概念の精錬作業は曖昧さにおびやかされている.
 そしてこのことには,神経症概念衰退のほかにもう1つの大きな要因がある.それは,神経症との二分法に気をとられるあまり,パーソナリティ障害,倒錯,発達障害,依存症,パラノイアなどのいわば第三のセクターの関与を精神病理学がうまく説明しきれないままにしてきたことである.それらもまた,社会的人間にとって本質的なあの責任能力という点から理論化され位置づけを与えられなければならなかったはずのものだったが,その課題は簡単にみえて非常に困難であって,このセクターの社会的重要性を現実が突きつけてくるに従って,神経症と精神病の異同を軸とした思考の限界が露わになってきた.特に日本では連続幼女誘拐殺人事件(1988~1989年),神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇事件)(1997年),そして池田小事件(2001年)などの重大事件において,この二分法で責任能力の問題に社会の納得できる整合的説明を与えることができなかったことは,神経症と精神病のどちらもがその都度の相対的な概念にすぎないのかもしれないという不信を社会に与えた.それと並行するかのように,神経症と精神病のどちらの本質論にも依拠することを避けながら,細分化された精神病理表現に対して内向きの研究を進めることがそれぞれの立場で一般化してきた.そしてこの細分化スタイルは,2013年策定のDSM-5が推し進め,2018年からのICD-11が採用している方針にも合っている.DSM-IIIで神経症概念は消えたとはいえ,DSM-IV-TRまでは不安障害概念が傘的な機能を果たしており,神経症概念の退場の欠を補っていたが,DSM-5ではそれも大きく縮退し,強迫症や心的外傷後ストレス障害(Posttraumatic Stress Disorder:PTSD)が直接に独立して扱われる形になっている.
 事実,DSM-5は,もはやそれまでのDSMにおける,操作主義的診断哲学の要請する原因論的禁欲を守っていない21).そこでは実質的に神経症概念も精神病概念も消えているが,器質的病因論の要請のみは色濃く前景に出てきている.傘的概念が不在であっても,それぞれの疾患ごとに器質的病因論の裏づけを得ていると想定できれば問題はないかのようであり,それでは分類に秩序が欠けてしまうのではないかという心配も無用と考えられているようにみえる.というのは,もともとすでにDSM-IIIには,配列の順序によく見て取ることができるように,病気の成因論の代わりに発達ラインを想定する時間軸構想が存在していたのだが,DSM-5では,それが原因論に代わる器質論的中軸理論を提供するまでに表に出てきているからである1).この発想はDSM-5が発散している自信の根拠の1つ―もう1つは病理にかかわる諸々の神経回路がすでに十分に同定されているという判断―である.その様子をみておこう.
 人間という生命体は時間軸に沿って,成長という名の変化を遂げる.その途上で,与えられた素質は次々と開花してゆく.もしその素質が外向きに形成されれば人は外部の対象に向かって接近する行動をとり,内向きに形成されればそうした行動を制止する行動をとる.DSM-5は,Kendler, K. らが編集人を務める“Psychological Medicine”誌に2009年に載った諸論文を参照して,そうした両方向の形成を規定するものを,それぞれ外在化因子(externalizing factor),内在化因子(internalizing factor)と呼ぶことを提唱しており1),それに従うならば,これらの組み合わせによって発達的諸特性や性格が作られてゆき,さらにその一部は病理化すると仮定できる.すなわちこの2種類の因子の時間軸に沿った絶えざる働きを認めてしまえば,精神の病理的発展のなかに,発達の不均衡や阻害,性格の形成とそれにより与えられる社会的位置づけ,そして脳に遺伝的に組み込まれていた条件と発達過程の出会いとで,病気の発現に向けての脆弱性が作られるまでのプロセスを説明できる.ここではあらかじめの神経症や精神病というカテゴリー分けはむしろ邪魔になる一方で(なお,精神病という傘は折り畳まれて,精神病性障害群という語によって統合失調症スペクトラムのなかにしまい込まれ,傘の機能はとりあえず果たしていない),先ほどの日本の場合を例にとって考えたような,パーソナリティ障害や倒錯の影響が介入してきたとしても,成因論的理論編成のなかにそれらを組み込むことができるというメリットが生まれる.そして診断システムそのものに不信が投げかけられるような事態は,この発達論の柔軟性によって避けられる公算が増したようにみえる.
