震災・原発事故直後に,福島第一原発から30 kmの同心円の中にある精神科病床を有する病院5つは入院患者を30 km圏の外の地域の病院へ移送することが求められた.その結果,合計800人ほどの精神科入院患者が福島県内外の病院へ移送され,その5病院が一旦閉鎖され,3クリニックも一旦機能を停止した.福島県立医科大学医学部神経精神医学講座と,同大学看護学部家族看護学部門精神看護の有志が「福島医大こころのケアチーム」を作り,平成23年3月末から相馬市の公立相馬総合病院に「臨時精神科外来」を設け,こころの問題を抱えて困っておられる方々の外来診療を開始した.その後,訪問サービスとクリニックを行う地域のベースを作ることとなり,全国から支援に入った方々の御援助をいただきながら,23年の12月にNPO「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」を立ち上げ,それまで精神科医療施設がなかった相馬市の建物を借り,「相馬広域こころのケアセンターなごみ」を開所し,「メンタルクリニックなごみ」と緊密に連携して,アウトリーチ主体の地域精神保健福祉事業を展開することとなった.「相馬広域こころのケアセンターなごみ」は,福島県こころのケアセンターの相馬センターを委託され,また福島県の震災対応型アウトリーチ事業を受託して,仮設住宅や借り上げ住宅で生活する被災者,地域で生活する精神疾患当事者・家族,地域住民など,相双地域の多くの人々のこころの健康を守り増進するための事業を行ってきた.
平成25年度日本精神神経学会精神医療奨励賞を授与いただき感謝申し上げたい.今回の受賞は東北全体への激励と受けとめ,引き続き東日本大震災・福島第一原発事故からの復興と精神科医療の再生,被災者のメンタルヘルス増進を目指して努力を継続する決意をしている.福島県の理解とサポートをはじめ,全国,世界の多くの方々からの御支援に感謝申し上げる.
福島県立医科大学会津医療センター精神医学講座特任教授
はじめに
この度は,「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」の事業に対しまして,平成25年度日本精神神経学会精神医療奨励賞を授与くださいまして,誠にありがとうございます.この場をお借りし,これまでの日本精神神経学会および会員の皆様の東北支援,福島支援に心から感謝いたします.今回の受賞は東北全体への激励と受けとめ,引き続き東日本大震災・福島第一原発事故からの復興と精神科医療の再生,被災者のメンタルヘルス増進を目指して努力を継続してまいりたいと気持ちを新たにしております.
I.福島医大心のケアチームから相馬広域こころのケアセンター設立までの経緯
福島県太平洋岸北部の新地町,相馬市,南相馬市,飯舘村を含む地域は相双地域と呼ばれます.相双の相は相馬の相,相双の双は双葉の双からとられたもので,福島県の太平洋岸である「浜通り」の北部の相馬郡,中部の双葉郡のうち,大体,福島第一原発より北の地域を指す用語です.
震災・原発事故の前には,相双地域のうち新地町,相馬市には精神科の医療施設がありませんでした.南相馬市には精神科病院が1つ(雲雀ケ丘病院),精神科クリニックが3つありました.震災・原発事故直後に,第一原発から30 kmの同心円の中にある精神科病床を有する病院5つは入院患者を30 km圏の外で比較的放射能による被災が少ないと考えられる地域の病院へ移送することが求められました.その結果,合計800人ほどの精神科入院患者が福島県内外の病院へ移送されて,その5病院が一旦閉鎖され,3クリニックも一旦機能を停止しました.
地域で生活し外来通院しておられた患者で体育館などの大規模避難所に避難された方も多くおられましたが,流通が遮断した結果,薬が不足して困った方もたくさんおられました.福島県立医科大学医学部神経精神医学講座と,同大学看護学部家族看護学部門精神看護の有志が「福島医大こころのケアチーム」を作り,3月末から30 km圏外にある相馬市の公立相馬総合病院(ここも震災前に精神科はありませんでした)に「臨時精神科外来」を設けさせていただき,行き場をなくして困っておられる方々をはじめ,こころの問題を抱えて困っておられる方々の外来診療を開始いたしました.幸い,この臨時精神科外来の支援に,全国の精神科医,看護師,精神保健福祉士など300前後を超える方々が入れ代わり立ち代わり来ていただき,外来診療のみでなく訪問活動や地域保健活動として「ちょっと一休みの会」を仮設住宅集会場や保健センターなどで開くことができました.こうした活動を継続できたのは公立相馬総合病院の熊院長先生はじめスタッフの皆様の御理解と御協力があったおかげです.ここに深く感謝を申し上げます.
