Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第10号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 統合失調症の神経心理症候学
統合失調症に特異的な神経認知障害はあるか?
大井 博貴, 前田 貴記, 是木 明宏, 三村 將
慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室
精神神経学雑誌 120: 904-913, 2018

 統合失調症における神経認知障害については,神経心理学的検査における成績の全般的な低下が知られているが,同様の所見は他の精神疾患でも報告されており,統合失調症に特異的な神経認知障害については知られていない.近年注目を集めているのが,自我障害について神経科学的観点から捉えたSense of Agency(SoA)の障害であり,これは統合失調症に特異的な神経認知障害の可能性があると考えられている.SoAとは,自己が行為の「作用主体(agent)」であるという感覚のことを指す.すなわち自己の行為と,それに伴って生じる外的事象を自己の意志の通りに制御できるという主観的体験のことである.統合失調症における自我障害は,営為の主体が「自」であるか「他」であるかについての主観的体験が不明瞭もしくは混淆状態となっているといえるが,これをSoA異常という観点から評価することが可能である.われわれは,意図的行為と外的事象との間の時間間隔を操作し,それに応じたSoAの変化を評価するtaskを考案し,統合失調症患者を対象として研究を進めてきた.その結果,健常者に比べ陽性症状が主体の妄想型統合失調症患者では過剰なSoAを示し,陰性症状が主体の残遺型統合失調症患者ではSoAの減弱がみられた.また,SoA task施行中の脳活動についてfMRIを用いて解析することで,SoAにかかわる脳領域(agency network)の同定も試みている.陽性症状のみならず陰性症状についても,SoAという観点から捉えることは可能であり,SoA異常は統合失調症のstate and trait markerになり得るかもしれない.統合失調症の臨床症状と,その生物学的基盤とを結びつける方法論としてSoA研究は近年注目されており,統合失調症の病態解明とその治療方法の確立へ向け,今後の発展が期待される.本稿では統合失調症におけるSoA研究の概略についてわれわれの研究も紹介しながら解説する.

索引用語:統合失調症, 神経認知障害, 自我障害, sense of agency(SoA), forward model>

はじめに
 統合失調症では,幻覚や妄想などの陽性症状,無為・自閉,感情の平板化などの陰性症状,記憶障害や注意障害といった認知機能障害など,多彩な症状を呈することが知られている.多くの画像研究を通して,統合失調症におけるさまざまな大脳の形態的変化が知られるようになった.具体的には,側脳室の拡大,白質の異常,大脳体積の減少,脳回の異常,海馬体積の減少などであり,これまでに多くの所見が得られているが,特異的な所見には乏しいというのが実情である17)19)20).ただ近年では,画像検査の発達によってこのような形態学的な異常のみならず,機能的な異常もわかるようになってきており,新たなアプローチによるさまざまな画像研究が盛んに行われ,さまざまな症状や神経認知障害と関連していると考えられている.しかしながら,そもそも統合失調症に特異的な神経認知障害についてはいまだに不明であり,その分野の発展が望まれている.そこでわれわれは新たなパラダイムでその検討を試みているので紹介したい.

