愛着障害と妊娠期および産後の母親の気分との関連を明らかにするために,自己記入式質問紙を用いた前向き研究を実施した.妊娠期と産後期に4回,EPDS(抑うつの尺度)とMIB(愛着の尺度)を実施したところ,EPDSとMIBの間に弱から中程度の相関(r=0.14~0.39)がみられ,「低い気分」状態の女性は強い愛着障害をもつ傾向がみられた.また母子間の愛着は母親の気分状態と密接に関連していた.愛着と母親の気分状態の経過には様々なパターンが存在することが明らかとなり,これらのサブタイプから,母親の抑うつ状態の経過を考慮に入れて愛着障害の分析が行われるべきであることが示唆された.
2)椙山女学園大学
3)リエゾンメディカル丸の内
4)名古屋大学大学院教育発達科学研究科
5)名古屋大学大学院法学研究科
はじめに
Bonding(愛着)とは,母子間の関係性や愛着が発達していく過程である.愛着形成の困難さ,つまり愛着障害が生じる場合があり,周産期の精神医学において重要な問題として知られている2)3).双子の一方の死,死産,苦痛な出産体験,望まない妊娠などのほか,病気や障害,早産による子どもの社会的反応の遅れなど様々な要因が愛着障害を引き起こす可能性がある15)27).母親の不安の高さ,強迫的な気質,育児の難しさによる悩みなども愛着の発達を阻害し,子どものネグレクトや虐待など重篤な養育の問題が,愛着に影響を与える可能性もある2).
抑うつ状態が出産後数週持続していると産褥期うつ病と診断され,産後女性の約10~15%に生じる1)2)8)14)17).最近の研究では,妊娠期のうつ病の有病率は先進国で7~15%,発展途上国で19~25%といわれ21),産後うつ病の女性の半数以上が,妊娠以前もしくは妊娠中から発症していると考えられている7).日本で行われた研究では,16%の女性に妊娠中と産後にうつ病か「低い気分」があったと報告されている12)13).
妊娠期,産褥期は母子間の愛着発達に大変重要であり,この時期の母親のうつ病は,愛着を阻害する可能性がある15).さらに子どもの認知や行動の発達においても愛着は重要である16).母親のうつ病が治療されないと虐待やネグレクトのリスクが増加し,産褥期うつ病の母親の子どもは,発達期に認知や感情の問題が持続しやすい傾向があるという研究もある22).
愛着障害に関しては,うつ病が一次的な疾患で愛着障害は母親のうつ病による不適切な子育ての結果であるとする説と,母子間の関係が一次的な問題で愛着障害はうつ病がなくても起こりうるという説の2つの仮説がある2).Righetti―Veltemaらは,母子間の関係性は気分状態と相関していたが,愛着障害は抑うつがない母親の8.8~21.8%で観察されたと報告している22).つまり母親の気分障害が愛着障害を二次的にもたらすのか,愛着の発達や子どもの養育の困難さが母親の精神的健康に影響しているのかについては議論が残る.Kumarは,精神障害と愛着障害の発症は近接していたため前後関係は完全には明らかにできなかったと報告している15).Condonは妊娠中の母親と胎児の愛着を研究し,出産前から母親と胎児の病的関係が存在するとして胎児虐待の数例を報告している4)5).日本でも同様に母親の抑うつ傾向と胎児への愛着の関連を示唆する報告があるが11),妊娠期から産後まで同じ評価尺度を用いて抑うつ状態と愛着障害の関係の経過を調査した報告はない.そこで我々は妊娠期から産後にかけての愛着障害の経過と母親の抑うつとの関係性を調査するため,同一の自己記入式質問紙にて前向き研究を実施した.
I.研究の方法および結果
1.対 象
2004年8月から2009年10月末までに産科病院で無作為に募った妊婦551名のうち解析に必要なすべての質問紙が回収され,分析項目に欠損値,極端な外れ値のなかった388名を分析対象とした.この研究は周産期気分障害に焦点をあてた大規模プロジェクトの一部であり,詳細な情報は他で報告している10)12).