 例えば二分法的な前提を疑問に付する存在の1つであるパラノイア(=妄想性障害)についていえば,Kraepelin, E. がそれを「人格発展」であると見なした経緯がこの見方のなかでは暗に活用されてもよいだろう.実際,DSM-5がねらっている新しい考え方では,この活用は辺縁的なものではないと思われる.遺伝や性格や発達に「運命」を加えて,はるか以前にLange, J. は次のように述べている(1927)17)
  
 パラノイアの発展においては,クレペリンによれば,心因性妄想形成とちがって,専らあるいは主として人格のなかに置かれている内的原因が決定的な働きをする.〔…〕ここで問題となる人格のすべてに,ある種の共通性や,また遺伝的類縁性があることが示される.これらの事実から考えると,単一的なパラノイア性準備性があって,それがさまざまな性格や運命と働き合ってパラノイアという枠の中に一括される多彩な病型へと導かれるのである,という見解には,十分な根拠があるのではなかろうか.そしてこのようなパラノイア性素質は,クレペリン,ヴィーゲルト,その他の人たちによって主張されているように,発達史的視点のもとに考察しうるのではないかと思われるのである.
  
 先ほど「第三のセクター」と述べた病態の関与が発達論的に重要であることはこの時代にこうしてすでに認識されており,パラノイアの場合に,妄想は心因性というよりも遺伝的要素に規定され,その要素は器質的に性格へと組み込まれ,妄想へとつながってゆく発達的次元があるということが,ここでのLangeの構想である.DSM-5で通奏低音として重視されている発達ラインにかかわる諸要素がそこに周到に列挙されており,それは「外在化因子」や「内在化因子」の発達軸による連続的発現という考え方のドイツ古典版というべきものになっている.改めてDSM-5の現代的語彙を使用するならば,「反社会的行動,素行の乱れ,嗜癖,および衝動制御の障害」を含む「外在化グループ」と「抑うつ気分,不安,および関連する身体と認知の症状」によって特徴づけられる「内在化障害」とは,遺伝を基盤とし,絡み合って成長する.こうした「外在化グループ」や「内在化障害」はそれぞれがスペクトラムであると見立てることができ,特に「外在化グループ」に関与してくる障害の種類としては,DSM-5内の「群」の分類枠を跨ぎ越して,注意欠如・多動性障害(Attention−Deficit/Hyperactivity Disorder:ADHD),秩序破壊的・衝動制御・素行症群(Disruptive, Impulse−Control, and Conduct Disorders),物質使用障害,そして反社会性パーソナリティ障害などがあるとされる.ここにみられる発達的な類縁性を,症候論的にのみならず,遺伝子研究と神経回路仮説の裏づけを得て整理し構築しようとしたのがBeauchaine, T. P. とHinshaw, S. P. であり,彼らの編になるハンドブックでは,これらの障害をまとめるためにexternalizing spectrum disorders(外在化スペクトラム障害)という言葉が用いられている2).Langeがパラノイアを定式化しようとして動員した遺伝-発達論的な仮説が,一世紀近くの時を経てここに再浮上しているかのような印象である.
