プロフェッショナリズムは,個人の特性である美徳,専門職者の行動であるコンピテンシー,専門職集団や社会の中で医師らしくアイデンティティを形成していく過程,の3側面から捉えられる.プロフェッショナリズムの重要な要素の1つに社会的説明責任が挙げられ,社会の複雑,曖昧な問題に省察を繰り返しながら対処する中で成長していく省察的実践家が現代に求められる真の専門家である.Significant Event Analysisはそのための1つの重要な学習方略となる.
はじめに―アウトカム基盤型教育とプロフェッショナリズム―
近年の医学教育では,現代社会に求められる医療専門職者の能力の要素を決定し,それをアウトカムとして設定し,トレーニング開始時から常にこれを見据えて学習・教育していくというアウトカム基盤型教育の重要性が強調されている14)(図116)).アウトカム基盤型教育では,到達目標が明確にされており,目標に到達するために,今,何を,どのように学習・教育すればよいのか計画を立てやすいため,学習者・教育者の双方にとって大きなメリットがある15).
アウトカム基盤型教育は,さまざまな機関,大学教育,研修プログラムなどに取り入れられており,それぞれにアウトカムが設定されている.例えば,米国卒後研修認証協議会では,患者ケア,医学知識,診療に基づく学習と改善,人間関係・コミュニケーション,プロフェッショナリズム,システムに基づく医療の6つが挙げられている3).日本の医学教育モデル・コア・カリキュラムでは,医師として求められる基本的な資質に,医師としての職責,患者中心の視点,コミュニケーション能力,チーム医療,総合的診療能力,地域医療,医学研究への思考,自己研鑽の8つが挙げられている18).その他のプログラムでも同様のアウトカムが挙げられており,用いられている言葉は異なるものの,医療専門職者として求められる価値観,倫理観,態度,行動などの医療実践の基盤となるものが必ず挙げられており,これらはすべてプロフェッショナリズムという言葉で包含することができる.
I.プロフェッショナリズムとは何か
1.定まった定義はない
プロフェッショナリズムが何を意味するのか,長く議論が続いているがまだ合意はない11).プロフェッショナリズムの定義は学術的な立場によりさまざまである.しかし,良い医師とは何か,その価値観,倫理観,態度,行動の総体ということがプロフェッショナリズムである,ということについては異論はないであろう.プロフェッショナリズムを備えた医師を正確に,かつ包括的に定義することは難しいが,プロフェッショナリズムを備えた医師を認識することは可能である23).よって,プロフェッショナリズムの定義の細かな議論をするのではなく,良い医師とは何かについて自分の所属する集団や組織内で考え,その文脈に応じてプロフェッショナリズムを考え続ける,そして文脈に合わせた定義を自らが創造するのがよい.
以下にプロフェッショナリズムに関するさまざまな考え方を整理する.
2.プロフェッショナリズムの概念についての3層
プロフェッショナリズムを備えた良い医師とは何かを考えるとき,次の3つの視点から考えるとよい7).プロフェッショナリズムはこれらそれぞれが複合したものと考えられる.
1)人間的特性である
個人の中に修得され,内在化しており,安定的な要素である.よって,他者によってその特性を評価でき,その評価によって後の行動も予期できる.プロフェッショナリズムを示すさまざまな行動を挙げ,それを評価する試みは,人間の内面的特性を行動で代理評価しようとするものである.
2)個人の文脈の中でのかかわりの中で生じるものである
望ましい行動や態度は必ずしも普遍的ではなく,価値観はしばしば相反し,それらの選択は状況の特異性に依存する.よって,個人の特性は安定的ではなく,状況の中で創られ,流動的である.あるときはプロフェッショナルであるが,あるときはそうではない,ということがありうる.プロフェッショナリズムは状況に依存するため,行動に焦点をあてたプロフェッショナリズム評価は個人そのものを評価することにはならない.
3)社会の中で創られるものである
社会構造的レベルで専門職を定義する規範的立場,歴史的状況を反映する立場からプロフェッショナリズムを捉える.プロフェッショナリズムは専門職の置かれている社会状況に依存する.社会との関係によってプロフェッショナリズムも変化する可能性がある.例えば,医師の職業倫理に関する宣誓文として古くから用いられているヒポクラテスの誓いは,現代社会においてはそぐわない部分が生じていることは明らかである.
3.プロフェッショナリズムを考える3つの枠組み
プロフェッショナリズムは以下の3つの枠組みで考えることもできる17).