なお,この研究は,名古屋大学医学部倫理委員会の承認を得ている.
2.方 法
抑うつ状態の評価にはEdinburgh Postnatal Depression Scale(EPDS)20)を,母子の愛着の評価にはMother-to-Infant Bonding scale(MIB)26)を用いた.MIBは8項目4件リッカート法の自己記入式質問紙で,合計得点は0~24点となる.低得点ほど良好な愛着を意味する.MIBは産後の愛着の尺度ではあるが,本研究では,妊娠初期(25週以前),妊娠後期(36週前後),出産後5日目,産後1ヵ月の4回実施した.
EPDSは産後の抑うつ状態のスクリーニングで10項目の質問の合計得点で評定される.うつ病の臨床的診断をするものではないが,高得点の場合抑うつ的である可能性が高い.MIBと同様の時期に4回実施し,先行研究20)に基づいた8/9点の閾値で,非抑うつ群,妊娠期一過性抑うつ群,持続的抑うつ群,産後抑うつ群の4群(以下,EPDS 4群)に分類した.
またEPDS 4群間のMIB得点の変化パターンについて,相互関係の影響を分析した.Taylorら26)の閾値(3/4点)に従い,本研究でも高MIB群と低MIB群に分類した.EPDSとMIBの相関についてはピアソンの相関係数(r)を,EPDS 4群のMIB得点の差の検討には,繰り返し測定分散分析を用いた.MIBスコアの継時的変化もEPDS同様,非愛着障害群,妊娠期愛着障害群,産後愛着障害群,持続的愛着障害群の4群に分類した(以下,MIB 4群).各群の気分状態をフィッシャーの正確検定によって検討した.統計学的分析にはSPSS(Ver. 17.0J)を用い,有意水準は0.01とした.
3.結 果
表1はEPDS 4群の平均年齢と人数である.産後抑うつ群で第1子出産が若干多くみられたが,4群間の出産経験,収入,学歴には統計学的有意差はなかった.母親の気分と愛着の関連について,EPDSとのピアソンの相関係数によって検証した.妊娠初期,妊娠後期,産後1ヵ月時点において,EPDSとMIB得点に弱から中程度の(r=0.24~0.39;p<0.01)相関がみられ(図1a,b,d),産後5日目が最も弱かった(r=0.142)(図1c).
持続的抑うつ群のMIB得点は妊娠中すべての群の中で最も高く,出産後低下するが,産後1ヵ月でまた上昇する(図2).産後抑うつ群の得点は,妊娠期の持続的抑うつ群の得点より低いが,産後は上昇する(図2).MIB得点の平均値,SD,中央値,四分位を表2に示す.EPDS 4群とMIB 4群をクロス集計表にまとめ,それぞれの比率を算出した(表3).妊娠期一過性愛着障害群は妊娠期一過性抑うつ群が大きな比率を占め,持続的愛着障害群は持続的抑うつ群の比率が大きい傾向があり,比率の差は統計学的に有意であった(フィッシャーの正確検定p<0.0001).
II.考察
各時点でEPDSとMIB得点の間に弱から中程度の相関がみられ,EPDS高得点者はより強い愛着障害と関連している傾向があった.またEPDS 4群間のMIB得点の変化パターンに交互作用が認められた.持続的抑うつ群のMIB得点は,妊娠中の他の群と比較して最も高く,産後一旦下がった後,産後1ヵ月で再び上昇する.産後抑うつ群のMIB得点は,妊娠中は持続的抑うつ群より低いが,出産後は上昇する.MIB 4群,EPDS 4群の比率を算出したところ,愛着の変化には様々なパターンがあり,低MIB得点者のうち,産後1ヵ月で抑うつ状態がある者もない者もあった.RobsonとKumarの研究24)では,産後7日目で新生児に無関心な母親もいるが,多くは1週間で愛着を発達させる.また妊娠後期に愛着が低い女性は,産後も愛着が低いリスクをもつとの報告もある6)9).我々の研究は同一質問紙を用いた前向性のデザインであるため,EPDS 4群間のMIBの変化傾向の差異を検証することができた.