 DSM-5の遺伝・器質論的成因仮説がわれわれのなかに引き起こす既視感として,先ほどは「スペクトラム」概念と往時の単一精神病概念との対応からくるそれを挙げたが,「外在化/内在化」因子の発達論的構成と,Langeのパラノイア形成論の対応からくる既視感も相当なものである.Langeの記述にはすでに,人間の発達ラインが決して順調な開花のようなものではなく,寄り道の多い経過をたどり,曲がり角ごとに不安を抱え込み,それをやっとの思いで統御したかと思うとまた次の不安状況にさらされる,といった種類のものであろうという見方がうかがえる.確かにこれはパラノイア論であって神経症論ではない.しかしそこに描かれた発達の経路を改めて思いやるとき,それは神経症の観察から積み重ねられてきた例えばErikson, E. H. による有名な発達論図式4)なども髣髴とさせる.そもそもFreud, S. のそれをはじめ7),発達のラインを考慮に入れてこなかったような神経症理論はない.神経症概念は,必ずしも傘的な概念の機能によってのみならず,個々の神経症において,そうした不安定な経過のために人間が蒙らざるを得ない数々の変化を,丹念に跡づけてきたことによって,精神医学への貢献を果たしてきたのではなかっただろうか.DSM−III以来,神経症概念が厄介払いされていることにはそれなりの理由があるとしても,神経症概念が複雑な病態の研究において果たしてきたこの積極的な役割を,ここでもう一度見直すことは決して無意味ではないと思われる.
 そうした観点から,先ほどみておいたDSM-5における,神経症-精神病のカテゴリー峻別に代わる外在化因子-内在化因子という2つの座標の組み合わせを振り返るならば,この組み合わせはすでに,神経症概念の後を受けて,その概念の四次元化として成長しつつあるとみることができるであろう.そのことが最もよく表れているのが神経発達症という概念である.これをみれば,神経症概念を人は必ずしも廃棄する必要はなく,神経発達症のなかに神経症概念の内包の少なくとも一部を取り込んで,前者は後者の発達次元を強調した発展型であると捉えたり,またPTSDを,その発達的次元に傷を負った状態を表す概念であると捉えたりすることができるようにみえる.これまでの神経症概念が解消されるとすれば,人は遺伝と性格と運命と,そして外傷とを受けとめた神経系がどのように発達してゆけるのかということに関して,解消された神経症に代わる何らかの概念をもちたくなって当然であるし,それが神経発達症であってもよいのである.
 しかし,大局的にみれば神経発達症に神経症の歴史的後継者になりうるかもしれないという面があるとはいえ,具体的に運用可能なほどに両者が一致しているわけではない.そこで,神経症概念と神経発達症概念の緩やかな歴史的継承関係を指摘するにあたって,人間が新しい内的・外的要素にさらされながら発達してゆく際に「不安」の経験をもち,それにどう対処したかによって人格を形成してゆくという見方をとって両者を検討してみたいと思う.これは実際にDSM-IV-TRまでの版で,不安概念が神経症に代わる傘的概念,いやむしろ基底概念となっていたことの再活用でもあり,さらに本質的には,発達を内包した概念としての神経症論の歴史のなかで,伝統的に不安が中心軸を担ってきたことを踏まえてのことである.臨床的に観察され確認された不安は,精神病理学のなかで疾患の本質に迫ろうとする場合の最も信頼に足る手がかりになってきた.Freudの不安信号説は,不安に対処する人間行動を広く捉えて有益であるし8),Klein, M. には迫害不安から抑うつ不安に至る不安起源論があり16),実存主義哲学の影響を直接間接に受けた精神病理学にとっては,不安は主体性の精神病理を考えるにあたっての基本問題であった.そこで木村が提出した統合失調症的なアンテ・フェストゥム論14)も,存在論的視点から不安の臨床的表出に着目したものである.これらを踏まえて2004年には庄田によって,不安の諸相で精神病理の広がりを見通そうとしたシンポジウム「不安の精神病理」がもたれた23).このあたりの時点で,自我の心的状態と関連させながら不安の発展を理論の中軸として精神病理の類型を構成するという考え方が発信されてもよかったところではあった.
 しかしそのような考え方を診断の方向にまで振り向けるにはまだ時機が熟しておらず,神経症に代わる概念装置は作られなかった.時間の流れをみると,この時代に生じつつあった神経症論の隙間において,かねてより発達論的に構成されていたDSMが,神経症の概念をその18世紀的起源22)に遡りながら発展的に取り入れ,ついに神経発達症という概念が神経症概念の不在の欠を補いうると解されるようになったと考えてみてもよい.この経緯に応じるのであれば,あくまでもテンタティヴにではあるが,神経発達症は神経症の後継概念になっているというさしあたり無言の了解を携えて,発達的な精神病理学を再出発させることが,残された選択肢の1つであろう.現在の基準で神経発達症とされているもののなかのある種のタイプが,これまで何らかの神経症といわれてきたものへと発展してゆくことが観察されれば,経過を含めた大きな神経症の疾病像が手に入れられるかもしれない.