I.統合失調症における神経認知障害について
 統合失調症における神経認知障害はこれまでに多くの研究によって報告されている.全般的な神経心理学的成績の低下が知られているが,うつ病や双極性障害をはじめ,他のさまざまな精神疾患でも同様の所見が報告されていることから,これらは統合失調症に特異的な神経認知障害とは言い難い.一方で,最近注目を集めているのが,自我障害について神経科学的観点から捉えたSense of Agency(SoA)の障害であり,これは統合失調症における特異的な神経認知障害の可能性があると期待されている.事実,米国における精神疾患の生物学的研究において主導的役割を担っている米国国立精神衛生研究所は,精神疾患についての既存のカテゴリー分類の限界を指摘し,新たにResearch Domain Criteria(RDoC)という評価基準を提唱したが,そのなかのSocial ProcessesドメインのなかにSoAは採用されている.SoAという概念については後述するが,まずは統合失調症の非特異的な神経認知障害である全般的な神経心理学的検査成績の低下について,これまでの研究を振り返る.
 統合失調症における神経認知障害は広く知られているが,多くの患者では抗精神病薬を中心とした薬物療法を受けており,その影響を否定できない.そこでFatouros−Bergman, H.らは,薬物療法を受けていない未治療の統合失調症患者の神経認知障害を健常者と比較検討した研究についてメタ解析を行った.1992年から2013年にかけて報告された包括的な23の研究を検証し,いずれの認知機能においても統合失調症患者では健常者に比べ,エフェクトサイズ0.7~1.0程度の有意な神経認知障害を認めていた.言語性記憶,処理速度,ワーキングメモリの3領域については特に障害の程度は大きかった.つまり未治療の統合失調症患者においても明らかな神経認知障害を有すると考えられる5)
 また,統合失調症患者における神経認知障害が,時代や文化,地理的な影響を受けるのかについて検証するためSchaefer, J. らがメタ解析を行った.世界各国で報告された1980年から2006年にかけての研究データを解析したところ,統合失調症患者では健常者に比べ有意な神経認知障害を認めており,その違いは処理速度やエピソード記憶の領域において特に顕著であった.つまり時代や文化,地理的な違いによらず,統合失調症患者では一貫して神経認知障害を有すると考えられる18)
 以上のように統合失調症患者ではさまざまな神経認知障害を有することがこれまでの研究からわかっているが,大うつ病性障害においても同様の神経認知障害が指摘されている.Baune, B. T.らは,12~25歳の若年の大うつ病性障害患者と健常者の神経認知障害について比較検討した7件の症例対照研究についてメタ解析を行った.その結果,若年の大うつ病性障害患者では,実行機能,ワーキングメモリ,処理速度,言語流暢性,視覚性記憶において健常者と比べ有意に障害されている可能性が示唆された1).つまり,統合失調症におけるさまざまな神経認知障害がこれまでに報告されているが,大うつ病性障害においても同様の所見が報告されており,統合失調症に特異的とはいえないことがわかる.
 統合失調症の病態解明,そして治療方法を確立していくために,統合失調症に特異的な神経認知障害についての研究が希求されている.しかしながら,そもそも脳損傷患者の高次脳機能障害評価のために作成された神経心理学的検査を用いて統合失調症の病態に迫ろうという方法論自体が適切ではない可能性もあり,統合失調症の神経認知障害研究のための独自の方法論が必要である.

II.統合失調症における自我障害について
 精神症候学では,そもそも自我意識とは,自分の存在や精神活動を意識することである.Jaspers, K.は自我意識に能動性,単一性,同一性,外界への対立性の4つの形式的標識を区別した.このうち能動性にかかわる能動意識は,知覚,思考,行為などが自分のものであるという存在意識(Daseinsbewuβtsein)と,自分がしているという実行意識(Vollzugsbewuβtsein)からなる8)21).一般に,自我障害とは自分の行う体験が自分を離れたり,自他の境界が不明瞭になったりする現象を指すが,特に統合失調症における自我障害では,前述した能動意識の障害として症状が現れやすい.
 統合失調症の自我障害については,自己と外界との関係性において以下の2つの側面から説明できる.1つは,自己の非自己化,つまり自己の外界化である.もう1つが非自己の自己化,つまり外界の自己化である.まず自己の非自己化とは,自らの営為(行為・思考など)が自分のものであるという感じや自分でやっているという感じが変質し,それらの感じが失われ(「離人症」),他からの影響を被っていると感じることであり,臨床的には「被影響体験(作為体験・させられ体験)」などの症状として現れる.次に,非自己の自己化とは,逆に自らの営為が他へ過剰に影響を及ぼしているように感じることであり,臨床的には「万能体験」や「加害妄想」「自我漏洩」などの症状として表出される.統合失調症における自我障害の本質は,営為の主体が「自」であるか「他」であるかについての主観的体験が不明瞭もしくは混淆状態となっていることである.統合失調症は,このような相矛盾する方向の現象が併存している状態と考えられる.統合失調症は,原因として何らかの身体的(脳)基盤が想定されている精神疾患であるが,意識清明下において,このような自我障害を呈する疾患は,統合失調症をおいて他には存在しないと考えられている.神経疾患(神経変性疾患,自己免疫性脳炎,脳血管障害,局在性脳損傷など)において,統合失調症様症状を呈するものもあることはあるが,特に自我障害に関して詳しくみれば,やはり似て非なるものである16)24-26)
 前述したように自我意識にもさまざまな側面があるが,認知神経科学の領域において,行為に伴う自我意識の異常について詳細に検討するパラダイムとして,SoAとSense of Ownership(SoO)という2つの概念がある.SoAとは,自己が行為の「作用主体(agent)」であるという感覚のことであり,すなわち自己の行為と,それに伴って生じる外的事象を自己の意志の通りに制御できるという主観的体験のことである.日本語では自己主体感や意志作用感などと訳される.一方,SoOとは,自己の身体や思考,行為などが自分のものであるという主観的体験のことである.日本語では自己所属感や身体所有感などと訳される.SoA,SoOはそれぞれ前述した精神症候学における実行意識,存在意識に相当するものと考えられる.人は通常,随意運動を行う際にはSoAとSoOが同時に発生し,両者を区別することは困難である.しかし,不随意運動の際には自分の身体が動いているという感覚,つまりSoOは感じるが,自分の身体の動きを自分の意志で制御できない状態であるためSoAは感じないということになり,両者に乖離が生じる.統合失調症における,させられ体験,幻聴,思考吹入などの症状は,いずれも自分の意志で思考や行為などを制御できない状態であり,SoOよりもSoAの異常として現れやすいため,SoAの研究が中心に行われている7)