1)美徳(virtue)としてのプロフェッショナリズム
内的習慣と考える.この場合,心,モラル,ヒューマニズム(ケア,共感)などに焦点があたる.この場合,価値観の内在化・修得が重要となる.
2)行動としてのプロフェッショナリズム
コンピテンシー(観察可能な具体的な能力),マイルストーン(一つ一つのコンピテンシーの実践レベルを示す行動を記載したもの)1),観察可能な行動の測定などに焦点があたる.この場合,目標の明確化,修得・発揮・評価すべきコンピテンシーを設定することが重要である.
3)専門家のアイデンティティ形成(professional identity formation:PIF,professionalization)
良い医師になっていくための成長プロセスと捉える.所属する医師集団の世界の中でのアイデンティティの進展,変化,社会化である.この場合,ロールモデルへの曝露が重要である.
PIFは,これまでの経験,社会とのかかわり,ロールモデルやメンター,患者とのかかわり,経験学習,明示的・暗黙的な知の獲得26)などによる社会化10)の長い経過を通じて行われる.社会化の結果,医療専門職としての特性,価値観,規範が内在化され自我を獲得し,学習者が医師らしく考え,行動し,感じるようになり,社会から求められる良い医師となる9).これがPIFである.この意味で,教育は考え方や関係づけの新たな方法に自己を変容させるようにするものである13).
このことは,精神科診療の世界に身を置き,そこでのロールモデルや同僚との出会い,そして診療場面での患者,家族,地域住民との出会いなどの経験により,精神科医としての価値観を内在化し,精神科医らしい考え方,振る舞い方,感じ方ができるようになっていくことを意味している.
II.プロフェッショナリズムの定義の例
これまでにプロフェッショナリズムのさまざまな属性,定義が提案されている.一人の医師(プロフェッショナル)として求められるもの,専門職集団(プロフェッション)として求められるもの,の2側面から考えると理解しやすい.
ここではしばしば引用される代表的なものを紹介する.表1は,欧米の内科3学会が合同で2002年に発表した「新ミレニアムにおける医のプロフェッショナリズム:医師憲章」である2).ここに提示されている3つの原則と10の責務はどのような文化,医療コンテクストにおいてもおおよそ通じるものと考えられており,10の責務は具体的な行動目標として理解しやすい.北米のプロフェッショナリズム教育をリードする専門家によって提示されている概念図が図2であり,臨床能力など基本的な3つの基盤となる能力の上に,卓越性,人間性,説明責任,利他主義が備わったものがプロフェッショナリズムとされている6).また,プロフェッショナリズムを備えた医師の属性として北米の医学教育研究者が提示しているのが,図3である.癒やし人(healer)という医療者個人の資質と専門職集団(profession:プロフェッション)としての資質がわかりやすく提示されている8).
前項までに述べたプロフェッショナリズムに関する議論を理解した上で,これら代表的なプロフェッショナリズムの定義を個人個人,自施設,自集団の状況に合わせて活用または修正応用するとよいであろう.
III.精神科医のプロフェッショナリズムとは
精神科領域における特有のプロフェッショナリズムの議論はほとんど行われていない.これは他の診療領域でも同様である.プロフェッショナリズムはすべての診療領域で同様に考えられるということかもしれないが,今後,診療領域特有のプロフェッショナリズムについての議論が行われるべきと著者は考える.
2012年に米国精神医学会により『精神医学におけるプロフェッショナリズム』という書籍が発行されているが,そこでは主にそれまでに提示されてきた一般的なプロフェッショナリズムの概念をもとにして次のように内容が構成されている12).①医学・精神医学におけるプロフェッショナリズム,②プロフェッショナリズムと倫理:価値観から行動まで,③プロフェッショナリズムと臨床的関係:境界と境界線越え,④サイバースペースにおけるプロフェッショナリズムと境界,⑤プロフェッショナリズムに関する責務,⑥文化,人種,ジェンダー,性向への感受性,⑦重複する役割と利益相反,⑧多職種間,同僚間関係,⑨“隠れたカリキュラム”の光と影,⑩プロフェッショナリズム教育と評価の困難さ.
その後,プロフェッショナリズムという言葉は用いられていないが,米国精神医学会から2013年に医療倫理原則4),2015年に臨床倫理に関する注釈5),英国王立精神科医学会から2014年に有能な精神科診療・倫理綱領20)などが発表されている(表2).
