Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第5号

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教育講演
第114回日本精神神経学会学術総会
認知症と自動車運転―2017年3月12日から開始された新たな改正道路交通法と臨床現場への影響―
上村 直人
高知大学医学部精神科
精神神経学雑誌 121: 412-418, 2019

 2017年3月12日から新たな改正道路交通法が施行され,医師による認知症の判断を受けるケースが増大している.これまで2001年に認知症が初めて法的に運転制限を受けると改正道路交通法で規定され,2009年から75歳以上の免許更新者は講習予備検査が導入され,さらに,2014年から医師が認知症と診断した場合,任意で各都道府県公安委員会に通報を行うことが可能となっている.そして2017年3月12日からは75歳以上の免許更新者は交通違反の有無にかかわらず,認知機能検査で認知症のおそれがある第一分類と判断されれば,医師による認知症の判断を受けることが義務化され,認知症と診断されれば運転免許が取り消しとなる.65歳以上の約半数が運転免許を保持している現状を考慮すると,この診断書作成は認知症の専門医の対応のみでは限界があり,かかりつけ医や主治医に診断書作成の応需が都道府県公安委員会から求められることとなった.したがって,認知症の人の診療にかかわる臨床医は,改正道路交通法や,医師の任意通報制度に熟知していることが求められるようになる.また,抗認知症薬の添付文書には,機械類の使用や運転についての注意ややめさせるようにという文言が記載されており,これらの抗認知症薬を処方する際は,免許を保持しているかどうか,また治療と同時に運転をやめるかどうかの説明を行うことが臨床現場ではより詳細に求められている.そこで,2017年3月12日から開始された新たな改正道路交通法の医療への影響と認知症の背景疾患別の運転行動の差異,医師の判断のあり方について報告する.また,法改正後1年を経て明らかになってきた運用後の精神医学的課題について述べた.

索引用語:認知症, 自動車運転, 運転免許, 改正道路交通法, 臨床的課題>

はじめに
 2017年3月12日から新たな改正道路交通法が施行され,医師による認知症の判断を受けることが増大している.2001年に認知症が初めて法的に運転制限を受けると改正道路交通法1)で規定され,2009年から75歳以上の免許更新者に講習予備検査が導入された7).また,2014年から医師が認知症と診断した場合,任意で各都道府県公安委員会に通報を行うことが可能となっている3).そして2017年3月12日からは75歳以上の免許更新者は交通違反の有無にかかわらず,認知機能検査で認知症のおそれがある第一分類と判断されれば,医師による認知症の判断を受けることが義務化され,回復の見込みのない認知症と診断されれば運転免許が取り消しとなる.このような状況から,認知症の人の診療にかかわる臨床医は改正道路交通法や,医師の任意通報制度に熟知していることが求められるようになった.そこで本稿では,2017年3月12日から開始された新たな改正道路交通法の医療への影響と認知症の背景疾患別の運転行動の差異,医師の判断のあり方について報告する2).さらに,法改正後1年を経て明らかになってきた運用後の精神医学的課題についても述べることとする.

I.認知症と運転能力の関連性
 運転行動とは「認知-予測-判断-操作」といった一連の行為であり,大脳の機能低下をきたす認知症性疾患では,認知,予測,判断,操作能力にさまざまな支障をきたし,運転行動に影響を与えることは想像に難くない.そのため,前述したように本邦では75歳以上の高齢者に対する講習予備検査(認知機能検査)の導入や認知症疑いと判断された場合には医師の診断を受けることが義務化された.認知症にはさまざまな原因疾患があり,4大認知症と呼ばれるアルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD),血管性認知症(vascular dementia:VaD),レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB),前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)でも心理・行動障害には大きな差異がみられる.図1に示すように,記憶障害や視空間性の障害が目立つAD,アパシーや動作緩慢が目立つVaD,パーキンソン症状などの錐体外路症状のほか,独特の幻視や視覚認知障害の目立つDLB,記憶障害は目立たないが,意味記憶障害や脱抑制,被影響性の亢進,わが道を行く行動が目立つFTDなど,同じ認知症といっても行動・心理症状は大きな差異がみられる8).それと同様に運転行動に与える影響も大きな差異がみられることが予測され,著者らは認知症の背景疾患により,運転行動や事故の危険性が異なることを明らかにしてきた4)に認知症の背景疾患別の運転行動と,危険性,事故率などを示すが,認知症でも大脳のどの機能やどの病変に異常がみられるのかにより,運転行動は大きな差異が認められる.なお,軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)は免許停止とはならないが,6ヵ月に一度の再評価が必要とされ,認知症への進行など見極めが重要であり,MCIの者に対する運転能力の維持についてさまざまな検討が報告されているが,慎重な対応や生活指導が必要である.特にMini-mental State Examination(MMSE)や改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Hasegawa Dementia Scale-Revised:HDS-R)の点数のみでの判断は禁物であり,心理検査や画像検査に加え,ADL評価など問診をきちんと評価したうえでの総合的な臨床診断を行うなど過剰診断や過少診断にも配慮すべきである.また,MCIの者に対する抗認知症薬の使用は適応外使用となるため,保険医療上も問題となりうるため,処方の際は本人,家族にも十分説明を行う必要がある.