III.統合失調症におけるSoA研究について
 近年,統合失調症におけるSoAの異常に関して認知科学的研究が進められているが,agency研究の端緒は,英国のFrith, C. D.らによる統合失調症のself-monitoring障害研究であり,これは統合失調症の神経認知障害研究において,自己(self)について扱うことを試みたものである.人が何らかの行為を行う際には,その行為を計画し,その行為を制御し,その行為によって生じる外界の変化を予測するという,self-monitoring機構が働いている.しかし,さまざまな行動実験を通して,統合失調症患者ではこのself-monitoring機構が障害されていると考えられるようになった.その行動実験とは,行為に伴う外界の変化(感覚フィードバック)を人工的に歪めるものであり,具体的には,発声時に自身の声の高さが変化して聞こえてきたり,自身の手の動きを観察する際に実際の手の動きとは異なる手の動きをみせられるといった実験的状況において,統合失調症患者では健常者に比べ,それが自身の声(手)か他人の声(手)かを判断するのが非常に困難であった3)4)9).このような先行研究から,統合失調症患者ではself-monitoring機構における行為の計画,制御,予測という一連の過程のなかでも特に,意図的行為に伴う外界の変化(感覚フィードバック)を予測する機能に異常があると考えられるようになった.つまり統合失調症患者にとっては,自ら行った行為によって生じた外界の変化は予想外のものとなるため,自らの行為を自らの意志で制御できていないと感じてしまうと考えられている6)
 統合失調症におけるSoA異常が,どのようなメカニズムで生じているのかについてはまだよくわかっていないが,最もコンセンサスが得られている病態仮説は,計算論的神経科学におけるforward modelに基づく“prediction障害”理論である.Forward modelにおいては,意図的行為に伴って生じる感覚フィードバックの予測シグナル(prediction signal)(efference copyあるいはcorollary discharge)が,実際の感覚フィードバックとマッチする場合には,その行為は自己が引き起こしたものと判断されてSoAは強まり,一方,ミスマッチがある場合には,SoAは減弱すると説明されている2)図1).Forward modelは,一見わかりにくい概念であるが,日常生活にあてはめると案外理解しやすい.例えば,テレビをつけようとしてリモコンのスイッチを押したとき,すぐにテレビがつけば自分がつけたと感じる(SoAを感じる)が,もしすぐには反応せず5分後に急にテレビがついたなら(スイッチを押せばすぐにテレビがつくはずだという)自身の予測とは異なるため,自分ではなく他の誰かがスイッチを押したのだろうかなどと考える(SoAを感じない)はずである.Forward modelはもともと随意運動における運動制御の説明に用いられていた概念であるが,Frithはこのモデルを思考や内言などの認知領域にも拡大した.思考も自ら意図的に生み出される以上は運動と同様に扱うことができ,自分の意志で考えていると感じるためには運動のときと同様に,思考が自分の意図とマッチしていなければならないと考えた.つまり,自身の思考に対するmonitoring機構に異常があると,たとえ自分自身による思考であっても,それが自ら考えたことのようには感じず,自身の思考を制御できていないと感じるため,作為体験や思考吹入として体験される7).統合失調症患者では,このような予測システムの異常により,行為や思考などの作用主体について自己あるいは非自己の判断を誤ってしまい,その結果としてSoAの異常に起因するさまざまな臨床症状を来していると考えることができる.
 これまでに,いくつかのSoAタスクが考案されてきたが,主として,意図的行為とその結果として生じてくる外的事象の時間的因果関係を評価するという実験系で行われている.われわれは,意図的行為と外的事象との間の時間間隔を操作し,それに応じたSoAの変化をexplicitな手法(自他帰属性判断)で評価するSoA task(Keio method)を考案した.具体的な方法について解説する.まずコンピュータの画面上に四角いターゲットが現れ,一定の速度で上方向へ移動している.被験者はビープ音が聞こえたときに手元のキーを押すよう指示される.キーが押されると,ターゲットは0~1,000 msecのランダムな時間バイアス(temporal bias)後に上方向へジャンプする.被験者は一試行ごとに「ターゲットを自分で動かした感じがするか否か?」と問われ,YES-NOの二択で答える.つまり,パソコン操作(キー押し)とパソコン上の反応(動いているターゲットがジャンプすること)の間に,ランダムな時間バイアスを組み込み,パソコン操作におけるSoAを評価させるという実験系である(図2-1).基本的にはビープ音が聞こえた後のキー押しから0~1,000 msecのランダムな時間遅れでターゲットがジャンプするという,自身の意図的行為に基づいた“action-linked condition”で実験は進められるが,ビープ音の前後100 msecでターゲットがジャンプする,つまり自身のキー押し前にターゲットがジャンプする“event prior to action condition”も数回加えている(図2-2).
 以上のタスクを陽性症状が前景に立った妄想型統合失調症群,陰性症状が前景に立った残遺型統合失調症群,健常群の3群で施行した.その結果として,妄想型統合失調症群では他の2群に比べ過剰なSoAを示し,残遺型統合失調症群ではSoAの低下がみられた.また,キー押し前にターゲットがジャンプするevent prior to action conditionにおいても妄想型統合失調症群ではSoAを感じる傾向は強く,外的事象が意図的行為に先行していても因果関係を感じていた.このような傾向は健常群,残遺型統合失調症群ともにみられなかった14)15)図3).
