成人期に精神科をはじめて訪れる症例の中に,発達障害の診断例が急増している.本稿では,発達障害の類型概念について整理し,鑑別診断と対応の考え方について述べた.今後,すべての精神科医に以下のことが求められる.診断においては,発達障害と他の精神疾患との類型概念の違いを知り,臨床場面ですべての症例に対して「発達」というディメンジョナルな軸を導入し,多軸的に診断する習慣をもつ.対応においては,個々の症例における生活困難に発達障害がどの程度影響を及ぼしているのかを念頭に置き,発達障害の特徴に配慮した環境設定を行いながら併存する他の精神疾患の治療を行う.
はじめに
成人期に精神科をはじめて訪れる症例の中に,発達障害の診断例が急増している.幼児期の早期発見を起点として成人期までの長期縦断的臨床を日常業務としてきた筆者の立場からみると,精神医学に「発達」の視点を加えた「発達精神医学」の考え方が一層求められているといえる13).本稿では,成人の発達障害について理解を深めるために,まず発達障害の類型概念について整理し,それから鑑別診断と対応について述べることとする.
I.発達障害の類型概念
分類とは「類(似たもの)」に「分ける」ことであり21),「群化」と「分離」という全く相反する作業を同時に行うことである.中尾16)によれば,実用分類の三大類型とは,類型分類,規格分類,系譜分類である.個体には必ず差異が存在するし,個体差のどこまでを同じ類型として許容し,どこで分離するのかは,案外恣意的である.生物学では,そもそも分類体系の最も重要な条件とはわれわれが理解しやすいことであって,正しいとか間違っているというレベルで論じることは不可能であり15),類型分類は厳密に突き詰めていくと明確な境界を引くことができない16)と考えられている.
生物学においてさえそうであるのに,いわんや精神医学においてをや,である7).精神疾患の分類も,他の多くの分類と同様に類型分類からスタートしている.しかし,研究者間のコミュニケーションを図りながら研究を進めていくためには,ある程度一定の基準によって操作的に境界線を引く作業(規格分類)も必要である.これまでのDSMやICDの診断基準は,類型分類を規格分類の枠組みで定義し直そうとする試みであった.
しかし,操作的診断基準を何回改訂しようとも,これらによって精神疾患が誰にとっても明確で合理的な境界で分類できるようになる保証は,全くない.そもそもこれらの診断基準は,統計分類を主たる目的として開発されたものである.したがって,臨床現場でこれらを手元に置き目の前の症例と見比べながら項目をチェックして,「A項目の症状が1項目足りないから診断できない」というような杓子定規な診断を行うことは,成作者たちの意図するところではない.実際,DSM-IV-TR1)には「料理のレシピ本のように安易に臨床診断に用いるべきではない」と記載されている.
ICD-10では,臨床上の実用と研究上の統計分類という異なる目的に対応した2種類の診断分類を出版している.すなわち,「臨床記述と診断ガイドライン」19)では,臨床家が類型概念を把握するのに必要な臨床的特徴を叙述的に記載しているのに対し,「DCR研究用診断基準」20)では,研究に用いることを目的とした規格分類を行っている.前者では治療ニーズをなるべく満たすことが主眼に置かれるため,典型度の低い症例も広めに取り込んで診断可能である.後者では異なる研究者間の比較検討を可能にするために,典型例の範囲が前者に比べてやや狭く設定されている.
臨床家に求められているのは,日常の臨床経験を通じて個々の精神疾患の類型概念を認識しておくことである.まずは類型概念をもとにやや広めに,治療に活用できるかどうかを目安として診断しておき,研究や統計の用途に必要となったときに改めて操作的診断を行えばよいのである.また,類型概念自体がわかりやすさを主眼に置くべきものであることから,常に暫定的であり,知見の蓄積によって時代とともに変動し得るということも念頭に置いておく必要がある.
さて,現時点における発達障害の類型概念は,「何らかの特記すべき精神機能の特徴が乳幼児期からみられ,その特徴が成人期も残ることによって生活に支障をきたすグループ」ということになる.「何らかの特記すべき特徴」は,極論すれば精神機能に関する内容であれば何でもよい.ただし,DSM-52)で“neurodevelopmental disorders”というグループ名が採用されたことからもわかるように,その特徴が神経生物学的基盤を反映しているものを想定しておく.