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II.認知症に対するわが国の法的整備と対応
 2001年に初めて“認知症”が免許更新時に一定の制限を受けることが明文化され,2009年からは75歳以上の高齢者は免許更新時に講習予備検査と呼ばれる認知機能検査を受けることが義務化された.また,2014年6月からは任意通報制度が開始され,医師が認知症と診断した場合は,都道府県公安委員会に任意で通報が可能となった.そして2017年3月12日からは交通違反の有無にかかわらず,検査結果の総合点が低い者は第一分類と判定され,医療機関の受診が義務化された.そして4大認知症と診断されれば運転免許の取り消しとなる.今後ますます臨床現場では高齢ドライバーの運転に関する診断書作成が求められるが,その前段階で受検する認知機能検査の概要と更新時の新制度について以下に述べる.

1.臨時認知機能検査の導入
 現状の75歳以上の運転免許証更新時の認知機能検査と高齢者講習の受講義務に加えて,認知機能が低下した場合に行われやすい信号無視,一時停止違反など一定の違反行為をした75歳以上の運転者に対しては,3年ごとの更新を待たずに,臨時に認知機能検査を実施することとなった.

2.臨時高齢者講習の導入
 臨時認知機能検査の結果,認知機能の低下が運転に影響を及ぼす可能性があると認められた場合には,個別講習を含む臨時の高齢者講習を実施し,さらなる安全運転教育を行うこととなった.

3.臨時適性検査
 上記の臨時認知機能検査の結果,認知症のおそれがあると判定された者,および75歳以上の更新時に第一分類(認知症のおそれがある者)と分類された者は,違反の有無にかかわらず医師の診断を受けることが義務づけられた.

4.高齢者講習内容の見直し
 更新時の認知機能検査において第一分類および第二分類(者)に該当した者に対する講習時間を拡大し,ドライブレコーダーなどの映像を利用した個別指導や実技指導を行うこととなった.

5.改正道路交通法と医療面の課題
 臨時認知機能検査の導入や更新時の認知機能検査結果の重視により,上述したように,医療機関受診を義務づけられる対象はこれまでの10倍以上になることが予想されている.したがって,これまでは認知症者の運転免許をめぐって診断を求められる医師は,ほぼ認知症の専門医に限られていたが,今後は専門医のみで対応するのは不可能であり,かかりつけ医にも診断書の提出が求められることが法律にも明記された(道路交通法施行規則第29条の3第3項).モデル診断書様式も公開されているが,認知症の具体的な診断名だけでなく,Clinical Dementia Rating(CDR)やFunctional Assessment Staging(FAST)などの認知症の重症度あるいは日常生活の自立度を記載し,MMSEないしHDS-Rと画像検査を含む臨床検査は原則として実施することが求められるなど,非専門医にとっては複雑な内容となっている.また現在,違反の有無にかかわらず第一分類と判定された者全員に対して診断書の提出が義務づけられることになったため,従来に比べてより軽症の認知症者やMCIの高齢者が診断の対象になることが増加し,非専門医にとっては診断困難例の診断書作成を依頼されることが増えることも予想されるため,認知症疾患医療センターの活用なども必要である.