 さて,こうして神経症と精神病について時間軸を含み込んだ四次元の見通しが与えられることによって,両者の区別をするよりも人間の発達に沿って諸要素がどう展開するのかをみてゆくことが優先され,それによって疾患の臨床像がより現実的に浮かび上がるのであれば,神経症と精神病の二分法を乗り越えたかのようにみえる理論はよいことずくめであるように思われる.しかしDSM-5の基準を出発点にした場合,実際の運用の際の症状認識の煩雑さ,研究を進めるに必要な研究デザインや機器の大がかりなこと,必要な協力者の数の大きさなどは,たとえ実行可能な範囲にあるとしても,患者との接触がチェックリストを介してのみになるということになれば,そこに手続き的な不安定さが知らず知らずのうちに忍び込む.その不安定さを補うためには,実地の観察に基づく軸が必須である.われわれは先ほど,その軸を不安という概念に求めることができるかもしれないと考えた.
 このように不安という基礎概念をいわば復活させることの積極的な意味としては,神経症の成因論的概念としてそれを据えるということがあるが,一方消極的な理由として,DSM-5が暗示する今後の精神病理学の基本的発想において,研究段階では疾患カテゴリーを前提せずにいくつかの症候論ディメンジョンをおくという考え方を応用すれば,不安を症候論の軸の1つにとることもまた可能なのではないかと思われることがある.ただし,カテゴリー説を排してディメンジョン説をとるべきだとするDSM-5ほどの確信をもってそうするわけではない.Levy, F. らによれば19),Jablensky, A. はこの問題について,精神病理に関するディメンジョナルなモデルの難点の1つとして,「臨床上のさまざまな変異型を適切に説明するために必要なディメンジョンの数と本質について意見の一致が得られていないこと」を挙げている.ディメンジョン説のとりあえずは難点といえるこのような流動性は,むしろディメンジョン概念の本質である.その流動性に場を借りて神経症論のために不安という中軸を想定し,神経発達症と不安の問題に関連づけながら振り返ってみたい.

III.神経発達症において,神経症と同様に不安が基底にあると想定できるだろうか?
 従来の神経症論において,症状の基底に不安があり,不安の根源には心的外傷があるかもしれないという基本図式があった.病理的な発達時間軸とでもいうべきものである.神経発達症においてもこうした図式が描けるかどうかは興味深い.だが,さしあたりよく馴染まれているのは合併あるいは併存という考え方であり,これに沿って神経発達症において不安がどのように現れるかということをみたいと思えば,DSM-5は利便性の高いツールとなっている.なぜならばDSM-IV-TRまでのような,傘的概念としての不安障害の用法がそこにはないため,DSM-5に挙げられた狭義の不安症のみを考慮し,神経発達症と不安症の併存率を調査すれば,神経発達症において不安という要素がどの程度の意味をもつのか,ある程度推測することが可能になるからである.その観点から,神経発達症における不安症の高い合併率を論じている研究は少なくない3)12)
 そもそも自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)やADHDの人の特性を鑑みれば,さまざまな生活場面で不安の出現を経験することになることは自然の成り行きである.そこから神経発達症における不安を,状況への不適応からくる二次症状と見なすことはできる.このように不安を中核症状に対する二次症状であるとして対応することは,認知行動療法のプログラムを組む目的には有効である15).しかし他方では,神経発達症の不安は,しばしば適応の失敗を超えた質を備えているということを見逃してはなるまい.例えばASD児では社会的交流や相互作用が不足することから,社会的援助を求めることができにくく,不安も定型的なものでないため見逃されやすくもなることが指摘されている20).すなわち周囲にとって,状況不適合から不安になっていることが容易に了解できるような状態になる以前に,この病態の特性による内在的な不安が,当人には経験されていることが十分推測されるのである.またADHDでは,計画を立てること,あるいは将来像を思い描くことが苦手であることから,今ここで次の一歩を踏み出すことも実は不安を克服してしかできないものなのであり,将来を考えて行動することを迫られるように感じる状況では著しい不安が生じることが考えられる.それは二次症状というよりもむしろ,ADHDの特性からの直接の帰結あるいはそれと一体のものであると見なせる.