「何でもよい」と述べたが,同様の特徴を示す人たちがある程度まとまった人数いる場合,その特徴の組み合わせを1つの類型として分類する.現在のところ,全般的な知的発達の遅れを示す類型概念である「精神遅滞/知的障害」,言語を中心としたコミュニケーション機能の異常を示す類型概念である「コミュニケーション障害」,読字・書字・計算のいずれかの領域の相対的機能不全を示す類型概念である「(特異的)学習障害」,行動・衝動・注意の制御の異常(日本語でいう「そそっかしい」状態)を示す類型概念である「注意欠如/多動性障害(ADHD)」,対人関係の調整機能の異常と興味・行動のパターン化傾向を特徴とする類型概念である「自閉症スペクトラム障害(ASD)」などが,発達障害に含まれる代表的な類型概念である.
発達障害の特徴は,その有無がカテゴリカルに二分されるものではない.「発達障害であるか否か」ではなく,「発達障害の要因がどの程度その人の精神状態に影響を及ぼしているか」という視点ですべてのケースを診ていく必要がある.
また,発達障害の特徴の有無あるいはその程度は,社会適応の問題の深刻さと必ずしも線形の相関関係にはない.筆者は,自閉症スペクトラムの人たちの長期追跡の経験から,自閉症スペクトラムの特徴を残しつつも社会適応の問題がほとんどみられないケースが存在することを示し,「非障害自閉症スペクトラム(autism spectrum without disorder:ASWD)」という概念を提唱している8).自閉症スペクトラムでは,元来ASWDとなり得たはずのケースに環境因に基づく二次的な問題が重畳することによって,今度は逆にきわめて深刻な精神疾患の状態に陥るという特徴がある.このような特徴を示すのは,自閉症スペクトラムの特徴がむしろ弱いケースであることが多い.
II.発達障害に関する鑑別診断とは?
発達障害の特徴は,すべての人に多かれ少なかれ存在すると考えるべきである.鑑別診断においては,「発達障害なのか,それとも別の精神疾患なのか?」という考え方は,あまり意味がない.今後,すべての精神科医に求められることは,以下の2点であろう.それは,①発達障害と他の精神疾患との類型概念の違いを知っておくことと,そして,②臨床場面ですべての症例に対して「発達」というディメンジョナルな軸を導入し,多軸的に診断する習慣をもつことである.
以下では,成人の診療において「発達」を考慮しながら診断を進めていく際に留意すべき事項について述べる.
1.「発達」と「発症」
類型概念において発達障害を他の精神疾患(パーソナリティ障害を除く)と区別できる最大のポイントは,経過において明確な「発症」がみられず,特記すべき特徴が乳幼児期から老年期までを通じて同形性を保ちながら一貫してみられることである.
成人期にはじめて精神科を訪れる発達障害の症例の多くは,発達障害の特徴自体は弱くて気づかれにくかったが,生活環境からのストレスやトラウマなどの要因が加わったことによって思春期から成人期にかけて別の精神症状が出現して精神科を受診するケースである.この場合,背景に発達障害の特徴があり,そこに別の精神疾患が重畳していると考える必要がある.
2.統合失調症とASD
統合失調症と発達障害とは,経過の点で全く異なる類型概念である.しかし,成人例で経過に関する情報が乏しい場合もあるため,症状における概念の違いを確認しておくことも重要である.その際,検討しておく必要があるのはASDである.
現在,ICDやDSMにおける統合失調症の類型概念は,Schneider17)の一級症状を中心に据え,これに陰性症状(感情の平板化,思考の貧困,または意欲の欠如)を加えたものとなっている.これらをみる限りは,現在の診断基準において統合失調症とASDとはほぼ独立の概念と位置づけられている.
ただ,ASDの特徴はあるもののそれが弱い場合は,症状の面で統合失調症との鑑別に悩むことがある.その1つが,被害関係妄想である.マインド・リーディングという視点からみると,統合失調症の被害関係妄想はマインド・リーディングのコミッション・エラーが生じた状態である.一方,典型的な自閉症の人たちは,そもそもマインド・リーディング自体をしない(オミッション・エラー)3).しかし,ASDの特徴が弱い症例はマインド・リーディングを全くしないわけではないため,しばしばコミッション・エラーを呈する.ASDにおいて特定の思考パターンに関して強い固執傾向が伴うと,その思考が優格観念化すると筆者は考えており,マインド・リーディングにおけるコミッション・エラーが優格観念化したときに,一見すると被害関係妄想と思われるような状態を呈すると考えられる10).ただし,本人に理解できる筋道で合理的に説明されれば,訂正可能である.
もう1つ,成人例の臨床において筆者が注目しているのは「両価性」である6).1つの対象に対して相反する感情を同時に抱くことは必ずしも病的とはいえないが,統合失調症の人はそれが拡散してしまい自ら統合して1つの判断に収束させていくことが困難である.一方,ASDにおける興味の限局とパターン化とは,1つの対象について1つの行動,1つの価値意識を付与してしまい他の可能性を一切無視してしまう(価値意識の単極化).何かの対象に対する感情や決断を要する場面などで,統合失調症の両価性とASDの価値意識の単極化が鑑別の鍵になることを,筆者はしばしば経験する.