IV.社会的説明責任とは何か
プロフェッショナリズムの定義には,説明責任,社会に対する責任という要素が挙げられている.これらは社会的説明責任(social accountability)とも呼ばれる.社会的説明責任とは,医療者または医療専門職集団として患者・社会のニーズに応えることである6).社会のニーズに応えず自分のもつ知識・技術を単純に適用することを繰り返すだけの者は単なる技術屋(エキスパート)であり,いわば自分勝手な医療者である.このような者は真のプロフェッショナル・プロフェッションではない.公共の善のためにつくすという公共性・社会的目的という強い意識を持ち合わせていなければならない23).
社会的説明責任は医学教育の文脈でも以前から強調されている.高い技術をもつテクニシャンは養成しているが社会に対する責任を理解する真のプロフェッショナルを養成していない25),あるいは,社会のヘルスケア・ニーズに応えることを怠っている,公民の責任性の共有センスの欠如である22),といった医学教育に対する痛烈な批判がある.また,WHOからは,医学校の教育,研究,奉仕活動を,奉仕する委託を受けたコミュニティ,地域,国の重要な健康問題に言及する方向に向かわせる義務がある,との提言もある8).近年の地域医療崩壊や新・専門医制度導入直前に巻き起こった非建設的な議論などは,社会的説明責任が問われるプロフェッショナリズム問題の顕著な事例といえるだろう.
V.現代に求められる真の専門家とは何か―プロフェッショナリズムと省察的実践家―
現在の医療現場には複雑で混沌とした難しい課題が溢れており,これらの社会の課題やニーズに対処しようとするとき医療者は困惑を覚えるかもしれない.しかし,このような混沌とした場で貢献できる者こそが真の専門家であるといわれる.
「専門的知識が求められるのは,非常にごちゃごちゃした混乱した場であり,技術的にきれいに問題解決可能なものはそもそも社会的問題とならない.専門的知識が求められるのは,技術的合理性(著者注:単純な知識や技術がうまく機能する状況)と区別された知識の領域である.その特徴とは,不確実性,独自性,価値の相克に満ちている世界であり,いつでも,どこでも,一つの手段を適応すれば片付くという合理性を持たない,ごちゃごちゃした,あらかじめ教えることができないというような知的作業を求められる領域である.」21)
高度の複雑さと曖昧さを泥臭く扱いながら,その中で自分の行為と決断を省察(深く振り返り,そこから学びを得る)しながら問題に取り組む能力が欠かせない.このような実践を行える者を省察的実践家(reflective practitioner)と呼び,現代のすべての専門領域において求められる真の専門家であるといわれている.プロフェッショナルには省察の能力が備わっていなければならず,省察はプロフェッショナリズムの重要な要素である(表3).
VI.省察を涵養するための方法に何があるか―Significant Event Analysis(SEA)―
省察にはSEAという方法を用いるのがよい.学習者は表4の様式に従って事例と省察の内容を記載し,それをファシリテーターである指導医のもとで同僚と話合う協同学習を行う19).この協同学習の場では,自分の考え・感情を言語化できること,同僚・指導医の多様な見解を受け入れられること,結論を導くための議論(ディスカッション)ではなく,意義を創り出す対話(ダイアローグ)ができることが重要である.そのための前提として,どのような意見も受け入れられ批判を受けることがない学習環境(no blame culture)が保証されていることが重要である.SEAによって新たな気づきが生まれ,これまでとは異なる視点で医療に取り組むことができるようになる.これを変容学習という24)(図4).このような学習ができればプロフェッショナリズムが深まったことになるだろう.
おわりに
プロフェッショナリズムは継続的に追求するものである.その姿勢こそがプロフェッショナリズムともいえる.社会からの要請を常に意識しながら,困難な臨床状況の中で省察を繰り返しながら変容し続けてプロフェッショナリズムを涵養していくことが,現代の複雑な社会の中で専門家には特に求められている.