 こうして神経発達症においてみられる不安を,別の起源に由来する疾病の合併であるというよりも,この障害そのものの特性に由来すると考えることができ,不安は,神経症にとってはむろん,神経発達症にとっても基底をなす心的状態であるという見方が可能である.ASDやADHDのために適応障害が起これば,そこからくる不安と抑うつが,その不安に重畳することになる.その場合2つの不安は一枚岩的であるとまではいえないが,一人の人のなかに連続的に,あるいは原因結果の関係をもって現れるので,心的な連続体をなすという見立てはできるであろう.
 このように基底的な不安が神経発達症の特性として観察されるとすれば,それは先ほどから問題としている外在化/内在化という概念仮説に,消極的に言えば相対化を,積極的に言えば総合を迫ることになる.なぜなら,概念的前提として,ADHDは衝動性を孕むために素行症にもつながる外在化的な障害として認識され,逆に不安/抑うつは制止症状につながる内在化的な障害として認識されているにもかかわらず,外在化障害であるADHDに特性としての不安があるとすれば,外在化障害のなかに内在化因子の働きを認めざるを得なくなるからである.実際,Levyらは,外在化障害と内在化障害の間には高い併存率があることを認めて,外在化障害のいくつかの側面を調整するのが不安の効果なのであろうと捉え,総合を試みている19).またCorr, P. J.らは,まず不安を含む内在化障害の基礎に行動制止システム(behavioral inhibition system:BIS)という回路を仮定し,その部位としての中隔-海馬系の過敏性があるとし,対する外在化障害は行動接近システム(behavioral approach system:BAS)の機能異常に結びついているのではないかとしたうえで,BISが正常よりも低機能であれば,それは外在化障害の発現を促すことになり,したがって外在化障害は,BASの過敏性のみならずBISの低機能でも生じうると総合的に説明している3).不安機能の低い個体は外部対象に向かって容易に接近を図ると考えられるからである.興味深いことに,Corrらはさらに,この考えと同時にパニック症,全般不安症,そして強迫症を順に巻き込んだ症状発現システムモデルを考案している.DSM-5において不安症が傘的機能から外され,強迫症が不安症とは別個におかれることになったということに鑑みると,そのモデルはDSM-5をいったん脇において,再び神経症の群を不安概念で段階的に包摂するかのようにみえる.不安という鍵概念によって,それらの神経症の群は神経発達症とつながる可能性をもって位置づけられている.
 ではこれらの基底的不安の表れを総合して,そこに発達の時間に沿った不安発展という軸を通すことはどの程度可能であろうか? まずLevyらが述べているように19),幼少期の虐待などの外傷的体験は神経-内分泌機能への影響を通じて,後年の外在化/内在化障害へのリスクを高めるものである.古くはFreudが幼児期の性的な心的外傷が神経症の原因であるという説を提出していたこと6)に鑑みれば,神経発達症についてのリスク要因をこれまでの神経症の背景にも共通に想定することは合理性の閾内にある.心的外傷は個体の外部の環境から与えられるものである以上,その外傷要因への対処は,広くかつ根本的な意味での「適応」の問題であり,外傷神経症の研究で有名なKardiner, A. が「マステリー(mastery)」と呼んだ生体の作業の積み重ねである.
 DSM-5の原因論仮説に導き入れられている発達ライン構想にも,すでに伝統的な神経症研究において考究されてきたこのマステリーの概念は合致している.Kardinerは,多数の戦争神経症の患者を診察した経験から,古典的な強迫神経症やヒステリーといった神経症では心的加工が広範になされて症状が出てくる反面,外傷神経症ではそうした心的加工が乏しく,直接外界にかかわる感覚運動器官が冒されるという.ただしその基準をもってしては,「両神経症間には明確な分割線が引けないのである.両者の精神病理学的原理は同一である」としている13)
 この同一原理による神経症の群から,1つの病型を抜き出すことによって承認された疾患名がある.言うまでもなくPTSDのことである.原因となる外傷体験からいくらかの時間を経て発症した神経症でも,外傷と症状との間に直接的因果関係を認めうるという主張は,それをベトナム戦争帰還兵の症状に対しても認めるかどうかについて政治的レベルを巻き込んだ論争を引き起こし,その苦労の末にやっとこの概念が確立されたと語られる22).その後日本では阪神・淡路大震災を経験し,PTSDの概念はよく使用されるようになったが,太平洋戦争とPTSDの関係についての研究は,基礎資料が公刊され始めたばかりで10),まだ十分に体系的には進められていないようにみえる.この部分の研究が進めば,神経衰弱や外傷神経症といった往時の神経症の診断名で名指されていた病気が,現在のPTSDと神経症との関係のより深い内実を照らし出すことになるだろう.
 PTSDは,上記のKardinerの言葉を借りれば「生理神経症」として,理念的には生理学的過程を介する因果関係によって発生し,そこでは心的加工は極小であると仮定される.先ほどのLevyらの議論において,神経発達症においても同様の発達線上の幅広い因果関係が考慮されているのをみた.一方,例えば戦場の経験を外傷として,PTSDがかなり後になってから発症する場合などには,何らかの心的加工が入り込むことも考えられる.つまり直接的な因果関係でなく,心的加工を介した一般的な神経症の成立機序が働いている可能性もあるだろう.そのような場合には,Kardinerの「両神経症の原理は同一である」という言葉を再び吟味しなければならない.一般に神経症ではどのような原理が仮定されていたのだろうか.
 ここでいったん時代を遡ってみると,Freudは神経症に関して初期の直接的な外傷に基づく因果関係論から,本来の神経症成因論である間接的な「事後性」という時間構想へと移行している18).この概念はPTSDの順方向のみの因果性とは対照的である.
 事後性は,Freudが抽出した記憶表象の動態の,症状形成にかかわる複雑な時間論である.すなわち幼児期の外傷体験は,「外傷」という意味が理解されないままに記憶システムに登録され,後に生じた別の体験がそれを事後的に意味づけすることによって初めて外傷性記憶として機能し始め,そこから症状形成のプロセスが始まる.モデル的に例を想定するなら,学童期の男児が兄から何回か性的アプローチを受け,その記憶の意味がわからずに過ごしていて,青年期に至って最初の恋愛に挫折したとき,その学童期の記憶が賦活されて無意識に外傷としての影響を及ぼすようになり,以後のメイティング課題の局面では理由のわからない怯えを感じて行動制止に陥るというケースが考えられる.このように時間的逆行や再体験の過程のなかで,経験の記憶は心的な意味づけを受け直し,神経症のいずれかの症状の様式を選んでその症状の原因として定着する.
 客観的に前の経験と後の経験のどちらが重大かということにかかわらずこの時間構制は成立しうる.したがって,PTSDの場合は理念的には順方向の生理学的な症状成立過程が仮定されているけれども,そこでもこの事後性が働いていないとは言い切れない.PTSDを引き起こしうる重大な外傷局面を自我の強さで病因化させずに過ごした主体が,その後の別場面の軽い衝撃によってもとの事件の重大さを外傷的に経験するようになる,あるいは,重大な外傷局面それ自身は病因化されずに,むしろそれがより古い瘢痕化していた記憶を改めて病因化させる,という事後的時間関係もありうる.
 神経症においてしばしば治療中に前景化してくる不安-例えば強迫症状を無理に我慢すれば必ず発生すると予感されている鋭い不安-は,外傷的な記憶の再活性化による,主体的思考の無力化を対象としてもっている.伝統的には不安には対象がないと定義されることもあるが,見方を少し変えるだけで,不安は無を対象としていると言い換えることができる.主体の思考の対象にならず,主体を過去から規定している記憶が再現してくることや,運命として受け入れなければならない偶然が今にも降りかかってくるであろうとの予感が,不安が対象をもっているということの意味である.つまり不安が対象をもつということは,主体が歴史を,言い換えれば内面化された発達ラインの記憶と予測をもっているということの1つの形なのである.すなわち,PTSDにおいても神経症においても,発達の途上で何らかの形で蒙った外傷からくる不安が,病気の成因論的実質を構成するのみならず当人の人生観を支えているということである.