3.パーソナリティ障害と発達障害
パーソナリティ障害と発達障害との関係は,類型概念の上でも今後整理を要する.
パーソナリティ障害の類型概念上の特徴は,青年期または成人期早期までに特徴的なパターンが固定し,そのパターンがその後の生涯を通じて基本的に一定であることである.パーソナリティとその異常は,生来的な気質(temperament)と生育過程での環境因との相互作用によって形成されることが想定されている.しかし,症状が形成され固定されるに至るプロセスを専門家が自分の目で縦断的に直接観察することが保証されない.
一方,発達障害における症状と経過では,児童期までに出現した症状が基本的には同形性を保ちながら生涯を通じて持続することが想定される.とはいえ,成長の過程で,環境からの影響によって状態像はさまざまに修飾を受ける.そして,発達障害の特徴が弱い人ほどその修飾のされ方のバリエーションは大きい.発達障害では,幼児期に何らかの発達特性の有無が確認されることをスタートラインとして,その後の経過を専門家が縦断的に直接観察することが理論的には可能である.ただ,発達障害の人たちを幼児期から縦断的に観察するという視点を明確にもって臨床にあたる専門家は,これまで意外に少なかった.
たまたま専門家が幼児期に発達障害であることに気づいた場合,その人が成人期に達すると発達障害(だった)人の成人期であると考えたくなるが,もし過去を知らずに成人期にはじめて会えば,そのようなパーソナリティの人物であるとみなすはずである.
パーソナリティ障害と発達障害の両者のスペクトラムの辺縁は,連続的かもしれない.あるいは,成人期にパーソナリティ障害とされる障害群のうち,小児期から直接観察することが可能な群を発達障害として分離しているだけ,という考え方もあり得る11).
4.強迫性障害
強迫性障害とASDとの関係については,これまでにも多くの議論がある14).
ASDの人たちが示す強い固執傾向については,強迫観念や強迫行為との異同がしばしば議論されてきた.中核的な自閉症の人は,心理状態に関する概念自体をもたないため,強迫観念も強迫行為もあり得ない4)との考え方が主流を占めている.また,アスペルガー症候群についても,その固執症状は自我異質性や不合理性の認識の欠如という点で強迫観念や強迫行為とは異なると考えられている18).
従来ほとんどなされていないが,ASDにおける強い固執傾向との関連をもっと検討すべきなのは,優格観念(支配観念)であろう10).これは,強い感情に結びついて意識内に長期間とどまり占有し続ける観念であり,自我異質性や不合理性の認識が欠如している点で強迫観念と区別され,訂正可能な点で妄想と区別される5).この定義は,ASDにおける強い固執傾向のうちの観念の側面とほぼ同義であるといえる.さらに議論を拡大すれば,従来の精神症候学にはない概念であるが,ASDにおける強い固執傾向の行為の側面は,「優格行為(支配行為)」といってよいのではないか,との考え方もある(清水康夫氏とのpersonal communication).
III.対応の考え方
成人期に精神科をはじめて訪れるケースであっても,必ず発達障害の要因の関与の程度について評価する習慣をもつ必要がある.すべてのケースで周生期を起点とした生育歴および発達歴の情報収集を行い,発達経過の評価を行う.次いで,現症を心理,行動,生活の水準に分け,それぞれ発達障害特有の要素がどの程度関与しているのかを確認する.いずれの水準においても,問題の主要な部分を占めるのがどのような精神疾患の特徴なのか,発達障害の特徴は主因か副次因か,あるいは副次的ながら事態を複雑化させるものなのかも見きわめておく.
成人期の初診例では,心理水準で発達障害の特徴はありながらも行動の水準ではそれほど目立たずに経過してきた場合が多い.初診時の主症状は,他の精神症状(抑うつ,不安,意欲低下,身体化症状,強迫,パニック,攻撃性の亢進など)であるため,うつ病,全般性不安障害,適応障害,身体化障害,強迫性障害,パニック障害などが主診断とされる.発達障害の特徴は目立たず,後から徐々に明らかとなることもある.発達障害の特徴がわずかにあっても全体への影響が乏しい場合は,発達障害を診断に加える必要はない.しかし,発達障害の特徴が副次因としてみられるだけでなく事態を複雑にしている場合には,発達障害を積極的に診断し,対応する必要がある.たとえば,通常ならばストレッサーやトラウマとなり得ない体験が,発達障害の人たちには強いストレスやトラウマを引き起こすことがある.