第112回日本精神神経学会学術総会=会期:2016年6月2~4日,会場=幕張メッセ,アパホテル&リゾート東京ベイ幕張
総会基本テーマ:まっすぐ・こころに届く・精神医学
教育講演:医療プロフェッショナリズム―精神医学の導きの糸として― 座長:宮岡 等(北里大学医学部精神科学)
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) AAMC: Core Entrustable Professional Activities for Entering Residency Curriculum Developers' Guide (https://members.aamc.org/eweb/upload/core%20EPA%20Curriculum%20Dev%20Guide.pdf) (参照2016-08-21)
2) ABIM Foundation, ACP-ASIM Foundation, European Federation of Internal Medicine: Medical professionalism in the new millennium: a physician charter. Ann Int Med, 136; 243-246, 2002
3) Accreditation Council for Graduate Medical Education: Outcome project: General competencies 1999 (http://www.acgme.org/outcome/comp/compFull.asp) (参照2012-02-14)
4) American Psychiatric Association: The Principles of Medical Ethics With Annotations Especially Applicable to Psychiatry (https://www.psychiatry.org/.../Ethics/principles-medical-ethics.pdf) (参照2016-08-21)
5) American Psychiatric Associatio: APA Commentary on Ethics in Practice (https://www.psychiatry.org/File%20Library/Psychiatrists/Practice/Ethics/APA-Commentary-on-Ethics-in-Practice.pdf) (参照2016-08-21)
6) Arnold, L., Stern, D. T.: What is medical professionalism? Measuring Medical Professionalism (ed by Stern, D. T.). Oxford University Press, New York, p.15-37, 2006
7) Burford, B., Morrow, G., Rothwell, C., et al.: Professionalism education should reflect reality: findings from three health professions. Med Educ, 48; 361-374, 2014
8) Cruess R. L., Cruess S. R. (宮田 靖志訳): プロフェッショナリズムの認知的基礎. 医療プロフェッショナリズム教育―理論と原則 (Creuss R. L., Creuss S. R.ほか編著, 日本医学教育学会倫理プロフェッショナリズム委員会監訳). 日本評論社, 東京, p.26-33, 2012
9) Cruess, R. L., Cruess, S. R., Boudreau, J. D., et al.: Reframing medical education to support professional identity formation. Acad Med, 89; 1446-1451, 2014
10) Cruess, R. L., Cruess, S. R., Boudreau, J. D., et al.: A schematic representation of the professional identity formation and socialization of medical students and residents: a guide for medical educators. Acad Med, 90; 1-8, 2015
11) DeAngelis, C. D.: Medical professionalism. JAMA, 313; 1837-1838, 2015
12) Gabbard, G. O., Roberts, L. W., Crisp-Han, H., et al.: Professionalism in Psychiatry. American Psychiatric Publishing, Arlington, 2012
13) Goldie, J.: The formation of professional identity in medical students: consideration for educators. Med Teacher, 34; e641-648, 2012
14) Harden, R. M., Crosby, M. H., Davis, M., et al.: AMEE Guide No. 14: outcome-based education: part 1-An introduction to outcome-based education. Med Teach, 21; 7-14, 1991
15) Harden, R. M.: Learning outcomes and instructional objectives: is there a difference? Med Teach, 4; 151-155, 2002
16) Harden, R. M., Crosby, M. H., Davis, M., et al.: Task-based learning: the answer to integration and problem based learning in the clinical years. Med Educ, 34; 391-397, 2000
17) Irby, D. M., Hamstra, S. J.: Parting the clouds: three professionalism frameworks in medical education. Acad Med, 2016 Apr 26 [Epub ahead of print]
18) モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会: 医学教育モデル・コア・カリキュラム―教育内容ガイドライン―, 平成22年度改訂版 (http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/detail/__icsFiles/afieldfile/2013/11/15/1324090_21.pdf) (参照2016-8-21)
19) 大西弘高, 錦織 宏, 藤沼康樹ほか: Significant Event Analysis: 医師のプロフェッショナリズム教育の一手法. 家庭医療, 14; 4-12, 2008
20) Royal College of Psychiatrists: CR186. Good Psychiatric Practice: Code of Ethics (http://www.rcpsych.ac.uk/usefulresources/publications/collegereports/cr/cr186.aspx) (参照2016-08-21)
21) 佐々木 毅: 真のプロフェッショナルとは―試される知と術―. 第28回医学界総会2011, 東京, 特別企画記念講演
22) Schroeder, S. A.: Training an appropriate mix of physicians to meet the nation's needs. Acad Med, 68; 118-122, 1993
23) Swick, H. M.: Toward a normative definition of medical professionalism. Acad Med, 75; 612-616, 2000
24) 渡邊洋子: 成人学習理論の登場―自己主導型学習・自己決定学習と認識変容学習. 生涯学習時代の成人教育学 学習者支援へのアドヴォカシー. 明石書店, 東京, p.123-138, 2002
25) Whitcomb, M. E.: Medical professionalism: can it be taught? Acad Med, 80; 883-884, 2005
26) Wong, A, Trollope-Kumar, K: Reflections: an inquiry into medical students' professional identity formation. Med Educ, 48; 489-501, 2014