 Forward modelにおける予測シグナル(corollary discharge)は,意図的行為に一致して,それに伴う感覚的影響を抑制するように作用する神経信号のことである.先行研究で,健常者は事前に録音した自身の声を聴くときに比べ,発声中にリアルタイムで自身の声を聴くときのほうが聴覚皮質における事象関連電位のN1成分が減衰する(いわゆるN1 suppressionが起こる)ことが知られている.また,キー押しと同時に(事前に録音した)自身の声を聴くという条件でもN1 suppressionは起こった.これはつまり発声中(もしくはキー押し)は自身の声による感覚フィードバックを事前に予測できるため,発声(もしくはキー押し)に伴う感覚的影響を抑制するように働いていると考えられる.そこでWhitford, T. J.らが行った実験では,キー押しと同時に録音した自身の声を聴かせると,健常者では先行研究と同様にN1 suppressionが起こったが,統合失調症患者ではこのような変化はみられなかった.しかし,キー押しから50 msec遅らせて自身の声を聴くという条件にしたところ,統合失調症患者でも健常者と同様にN1 suppressionがみられた.このことから,統合失調症患者の予測シグナル(corollary discharge)は,健常者に比べ50 msec遅れていることが示唆された.つまり意図的行為を行う際にcorollary dischargeが遅れて発生するため感覚フィードバックを正常に抑制できなくなり,意図的行為の作用主体が自であるか他であるかについて混乱が生じてしまう.その結果として作為体験や幻聴などの症状として感じられると考えられている.Corollary dischargeの遅れについては,上記タスクと合わせて施行された拡散テンソル画像から,白質線維における異常な髄鞘形成が原因として考えられた22)23).さらに最近の白質研究では,統合失調症患者における感覚野の異常な髄鞘形成が明らかとなり,このことから感覚入力の抑制機構が障害され知覚が変容することで,陽性症状が出現している可能性も示唆されている10)
 以上の研究結果を踏まえてわれわれは次のような行動実験を行った.前述したSoA task(Keio method)では各試行でランダムに時間遅れ(temporal bias)を呈示していたが,新たな方法として前回の試行結果に応じてその次の試行のtemporal biasを調整するtrial-by-trialという方式を採用した.具体的には前回の試行でYES(つまり自分が動かしたと感じた)と答えた場合には次の試行ではtemporal biasが50 msec延長され,逆にNO(つまり自分で動かしたと感じなかった)と答えた場合には次の試行では50 msec短縮させるという設定にした.この設定のため,forward modelを基にしたときに,ある試行でSoAを感じたとしても,temporal biasを長くされた次の試行では,SoAを感じにくく,全体としてある一定のtemporal biasの設定に通常はとどまる.しかしながら被験者の予測シグナルが遅れていると,temporal biasを長くされてもSoAを感じ,結果としてその設定値が延び続ける.実際,健常群ではtemporal biasの設定値は試行を重ねても400 msec前後で安定して推移していたのに対し,統合失調症群ではtemporal biasの設定値が延び続けるという結果になった(図4).つまり,この結果は統合失調症患者ではSoAにおいて予測シグナルの50 msecの遅れが存在するという行動的証拠となりうる.統合失調症におけるこの異常が時間関係に関してのみ生じることを示すために,続いてcontrol課題として,キー押しからジャンプまでの時間間隔(temporal bias)ではなく,ターゲットの色が変化するcolor課題を施行した.Color課題では,ターゲットはジャンプした際に色が変わり被験者は「ターゲットの色が赤色に変わったか否か」と問われYES-NOで回答する.この際,YESと答えれば次回の試行ではターゲットは一段階青くなり,NOと答えれば一段階赤くなる.この課題ではキー押しからジャンプまでの時間間隔は変化しない.その結果,健常群,統合失調症群ともに色の変化は一定に推移することがわかった(図4).つまり以上の結果から,統合失調症患者における予測シグナルの異常については,時間的な遅れが特異的な所見であると考えられる.そしてこの予測シグナルにおける時間的な遅れがSoAの異常をもたらし,自我障害など種々の臨床症状の原因となっている可能性がある12)
 続いてわれわれは,SoA異常にかかわる脳領域や機能的結合について検討するため,15例の統合失調症群と15例の健常群を対象とし,前述したtrial-by-trial条件下で同様のSoA課題を実施中のfMRIについて解析を行った.その結果,健常群で通常みられるSoA課題中の右下頭頂小葉(inferior parietal lobule)〔特に縁上回(supramarginal gyrus)〕や右島皮質の活動が統合失調症群ではみられなかった.これらの領域はSoAの神経基盤としてRDoCでも挙げられている.さらに,統合失調症群では右縁上回と左尾状核の機能的結合性の低下がみられた.尾状核は学習にかかわる領域であり,trial-by-trialでの本課題におけるagency判断のforward modelの学習過程の異常を反映していると考えられる.つまり,通常であれば人が生活するなかでその環境に適したagency判断におけるforward modelを学習・更新し適応していくが,統合失調症患者ではそれができなくなっているものと考えられる.さらに近年の統合失調症のD2受容体機能を調べたPET研究からは側坐核よりもむしろ尾状核での異常が示されるなど,薬理学的視点からも重要視されてきている領域であり,神経化学と神経生理学による統一的な理解が可能かもしれない11)13)