II.相馬広域こころのケアセンターなごみの取り組み
しかし,いつまでも「間借り生活」では不安定であるという認識から,訪問サービスとクリニックを行う地域のベースを作ろうという話になり,全国から支援に入った方々の御援助をいただきながら,震災の年,平成23年の12月にNPO「相双に新しい精神科医療保健福祉システムをつくる会」を立ち上げ,それまで精神科医療施設がなかった相馬市の建物を借り,「相馬広域こころのケアセンターなごみ」を開所いたしました.「なごみ」は,平成23年の初夏からは診療を再開された南相馬市内の3ヵ所の精神科クリニック,平成24年1月から入院治療を再開した南相馬市内の精神科病院である雲雀ケ丘病院,相双地域の一般診療科病院やクリニック,および同地域で事業を継続・再開した精神保健福祉施設と協力し合いながら,①地域住民への精神科医療,保健,福祉に関する相談・啓発事業,②地域住民に関わる公共職員および福祉施設従事者を対象としたこころの相談事業,③医療,保健,福祉関係者を対象とした研修会事業,④医療,保健,福祉関連他団体との交流,連携,協力事業,⑤福祉施設と医療機関との間における巡回車の運行事業,⑥当該地域の医療,保健,福祉に関する書籍・DVDなどの発行・販売事業,⑦その他この法人の目的を達成するために必要な事業,を行うこととなりました.
「相馬広域こころのケアセンターなごみ」は仮設住宅や借り上げ住宅で生活される被災者,地域で生活する精神疾患当事者・家族,地域住民など,相双地域の多くの人々のこころの健康を守り増進するための事業を行ってきました.例えば,被災者の戸別訪問支援,「ちょっとここで一休みの会」や「いつもここで一休みの会」など被災者のメンタルヘルス増進の活動,被災者支援に動かれている公共職員の皆さんに対する相談事業,精神科医療につながることが期待される人々の受診支援などです.また,NPOとして共にアウトリーチ主体の医療によりメンタルヘルスを守る事業を行う「メンタルクリニックなごみ」と緊密に連携してきました(図1).
「なごみ」は福島県の震災対応型アウトリーチ事業の委託を受けて,相双地域のこころに障害をもっておられる方々の地域生活サポート事業を行っており,平成25年春の時点では約40名の方を対象としています.また,福島県こころのケアセンターの委託を受けて相馬センターとして活動しており,仮設住宅や借り上げ住宅などに生活しておられる被災者を中心として,平成24年春から25年春の間に1,056件の訪問活動を行ってきました(新地町76件,相馬市854件,南相馬市126件).訪問相談の内容は多岐にわたりますが,精神症状管理が31%(936件),対人関係支援が22%(645件),社会生活支援が17%(522件),家族支援が15%(451件),身体症状管理が15%(444件)などとなっています(図2).
III.精神医療奨励賞受賞を励みに,アウトリーチサービスの充実を通じて,一層震災・原発事故からの復興再生を進めます
今回,精神医療奨励賞を授与いただいたことは,私たちを激励していただき,今後一層アウトリーチサービスを充実させ,震災・原発事故からの復興再生を進めなさいという促しであると理解しております.また,福島の私たちが受賞させていただきましたが,これは被災3県全体への励ましであるとも理解しております.この理解に沿って,今後とも精進してゆきたいと気持ちを新たにしているところです.
私たちの事業は,福島県の理解とサポートをはじめ,全国,世界の多くの方々からの御支援により進めてくることができました.米国ニューヨークのJapan Society,米国日本人医師会,Baseball Players Trust,CWAJ(College Women's Association of Japan),世界の医療団,ヤマト財団,日本財団,新日本製薬および多くの個人の皆様方から多大なご支援をいただいております.こうしたすべての皆様の御支援に紙面をお借りしてあらためて感謝申し上げます.
おわりに
以上,2013年の日本精神神経学会の精神医療奨励賞をいただきましたことに,「クリニックなごみ」,「相馬広域こころのケアサンタ―なごみ」,NPO法人「相双に新しい精神科医朗保健福祉システムをつくる会」を代表いたしまして御礼の言葉を述べさせていただきました.全国の精神神経学会会員の皆様をはじめ,精神科医療保健福祉に携わる皆様の引き続く御支援をお願いいたしまして受賞の御挨拶とさせていただきます.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.