III.都道府県公安委員会提出の診断書とその記載方法
 講習予備検査において,認知症が疑われる第一分類と判定された場合,かかりつけ医や主治医は認知症の判断を求められ,診断書の提出が求められる.本診断書の記載については非専門医にとっては理解しにくい用語や,記載が煩雑と感じられる項目があるため,警察庁ではさらに簡便な記載様式が検討されている.図2にモデル記載様式を示すが,警察庁や都道府県公安委員会の説明にもあるように,運転免許更新の判断の最終的な責任は都道府県公安委員会にあり,認知症の鑑別ではなく,かかりつけ医や主治医として診療上知りえたことを記載することになっている.なお,本診断書記載における認知症とは介護保険法第5条の2に規定されており,回復の見込みのないAD,VaD,DLB,FTDでは運転免許取り消しとなり,回復の見込みのある認知症やその他の認知症の場合は,6ヵ月後に再評価となる.また,認知機能低下は認められるが,認知症とまではいえないMCIの場合も6ヵ月ごとの再評価となる.したがって,診断書作成にあたり注意すべき点としては,通常臨床において認知症の診断を慎重に行いながら,抗認知症薬の使用の際には添付文書を踏まえた薬物治療の導入と,定期的に認知症の進行や経過をチェックするように心がけるべきであると思われる.

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IV.認知症と運転に関する社会的対応
 認知症者の運転中止後の支援に関する地方自治体や都道府県警の努力によって,自主返納者は少しずつ増加し,返納後の生活支援に参画する企業も増えている.しかし,返納率はせいぜい5%程度にとどまっており,返納率が高いのは大都市部に偏っているなど,残念ながら制度開始時期と状況は大きく変わっていない.したがって,主治医も関与する診断書の作成を円滑に進めるために,自主返納の促進と返納後の支援策の強化が今後ますます重要であると思われる.また,2014年6月1日から任意通報制度が開始され,一定の病気に関して都道府県公安委員会に任意で通報が可能となった.認知症もこの通報可能対象疾患であり,対応困難例では本制度の活用も熟知しておく必要がある.
 また,改正道路交通法施行に関する認知症関連学会の提言と対応マニュアルが作成されている.日本医師会では「かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許更新に関する診断書作成の手引き」9)をホームページで公開している.どのような事例が,専門医による診断を勧められて紹介されてくるのかを理解しておくためにも,専門医やサポート医も目を通しておく必要があると思われる.一方,専門医に対しては,日本神経学会など認知症関連5学会が,「認知症高齢者の自動車運転に関する専門医のためのQ & A集」10)を各々のホームページで公開している.診断書作成にあたって判断に迷うような事例への対応が具体的に示されており,専門医には一読してほしい.また,日本老年精神医学会は,その提言のなかで改正道路交通法の趣旨に賛同しつつ,高齢者の尊厳を守り,生活の質を保証することが,法の実効性を上げるために不可欠であることを強調している.そして,①道路交通インフラの安全対策,高齢運転者を支援するハードウェアの開発促進,②運転免許証の取り消し・自主返納に対応する「生活の質」の保証,③高齢者講習会での実車テストなどの導入,④「認知症」と一括されていることの問題点,について早急な対策を促している12).また,日本神経学会を中心とする関連4学会も同様に,省庁横断的な対策の構築には全面的な協力を表明する一方で,①運転中止後の生活の質の保証と運転免許証の自主返納促進,②初期認知症の人の運転能力の適正な判断基準構築のための研究推進と実車テストなどの導入の早急な検討を促している11)

V.道路交通法改正1年後の状況と課題
 2017年3月12日施行された改正道路交通法の運用状況が,警察庁から発表された.それによると全国で2,105,477人が認知機能検査を受検し,そのうち57,099人が,「認知症のおそれがある」第一分類と判定され,さらに医師の診断を受けた者は16,470人で最終的に医師が認知症と診断し免許が取り消しまたは停止となった者が1,892人と前年の約3倍に増えたことが明らかとなった5).今回の道路交通法改正の大きなポイントは,①免許更新時の認知機能検査において,第一分類と呼ばれる認知症のおそれがある場合には,医師の診断が義務づけられたことと,②3年間の免許更新を待たずに,一定の違反をした場合には更新時と同様の検査が臨時に行われ,認知機能検査の結果,第一分類と判定された場合も,医師の診断を受けることが義務化されたことである.そのため,認知機能検査を受検する高齢者はますます増加しており,75歳以上の免許保有者が2017年末時点で約540万人であったものが,2022年には663万人に増大するとみられ,今後ますます認知症の有無について,専門医やかかりつけ医に判断を求められることが増えていくと思われる.今回の新制度施行において医師に求められるのは,運転能力そのものではなく,認知症の有無の判断である.すべての認知症者に運転能力はないという判断のみで本来解決するものではなく,まだまだ医学的検討が十分されていない課題も多数あることから,認知症という病態と運転能力への影響はこれからも医学的に検討していかなければならないと思われる.特にMCIか,初期段階の認知症かの見極めは専門医でも線引きが非常に難しく,またいつの時点で医学的な再検討を判断するのかなど大きな課題である.改正道路交通法1年経過に関する警察庁の運用状況では,認知機能検査で認知症のおそれがあると判定されたのは2.5~3%程度であり,そのうちの6割は認知症の予備軍と判定された5).これは軽度の認知症もしくはMCIの判定といった認知症の診断そのものの難しさを反映しており,今後はさらに認知症の正確なスクリーニングや判定能力が専門医をはじめとする医師に期待され,医療技術やデータの蓄積が重要であると考えられる.また今回の改正法施行により,医師は制度的に認知症という判定を行い,免許の自主返納や運転免許の中断を認知症者や家族に説明,告知し,運転中断後の生活指導も視野に含めて対応していくことが求められているが,その際に単に認知症の診断を行い,道路交通法の制度を告知してもなかなか受け入れてもらえない現実に突きあたる場合がありうる.したがって,認知症の診断名や法律の説明も重要であるが,運転をやめても生活の継続が可能な方法や対応をできる限り具体的に説明し,同意を得ることが重要であると思われる.

おわりに
 2017年3月12日から開始された新たな改正道路交通法の医療への影響と認知症の背景疾患別の運転行動の差異,医師の判断のあり方について報告した.さらに,法改正後1年を経て明らかになってきた運用後の精神医学的課題について述べた.

 第114回日本精神神経学会学術総会=会期:2018年6月21~23日,会場=神戸国際会議場,神戸国際展示場,神戸ポートピアホテル
 総会基本テーマ:精神医学・医療の普遍性と独自性―医学・医療の変革のなかで―
 教育講演:認知症と自動車運転―2017年3月12日から開始された新たな改正道路交通法と臨床現場への影響―
 座長:池田 学(大阪大学大学院医学系研究科)

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 道路交通法90条1項本文第103条第一項 (免許の取消し, 停止等). 平成13年6月公布 (平成14年6月施行) (http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=335A0000000052&openerCode=1#AL) (参照2019-03-19)

2) Fujito, R., Kamimura, N., Ikeda, M., et al.: Comparing the driving behaviours of individuals with frontotemporal lobar degeneration and those with Alzheimer's disease. Psychogeriatrics, 16 (1); 27-33, 2016
Medline

3) 改正道路交通法101条の6 (医師の届出). 平成25年6月14日公布 (平成25年12月施行) (https://www.npa.go.jp/syokanhourei/kaisei/houritsu/250614/honbun.pdf) (参照2018-10-26)

4) 上村直人, 井関美咲, 谷勝良子ほか: 認知症患者の自動車運転の実態と医師の役割. 精神科, 11 (1); 43-49, 2007

5) 警察庁: 改正道路交通法の施行状況[高齢運転者対策]. 2018 (https://www.npa.go.jp/koutsuu/menkyo/kaisei_doukouhou/sekoujokyo1nen.pdf) (参照2018-10-26)

6) 厚生労働科学研究費補助金長寿科学総合研究事業「痴呆性高齢者の自転車運転と権利擁護に関する研究」(主任研究者: 池田 学) 平成15~17年度総合研究報告書. 2006

7) 講習予備検査 (認知機能検査) の導入 (平成21年6月1日施行). 平成19年法律第90号. 2009 (https://www.npa.go.jp/koutsuu/menkyo22/2_furei.pdf) (参照2018-10-26)

8) 三村 將: CNS today. Medical Tribune, 3 (1); 10-11, 2013

9) 日本医師会: かかりつけ医向け認知症高齢者の運転免許更新に関する診断書作成の手引き. 2017 (http://www.med.or.jp/doctor/report/004984.html) (参照2018-10-26)

10) 日本神経学会ほか: 認知症高齢者の自動車運転に関する専門医のためのQ & A集. 2017 (http://dementia.umin.jp/pdf/road_qa.pdf) (参照2018-10-26)

11) 日本神経学会ほか: 改正道路交通法施行に向けての提言について. 2017 (https://www.neurology-jp.org/news/news_20170111_01.html) (参照2018-10-26)

12) 日本老年精神医学会: 改正道路交通法施行に関する提言. 2017 (http://184.73.219.23/rounen/news/改正道路交通法施行に関する提言.pdf) (参照2019-02-18)

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