また今回出産直後のMIB得点が妊娠中より低いことが明らかとなった.妊娠中に適切な母性感情が発達しない母親もいるが,愛着は次第に上昇する.産後5日目のMIB得点は4時期中最も低く,産後1ヵ月でわずかに上昇した.これは母子間の愛着は出産直後から1ヵ月で上昇することを示しており,産後12週の平均MIB得点が,産後3日目の記録より67%低いというTaylorら26)の知見とは異なる.我々の研究における産後5日目のMIB得点は,イギリスの報告よりやや低く,これは日本では産後5日目には病院にいるため養育の困難さを認識しておらず,子どもの養育に随伴する睡眠不足と関連している可能性がある.EPDS 4群のMIBの変化パターンは異なっており,例えば産後抑うつ群のMIB得点は妊娠期に低く,非抑うつ群と同様のパターンであった.一方,持続的抑うつ群のMIB得点はすでに妊娠中から高く,これは抑うつ状態と愛着障害との関連を示唆している.持続的抑うつ群は妊娠初期から高いEPDS得点であっため,妊娠以前から「低い気分」状態が継続していた可能性があるが,この研究ではこの点は確認できていない.
抑うつと愛着障害のいずれが一次的障害かという論争に関して,持続的抑うつ群の母親,つまり妊娠期から抑うつ気分をもつ母親にとっては先行研究ではうつ病が原因因子として説明されている17).一方で産後抑うつ群の母親にとって,愛着障害は「低い気分」に影響を与える因子の1つかもしれない.近年の研究9)では,妊娠後期の低い愛着形成が産後うつ病を予測すると報告されているが,前後関係の文脈を完全に明らかにできておらず,これらの違いは愛着障害と母親のうつ病との関連に焦点をあてた先行研究において探求されていない15)16)18)24).さらに我々は,「低い気分」ではないにもかかわらず高いMIB得点をもつ女性がいることを見出した.この結果は先行研究15)23)と一致しており,抑うつ状態の進行が愛着障害の臨床経過と完全には一致せず,愛着障害が抑うつ状態の直接的結果ではない者もあるということを示唆している.つまりうつ病とは関連しない愛着障害が存在する可能性がある.
おわりに―今後の展望―
EPDSは日本の集団で妥当性が検証されてはいるが,我々はうつ病診断のための精神医学的面談や,他のうつ病評定尺度とEPDSとの成績比較をしていない.自己記入式では偽陰性率が高いことに加え,抑うつの影響による認知の歪みが質問紙の結果に影響する可能性を考慮する必要がある.またMIBの閾値は妥当性が検証されていない上,妊娠期の使用についても妥当性検証はされていない.産後抑うつ群における愛着障害が,ホルモン調節や産科合併症,マタニティブルーなどのような産科にかかわる様々な要因の影響を受けている可能性もあるが,この点も検討できていない.加えて妊娠の時期によって身体的,心理的機能に有意な変化があることから25),時間経過ごとに特異的な閾値を設定すべきかもしれない.
今後は産後1ヵ月以降の愛着とその認知発達への影響に関する研究や,うつ病とは関連しない愛着障害の進展とそれに関連する因子の探索のための母親の社会的相互関係やアタッチメントスタイルに焦点をあてた研究が必要であると考える.妊娠期の潜在的リスクファクターの知見は,母親のみならず子どもにとっても重要である.愛着障害と関連したリスクを明らかにするために,配偶者や母親の実母からのソーシャルサポート,母親の人格傾向,母親自身の被養育体験などに関する情報を加え研究を進めていくべきであると考える.
本論文は,PCN誌に掲載された最新の研究論文19)を編集委員会の依頼により,著者の1人が日本語で書き改め,その意義と展望などにつき加筆したものである.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
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