図1画像拡大
図2画像拡大
図3画像拡大
図4画像拡大

おわりに
 統合失調症における神経認知障害についてSoA研究を中心に概説した.SoA異常という観点から,自己と外界との間の時間的因果関係における混乱状態が統合失調症の自我障害の特徴であることがわかる.陽性症状のみならず陰性症状についても,SoAという観点から捉えることは可能であり,SoA異常は,統合失調症のstate and trait markerになり得るかもしれない.統合失調症の臨床症状と,その生物学的基盤とを結びつける方法論としてSoA研究は近年注目されており,いわば,実験精神病理学の試みと考えている.統合失調症の病態解明とその治療方法の確立へ向け,SoA研究の今後の発展が期待される.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Baune, B. T., Fuhr, M., Air, T., et al.: Neuropsychological functioning in adolescents and young adults with major depressive disorder: a review. Psychiatry Res, 218 (3); 261-271, 2014
Medline

2) Blakemore, S. J., Oakley, D. A., Frith, C. D.: Delusions of alien control in the normal brain. Neuropsychologia, 41 (8); 1058-1067, 2003
Medline

3) Cahill, C.: Psychotic experiences induced in deluded patients using distorted auditory feedback. Cogn Neuropsychiatry, 1 (3); 201-211, 1996
Medline

4) Daprati, E., Franck, N., Georgieff, N., et al.: Looking for the agent: an investigation into consciousness of action and self-consciousness in schizophrenic patients. Cognition, 65 (1); 71-86, 1997
Medline