発達障害の人たちへの対応の原則は,本人の認知様式に合わせた環境調整につきる12).彼らにとって理解しやすいモダリティ,理解しやすい用語と言い回し,理解しやすい筋道で情報を伝えることが,最も重要である.そして,彼らが自分で熟考して判断することを保証する.興味がないことにはどうしても意欲がもてない場合,なるべく彼らが意欲をもてるようなテーマや題材を提供する.特定の感覚刺激に対する過敏さや鈍感さがある場合,その感覚入力が本人にとって苦痛とならないよう環境の調整をする.こうした配慮は生活のあらゆる場面で必要となるため,少なくとも福祉的支援を要することが多い.
ASDの人たちへの支援における2つの軸は,「自律スキル」と「ソーシャルスキル」である.「自律スキル」とは,自己肯定感をもち,自分にできることは確実に自分でやる意欲をもつこと,そして自分の能力の限界を知ることである.「ソーシャルスキル」とは,社会のルールを守る意欲をもつこと,そして自分の能力を超える問題について他者に相談できることである.ASWDの成人は,これらを身につけ,使いこなせている.
ADHDでは,まず生活上の問題点を抽出し,「低値安定,たまに高パフォーマンス」をキーワードに,同僚の負担感がなるべく少ない形で本人への配慮を可能とするための考え方や工夫を行う9).
おわりに
心理,行動の水準において発達障害の特徴が顕著にみられ,これが生活の支障の主因である場合は,発達障害の診断をためらってはならない.発達障害の要因をディメンジョナルに捉える視点の軸を加えることによって,精神科医療全体がより豊かなものとなることが期待される.
第109回日本精神神経学会学術総会=会期:2013年5月23~25日,会場=福岡国際会議場・福岡サンパレスホテル&ホール
総会基本テーマ:世界に誇れる精神医学・医療を築こう:5疾病に位置づけられて
教育講演:成人の発達障害―類型概念,鑑別診断および対応― 座長:加藤 進昌(昭和大学附属烏山病院精神科)
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed., Text Revision (DSM-IV-TR). APA, Washington, D. C., 2000
2) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed. (DSM-5). APA, Washington, D. C., 2013
3) Baron-Cohen, S., Leslie, A. M., Frith, U.: Does the autistic child have a "theory of mind"? Cognition, 21; 37-46, 1985
4) Baron-Cohen, S.: Do autistic children have obsessions and compulsions? Br J Clin Psychol, 28; 193-200, 1989
5) 濱田秀伯: 精神科症候学. 弘文堂, 東京, 1994
6) 本田秀夫: 広汎性発達障害と統合失調症. Schizophrenia Frontier, 9; 188-192, 2008
7) 本田秀夫: 自閉症スペクトラムが精神病理学および治療学に及ぼす影響. 臨床精神病理, 33; 66-72, 2012
8) 本田秀夫: 併存障害を防ぎ得た自閉症スペクトラム成人例の臨床的特徴. 精神科治療学, 27; 565-570, 2012
9) 本田秀夫: 職場におけるおとなのADHDの人との付き合い方―周囲の理解と本人の能力活用のために―. 精神科治療学, 28; 345-349, 2013
10) 本田秀夫: 自閉症スペクトラムと妄想. 妄想の臨床 (鹿島晴雄, 古城慶子編). 新興医学出版社, 東京, p.208-219, 2013
11) 本田秀夫: パーソナリティ形成とその異常に対する発達障害の影響. 精神経誌, 115; 635-641, 2013
12) 本田秀夫: 成人期の自閉症スペクトラムをどう理解し支援するか―児童精神科医の立場から―. こころの科学, 171; 16-21, 2013
13) 本田秀夫: 子どもから大人への発達精神医学―自閉症スペクトラム・ADHD・知的障害の基礎と実践―. 金剛出版, 東京, 2013
14) 岩佐光章: 自閉症スペクトラムの「固執」と「強迫」との関係. 精神科治療学, 25; 1613-1618, 2010
15) 三中信宏: 系統樹思考の世界―すべてはツリーとともに―. 講談社現代新書, 東京, 2006
16) 中尾佐助: 分類の発想―思考のルールをつくる―. 朝日選書, 東京, 1990
17) Schneider, K.: Klinische Psychopathologie, 15. Aufl., Georg Thieme, Stuttgart, 2007 (針間博彦訳: 新版臨床精神病理学. 文光堂, 東京, 2007)
18) Wing, L.: Asperger's syndrome: a clinical account. Psychol Med, 11; 115-129, 1981
19) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. WHO, Geneva, 1992
20) World Health Organization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Diagnostic Criteria for Research. WHO, Geneva, 1993