 神経発達症においては,先にみておいたように,ASDでは不安症の併存が有意に認められ,DSM-5自体にも,不安症の併存が記載されている.ADHDにおいても同様である.どちらの場合も,適応不全による二次的な不安のみならず,特性に根差した不安が発生している可能性が高い.
 従来の神経症に固有の不安は,「事後性」の時間構制に基づいて記憶表象の動向から発生する不安である.この不安は,以前の発達途上の経験を外傷として事後的に感じ取るところから発生する.心的外傷を原因とする症状形成という考え方は,出発点においてはPTSDではなく神経症に関して作られていたものである.不安の対象には外傷性記憶があるということを基準にすれば,今一度,この外傷起因の考え方をPTSDから従来の神経症にも広げ返してみることで,元来神経症概念に含まれていた発達論的要素にしかるべき位置づけを与えることができる.そのようにして従来の神経症の各病型もまた,神経系の発達ラインのなかで作られていくものと捉えれば,神経症にも神経発達症にも広範にみられる不安の発生は,実は生活空間のなかへの時間軸の闖入という基本状況を表現するものであると理解することができる.言い換えれば,発達という時間的現象は内面的には不安と同義語なのである.そうした不安に安易に「心因性」という形容詞をつけて考察から除外するということなく,今一度神経症を捉え直し,神経症は幅広く発達の途上で,心的外傷を含めた諸要因による神経系の障害が生まれうる疾患群であると考え,何らかの包括的概念-年齢に応じた神経発達症のような,あるいは不安の概念を時間軸上に広げたうえでのいわば「発達不安症群」のような-のなかにそれを改めて取り込んでもおかしくないであろうと思う.

おわりに
 神経症は「器官の局所的な病的状態ではなく,神経系のより全般的な病的状態に依存するものである」とCullen, W. は述べた22).この定義には,まさに消えゆかんとする神経症の運命が予告されていたかのように思われる.それは傘的な概念で,そこから多くのものが自立してゆけばその傘は不要になるからである.しかしながら,その消失を埋め合わせるものを,われわれは必要としており,実際じわじわとそれを作り出しているように思われる.その1つが,神経症を今の心因性疾患という意味からCullenの原義に引き戻したうえで,そこに時間軸である発達を加えたものと見なしうる,DSM-5の神経発達症群という概念である.そこに分類される主要疾患であるASDとADHDにおいて,併存症としてしばしば問題になる不安という症候は,他の起源からの合併として扱われることがしばしばだが,むしろ神経発達症群の特性そのものに由来するように思われる.また,歴史的にみて従来の神経症論には発達論的側面が含まれており,そこで不安はたいへん重要な症状として認識されていた.不安には外傷経験の記憶に遡るという性質があり,幼児期の外傷経験への曝露は神経発達症群を生みやすい.これらのことから考えて,不安を媒介として神経症と神経発達症群は共通する面を備えているので,一方では神経発達症群を,時間軸上で様相の変わる神経症という含みを加えて観察し,翻っては従来の神経症の諸型を,発達段階に応じて不安を呈する神経発達の病態として捉えて,両者の相互交通を想定してみるのがよいのではないかと思う.神経症圏の諸疾患と神経発達症群は,発達をめぐる不安によって通底されて緩やかに1つの疾患群を形作るであろう.そのとき,精神病圏に属する諸概念のほうも,神経発達症に対してどういう関係に立つものであるのかを,再び問い直さざるを得なくなるであろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 編  注:編集委員会からの依頼による総説論文である.

文献

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Medline

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22) Shorter, E. (江口, 重幸, 大前, 晋: 精神医学歴史事典. みすず書房, 東京, p.56-60, p.137, 2016

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