5) Fatouros-Bergman, H., Cervenka, S., Flyckt, L., et al.: Meta-analysis of cognitive performance in drug-naïve patients with schizophrenia. Schizophr Res, 158 (1-3); 156-162, 2014
Medline

6) Frith, C. D., Blakemore, S., Wolpert, D. M.: Explaining the symptoms of schizophrenia: abnormalities in the awareness of action. Brain Res Brain Res Rev, 31 (2-3); 357-363, 2000
Medline

7) Gallagher, S.: Philosophical conceptions of the self: implications for cognitive science. Trends Cogn Sci, 4 (1); 14-21, 2000
Medline

8) 濱田秀伯: 精神症候学, 第2版. 弘文堂, 東京, 2009

9) Johns, L. C., McGuire, P. K.: Verbal self-monitoring and auditory hallucinations in schizophrenia. Lancet, 353 (9151); 469-470, 1999
Medline

10) Jørgensen, K. N., Nerland, S., Norbom, L. B., et al.: Increased MRI-based cortical grey/white-matter contrast in sensory and motor regions in schizophrenia and bipolar disorder. Psychol Med, 46 (9); 1971-1985, 2016
Medline

11) Kegeles, L. S., Abi-Dargham, A., Frankle, W. G., et al.: Increased synaptic dopamine function in associative regions of the striatum in schizophrenia. Arch Gen Psychiatry, 67 (3); 231-239, 2010
Medline

12) Koreki, A., Maeda, T., Fukushima, H., et al.: Behavioral evidence of delayed prediction signals during agency attribution in patients with schizophrenia. Psychiatry Res, 230 (1); 78-83, 2015
Medline

13) Koreki, A., et al.: Dysconnectivity of the agency network in schizophrenia: a functional magnetic resonance imaging study (in submission)

14) Maeda, T., Kato, M., Muramatsu, T., et al.: Aberrant sense of agency in patients with schizophrenia: forward and backward over-attribution of temporal causality during intentional action. Psychiatry Res, 198 (1); 1-6, 2012
Medline

15) Maeda, T., Takahata, K., Muramatsu, T., et al.: Reduced sense of agency in chronic schizophrenia with predominant negative symptoms. Psychiatry Res, 209 (3); 386-392, 2013
Medline

16) 前田貴記: "自我"の精神病理学から考える統合失調症. 臨床精神医学, 44 (5); 701-706, 2015

17) McCarley, R. W., Wible, C. G., Frumin, M., et al.: MRI anatomy of schizophrenia. Biol Psychiatry, 45 (9); 1099-1119, 1999
Medline

18) Schaefer, J., Giangrande, E., Weinberger, D. R., et al.: The global cognitive impairment in schizophrenia: consistent over decades and around the world. Schizophr Res, 150 (1); 42-50, 2013
Medline

19) Shenton, M. E., Dickey, C. C., Frumin, M., et al.: A review of MRI findings in schizophrenia. Schizophr Res, 49 (1-2); 1-52, 2001
Medline

20) Shepherd, A. M., Laurens, K. R., Matheson, S. L., et al.: Systematic meta-review and quality assessment of the structural brain alterations in schizophrenia. Neurosci Biobehav Rev, 36 (4); 1342-1356, 2012
Medline

21) 内村祐之, 西丸四方, 島崎敏樹ほか: ヤスペルス精神病理学総論 (上巻). 岩波書店, 東京, 1953

22) Whitford, T. J., Mathalon, D. H., Shenton, M. E., et al.: Electrophysiological and diffusion tensor imaging evidence of delayed corollary discharges in patients with schizophrenia. Psychol Med, 41 (5); 959-969, 2011
Medline

23) Whitford, T. J., Ford, J. M., Mathalon, D. H., et al.: Schizophrenia, myelination, and delayed corollary discharges: a hypothesis. Schizophr Bull, 38 (3); 486-494, 2012
Medline

24) 安永 浩: 精神の幾何学. 岩波書店, 東京, 1987

25) 安永 浩: 分裂病の「心因論」. ファントム空間論 (安永 浩著作集, 第1巻). 金剛出版, 東京, 1992

26) 安永 浩: 分裂病の症状論. 症状論と精神療法 (安永 浩著作集, 第4巻). 金剛出版, 東京, 1992

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology